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惚気(episode54)

私の推しは宇治抹茶です。

 メイド喫茶、開店当日。


「おかえりなさいませ」

「おかえりなさいませ」


 さわやかな出迎えの挨拶が、澄みきった店内にこだまする。メイドたちの花園に集う亡者達が、今日も野獣のような下卑た笑顔で、メイド喫茶の入口をくぐり抜けていく……


 ダメだ、これは! というかもうやったあとだろ、天丼なの? ネタ切れなの? えっ、白薔薇ファミリーバンザイ? わかんない、わかんないよ! 女神様ナレーションの言ってること何一つわかんない!


 さて、お遊びはおいといて、開店と同時に入ってくる様な客は全て招待客だ。開店日と招待日を分けた方がいいのでは無いかと思ったけど、なんでも繁盛してる様に見せたいんだって。


 源三オーナーもこの時間に来ている。お店はいいの? 私と凪沙の晴れ姿を見たかった? いや、晴れ姿も何もメイド服ですよ? 有罪ギルティですねえ。


「おかえりなさいませ、ご主人様!」


 オーナーが出て来るといそいそとコトミさんがメイド服を纏って出て来る。オーナーは私たちを見ると、声を掛けてくれた。


「仕事の方はなんとでもなるから頑張って手伝ってあげなさい」

「はい、ありがとうございます、オーナー!」

「こらこら、ここではご主人様だよ? まあいいか。どうせ凪沙君のご主人様はもう決まってるんだし」

「えっ、あの!? そのっ!?」


 わたわたしている凪沙。いやもうさ、みんなの公認みたいなものなんだからそこまで恥ずかしがらなくても良くない?


 それからも何人もお客さんは入ってくる。座席数に余裕はあるけど、回転率が悪い。一度入ったお客様はなかなか帰らないのだ。いやまあ、帰る、のはこの場所なのかもしれないので、お出掛けにならないのだ。というのが正しいのかもしれない。


 オーナー? いや、オーナーは来て直ぐになんか萌え萌えオムライスとかいうのを頼んでコトミさんが萌え萌えきゅんってやってたよ。それが終わったら食べて帰ってた。というかあの萌え萌えきゅんって私らもやるの? やるのかぁ。


「おかえりなさいませ、ご主人様!」

「デュフフ、これは当たりでござる! 思ったよりおっぱい大きいでござる!」

「……ど、どうぞお掛けください。ご注文はお決まりですか?」

「ご注文はうさぎでござるよ。デュフフ」


 うさぎ? うさぎ食べるの? うーん、あまりこの辺では食べたことないなあ。いや、野ウサギとか割とメジャーな食材だから香草焼きとかならすぐ作れると思うけど。


「少々お待ちください。今からうさぎを捕ってまいりますので」

「えっ?」


 私の反応に凪沙がびっくりした顔で耳打ちしてきた。


「違う違う! うさぎを食べるんじゃなくてそういう感じの名前のアニメ見せたでしょ?」

「……ああ! あのもふもふがたくさん出てくる」

「そうそう。おそらくその読者だろうからコーヒーでも勧めればいいのよ」

「なるほど。勉強になるわね」

「……こんなの勉強したくもなかったわよ」


 凪沙が何故か嘆いていたので改めてそのお客様に聞いてみた。


「コーヒーのご注文ですか?」

「おっ、そなた、分かってるでござるなあ。ホットココアやカプチーノも悪くないでござるが、ここはキリマンジャロを頼むでござるよ」


 キリマンジャロ、というのは確か山の名前だったと思うけど……分からなかったのでかしこまりました、と下がってバックヤードに。片っ端から鑑定してたらコーヒー豆にキリマンジャロ産って書いてあった。もしかして、豆の産地なの?


 よく見るとメニュー表にもキリマンジャロって書いてある。しまった、メニュー表を提示するの忘れてたんだ。何たる不覚。ティアちゃん一生の不覚だ。


「お待たせしました。キリマンジャロです」


 お客様(太り気味、汗っかき、メガネ)の所にコーヒーを持っていく。お客様はありがとうでゴザルと言って美味しそうにコーヒーに口をつけた。


「ううーん、香り高いでござる。まるでじぇーけーの香りでござるなあ。クンカクンカスゥーハァー」


 わざとやってるんだろうか? いや、でも所作としては美しいんだよね。なんかマナーがしっかり分かってるって言うか。


「これならば十分合格点でござるよ。また来るでござる」


 お客様はそう言うと席を立った。仕草はスマートだったな。不思議なものだ。


「おかえりなさいませ、ご主人様……ひうっ!?」

「や、やあ、凪沙。来たよ」

「よ、よ、よ、よく、来たわ、ね。ええと、そう! こっち、こっちよ!」


 タケルが来た。凪沙が誰よりも早く接近し、テーブルに案内する。こうして見るとさっきのお客様よりかはタケルの方がいい男だろう。全くタイプじゃないけど。


「ご注文は?」

「うさぎ」

「それはさっきやったわよ!」

「ええー、じゃあさ、この萌え萌えオムライスを頼みたいんだけど」

「も、萌え萌えオムライスね。わ、わかったわ。誰か希望のメイドさんはいるの?」

「え、ええと、もし良ければ凪沙にやって欲しいんだけど」

「あ、あたしにあんな恥ずかしい真似をしろって言うの!?」

「あ、そうだよね。じゃあティア」

「やらないとは言ってないじゃない!」


 これが一連の会話である。この間、店内の他の場所では時が止まったかのように何も動いてなかった。客がいなかった訳では無い。むしろ割と入ってる。みんな行く末が気になってるんだね。


「お待たせしました。ご、ごゆっくり」

「えっ? まだ完成してないよね?」

「……ケチャップでメッセージを描きます。何を描いたらいいですか?」

「あ、じゃあメジャーにLOVEで」

「ら、ら、ら、ら、ら、らぶぅ!?」


 凪沙の顔が真っ赤に染る。


「ち、ちがうよ、ほら、アルファベットならそんなに複雑じゃないから」

「違うんだ……」

「いや、その、あながち違うとも言いきれないけど……」


 砂糖吐きそう。私たちは何を見せられているのだ。それから凪沙が秘密の呪文、「美味しくなぁれ、萌え萌えきゅん!」を唱えてタケルにオムライスを押し付けたあと、バックヤードに走っていった。凪沙、仕事しようよ。いや、ひと仕事した感じだけどさ。

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