“ミーコ MY LOVE” ー魔法の呪文は「ミゴニャン ゴゴニャン ンコニャン」ー
自称「内気でシャイなナイス・ガイ」のボクは、相手の目を見て話をするのが苦手だった。
(似たような意味の言葉の繰り返しだけど、単なる単語の「語呂合わせ」。気にしないでくれ)。
でもそれも、時と場所、そして相手による。
「こんにちは、きょうからここの子になります…って」
夕方から深夜までの、半夜勤のバイト。そこから戻ったボクを迎えてくれた、半同棲中の彼女は…足下を振り返りながら、そう言う。
『?』
彼女の視線の先に目を走らすと、小さくて黒っぽい物体が、チョコ・チョコと彼女の後についてくる。
『なんだコリャ?』
「夜中の正午」過ぎ。細かい手作業の仕事を終え、自転車で帰宅したボクの目は、ボヤケているし…部屋の明るさに幻惑されて、すぐには焦点が定まらない。
『アリャ・リャ・リャ!』
よーく見れば…黒・白・茶。黒の配分が多目の三毛の、片方の手の平に入ってしまうほどの小さな子ネコ。
ボクはソイツをヒョイと抱き上げ、目の前に持ってきて…
「!」
お互いジッと、相手の顔をのぞき込む。
「うん!」
ボクは一発で感じた。
『これはウチで飼うネコだ』
パッチリした瞳。スラリと伸びた長いシッポ。
『ボクの好みにピッタリだ』
両の手先は白くて…
(ボクはイヌやネコに対して、「前足」という言葉を使わない)。
「スパッツ」とか「手袋」なんて言ってたけど…専門用語を使えば、「ソックス」という事になる。
『そんじょそこらのネコとは違う』
まだら模様の中にも「気品」が漂う。特に、横から眺めた横顔なんて、鼻筋が通っていて、「気高さ」が感じられて最高だ。
ボクには、ピンと来るものがあった。
「Miaou~」
その子には、その時すでに、「ミーコ」という名前がついていた。
そもそもの始まりは、その日の夕方。同じアパートに住む家族の、小学生の女の子。お母さんとの買物の帰り道。「Miaou~・Miaou~」とついて来る。
連れてきたのはいいけれど、「ウチでは飼えない」とお鉢が回ってきたそうだ。
「ペットと同居」なんて賃貸が皆無だった時代だけど…向かいはお寺の墓地。隣りは「✕✕荘」なんてモーテル。裏手には、「○○自然丘陵」なんて山が迫っていて…元々は、どこかの会社の社員寮だったという古いアパート。
自然は豊富だったけど、社会からは隔絶されたような場所で、離れた所に住む大家さんは放ったらかし。ネコの一匹くらい、どうって事はない。
名づけの親は、その女の子。それが、「ボクとミーコ」の最初の出会いだった。
「立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花」
拾われてきた子なので、素性はまったくわからない。
(昨今の「ペット・ブーム」。でもボクは、そんな「人身売買」みたいな行為はお断りなのだ)。
でも…「高いネコなんだろ?」
近所のおばさんにそう言わしめるだけの、「品の良さ」や「風格」があった。
(立ち姿からして、ガニ股でだらしない野良猫なんかとは「月とスッポン」「雲泥の差」。綺麗に両手の内側を揃えて、シャナリと構える)。
「手前味噌」かもしれない。自分の子は、やっぱり可愛い。でも、それだけじゃない。
物心つく前から犬・猫のいる家に育ち、代々ネコを飼ってきたボクが言うのだから間違いない。この子には、そのへんのネコとは違う、「なにか」があった。
(強いて言えば、おそらくたぶん、他の普通のネコとくらべて、格段に「知能」が高かったんだと思う)。
そんなミーコだが、その「高貴」で「上品」な容姿とは裏腹に…
「キャ~! ネコちゃん」
