雪熊(episode82)
このクマは鬼神拳は使いません。
黒髪ボブの女性は足を抑えて苦しんでいる。どうやら足を挫いたか折ったかしてるらしい。とりあえずこんなところじゃあ応急処置しか出来ないよね。
まずは水門の気を負傷箇所に巡らせて……むむむ、これは挫いただけみたいね。でも派手にやってるなあ。次に回復魔法をかける。一気に治すと怪しまれるので少しずつ少しずつ、自然に回復したように見せかけるのが大事です。だいたい、捻挫くらいなら体内で水門の気を巡らすだけで自己回復出来るだろうし。
「ええと、歩けますか?」
「えっ? ええ、よいしょ……痛くない!?」
「大丈夫そうですね。それでは」
私は保乃さんと一緒に再び下山しようとした。
「待ってください!」
黒髪ボブの女性が私たちを呼び止める。今にも滑り出そうとしてたのを思いとどまった。
「何か?」
「あの、すいません、助けていただけませんか?」
「今助けましたよね?」
これ以上何を助けろというのか。お腹が空いたと言うなら下山して食事すればいい。いや、カ○リーメイトぐらいならあったかな? エルードしてこなくてもいいよね。
「はい、ありがとうございます。実は、友だちが崖の下に落ちてしまって」
いや待って? 崖の下って下手したら死んでない? ここから崖までだいぶ距離があったと思うんだけど、この人がここに居て、その人が崖の下ってのはどういうこと?
「実は、彼はスキーが得意な人で、ここのコースも何度も滑っていると」
あー、彼女にいいところ見せたくて張り切っちゃいました的なやつかな。
「既存のコースじゃ物足りないって言って森の中を滑ってたんです。私はおっかなびっくりついて行くのに精一杯でした」
いや、コースでない森を滑ってついて行くだけで十分上手いと思うけど。私だったら木にぶつかるね、絶対。
「山の中、先は暗かったけど崖になってて、私は止めたんですけど、あっという間に……お願いです!」
まあ私だけなら何とでもなりそう。魔法があるし、いざとなったら錬金術で何か作り出してもいいし。
「わかった。助けるよ」
「「えっ!?」」
保乃さんはともかく黒髪ボブの女性まで驚いていた。それはそうかも。私みたいなのだと助けられるか分からないもんね。でも私には魔法も錬金術もあるから何とかなるなる!
「保乃さんはその子を連れて下山して!」
「わかりました! 色々聞きたいこともあるのでちゃんと捕まえておきますよ」
まあ私が連れて帰った時に居なかったらさびしいもんね。私はスキー板を外して雪の中を歩くことにした。もう滑るのが目的じゃないから雪を水門で操作しながら探した方がいいよね。
歩きながら進んでいくと崖のような場所を見つけた。割と深い森の中だ。私はスキー板外して普通に歩けるからいいけど、ここまでスキーで来るのはかなり難しくない?
私は崖下を覗き込む。真っ暗だから何も見えない。これだけ雪があれば火門の灯りよりも金門の光の方が便利だろうね。消えないし。
「金門 〈武器発光〉」
武器類の光を増幅する魔法だ。剣に掛けたりするけど、私は剣を持ってない、というか銃刀法違反とかいうのになるらしいので、持ってたスキーのストックにかける。
スキーのストックから光が射し込んで、下を照らす。下も雪でいっぱいだ。ん? いや、赤いのがある? もしかしてあれは血液? うわっ、ヤバい。
私は慌てて飛び出した。崖から下に真っ逆さま! とはならない。落下速度のコントロールはとても難しいが、木門の風で割と簡単に応用出来る。下から風を吹かせて押し戻しながら落ちるのだ。
欠点としては、冬にこれを使うと風が冷たくて風邪をひきそうになるってこと。でもまあ背に腹はかえられないんだってば。
血の跡の辺りに辿り着くと人は居なくて点々と森の奥の方に続いていた。もしかして、生きててこの場所から逃げ出した? 崖の下ってのは割と危険だからね。岩が落ちてくる場合もあれば、そのまま上に雪が積もる場合もある。もちろん続けて落ちてくる人が居ないとも限らない。
私はその血の跡を慎重に追い掛けた。幸いにして、血は途切れること無く近くの洞窟のところまで続いている。洞窟の奥の方は暗くて見えない。よくよく洞窟に縁があるなあと思いながら、私は中に進んだ。
この洞窟内ならば、と炎で灯りを作る。昔に比べればちゃんと火になってふ。この世界に来た頃は火種レベルだったのに。
簡単に木の枝で松明を作って火をつけた。血の跡はずっと奥に行ってる。それにしても何か引きずったみたいな跡だな。
注意しながら奥に行くと毛玉があった。いや、毛玉ってよりかはクマですね。またクマか。クマ、熊、くま、ベアー! いや、あそこまで強かったら私裸足で逃げてるよ。
クマさんは私に気づくと振り向いた。そしてニヤリと笑った様な気がした。これは、餌が向こうから来てくれたみたいな顔だ。私は詳しいんだ。
奥の方では誰かの遺体なのか、瀕死の状態なのか分からない物体が転がっていた。まあ二つにはちぎれてないので生きてるかもしれない。
クマは私に向かって立ち上がって威嚇する。威嚇って分かっていてもなかなかの迫力である。でもフィアーベアとかよりはマシそうだ。あんなのに出会ったら一も二もなく逃げだよ。でもこの位のクマなら食材になりそうだ。
「ガアアアアアアアア!」
咆哮を上げながら、二足で立ち上がり、右上から左下に振り下ろすように腕で袈裟斬りにしようとする。剣はなくてもこの程度なら。
「金門〈物理身体強化〉」
クマの一撃を平気で受け止めた事にクマが驚いたのか、そのまま距離を取ろうとする。正直、私としては四足歩行の時の方が機動力が増して嫌いである。
「よい、しょ!」
当然逃がす訳もなく、そのまま振り下ろされた腕を掴んで上に持ち上げ、そのまま下に叩き付ける。まあ術理も何も無く、力技である。いいのだ。魔法で身体強化したから魔法なんだ。