勇気(episode64)
やっちゃいました。
「ぽっ、ぼくの事はいくら殴っても構わない! でも、でも、その代わりこの人たちには手を出さないでくれ!」
「そんなのが通用すると思うか? まあお前の方は好き放題殴ってやるけどよ!」
マコト君、男だなあ。そしてこの男ども、さっき逃げた三馬鹿も込みでクズばかりだ。仕方ない。身体強化するか。そんな事を思ってたら先に凪沙が動いた。
「マコト君を、放しなさーい!」
高高度のドロップキックをかまして、そのまま着地すると、そこからミドルキックをぶちかます。二人が吹っ飛んだ。もう凪沙だけで良くない?
「なっ、何しやがるこのアマ!」
「はっ!」
殴りかかってくる奴の手を取って一本背負いで叩きつける。下は石畳だ。痛いぞ? 頭から落ちないようにはしてるみたい。というか頭から落ちたら致命傷になるよね。
「おい、ヤス! てめぇ! おい、仲間集めろ!」
「いや、ケンちゃん、女相手に人数で囲むの?」
「うるせぇ! このままじゃ面子が丸つぶれなんだよ! オレたちだけじゃねえ。親分にも来てもらえ!」
「ちっ、分かったよ。あ、もしもし?」
どうやら電話を架けることで応援を呼ぼうという腹積もりらしい。まあこの程度が増えても凪沙の敵じゃないよね。頑張れ凪沙!
「マコト君、未涼と保乃を連れて早く逃げて!」
「えっ? ティアさんは?」
「ティアはこっち手伝わせるから!」
なんですとぉ!? 私、いつの間にやら手伝うことになってるの? あー、いやー、多分集団で襲って来るサンドウルフ以下の存在だとは思うけど。武器も持って無さそうだし。
「ティア、サボるな!」
「いや、勝手に巻き込んどいてそれは無くない?」
「私がやんなきゃティアがやってたでしょ?」
「いやまあそのつもりではあったけどさあ」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる!」
男が殴りかかってきたのでひょいと避けてボディにパンチを叩き込む。あ、リバースしやがった。虹エフェクト掛かりそうな絵だなあ。見たくないし、臭いも感じたくない。遮断出来たらなあ。後で綺麗に流しておこう。
正直、最初の五人ほどの人数の中で強かったのはいなかった。見掛け倒しにも程がある。いや、駆け出し冒険者に比べればマシかな。お前も駆け出しだろうって? いやいや、一応私は戦闘教育受けてたからね? 伊達に貴族じゃなかったし。
「おいおい、やられてんじゃねえか」
「お、親分!」
「ケン、お前ら女を攫うのにオレを呼んだのか?」
「すいません、でもこいつら強くて」
「言い訳は聞きたくねえな。そうだな、こいつらの味見はオレが一番だ。いいな?」
「わかりました」
なんか勝手にこっちの処遇を決められても困るんだけど。
「オレは金髪のねーちゃんをやる。お前はそっちの女をやれ」
「わ、わかりました」
あのケンってやつじゃあ凪沙に勝てないと思うけど。おっと、私はこっちかな。
「おい、今オレのモノになるなら優しくしてやるぜ? オレはベッドじゃ優しいんだ」
「悪いけどお断りよ」
「そうかい。後悔すんなよ!」
これがゲームなら戦闘突入音楽になって、ターンが回ってくるんだが、現実はそうもいかない。いつの間にかメリケンサックを填めた拳で私を殴ってきた。
私は身体強化済みなのでそれを片手で止める。正直、身体強化かけなくても何とかなったかもしれない。でも人数も多いし念には念を入れた。
「なんだどぉ!?」
「これがパンチ? あくびが出るわね」
そう言ってあくびの真似事をしてたら本当にあくびが出た。アクビガールとは違う。
「コノヤロウ!」
激昂した親分は背中から木刀を引き抜き、私に叩きつける。タイミング、スピード、どちらも不十分だけど、不意打ちとしては優秀だ。とはいえ、私は最初から背中の木刀は警戒してたんだ。
「よっと」
木刀を手のひらで横に弾き、体勢が崩れたところに蹴りを入れる。顔面へのハイキックでもいいけどぶっ飛ばしたいのでミドルキックだ。
「な、なんなんだてめぇはよ!」
「なんなんだって言われても、か弱い乙女だわ」
「お前のような乙女がいるか!」
「あらあら、あんまりだわね」
淑女としての教育は受けてきたし、まだ男性経験もないから乙女でいいはず。乙女の定義はよく分からないけど。
「バケモノが!」
そう言って親分は距離を取った。凪沙の方を見ると普通にやり合ってる。倒しちゃえばいいとは思ったけど、そうすると他の奴らが雪崩をうって来るわけか。私待ちですか、そうですか。
「クソ、このやろう!」
凪沙は野郎ではないけどね。そんな事を思ってたら男は懐から拳銃を出した。いや、ケンカにそんなもん出す?
「死ねぇ!」
これは仕方ないよね。身体強化だけじゃ間に合わないから、やっちゃうね。
「水よ壁となりて、飛来するものを押し流さん。水門 〈流水防御〉」
凪沙の目の前に水の壁が現れ、上から下に落ちていく水が銃弾の威力を無効化して弾いた。
「なっ、なんだよ、これは!」
「あーあ、やっちゃったか」
「凪沙を撃たれる訳にはいかないでしょ」
仕方ないなあという感じで苦笑いをする凪沙。そして呆然としている親分を凪沙がアゴへのパンチで倒した。逃げようとしていたケンは拘束しておいた方がいいかな?
そんな感じで処理していたらいつの間にか他の奴らは散り散りに逃げていた。やっぱり頭を狙うのが正解だったよね。
そのまま清秋谷に引き渡して旅館に帰宅。帰宅というのかは分からないが、今日も泊まるからね。汗をかいたのでお風呂に入りに行くとお風呂の中で未涼さんも保乃さんも待っていた。
「かっこよかったです! 最後まで見れずに残念でした」
「大丈夫だった?」
「ええ、マコト君が、頑張ってくれましたから。頼りになりますね、彼」
未涼さんが頬を染めながらマコト君を褒め称えていた。これはひょっとしてひょっとするのか?
まあ恋バナに花を咲かせることもなく、昼間の疲れから私たちはそのままぐっすりと寝込んでしまった。寝る時間は早かったけどまあそれも仕方ないだろう。