表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ボクはネコ科の男』  作者: 髙山志行
2/8

“ミーコ MY LOVE” ー魔法の呪文は「ミゴニャン ゴゴニャン ンコニャン」ー

 自称「内気でシャイなナイス・ガイ」のボクは、相手の目を見て話をするのが苦手だった。


(似たような意味の言葉の繰り返しだけど、単なる単語の「語呂合わせ」。気にしないでくれ)。


 でもそれも、時と場所、そして相手による。


「こんにちは、きょうからここの子になります…って」


 夕方から深夜までの、半夜勤のバイト。そこから戻ったボクを迎えてくれた、半同棲中の彼女は…足(もと)を振り返りながら、そう言う。


『?』


 彼女の視線の先に目を走らすと、小さくて黒っぽい物体が、チョコ・チョコと彼女の後についてくる。


『なんだコリャ?』


「夜中の正午」過ぎ。細かい手作業の仕事を終え、自転車で帰宅したボクの目は、ボヤケているし…部屋の明るさに幻惑されて、すぐには焦点が定まらない。


『アリャ・リャ・リャ!』


 よーく見れば…黒・白・茶。黒の配分が多目の三毛の、片方の手の平に入ってしまうほどの小さな子ネコ。

 ボクはソイツをヒョイと抱き上げ、目の前に持ってきて…


「!」


 お互いジッと、相手の顔をのぞき込む。


「うん!」


 ボクは一発で感じた。


『これはウチで飼うネコだ』


 パッチリした瞳。スラリと伸びた長いシッポ。


『ボクの好みにピッタリだ』


 両の手先は白くて…


(ボクはイヌやネコに対して、「前足」という言葉を使わない)。


「スパッツ」とか「手袋」なんて言ってたけど…専門用語を使えば、「ソックス」という事になる。


『そんじょそこらのネコとは違う』


 まだら模様の中にも「気品」が漂う。特に、横から眺めた横顔なんて、鼻筋が通っていて、「気高さ」が感じられて最高だ。

 ボクには、ピンと来るものがあった。


「Miaou~」


 その子には、その時すでに、「ミーコ」という名前がついていた。

 そもそもの始まりは、その日の夕方。同じアパートに住む家族の、小学生の女の子。お母さんとの買物の帰り道。「Miaou~・Miaou~」とついて来る。

 連れてきたのはいいけれど、「ウチでは飼えない」とお鉢が回ってきたそうだ。

「ペットと同居」なんて賃貸が皆無だった時代だけど…向かいはお寺の墓地。隣りは「✕✕荘」なんてモーテル。裏手には、「○○自然丘陵」なんて山が迫っていて…元々は、どこかの会社の社員寮だったという古いアパート。

 自然は豊富だったけど、社会からは隔絶されたような場所で、離れた所に住む大家さんは放ったらかし。ネコの一匹くらい、どうって事はない。

 名づけの親は、その女の子。それが、「ボクとミーコ」の最初の出会いだった。


「立てば芍薬(シャクヤク)、座れば牡丹(ボタン)。歩く姿は百合(ユリ)の花」


 拾われてきた子なので、素性はまったくわからない。


(昨今の「ペット・ブーム」。でもボクは、そんな「人身売買」みたいな行為はお断りなのだ)。


 でも…「高いネコなんだろ?」

 近所のおばさんにそう言わしめるだけの、「品の良さ」や「風格」があった。


(立ち姿からして、ガニ股でだらしない野良(ノラ)猫なんかとは「月とスッポン」「雲泥(うんでい)の差」。綺麗に両手の内側を揃えて、シャナリと構える)。


「手前味噌」かもしれない。自分の子は、やっぱり可愛い。でも、それだけじゃない。

 物心つく前から犬・猫のいる家に育ち、代々ネコを飼ってきたボクが言うのだから間違いない。この子には、そのへんのネコとは違う、「なにか」があった。


(強いて言えば、おそらくたぶん、他の普通のネコとくらべて、格段に「知能」が高かったんだと思う)。


 そんなミーコだが、その「高貴」で「上品」な容姿とは裏腹に…


「キャ~! ネコちゃん」


 おもての方で、黄色い歓声が飛ぶ。玄関先からのぞいて見れば、小さな男の子を連れたお母さん。「スフインクス」のように寝そべったミーコは、黙って男の子に()でられている。