おもての方で、黄色い歓声が飛ぶ。玄関先からのぞいて見れば、小さな男の子を連れたお母さん。「スフインクス」のように寝そべったミーコは、黙って男の子に撫でられている。
(昔から、意外にミーコは「子供好き」)。
もちろん、相手にもよるのだろうが…黙ってかまわれている事が多い。そんな「余裕」や「ゆとり」もあった。
また、「イヌは飼い主に、ネコは家につく」なんて言うけれど…それから二度ほど引越しを経験したミーコ。この子は、まったく違う土地を渡り歩き、この家で三軒目だ。
何事にも、例外はある。
「ネコは死ぬ前に姿を隠す」などとも言われているが、ボクの家で飼ったネコは、交通事故で死んだネコ以外、すべて家で息を引き取っている。
(野良と違って家猫は、どこでもそんなものだろう)。
もっともミーコは、最初の引っ越し直後に家を飛び出し、たぶん土地勘の無い所で迷子になったのだろう。しばらく、行くえ知れずとなってしまった。
しかし数ヶ月後、何キロも離れた郊外の里山の中で発見され、奇跡の生還を果たしたのだ。
(それだけでもドラマになるような、波瀾万丈な猫生を送っているネコなのだ)。
今ではボクの生まれ故郷に落ち着いて…この家に連れてきた頃は、もういい歳になっていた。かつてのように、元気におもてを飛び回る年齢ではなかった。
でもかえって、それが幸いだったのだろう。かつてこの家で飼っていたネコの大半は、交通量の多い目の前の道で轢かれてしまったのだから。
(かつて、籠りがちな子が一匹だけ、猫生をまっとうしたけど…「明治生まれ」の祖母に言わせれば、「こういうのが本当のネコ」で、やたらと出たがるのは「ヘコ」って言うんだそうだ)。
そして今では、ボクとミーコの二人暮らし。
「?」
コタツに足を突っ込んで、アレコレやっているボクのお腹にはい上がってきては、したり顔でボクのことを見つめている。
「ネコは目をそらす」なんて言うけれど、そんなのはウソだ。
ミーコも今年で17歳。もう長い付き合いだ。ヒゲやマツゲも長くなり、自慢のジャンプ力も衰えて、もう押し入れの二段目にも飛び移れなくなったけど…
アパート暮らしの頃のミーコの出入口は、通路に面したトイレの上の、小さな小窓。ボクの顔くらいの高さだから、1メートル70前後だろう。
「すごいでしょ!」
こちらに向かって「Miaou!」。
初めてそこに飛び上がった時のミーコの、自信に満ちた得意気な顔。
そんじょそこらのノラたちでは、そんな高さまでは飛び上がれない。それに小さな小窓なので、開けっ放しで外出しても、「空き巣」の心配もない。それでそれ以来、そこがミーコの出入口となった。
でも…押し入れの二段目を昼寝場所にしていたミーコ。ある日、そこに飛び移るのに失敗。
(動物たちは、つまらない「拘泥」を抱えた人間と違って、「潔」がよい)。
それをボクに目撃されて以来、ミーコがそこに上がる事は二度となかった。
「Miaon~」
あの時のミーコの、さびしげな顔。老いていくのは辛い事だ。
「なんだよミーコ?」
「Miaou!」
忙しい時にかぎって、甘えてくる。
「かまってほしいの」
ネコの「さみしがり」は、いくら甘えても、甘え足りない。これでもかと言わんばかりに、自分の後頭部から額にかけてすり寄せてくる。
「わかったよ」
今、このボクのことを必要としてくれているのは、このミーコだけ。
「ヒゲのはえた美人さん」
そう言いながら…
「ミゴニャン ゴゴニャン ンコニャン」
ミーコの愛称を唱えて、両手で両ヒゲのあたりを撫でてやる。
「ゴロ・ゴロ・ゴロ…」
満足そうに、ノドを慣らして目を細める。
「ミゴニャン ゴゴニャン ンコニャン」
夜も更けてきた。なんだかこっちも…
“Feel So Much Miaou Miaou”
「今夜はとっても、ネコな気分」だ。
愛しのミーコ “ミーコ・マイ・ラブ”!