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第七十二話 教授

また使徒か、とは言わないで

 奥様、ロイスリーネは旦那様、公爵様の呼び出しも拒否する。拒否する権利があるのかないのかで言えばない。男女平等とかそういうのではなくて、そもそも貴族家の当主とそれ以外では権限が違うらしいのだ。これは私もよく分からなかった。


「旦那様はたいそうご立腹でいらっしゃいまして……拘束してでも連れて来い、と」


 周りの人ごみから衛兵が何人も出てきてロイスリーネと医者を抑えつける。


「無礼な! 触れるでない!」

「くっ、こんな。しくじった、だと?」


 医者からは狼狽が見て取れる。二人は引っ立てられて公爵の部屋に運ばれた。私もこっそりその一行に混じっている。


 コンコン

「入れ」

 ガチャリ


 待っていたかの様に公爵様が執務室の机に座っている。手を口元で組んで隠している。そしてはあ、とため息を吐いた。


「ロイスリーネよ、お前にはそれなりに好きにやらせていたと思うのだが、なにゆえこのような事を?」

「あなただって、好きに他所に女を作っていたではないですか! 私が男を作ったところで非難される謂れはありません!」

「ロイスリーネよ。私はそこには言及しておらん。別にお前が男を作ろうが、引っぱり込もうが構わん。お前は世継ぎを産んだのだから、責務は果たしている」

「でしたら!」


 ロイスリーネが我が意を得たりとばかりに食ってかかる。でも公爵様はそれを許さなかった。


「貴様は教団と繋がり、その世継ぎを教団に差し出そうとした。ミルドレッド公爵家に対する明確な反逆行為である」


 重苦しい沈黙が場を支配する。どうやらこのロイスリーネはそこまで考えていなかったんだろう。教団の何が悪いのかとか全然気にしてなかったのかもしれない。ほら、私も教団とか知らんかったし。いや、私だけかな?


「ロイスリーネよ。悪いが、お前の身柄は拘束させてもらう。そして暫くは地下牢で反省するがいい。そして、医者よ、貴様は取り調べさせてもらう。公爵家に巣食う害虫め!」


 激しくバァンと机を叩く。体重重いからね、ちょっと床が揺れた。医者はおかしくなったのか、突然笑い始めた。


「くっくっくっくっ、はーっはっはっはっはっはっ!」

「何がおかしい!?」

「これは傑作だ。私を捕らえたつもりになっているのが滑稽なんだよ」


 ゆらり、と医者の身体が揺らめく。隣で医者を抑えつけていたはずの衛兵たちがガクンとなり、そのまま倒れた。


「麻痺毒だ。命に別状はないから安心するといい。もうちょっとゆっくり崩すつもりだったんだが、正当防衛というやつだろう?」


 完全にフリーになった医者を見上げてロイスリーネはポカンとしている。


「ちっ、雌豚を抱かねばならんかったこっちの身にもなってみろ。まあそれなりには楽しめたがね」

「あ、あなた、一体……」

「問われて名乗るもおこがましいが、教団の使徒が一人、《教授》のジャックだ。命があればお見知り置きを」

「教団の、使徒!」


 部屋の中の衛兵たちが一斉に戦闘態勢に入った。入ったのだが……


「無駄な抵抗はやめた方がいい。部屋の中は麻痺薬で蔓延している。動けるのは私ぐらいだよ」

「き、さま、ぐっ」


 公爵様が苦しそうに足掻く。


「心配しなくても致死性では無いからね。まあ、安心してくれたまえ。何も無ければ数時間もあれば息を吹き返すさ。何時間もすればね」

「屋敷に火でもかけるつもりか?」

「勘がいいやつだ。まあそれでも良かったんだがね。死体が焼けてしまうと私の解剖の楽しみが少なくなってしまうからね。盗賊団に見せかけた教団のにんげんをよんである」

「ぐっ、そんな、バカな事を」

「公爵家ともあろう家が盗賊に襲われて全滅、となればさぞかし権威も落ちよう。私としては残念だが、そういう手にする事にした。もう少し薬を実験したかったんだがね」


 ジャックは悠然と部屋を出ていく。部屋の外にはまだこの屋敷の人間が沢山いるのだ。どうやって逃げるのだろうか。


 あと、私もいる。ちなみに麻痺毒は効かなかった。というか、そういうガス類は効かなくなる様に訓練させられたのだ。侵入した時にガスは手っ取り早く無力化出来る手段だからね。もちろん誘眠ガスも効かない。


 ジャックは扉を開けるとそのまま玄関に歩き出した。優雅な歩きだ。部屋から出てきたのを聞きつけて、玄関に揃っていた衛兵たちが捕らえようと向かっていく。だが、ジャックに辿り着く前にがくり、がくり、と膝を着いた。


「あはははは、なにこれ、身体動かない! 素敵!」


 などと的外れなこと言ってるのはミントだ。あれはもうダメなのかもしれない。私は動けるから止めることは出来るかもだけど、それよりもやる事がある。私はヒルダさんのところに跳んだ。


「ヒルダさん、大変!」

「キューさん? 何があったんですか?」

「ミルドレッド公爵家に居た医者が教団の使徒で、みんな麻痺させられて、そこに今から盗賊に扮した教団の手先が襲いに来るって!」

「情報量が多すぎて何が何だか分かりませんが、窮地というのは分かります」


 あわあわしてたら可愛いんだけど、ヒルダさんは極めて冷静だ。


「私をミルドレッド公爵家に連れて行ってください。守らねばなりません」


 ヒルダさん一人が行ったところでどうなるというのだろう。盗賊団に陵辱される対象が増えるだけだ。


「話は聞かせてもらった。オレが行こう。ヒルダの身内ならばオレが助けねばならんだろう」


 あ、テオドール、いたの? とは間違っても口に出さなかった。あれ? という事はテオドールとヒルダさんがラブラブしてるところに飛び込んだの? あー、こりゃごめんね。まあ、緊急事態って事で。


「騎士団出動準備! キューよ、また大規模転移を頼む」


 あーまあ、一度やるとそれはもう効果の覿面さが分かるってもんよ。準備に時間掛けても移動時間を短縮出来れば間に合う可能性は高いし。


「わかったよ。あんまり多用したくないけど、ヒルダさんのためだから特別」

「オレのためでもやってくれるのだろう?」


 私はすっと目を逸らした。

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