第六十四話 実家
羊が一匹、オオカミが一匹、神様がいっぴき。
「おお、ヒルダ、帰ったか。やはり、あの家ではダメだったろう? なぁに、心配するな。婚約破棄したところで王太子様など選り取りみどりだ」
満面の笑みで娘を迎えるミルドレッド公爵。横にはでっぷりしたご婦人が座っていらっしゃる。あれは、もしかしてヒルダさんのお母様? もしかしてもしかしなくても将来のヒルダさんの姿? 両親どっちも丸いとなればそりゃあ……ねえ?
ちなみにテオドールは一緒に来ていない。自分が顔を出すと冷静に話が出来ないだろう、という事で、馭者に扮したまま、馬車で待機している。まあテオドールって馬好きそうだし。悪くないのでは? 君の愛バでばきゅんどきゅん走り出したりはしないだろうし。
「お父様、私はテオ……テオドール様との婚姻はそのまま進めるつもりです。なんなら実家とも、ミルドレッド家とも縁を切ります!」
「なんだと! 私たちがどれだけ心を込めてお前を育てたと」
そんな風にわめきたてる父親は無視する事にしたのか、そのまま話を続ける。
「本日帰ってきましたのはお聞きしたいことがあったからです」
「なんだね?」
「お父様、教団と繋がってるというのは本当ですか?」
「なっ、なっ、なんということを言うのだ!」
ミルドレッド公爵は激昂した。ちょうどいいから鑑定……あれ? この人教団のことは本当に知らないのか?
「お父様、本当のことを言ってください。私とてお父様を官憲には突き出したくはありませんが」
「お前は何を言っておるのだ。私は公爵だぞ? 公爵たるもの、教団なんぞに屈してたまるか! それよりも教団と関係があるのはリンクマイヤーであろうが!」
「なっ!? どうしてそのような世迷言を?」
おおっと? なんかミルドレッド公爵の方から爆弾発言いただきましたが? どうなってんの?
「どうしても、こうしても、リンクマイヤー領に教団の息のかかった商人が居るというのは調べがついておるのだ。しかもテオドールとかいう愚物を評価して、次男のエドワードは蔑ろにしておるともな!」
「なっ!? テオは愚物ではありません! なんて事を言うのですか!」
「愚物であろう! 店に押し入り、商品を持ち帰ろうとした挙句、店を破壊して、店主の家族に怪我を負わせたなどと話が来ておるぞ!」
いや、そうなるかもとは言ったけど、実際にしている現場は見てないぞ? というかテオドールはほとんど家から出てなかったもん。
「あの、お話中すいません。その話はどこから?」
「ん? なんだ貴様? どこかで……あっ、エッジの代官屋敷で見たやつではないか!」
「その節はどうも。それでどなたから?」
「もちろん、わがミルドレッド家の誇る諜報部隊からだな」
おおう、諜報部隊とかあったのね。というか公爵家ならあるのか? まあリンクマイヤー家でもそういう奴らいたとは思うし。
「となれば、ミルドレッド家の質も落ちたものですわね。その者を呼んでいただけますか?」
「そこの娘は部外者であろう。呼ぶ事は出来ん」
「あ、じゃあ私は席を外しますね」
そう言って部屋から出ようとする。ん? そう言えばご婦人がさっきから何も喋ってないな? 体調悪い? ええと…………はぁ!?
大丈夫、今度は素っ頓狂な声はあげてない。というか、教団と繋がってんの奥さんの方? いや、待てよ? そう言えばテオドールの母親もそんな感じだったなあ。教団ってもしかしてホストクラブか何かなの?
「奥様、顔色悪い様ですが、一緒にさがられますか?」
「ほっ、ほっといてちょうだい!」
あー、ヒスられた。年増デブ女がヒスったら元の顔が整っていたとしても台無しだよね。ヒルダさんがこうなりませんように。
それから諜報部隊の人間を召し出して聞いたらしい。ヒルダさんがどんな反応をしたのかは私には分からない。こんな時、順風耳持ってたらなって思うよ。壁に耳あり、障子にメアリー、あなたの後ろにメリーさん。
なんかよくわからないけどヒルダさんは憔悴しきっていた。で、帰ろうと思ったんだけど引き止められてしまったらしい。テオドールにその事を話して、テオドールはどうするのかと聞いたら、馬車は置いて宿屋に泊まるらしい。
ヒルダさんとしては客人としてもてなしたかったみたいだが、親がアレだし、テオドールの評価も低い。オマケにテオドール自身が宿屋に泊まるのをワクワクしている始末。私も宿屋でゆっくりしたかったけど、ヒルダさんに引止められた。明確に、私のことはお客と認識しているので(冒険者だけどいいの?)もてなさないのは貴族としての度量に傷がつくらしい。お言葉に甘えて晩餐をご一緒する事に。
「あなたは冒険者なの?」
「ええ、そうですね。まだまだ銅の駆け出しですが」
「まあ、鉄からは昇格したのね。すごいわ」
夫人が食事中に話しかけてくる。お陰で味があまり分からない。もっと味わって食べたいんだけどな。大分咀嚼にも慣れてきた。しかし、夫人が教団と繋がってるんだから油断は出来ないね。毒とかは……大丈夫。入ってない。
私はヒルダさんのお部屋の隣に部屋を用意された。というか、ヒルダさんが友達を連れて来た時に泊まれるようにと作ったゲストルームらしい。ヒルダさんは私と一緒に寝たいなみたいな顔をしていた。あらま、可愛い。
何人ぐらい泊まったんだろうと聞いてみたらヒルダさんから目を逸らされた。メイドさんに聞いてみようと思ったらそっちも目を逸らされた。……つまりはそういう事なんだろう。ヒルダさんのハジメテ、いただきます。
敵が動くとしたらヒルダさんが帰ってきたこのタイミング。私を襲うのか、ヒルダさんをどうにかしちゃうのかは分からないが、油断は禁物だ。頑張って起きて……いや、この布団とても暖かい。
はっ、いやいや、寝ちゃダメだ。今日は徹夜で頑張らなきゃ。こういう時は数を数えるとかそういう単純な作業をして気を紛らわせばいいんだよね。よし、じゃあまず、羊が一匹。羊が二匹。羊が三匹……ぐぅ。