第六十九話 姦通
爛れた関係。
「いいわよ。お母様もお父様も別に相手がいることぐらいは知ってるし、貴族としての役目を全うしてくれるなら私から言うことでは無いわ」
ヒルダさんが宣言する。貴族というのはそういうものなのだろうか?
「ヒルダさん、ヒルダさん」
「なんですか、キューさん」
「あの、もし、テオドール……様が同じ様に他に女作ったらどうします?」
「テオドール様を殺して私も死にます。あと、その泥棒猫も殺します。どこですか?」
「たっ、例え話です! 今貴族としての役目がどうこう言ってたから」
「お父様とお母様の間には元々愛はありませんでしたもの。私が生まれたのが不思議なくらいですわ。まあもしかしたら私はお父様の胤では無いかもしれませんが」
そこは大丈夫なので安心して欲しいが言う訳にもいかない。根拠が説明出来ないからね。
「お母様の化粧台の引き出しを開けたいのだけど、スペアキーはあるかしら?」
「お嬢様、宝石くすねるなら三段目ですよー。それに換金も面倒ですからほどほどに」
「リンダ、あなたまさか」
「あ、やべっ」
どうやらこのリンダとかいう侍従は手癖が少々悪い様だ。
「いやー、だってあんまり帰ってこないしー、次々新しいの買うしー、そのまま置いといても置く場所無くなるしー、それなら私が懐に入れてあげた方がいいかなーって。鍵すら掛けてないですもん」
ヒルダさんはこめかみを抑えながら何とか言葉を絞り出した。
「お母様の散財は今に始まったことではありませんし、それくらいで当家の屋台骨は傾いたりしません」
その辺はさすが公爵家ってところかな。さすが公爵家、なんともないぜ!
「それよりも一番上の引き出しです」
「鍵ならありますけど、金目のものはありませんよ? 常備薬って言ってましたっけ。なんでもお医者様にもらったとか」
「お医者様? もしかしてラルフ先生?」
「え? いや、ラルフ先生ってあの御年寄の方ですよね? 違います違います。奥様の専属医ですよ。名前は……なんだっけ? えーと、マルバスとかそんな名前だった様な」
どうやら奥様には専属の医者が居て、そいつから薬をもらってたみたい。このリンダは金にならないと思ったからスルーしてたんだろう。まあ価値としては分かりづらいし、売れないもんね。
リンダを伴ってお母様の部屋へ。部屋の鍵はリンダが持っているので問題ない。カチャリと扉が開いて中に入る。先程と同じく薄暗い。カーテンは閉めたままだ。
「この化粧台よ」
「分かってますって」
手馴れた様子で一番上の鍵を開ける。ちなみにちゃんと鍵は持っていた。というかこれ、このリンダが疑われたりしない?
「いや、お嬢様に無理強いされてって言えば何にも言われないと思いますよ。私ら使用人からしたらお嬢様とか旦那様の言葉は絶対ですから」
「それにしては随分と不真面目そうだったわね?」
「まあまあ、そのおかげで手に入れたんでしょ、それ?」
「そうね。もし、クビになる様なら……そうね、私と一緒にリンクマイヤーに来なさい」
「らっきー。テオドール様もエドワード様も美形の兄弟って聞いてたから嬉しい」
「……テオドール様は私の旦那様。良いわね?」
「もっ、もちろんです!」
ただならぬ気配を察知したのか、背筋をピンと伸ばすリンダ。それを横目に私は取り出した薬に鑑定をかける。
【教団の秘薬:快楽の増幅と共に、一定の香を嗅がせることである程度自由に人を操る事が出来る】
どうやら厄介なものの様である。組み合わせる香はここにはないので心配はいらないかも。その香はどこにあるのか分からない。恐らくだが医者が持ってるような気がする。
お母様の部屋を出て公爵のところに向かう。だが、これだけで信じてもらえるかは分からない。その医者が来るのを待とう、ということになった。
二日後の昼過ぎにその医者が来るから家を空けるようにと言われた。公爵様は王城で会議があるらしく、しばらく戻ってこない。ちょうどいい、と公爵夫人が連れ込んだのだろう。
ヒルダさんもその医者は見た事ないという。まあヒルダさんの場合は何度もリンクマイヤー家に行ってたからそっちだろうね。今回も表向きはリンクマイヤー家に行くという事にしておいた。
実際はリンクマイヤー家に着くや否や、転移で戻ってきたんだけど。戻った場所はヒルダさんの自室。何故かミントさんが居て、ヒルダさんのお布団に顔を埋めている。
「……何をしてるのかしら?」
「お嬢様!? どうして? 私がお嬢様をお慕いしているのを神様が見ていて下さったということ? きっとこれは夢だもの。好きにしてもいいわよね?」
「ミント、正気に戻りなさい! 本物、私は本物のヒルダですからね!」
すったもんだの問答の後にミントさんは正気に戻った。痛かったし、気持ちよかったっていえのはミントさんの感想。
「それでお嬢様はなんでこちらに?」
「今からお母様がお医者様を呼ぶのでしょう?」
「ええ、そうですが。おつきのメイドでも入れませんよ?」
「密室で何をしてるのかしら」
恐らくはナニをしているのだろうけど、そこは言わぬが花。いや、見るだけなら透視で見れるんだけど。
とりあえず転移で部屋の天井まで跳ぶ。いわゆる梁上というやつだ。バランスが難しい。下では真っ最中だ。何か変な臭いがする。鼻が曲がりそうなのだが、公爵夫人はとろんとした顔をしている。行為が気持ちいいのかこれがあの薬の総合作用なのかは分からない。
やがて、ベッドの軋みが止まって医者はゆっくりとタバコのようなものを吸う。タバコでは無さそうだ。あれは大麻とかそういう感じのおくすりだ。
「リンクマイヤーはしぶといな」
「申し訳ありません。なかなか崩れてくれずに」
「いや、あなたに言ったわけじゃないよではない。すまない。私も苛立っていたようだ」
「そんな! 私が、私が悪いのです。娘を送り込めていながら」
「なるほど。なら娘も同じ様にした方が早いかもしれんな」
なんかとんでもないこと言い出したよ、こいつ!