雪王(episode74)
しかのこのこのここしたんたん!
黒い獣は完全に戦闘態勢だ、!こいつ、ぶっ殺してもいいのかな? ぶっ殺すだけならそこまで難しくもないだろう。何しろ魔力を全く感じない。恐らく魔法障壁などもないだろうし、身体強化もしてこない。となればあのスピードに慣れればいいだけだ。
クイックタイム! いや、そんな魔法は無い。水門の魔法? ロマンシング? よく分からないよ。それに弱体化したじゃん!
やるのは木門の魔法だ。空気の流れを粘っこくする魔法。実は水門の水流操作と似たようなことをする為に、水門が得意だとやりやすい傾向がある。
「〈絡みつく風〉」
風がまとわりつき、黒い獣の動きが鈍る。対峙しているガンマさんも明らかなにおや?っていう顔をしている。
「これは、楽勝」
ガンマさんはクックリを振り抜き黒い獣の前脚を断ち切る。三本足でも立てない事は無いが、明らかにバランスを崩してまともに戦えないだろう。ここから先は戦闘では無くて、処理だ。
黒い獣は不利を悟ったのか、洞窟の奥に逃げていく。ガンマさんか私の方に向いた。
「ありがとうございました。お陰様で助かりました」
「えっ、今ティアちゃん何かやったの?」
目を見開くアンネマリーさんとパルパティちゃん。というかバレないように無詠唱にしたのにわかったんだ。
「明らかに動きが鈍った。普通のことでは出来ないからきっと魔法を使ったと思う」
「ちょっとガンマ! あれは無闇に話さないって約束したじゃない」
「パルパティなら大丈夫。口は固いし、日本語がそこまで理解出来てない」
あー、まあ、そりゃあそうか。でも目の前で起きたことは理解してるよね? まあ見えてればの話だけど。
正直、この世界には魔法の素養を持ってる人はそれなりにいる。多分、元の世界の人と同じくらいには。いや、それよりかは少ないかな。でも如何せん魔力がない。私は自分で生み出せるけど。だから私がそばにいれば一定の魔法が使える様にはなったりする。凪沙の木門の魔法もそんな感じだ。
もしかしたらパルパティちゃんもその素養があるのかもしれない。いや、わかんないけどね。まあ問い詰められることもないからいいかな。
血の跡を追い掛けて洞窟の奥に進んでいく。しばらく行くと血の跡が途切れて、大きな広間に着いた。そこはそれなりに広くはなっていたが誰かいるみたいなのは分からない。見た感じ人影はない。
「侵入者よ、なにゆえここに来た?」
とよく分からない言葉での問い掛けがあった。意味は恐らくこう言ってるんだろうというアンネマリーさんの予測だ。ティベット語に似てるけど全く同じ訳では無いみたいな事を言っていたからきっとそこから派生した民族なのだろう。
「怪しいものではありません。あなた方は隠れ里の方ですか?」
「我々がそうだったらどうするね?」
「分けて欲しいものがあります。取引に応じて貰えませんか?」
「私たちは欲しいものはない」
けんもほろろというところだ。ちなみにけんもほろろもキジの鳴き声らしい。キジって冷たいのかね?
「それとも力づくで奪うかね?」
そう言ってその声は笑った。アンネマリーさんに通訳してもらったけど、降りかかる火の粉は払わなきゃいけないけど、進んで虐殺とかはしたくないしなあ。やっぱりアンネマリーさんに着いてきてもらって正解だった。私たちだけならサーチアンドですたい!になってた。ですたいは何なのかはよく分からない。熊本弁らしいよ。やみのま!
「そのつもりは無い。手に入らないと言うなら大人しく諦めるつもりだ」
大人しく諦める、とは言ってないけど、力づくでは嫌だ。何とか出来ないだろうか?
「……この山には雪の王と呼ばれる鹿がおる。その角を片方でも持ってくれば村に入れてやろう」
雪の王とは大層な名前をした鹿だ。でも鹿を探すの? この山の中で? というか倒すよりも見つける方が時間が掛かりそうだよね。まあ手がない訳じゃあないんだけど。
私は洞窟の入口付近まで戻った。風は幾分かマシになっている。どうするかって? そりゃあ生命探知で鹿を探すんだよ。雪が沢山あるから水門での探索でいいような気がする。私は魔力を流していく。
私にしか分からないけど、魔力を網のようにして広げる。生命の気配はあまり感じられない。標高の高い場所には最低限の植物も生えず、その植物を主食にしてる草食動物も居ないから、草食動物を捕食する肉食動物も生態系を維持できないとそんな感じらしい。アンネマリーさんは物知りだなあ。
まあ、鹿は草食動物だからワンチャンいるかもしれないんだけどだよね。僅かに生えてる草を摘んでるかもしれないから。もっとも、より餌を求めて麓の方に降りてても不思議は無いんだけど。
私の魔力の網に一頭の獣が掛かった、いや、でもこれは、鹿と言うには大き過ぎる気がする。全長は四メートルを超えている。ヘラジカで全長二、三メートル程だからそれよりも大きい。でも鹿だろう。角の形が大きいけど鹿っぽい。虎視眈々とこちらを伺っている。恐らくこいつが雪の王だ。
雪の王は私たちを気にもとめずにそのまま洞窟の前に降り立った。改めて目視で鹿を見る。かなり大きい。洞窟に入れるのかは心配だが、大丈夫な様だ。
この洞窟は途中まで行けば草が手に入る。というか雪山で草が生えているのも珍しいんだが。雪の王はそのまま洞窟に入って来た。彼の体は雪のように白く、角だけが鈍く光っているようだった。
そして彼、いや彼女なのかもしれないが、恐らく角の立派さから言えば彼だろう。メスの鹿には角生えてないらしいし。彼は私たちに目もくれずに洞窟の中へと入っていく。私達も静かにその後をつけていく。
鹿は何かを警戒しているみたいだ。恐らく黒い獣では無いだろうか。ここに鹿が来てるということは仕留めきれないほど強いということなのだろう。何とかして角が欲しいものだ。
広くなった場所に行くまでの間に何度か寄り道をして草を食んでいた。食い溜めとかしてるんだろうか?