第五十五話 両親
こいつ、しつこい。
そのまま転移で王都に向かい、王都の路地裏まで跳ぶ。ここから冒険者ギルドはすぐそこだ。
「本当に着いちゃった?」
「ここは王都、なのか?」
グスタフさんもビリー君もびっくりしてる。リリィちゃんは楽しかったようですごいすごーいと興奮気味だ。
「どこから現れたか知らねえが、ここらはオレらのシマなんだよ。死にたくなけりゃ身ぐるみ……」
「あぁん?」
絡んできたチンピラがグスタフさんのひと睨みで腰が抜けたかのようにへたりこんだ。いやまあ確かにグスタフさんは怖いよね、うん。
冒険者ギルドに入るとグスタフさんに視線が集まる。
「おい、あれ」
「ああ、間違いねえ、颶風だ」
「マジかよ。エッジに居たんじゃあ?」
「魔の森が氾濫してもいいように待機してるって話だったんじゃないか?」
「まさか魔の森でなんかあったのか?」
そんな囁きというには大き過ぎるざわめきが冒険者ギルド中に広がった。慌てて奥から人が出てくる。あ、前に肉串くれたおばちゃんだ。
「グスタフ!」
「ああ、アンヤ婆か」
「婆さんみたいに言うんじゃないよ、ひよっこが!」
「いや、婆さんじゃねえか。オレが駆け出しの頃からなんも変わってねえじゃねえか」
どうやらこのおばちゃん、お婆さんみたいだ。ってグスタフさんが駆け出しの頃って二十年以上前だよね?
「そっちのは……確か手紙を届けに来た」
「はい、肉串ご馳走様でした!」
「いいよ、あんたはしっかり仕事してくれたからね。お駄賃だ。なんなら帰りにエッジの街宛の手紙も引き受けてくれて感謝してたところだよ」
褒められたのかは分からないけど、感謝されるのは嬉しい。
「それで、なんだってこんな王都くんだりまで来たんだい?」
「おっとそうだ。アンヤ婆、ここにハワード商会からの荷物は預かってねえか?」
「随分と前の話をするじゃあないか。だが、そこはギルドの秘密でね。血縁者でもなきゃ開示できないよ」
どうやらあるらしい。でも守秘義務というやつだろう。冒険者ギルドにあるなら奴らも、教団も手を出せないかもしれない。
「父さんと、母さんの、形見、なんです!」
ビリー君が声を振り絞って言う。アンヤ婆さんは目を見開いた。
「へぇ、あんたたちがハワード商会のねえ。確かにこの小さいのは奥さんの方に似てるねえ」
「母さんを知ってるんですか?」
「まあ元々冒険者ギルドで受付してたからねえ。アディはいい子だったよ」
二人の母親の名前はアディなのか。いや、愛称っぽいなあ。
「母さんが、冒険者ギルドで?」
「そうだよ。気立てのいい人気の受付嬢だったんだけどねえ」
「父さんが射止めたんだ……でもどうやって」
「元々旦那の方も元冒険者だったのさ。稼いだ元手で商売始めたんだよ」
なんと、ビリー君のお父さんは元冒険者だった。まあビリー君が生まれる頃にはとっくに引退してたらしい。そりゃあまあ商人として店を構えてから子作りとかしてただろうしねえ。
「そうか、話が早い。そのブツを出してくれ」
「慌てるんじゃないよ。ちゃんと血統者認証があるんだからね」
ビリー君の両親は預ける際に横取りされないように、旦那さんか奥さんの血筋を持ってなければ開けないという魔法を掛けていたらしい。よく分からないけど、指紋認証に似た感じかな?
「それならまあ急がなくてもいいかもな」
「そうだろう? じゃあなんで急いでたのか教えてくれんかね?」
「ああ、実はな」
そう言ってグスタフさんはエッジの街の冒険者ギルドであったことを話し始めた。話が進むにつれてアンヤ婆さんの顔が険しくなっていく。
「この、おバカ!」
「いってぇ!?」
アンヤ婆さんはゲンコツをグスタフさんの頭上に落とした。痛くなさそうだけど、グスタフさんは蹲ってる。
「な、何するんですか」
「教団絡みだってなんで早く言わないんだい! 教団の奴らなら死体から血を採取してでもここに辿り着くだろうよ!」
まあ確かに血縁者認証は冒険者ギルドでも割と知られているセキュリティだ。一定以上の身分の人ならだいたい知っている。当然ながら教団の奴らも知っているだろう。何しろ奴らは身分を問わず潜んでいるのだから。
「ええい、こうなったら早めにあんたらに受け渡すよ。冒険者ギルドとしちゃあ巻き込まれたくないんでね」
冒険者ギルドの立場を考えたら協力して欲しいところなんだろうけど、冒険者ギルドに教団関係者がひそんでいる可能性が高い。
アンヤ婆さんは保管庫と呼ばれる区画までみんなを連れて行った。様々な品物が置かれている。一時預かりの場所だ。その場所の奥の方にいくつかの小さな金庫のようなものがある。
「ハワード商会は、これだね。そこの二人、どっちでもいいからこの石版に血を垂らしな!」
アンヤ婆さんに言われたけど、リリィちゃんのお手手を傷付けるのも嫌だなあ。ビリー君よろしく。
「ちっ、まあいいさ。オレもリリィにやらせたくないしな」
小さなナイフの先で指先を傷つけるとそこから滴り落ちる血が石版にかかった。少しして保管されてる金庫のうちの一つがゆっくりと開く。
中を確認するとラグビーボール大の木の実が入っていた。殻が硬くて中身が腐ってないのかどうか分からない。
「心配しなさんな。これはアーティファクトと呼ばれるもので、中の時間は限りなく遅くなってるんだよ。十年経っても冷やしたものの冷気が残ってたりするもんさ」
どうやら大した品物らしい。改めてその木の実を見てみる。触らせてもらって鑑定を発動する。
【進化の木の実:元の生物の一段上の存在になれる。毒では無い】
どうやらとんでもないものの様だ。だから王様に献上しようとしたのか。いや、単に珍しいものだから王様に献上するべきと思ったのかもしれない。
「ほほう? それが噂の。こちらに寄越して貰おうか」
そんな声が響く。闇の中でゆらりと影が揺れる。誰なのかは言わなくても分かるだろう。ゲーブルだ。いつの間にか冒険者ギルドの奥まで入って来ていたのだった。