“Journey Man”
「そうだ。ミーコのゴハンも買わなくちゃ」
今月分の日当を受け取る数日前。ちょっとばかり生活費に不安のあったボクは、夜になってから消費者金融のATMでお金を引き出す。
(正確に言うと、「融資」を受けたわけだ)。
でも、時間外や日・祝日に手数料を取られる銀行と違い、24時間営業しているし、翌日に返済すれば利息は0。
(「サラ金」などと言うと、ハナから毛嫌いする人もいるけど…要は「使い分け」だ)。
だいたい、自分のお金を下ろすのに、どうして手数料などを払わなくてはいけないのだろう? おかしな話だ。
「おかしな話」ついでに言えば、みんなが大切に扱う「一万円紙幣」だって、原価はたったの17円。そんな印刷物を有り難がってるなんて…
「何かおかしいとは思わないかい?」
誰かに操られてるとしか思えない。ましてや、キャッシュ・レス化が進んだ現代。その20円弱の紙切れすら、実際は動いていない。
「いったいボクたちは、銀行に何を預けているんだろう?」
IT革命が進んで、バーチャル化に懸念を抱く人もいるが…
「しょせん、この世は浮世。仮りの住まい」
取り立てて騒ぐ事でもないのだ。
「さてと…」
コンビニに寄って、箱入りのキャット・フードを買う。ミーコのお気に入りは、幸いな事にドライ・フード。
(ビスケットみたいに、カリカリしたヤツだ)。
たまには出張のある仕事だけど、缶詰と違い、日持ちがするので助かる。一泊くらいの“business trip”なら、ミーコが一人で留守番していてくれる。
(それ以上の時は、同じ市内に住むボクの両親に、一日おきくらいに様子を見に来てもらっている)。
夜も更けてきた駅前商店街。県庁所在地とはいえ地方都市。大きなビルに街灯も建ち並ぶが、こんな時間では、通る車も人影もまばらだ。開いているのはコンビニと、数軒の深夜営業の飲食店のみ。
『ついでに、あしたの朝メシも…』
きまって、おにぎり三個。でも、おにぎりはともかく、こんな時間にネコのゴハンを買えるなんて、便利な世の中になったものだ。
「バブルが弾けたとはいえ、今の世の中、なかなか捨てたもんじゃない」
ボクは、バブルの全盛期に青春時代を送った。二浪で一留。25で大学は出たものの、就職活動なんてものはまったくせず、27までフリーター暮らし。
(当時、そんな言葉は無かった。「フリーのアルバイター」が詰まって「フリーター」になったのだ)。
あの頃は、超「売り手市場」。割りの良いバイトなんて、いくらでもあった。
その後、結婚をするために、7年間ほどサラリーマンをやったものの…「バブル崩壊」とほぼ時を同じくして、「破局」と同時にフーテン暮らしに舞い戻り、はや数年…と言っても、職を転々としていたわけじゃない。
(本当は、そちらの方が希望だったのだが…何だかんだ言っても、どちらかと言えば「古いタイプ」の人間。「義理」や「人情」には弱いのだ。だから、もし次に転職するなら、人間関係の希薄な大きな職場がいい)。
生業は、人材が不足しがちな、どちらかと言えば「職人」的業種。数年間の辛抱の末、そこそこに実力が認められ、何の保障もないけれど、日当はなかなか良い。
(もちろん、これが「本望」ではない。ボクの場合は、夢があっての「その日暮らし」。「昇給」のアテはないけれど、『その日が訪れるまでの辛抱だ』と思っているから、まあガマンもできる。どちらにしたって、ただ流されるままで、環境作りのできない奴は、結局いつまでたっても何もできない。案外そういった連中は、口でウダウダ言うだけで、実は本気で、心底求めていないのだ。たとえば、「金が欲しい」と言う人間は多いが、「じゃあいったい、そのために何かしているの?」と問い質して答えられる人は、まずいない)。
「グダグダ言わず、みなさんは、ガンバッて働いて下さい」
みんながマジメに働いて、「豊かなニッポン」を存続させてくれれば、ボクみたいな「極潰しの道楽者」が生きていける余地やスキマが生まれるわけだ。
そんな時代。だからボクは、今の世の中に、そう大きな不満はない。
「ただいま~」
ドアを開けて、電気を点ける。ボクの家は、駅から歩いて数分。ボロ家だけど一軒家。
「またこれ~?」
玄関先まで出迎えてくれたミーコは、足元で不満をあらわにする。
「ガマンしてよ。パパだって忙しいんだから…」
もう長い付き合いだ。お互い、何を言ってるかくらい、察しはつく。
「え″~」
ネコだって、10年以上も生きていると、だんだん頭が良くなるものだ。
(一方で、「ボケ」みたいなものもある。ずっと以前、我が家で暮らしていたネコは、晩年、ボケによるものとしか思えない「過食症」になり、ある時期を境に、みるみる肥っていった子がいた)。
「じゃね」
ボクは早々にその場を退散し、フロ場に逃げ込んでシャワーをひねる。
「ふ~」
今日も、やっと一息だ。でも…
『いつまで、こんな暮らしが続くんだろ?』
これはこれで、居心地は悪くない。でも、『いつまでもこれじゃいけない』とも思う。
だいたいボクの夢なんて、「季節労働者」以上にアテがないし、「期間労働者」以上に不安定だ。
『今の仕事で食えているのが、かえっていけないんだ』
ぬるま湯に浸っていると、だんだんと目的意識も薄れていく。
もっとも、若い頃からずっと、「アウト・サイダー」的人生を歩んで来た。
(「アウトロー」=「無法者」ではない。「アウト・サイダー」とは、通常の価値観とは違った生き方をする人々の事だ)。
案外これが、身分相応なのかもしれない。
「カリ・カリ・カリ…」
フロ場を出ると、向こうの方で音がする。ミーコもあきらめて、ゴハンを食べてくれているようだ。
「さて寝るか!」
あしたも仕事だ。
ちなみに“Journey Man”とは、「旅人」の事ではない。
「ジャーニーマン」とは、ボクみたいな、その日暮らしの「日雇い労働者」を指す言葉だ。