熊胆(episode83)
人命救助は何とか成功しました。
五、六回地面に叩きつけてたらクマは動かなくなりました。まあそうか。正直すまんかった。さて、クマはとりあえず後で食べるとして、……持って帰れるかな? いや、それどころじゃあないよ。倒れてる人、倒れてる人を助けないと。
耳をすましてみたらカントリーロードは聞こえて来ないけど、心臓の音はとくんとくんとくんと聞こえてくる。どうやら生きてるみたいだ。外傷は……暗くて見えにくかったけど、お腹に穴が空いてる! これはヤバい。というか出血量酷かったら持たないよね。
「四の五の言ってる場合じゃない! まずはお腹の傷を塞がなきゃ。水門〈簡易治癒〉」
私の手から光が溢れ、その光を腹の傷に近付ける。簡易治癒はそこまで難しいものではない。術者の熟練度次第で回復の度合いも変わってくる。今回は私が目指したのは腹の傷からの出血を止めること。熟練の術士とかなら平気でやっちゃうんだろうけど。
傷は塞がった。あとは血液だ。さすがに私の血液を輸血するなんて出来ない。血液型的にも成分的にも。
私の血液には魔力が循環して載ってるからね。下手すると人間の体の中で魔力による暴走がおきたら大惨事になりかねない。試したことないけど。
ええと、生命維持をするには造血しないといけない。でもどうやって……ん? 熊の古道……じゃなくて熊の死体。それも今死にたてホヤホヤなやつ。
頭の中を探ってレシピを確認する。造血剤。これは間違いない。いや、ポーションでいいかな? 用意するものは新鮮な止まってすぐの心臓がひとつ。これは目の前の熊ので十分。まだ動いてるもん、ちょっとだけど。
それからお酢。なければ柑橘類。なんかクエン酸というのが必要らしい。こんなところにそんなものがあるとでも……あ、洞窟の奥の方にみかんみたいなのがいくつかあった。もしかして熊が冬眠の準備に取ってきたのかもしれない。
最後にポリフェノール。なんか聞いたことはある。痔になった時の薬だっけ? いや、あれはボ○ギノールだ。ええと、ワインやお茶、あとはトマトやニンジン、タマネギなんかにも含まれてるらしい。いや、八百屋じゃあるまいし、ここにそんなもんあるわけないだろ! あ、お茶? お茶なら確か喉が渇いた時用に水筒に入ってるな。
材料を揃えたら抽出。錬金術のスキルの腕の見せ所。曲芸みたいなことをやるつもりは無いけど、雪山なんて極限状態で錬成なんてやるもんじゃないと思う。だけど今やらないといけない。とりあえず心臓に近いところに道筋を作らなくてはいけない。飲ませる訳にもいかないからね。
針のようなものはないから氷を作って針のように尖らせた。注射針を作り出す感じ。氷にしたのは患部を冷やす事で麻酔の代わりにしようということ。いや、凍傷にはならないようにしてるけど、凍傷になったら改めて治すしかないかな。
熊の身体から心臓を抜きだす。まだ脈打ってる新鮮な採れたてホヤホヤなやつだ。なんならまだ血液送り出してるかもしれない。ドクンドクンドクン。
熊の心臓から出てくる血液をクエン酸やポリフェノールと混合させる。そのまま使うんじゃなくて体内の血液と混ぜることで造血作用を促すのだ。究極的には本人の生命力なんだけど、自殺志願者でもない限り、いや、自殺志願者であってもそう簡単に生命を手放したりしないと思う。
少しづつ、少しづつ、造血剤が体内に入っていく。体温は徐々に上げていく。仮死状態の方が色々便利なんだけど、脳みそがおかしくなるかもしれないからね。頭寒足熱とは言うけど、脳に障害が起きたら魔法だと治しにくいんだよね。手足がちぎれたくらいならいくらでも治せるけど。
造血剤を投入し終わったので、徐々に体温を上げていく。これは水門の魔法で身体を巡る水の温度を少しづつ上げていくことで調整する。一度に上げすぎてしまうと人体壊れちゃうからね。
そうして何時間そうしていただろうか。倒れていた人の顔に温もりが甦って来た。ああ、前を隠さないと色々誤解されそう。男性だから裸見られたくらいでお婿に行けないとかそういうことは言わないだろうけど。
「うっ、ううっ、こ、ここは?」
「気がついた?」
「あなたは……女神様?」
おおっと、女神様とはまあ満更でもない。だけどまあ本人が天国に来たと思うならそれもあるだろうけど。
「ここは熊の巣穴みたいよ。覚えてる?」
「確か崖から落ちて……それから後は覚えてないな」
「そう。まあ蘇生は出来たから運は良かったと思うわ」
「あなたが助けてくれたのか? ありがとう。それで熊は?」
「そうね、そろそろ煮える頃だわ」
私は熊を鍋で煮て食事にしようと思っていた。ハーブというか香り付けの野草や、キノコで熊肉の臭みを消して食べ応えのある一品になったと思う。言っとくけど鍋くらいなら私でもできるからね! 味はともかく長靴いっぱい食べるくらいなら大丈夫だと思う。
「はい、熱いから気を付けてね」
「ありがとう……って、これが熊!? という事は熊を倒したの?」
「ええ。まあそこまで大きな熊でもなかったし。何とかなったわ。さあ、食べましょう。ここから出るにしろ、体力はつけないと」
造血剤を使ったとは言え、血を作るには食事である。食べ物を経口摂取するのが一番のクスリなのだ。よく食べてよく寝る子は育つんですよ。
「んんっ、ケモノ臭いけど、しっかりした味がする。なんか生命を食べてるみたいな」
「それは言い得て妙かもね。確かに獲れたてホヤホヤだもの」
言いながら私も鍋をつつく。なお、鍋もお皿も土門の魔法で作りました。よっぽどの事がなければこれで十分なんだもん。まあ街中だとアスファルトとかいうやつで覆われてるからなかなか土がないんだけど。
「崖から落ちる前の事は覚えてる?」
「うーん、少し曖昧だけどちょっとずつ考えないとね。あ、そうだ。自己紹介がまだだったね。ぼくは鷹……あ、いや、滝塚裕也だ。よろしく頼む」
そういえば自己紹介もしてなかったな、と私も自己紹介を返す事にした。と言ってもブルム家とか言っても仕方ないので、こっちの世界の戸籍だけど。