(昔から、意外にミーコは「子供好き」)。


 もちろん、相手にもよるのだろうが…黙ってかまわれている事が多い。そんな「余裕」や「ゆとり」もあった。

 また、「イヌは飼い主に、ネコは家につく」なんて言うけれど…それから二度ほど引越しを経験したミーコ。この子は、まったく違う土地を渡り歩き、この家で三軒目だ。

 何事にも、例外はある。

「ネコは死ぬ前に姿を隠す」などとも言われているが、ボクの家で飼ったネコは、交通事故で死んだネコ以外、すべて家で息を引き取っている。


(野良と違って家猫は、どこでもそんなものだろう)。


 もっともミーコは、最初の引っ越し直後に家を飛び出し、たぶん土地勘の無い所で迷子になったのだろう。しばらく、行くえ知れずとなってしまった。

 しかし数ヶ月後、何キロも離れた郊外の里山の中で発見され、奇跡の生還を果たしたのだ。


(それだけでもドラマになるような、波瀾万丈な猫生(びょうせい)を送っているネコなのだ)。


 今ではボクの生まれ故郷に落ち着いて…この家に連れてきた頃は、もういい歳になっていた。かつてのように、元気におもてを飛び回る年齢ではなかった。

 でもかえって、それが幸いだったのだろう。かつてこの家で飼っていたネコの大半は、交通量の多い目の前の道で()かれてしまったのだから。


(かつて、(こも)りがちな子が一匹だけ、猫生をまっとうしたけど…「明治生まれ」の祖母(オバアチャン)に言わせれば、「こういうのが本当のネコ」で、やたらと出たがるのは「ヘコ」って言うんだそうだ)。



 そして今では、ボクとミーコの二人暮らし。


「?」


 コタツに足を突っ込んで、アレコレやっているボクのお腹にはい上がってきては、したり顔でボクのことを見つめている。

「ネコは目をそらす」なんて言うけれど、そんなのはウソだ。

 ミーコも今年で17歳。もう長い付き合いだ。ヒゲやマツゲも長くなり、自慢のジャンプ力も衰えて、もう押し入れの二段目にも飛び移れなくなったけど…

 アパート暮らしの頃のミーコの出入口は、通路に面したトイレの上の、小さな小窓。ボクの顔くらいの高さだから、1メートル70前後だろう。


「すごいでしょ!」


 こちらに向かって「Miaou!」。

 初めてそこに飛び上がった時のミーコの、自信に満ちた得意気な顔。

 そんじょそこらのノラたちでは、そんな高さまでは飛び上がれない。それに小さな小窓なので、開けっ放しで外出しても、「空き巣」の心配もない。それでそれ以来、そこがミーコの出入口となった。

 でも…押し入れの二段目を昼寝場所にしていたミーコ。ある日、そこに飛び移るのに失敗。


(動物たちは、つまらない「拘泥(コダワリ)」を抱えた人間と違って、「(イサギ)」がよい)。


 それをボクに目撃されて以来、ミーコがそこに上がる事は二度となかった。


「Miaon~」


 あの時のミーコの、さびしげな顔。老いていくのは辛い事だ。


「なんだよミーコ?」


「Miaou!」


 忙しい時にかぎって、甘えてくる。


「かまってほしいの」


 ネコの「さみしがり」は、いくら甘えても、甘え足りない。これでもかと言わんばかりに、自分の後頭部から額にかけてすり寄せてくる。


「わかったよ」


 今、このボクのことを必要としてくれているのは、このミーコだけ。


「ヒゲのはえた美人さん」


 そう言いながら…


「ミゴニャン ゴゴニャン ンコニャン」


 ミーコの愛称を唱えて、両手で両ヒゲのあたりを()でてやる。


「ゴロ・ゴロ・ゴロ…」


 満足そうに、ノドを慣らして目を細める。


「ミゴニャン ゴゴニャン ンコニャン」


 夜も更けてきた。なんだかこっちも…


“Feel So Much Miaou Miaou”


「今夜はとっても、ネコな気分」だ。


 愛しのミーコ “ミーコ・マイ・ラブ”!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