第六十三話 帰宅
娘、帰る。
「エドワードを暗殺とは大それたことを考えてくれたな!」
「テ、テオドール様とて、エドワード様の事を邪魔に思っておられたのでは?」
「阿呆! 実の、ではなくとも弟を疎ましく思う兄がどこにいるのだ!」
ええと、どこかの世紀末暗殺拳では伝承者を賭けて戦ってたし、なんなら兄より優れた弟なんかいない!みたいに拗らせてたと思う。次男が一番凶悪だもんね、性能的に。話がズレた。
「ひ、ひえええええ」
商人が半泣きになりながら土下座する。まあこの人、土下座しながらもどこに逃げるか必死に考えてるみたいだけど。
「えっ、ミルドレッド家に伝手があるの!?」
「嘘っ!?」
私の言葉にヒルダさんがあからさまに狼狽えた。凄く顔色が青くなってる。そしてテオドールにすがった。
「違います、違うのです。私では、私ではありません! そんなの全然何にも知らなくて、ただ、テオドール様と夫婦に……ううっ」
「ヒルダ、今更オレはお前の愛を疑ってなどおらんよ。オレこそ家中にこんなやつをのさばらせておいたなど腹が立つ」
「テオドール様!」
「テオでいいと言っただろう、ヒルダ」
「恥ずかしいです、テオ」
熱い熱い熱い熱い! だ、か、ら、そういうのは二人きりの時にやんなさいよ! 私に対する当てつけ? あー、いや、別に男が欲しいとかじゃないんだけど。三号みたいなのが来たら困るし。今なら勝てるかなあ?
「今のうちに……」
「いや、逃がさないけど?」
商人がこっそり縄を解いていた。こいつ、いつの間に。もしかしてそういう修行でもしたのかな? まあ民明書房の本でも酢に浸かれば身体が柔らかくなるって言ってたし。
窓から這い出ようとしたのを私が見つけた。というかここ、地下室なんだけど、窓はどこに……ああ、空気と採光の為に空けてるから地上に繋がってんのね。それにしても体格の割に器用なものだ。
「ぐっ、最早ここまで!」
そう言うと商人の男は魔法を唱え始めた。
「猛り狂う稲光よ、真っ直ぐに進み、敵を穿て! 〈雷撃〉!」
光が迫ってくる。私はびっくりして転移した。私の後ろにはヒルダさんがいた。しまった、交わしたらヒルダさんに当たっちゃうのか!
「はぁぁぁぁ!」
裂帛の気合いと共に、テオドールの剣が閃く。いつの間に抜いたのかは分からないが、迫り来る雷撃を剣で叩き落とした。……いや、見てて実況してるけど、テオドールって本当に人間なのかな?
「ヒルダ、大丈夫か?」
「テオが護ってくれたので大丈夫です」
「妻を守るのは夫の務めだからな」
「テオ……」
いやだからそこでやんな。こういう時のために私も障壁以外の攻撃手段を持っていた方がいいかもしれない。銃とかあれば訓練はしたことあるから大丈夫なんだけどな。まあ大きさ的には短剣かなあ。
しかし、テオドールは化け物だねえ。排除したくなるのも分かる。ええと、でも暗殺しようとしたのはエドワード様だったよね?
もしかして、テオドールは洗脳済みだから、もしくは洗脳するのが簡単だから頭のキレる弟を何とかしようとしたとか? いやいや、それならヒルダさんを狙うよね?
いや、待てよ? そう言えばさっき、ミルドレッド家に関係者が居ると言っていたが、もしかしたら領主もグルだったりする? いや、奥さんの方か? 何せテオドールの母親は姦通してたんだし。
「父上にお伺いして、ミルドレッド家に向かう。教団の話と言えば否とは言うまい」
「私も、行きます」
「ヒルダ、辛いものを見るかもしれんぞ?」
「覚悟の上です。私はテオの妻。ミルドレッド家が敵に回ると言うならそれは仕方がありません」
「そうか。ならば何も言うまい」
だからそういうのは……あ、普通の会話で終わった。まあ妻とかなんだか怪しいところはあったけど。
「よし、じゃあ転移で跳びましょう」
「いや、貴様、ミルドレッド家がどこにあるか知らんのだろう?」
そうでした。いや、あったことはあるんだけどね。ランドルフだったかルドルフだったかはわかんないけど。どっちがどっちだったか。
「仕方ありません。私の馬車で参りましょう。娘の馬車が来たとあれば門前払いになる事もありますまい」
「そうだな。よし、ならばオレが馭者をしてやろう。こう見えても馬の扱いには長けている」
どう見ても長けている様にしか見えないし、実際戦場では馬上で縦横無尽に駆け巡ってたよね。って言おうと思ったけど、なんかヒルダさんから氷点下っぽい視線を受けたので保留にします。
「よし、乗り込むぞ! そこの商人も連れて行く。文官に関しては……ベルガー、然るべき処置をしておけ」
「かしこまりました。当家の使用人から忠義に悖る者が出ようとは家令として痛恨の極み。邸内の綱紀粛正に努めます」
「うむ、頼んだぞ。では行くとしよう」
私たちはヒルダさんの馬車でご実家のミルドレッド家に向かった。テオドールが楽しそうに操縦してるからこういうのが好きなのだろうなと分かる。ヒルダさんはキラキラした目で見詰めてるし。
馬車に乗る、という事で私は高級な馬車の乗り心地というものを味わった。おしりが痛いです。いや、確かに座席はいい生地が使われてるよ? でもさ、揺れるんだよ。ガタゴトガタゴト。テオドールが下手なのかと思ったけど、テオドールは平然としてるし、ヒルダさんは嬉しそうだし。
いや、ヒルダさんは基準にならないや。この人、テオドールがやってたらなんでも絶賛しそうだもん。出会った頃はあんなにも凛々しく思っていた。時の流れって無情だね。いや、そんなには経ってないけど。
馬車を走らせ、王都の東側に到着。その辺一帯がミルドレッド家とその閨閥的な家々らしい。八洲八家みたいなものだろうか。
「止まれ! ここから先はミルドレッド公爵家である!」
「いや待て、あれは確かヒルダお嬢様の」
ヒルダさんが顔を出して門番に宣言する。
「私です。戻りました。お父様は御在宅ですか?」
「おお、お嬢様だ! おかえりなさいませ! 旦那様も奥様もお待ちですぞ」