第七十七話 打擲
謝っても、殴るのをやめない!
王国騎士団長とテオドールの一騎打ちが始まった。やれー、いけー、そこだーとでも声出しときゃいいかね? あ、いや、勝負は気になるよ。テオドールが負けたら転移で逃げなきゃだからね。でも、見てたところで外野が何か出来るわけでもない。だから私は遠くから見守っておくよ。
それよりも《教授》だ。周りに毒がばら蒔いているらしく近付けないらしい。しかし、致死性の毒ねえ。そんなのだいたいは克服させられてるはずだから効かないと思うんだけど、何しろここは異世界だ。私の知らない毒があるかもしれない。
鑑定で見る事は出来るけど、理解出来なかったらどうしようかね。まあでも物は試し。毒の種類を調べてみましよう。
【ウルブズマッシュルームの毒:呼吸器に作用して、動けなくする。全身が麻痺する様に硬直し、動けない】
毒なんて詳しくもないから調べてみたものの、全く聞いた事のない毒物だった。それを狙っていたのかは分からないが、足がつくような毒は使わないかな。
改めてラスボスたる教団幹部の《教授》について考えてみよう。まずは戦闘能力。おそらくはそこそこあると思われる。まあ、自分の力に自信を持っている様なら最初から危険な場所に陣取って色々やってたよね。
その一方で毒の効能については絶対の信頼をおいていると言ってもいい。おそらく《教授》は、単身で王宮なりどこへなり、忍び込んで、一人ずつ殺害していくのは簡単だと思ってるみたいだ。だから自信満々にし「毒をものともせずに立ち向かってくる愚かな奴らは皆死ねばいい」みたいに言っていたのだ。
つまり、今現在、《教授》の周りには致死性レベルの毒がばら撒かれている。麻痺、で済むと思われがちだが、呼吸するのだって麻痺していれば不可能になったりする。
吸入系の毒ならば吸わなければ済む話。私は顔の周りを障壁で覆って自分一人で転移。場所は《教授》の目の前。
「飛んで火に入る夏の虫とはあなたのことですね! さあ、のたうち回って、死になさい!」
口の端をつりあげて残酷な笑みを浮かべる《教授》。五秒。何も起こらない。そりゃそうだ。吸入型の毒なんだから毒を摂取しなければ麻痺もしないのだ。
「私は元気、です」
「なっ、なんだってぇ!?」
《教授》が戦闘態勢に入った。いや、本当に今更なんだけど、近寄られたら戦闘にもならずに終わると思っていたのがその通りにならなくなると余裕の笑みが崩れる。私はそんな顔が好きなんだよね。
「観念してください」
「くっ!? 何故効かんのか分からんが、それならばこれでも喰らえ!」
私に向かって今度は瓶の中のものを投げてきた。黄色い液体の様なものだ。なんだろう? 接触しなくても分かるかな? 鑑定。
【超酸:触ると皮膚が焼け爛れる有害物質。ある植物の根から抽出される液体から作られる】
ばしゃん、と私にかけられた液体は私に届くことなく、見えない壁に阻まれて地面に落ちた。
「なぁ!?」
「往生際が、悪い」
予め、身体の周りに障壁を展開しておいて良かった。さて、今度はこちらの番だ。殺っていいのは殺られる覚悟のあるやつだけだ。とか殺られたら殺り返す。倍返しだ!みたいな報復前提の言葉は大好きだ。インガオホーだっけ?
私は拳の周りに障壁を纏わせてそれをインパクトの瞬間に射出する。ほら、これで一見殴った様に見せかけて、超能力でしばいてるっていうサイキックパンチの出来上がりである。結果が吹っ飛んでダメージになってればおっけーです。
「ぶべらっ!」
左頬に私のパンチが炸裂する。そして主は言いました。左の頬を打たれたらお願いもっとと右の頬も差し出しなさいと。あれ、違ったかな?
「貴様、騎士団長の娘がどうなっても」
「そんなの私には関係ない」
べきぃ、と右頬に障壁パンチがめり込む。いや、普通に私ごときのパンチでは近い間合いでもかわしちゃうテオドールとかエレノアさんとかグスタフさんとかウィリアムさんとかばっかりではないみたいです。いやまあビリー君とかベルちゃんさんとかは当たりそうだけど、殴りたくないしね。アリュアスさんは当たるかもしれないし、殴ってもいいと思う。今度試してみようかな。
「は、はがぁ」
「君がっ、謝るまでっ、殴るのをやめない! というか、謝っても、許してあげない!」
顔の形が変形するまで殴り続ける。左、右、左、右、と他の人は近寄って来れないみたい。で、騎士団長の娘さんがどうとか言ってたけどそっちはまあ何とかなるんじゃない? 最悪、どうにもならなくても私にはなんの痛痒も感じないしね。
《教授》がピクリとも動かなくなってしまったので殴るのを辞めた。まあ動かなくなったのはそれよりも先だと思うんだけどまあサービスってことで。
騎士団長とテオドールの方も決着がついたみたい。騎士団長と前にやった時は負けたらしいテオドールが今度は勝ったみたいな感じ。娘が人質に取られてる騎士団長は迷いもあっただろうが、テオドールの成長に感動していた。
で、《教授》以外の側近を捕まえて騎士団長の娘がどうなってるのかを聞いたら毒に侵されるんだって。慌てて探したら奥の部屋に毒のカプセルがセットしてある部屋に閉じ込められていた。
扉を開くと毒のカプセルが割れて部屋が毒で汚染されるらしい。鍵を開ければ毒は発動しないけど、鍵を持っているのは《教授》だけ。さあ、どうするみたいなのだった。
うん、私が普通に転移で部屋の中に入って騎士団長さんの娘さん(御歳九歳)を抱き抱えて助け出したよね。まあ騎士団長さんは私の能力知らなかったから、脱出させた瞬間はポカーンとしていて、再起動して、娘さんを抱きながら済まなかったと何度も謝ってくれました。まあ、これにて一件落着かな?
《教授》は馬鹿なとか言いながら王都に護送される事になりました。これから裁判にかけられるらしいけど、ただでさえ、誘拐、盗賊団との結託などの罪があるからね。調べれば余罪はバンバン出て来るだろうね。