第七話 兄妹
兄妹のファミリーネームはカーンじゃないです。棒術も使いません。
「あら、お取り込み中?」
私がナイフを突きつけている姿を見ても動じる素振りも見せずに明るく笑っているのは見ようによっては恐怖でしかない。
「ご心配なく。直ぐにかっさばきますので」
「ひぃぃぃぃぃ!?」
情けない悲鳴をあげるウェイター。異変に気づいたのか店のスタッフが集まる。あー、さっさと首落としときゃ良かったかな?
「あの、エレノア様、これは一体」
奥から出てきた恰幅のいい男がおずおずとエレノアさんに話し掛ける。
「見たらわかるでしょ。取り込み中よ」
「い、いえ、その、その男は当方の従業員でして」
「そう? じゃあ責任はあなたがとつてくれるのかしらさ、クレリバンさん?」
エレノアさんの微笑みが怖い。氷の微笑と言うのだろうか。魔法で凍らせてると言われても納得しちゃう。出来そうなのがまた怖いんだけど。
「そ、それは、その、何があったのかを確認させていただけませんか?」
下手に責任を取るなんて言っても事実確認は必要だよね。
「どうぞ」
「ありがとうございます。おい、ボブ。お前、一体何をやったんだ?」
「え? スラムのガキが入ってきたんでいつもの通りに洗浄しただけですよ」
「いつもの通りに?」
「ええ、オーナーがいつもスラムのガキは臭いしメシが不味くなるから洗って帰らせろって」
それを聞いて私の顔が曇った。確かにこの子達はあまり清潔では無い。食事に連れて行くならそこには注意しないといけなかった。レストランには自分たち以外の客も居るのだ。その客が不快と思う様な行動は取るべきではない。
「すいませんでした」
私は素直に謝る。そして二人を連れて店を出ようとする。エレノアさんは私を見るとほぅとため息を吐いた。
「水門。水よ導きに従い、彼の者たちの身体を清めよ。〈洗浄〉」
エレノアさんが魔法を唱えると、二人の身体を小さな泡のようなものが包み込み、そして身体の汚れを落としていた。更に風魔法らしきもので身体の水分を取り除いてやると、二人の兄妹は目をぱちくりさせながら呆然としていた。
「はい、これでいいかしら」
「エレノアさん、ありがとうございます」
「どういたしまして。ええと、もう座ってもいいかしら? 私の席はこの子たちと一緒にして」
「はっ!? か、かしこまりました!」
我に返ったオーナーさんが自分を取り戻したのかエレノアさんの座席を用意して、料理の準備をするべく奥へと引っ込んだ。
「ごめんなさいね、キューちゃん」
「いえ、エレノアさん、助かりました」
「それでこの子たちは?」
「ええと、掏摸です」
「は?」
エレノアさんの動きが止まってギギギとばかりに二人を眺めて、ぽかーんとした挙句に再び私の方に向き直った。
「掏摸?」
「うん」
「なんで連れてきたの?」
「いや、なんというか妹ちゃんに泣かれちゃって流れで」
「はあ、わかったわ。ともかく何かお腹に入れてからにしましょう」
エレノアさんはさっきのウェイターを呼びつけて注文を取っていった。普通にしてる分にはイケメンウェイターだから人気とかはあるんだろうなって思う。それ以上にこの二人の地位というものが低いということだろう。
お店の料理はどれも美味しかった。特に魚介類のスープは絶品だったと思う。二人の兄妹もお腹いっぱい食べたみたいで満足そうにしていた。
「さて、それじゃあどういうことなのか、説明してくれる?」
「裏路地歩いてたら突き飛ばされてお金スられたから返してもらおうと追いかけて取り返したら妹さんに泣かれた」
端的に説明したんだけも、エレノアさんの頭の中ははてなマークでいっぱいの様だ。でもこれ以上どう説明すればいいのやら。
「あの、すいません。オレはビリーって言います。こいつは妹のリリィ」
妹のリリィちゃんが小さくこちらに頭を下げる。不安そうな顔はしているが警戒心はだいぶほぐれたみたい。ほら、お腹いっぱいになったから。
「まず、どうして私のお金を狙ったの?」
「見せびらかすみたいに金をちらつかせてたから」
どうやら武器屋を出て、残金を確認して何を食べようかと思案していたのは良くなかったみたいだ。
「あと、体格的にも転かせると思ったんだ」
あ、まあそうだよね。私は発育がいいとはお世辞にも言えない体型だもの。これが屈強なクマみたいな冒険者だったら狙われてなかっただろう。
「ええと、経緯はわかったけど、なんでリリィちゃんは泣いたの?」
「あのね、お兄ちゃんが殺されちゃうと思って」
どういうことなの? 私、そんなに凶暴そうな顔してる?
「衛兵の人がね、私たちのお金を取っていくの。それでお金ないって言うとボコボコにされるの」
どうやら衛兵が腐ってるみたいだ。
「私が衛兵みたいに見えたの?」
「だって、お兄ちゃんが転ばされて、私に来るなって言ったから」
このビリー少年の仲間が以前に同じ様な感じで衛兵に殴り殺されたのを見たことがあるらしい。そりゃあまあスラムだもん。少しくらいはそんなことあるかもだけどやり過ぎじゃないかな?
「へぇ、ちょっとその話は興味あるわね。ねえ、君たち、普段はどうやって生活してるの?」
「その、落ちてるお金拾ったりとか日雇いの仕事やらせてもらったりとか」
「そう。じゃあ私からも仕事お願いしてもいいかしら?」
エレノアさんがいたずらっぽく笑った。何をするつもりだろうと思って見てるとこっちにウインクしてくれた。
「ごめんなさい、キューちゃん。この後の買い物はまたにしましょう。少しやらないといけないことが出来たから」
魔法具屋には行きたかったけど、元々問題持ち込んだの私だからなあ。ここは魔法具は後回しでもいいと言うべきだろう。私は快く承諾した。
その後、二人を伴って冒険者ギルドに帰還。ギルドマスターを呼んで会議を始めた。ギルドマスター必要なのかなって思ったけど、形式的に出席してもらうことに意味があるんだって。なかなか難しい話だ。