蓮根(episode71)
チョモランマ。チベット語で大地の女神って意味なのだとか。
「やあ、あなたがティアさんかな?」
「あ、はい。ティアです。本日はよろしくお願いします」
随分とフレンドリーに声を掛けてくるものだ。やはりイケメンという生き物は女性に軽く声を掛けられるものなのだろう。でも凪沙じゃなくて、私なの?
「お会いできて光栄です。ボクは右記島賢介。こう見えても右記島の一門なんだよ。すごいでしょ?」
「はあ、よろしくお願いします」
右記島がどれだけ偉いのかなんて私に分かるわけないだろ! それよりもアンブロジアだ。実物が見られると聞いてたんだが。
「そっちがタケルのお姫様かな? よろしくね。タケルに飽きたらいつでも言ってよ」
「おい、賢介。お前の研究室に投資してる資金、全部引き上げるぞ?」
「おお、怖い。いやあ、右記島の家は学者貧乏だからそこまで金は使えないんだよね。ボクとしてはこのままタケルに資金援助して欲しいんだけど」
「ならくだらないこと言ってないでブツを持って来いよ」
「おお、怖い。男の嫉妬はみっともないよ? ああ、わかってるわかってる。ちゃんと持ってくるから」
笑いながら賢介は扉の向こう、恐らく成育施設になってるんだろう、そこに入って行った。
「凪沙、良かったね」
「な、何が?」
「タケルのお姫様だって。本人も否定しなかったし」
「なっ!?」
「照れない照れない。甘えちゃえ」
「で、でも、私はそんなに可愛くないし」
「凪沙が可愛くないなら世の中の八割の女性が可愛くないよ? あ、もちろん私は除いておくね」
「ティーアー?」
「きゃあ怖い(適当)」
私と凪沙がキャイキャイやってるのをタケルは何も言わずに見てる。いや、あの視線見てたらタケルが凪沙にしか興味ないって分かるはずなんだけど。でもなんでタケルは据え膳食わなかったんだろうね?
「おまたせ、ティアちゃん。これがそのアンブロジアだよ!」
ティア「ちゃん」と呼ばれることに抵抗はあったが、まあこっちが頼んでる身なんだし、多少の事は許そう。
目の前に出てきたのはピンク色の花。蓮のように細く伸びてるんじゃなくて葉っぱにくっついて咲いている。根っこは長く伸びている。確かにれんこんみたいな形だ。
私は恐る恐る、その植物に近付いて鑑定をする。
【アンブロジア:不死の霊薬の材料のひとつ。失われた生命を戻す効果がある。不死の霊薬を作るには様々な材料が必要で今現在この世界では決して手に入らない】
不死の霊薬とかはどうでもいいんだけど、毛生え薬、毛生え薬はどうなの?
【毛生え薬を作るには根っこの一部を煎じて作った汁を垂らせば足りる。分量的にはだいたい一キロリットルに一滴】
随分な量の違いだ。なお、入れすぎると髪が伸びすぎるどころか生命力が枯渇してしまうらしい。なんと恐ろしい。
「あの、この根っこの先っぽの方だけ切って譲ってくれたりなんかは……」
「何を言ってるんだ! こんな完璧に近い検体を欠けさせるなんて出来るわけないじゃないか!」
さっきまでのイケメン的な感じはなんだったのか、激しく抵抗された。あー、これはダメだね。取りに行くしか無さそうだ。
「どうやって手に入れたんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。これはね、チョモランマの登山部隊が……」
それから一時間半もの間、登山隊の汗と涙と雪の旅路をしっかり聞かされた。というかなんで進んで雪に埋もれに行くんだろうか?
「ええ、わかりました。その隠れ里とやらで育成されていたのを貰ってきたと」
「そうだね。オークションで億単位の金が出ていったけど、悔いはないよ!」
「まあその金出したのぼくだけどね」
「何言ってるんだい。タケルに出してもらった瞬間にぼくの物になってるんだから別にいいじゃないか」
「確か何も言わずに金出してくれってオークション会場まで引き摺られて行ったはずだが?」
「ま、まあ、そこはそれ。今はボクのものって事で」
まあ研究するのに譲れないのは分かる。でも、これは不死の薬を作る為に必要な材料だ。もしかしてこの人は不老不死の研究をしてるんだろうか?
「ボクの研究? よく聞いてくれました! ボクの研究はとても崇高でね。人体の成長をある程度コントロールする、まあそんな感じだ」
「ええと、例えば?」
「まあティアちゃんや凪沙さんにはあまり必要ないかもだけどね。ボクはね。女性には爆乳になって欲しいと思ってるんだ!」
なんか変なこと言い出したよ、こいつ?
「爆乳! まさにそれは男のロマン! ボクはね、爆乳の海に揺蕩いながら、生まれてきた喜びを噛み締めたいのさ」
本当に何を言ってるのか分からない。ちなみに鑑定さんは仕事してくれてる。
【アンブロジアを豊胸目的で使う為には様々な三十種類の生薬を混ぜ合わせる必要がある。また、使うのは葉っぱの部分だけで構わないが、根から切り離して二十四時間以内のものでないといけない】
三十種類の生薬の内訳も書いてるけど、そこは割愛。私にも凪沙にも必要ないものだし。あ、キューは?って思ったけど、あの白い部屋には持ち込めないんだよね。何とかならないものか。
「そういう訳だからボクの悲願を達成するためにもこのアンブロジアは渡せないのさ。理解して貰えたかな?」
言ってることは理解出来ないが、理解出来ないままでもゆずれない願いっていうのは何となくわかる。未来は止まらないんだよ。きっと色褪せない心の地図が彼の中にはあるに違いない。
「あー、はい。ありがとうございました。お話し、参考になりました」
「いやいや構わないさ。ボクも目の保養が出来た。愛人になりたいならいつでも歓迎してるからね!」
「つつしんでお断りしますね」
そう言って私たちは研究室を後にした。タケルは申し訳ない顔をしてる。もしかして、手に入れられるとでも思ってたのかな?
「タケル、気にしないでいいよ。大丈夫、自分で取りに行くから」
「取りに行く!? いやいやいやいや、チョモランマだよ? 標高八千メートル……いや、多分村はそこよりも下たろうけど、それでも五千は超えるんじゃないかな?」