上の者にだけ謙る(今回は強制的に)人っているよね
アン枢機卿と呼ばれる女性の言葉に、今にも暴れだしそうな陛下。
しかし、陛下は大きく深呼吸をして怒りを飲み込み、冷静を取り戻した上で話を続ける。
「これでは話が進みませんね。やはり、ここは各国の長同士が話し合うのが一番でしょう」
「各国の長……?はて?ガザニア帝国の長、皇帝は貴方でしょう?」
「えぇ。我がカザニア帝国の皇帝は私です。しかし、我々の長は私ではございません」
陛下の言い回しに疑問を深めるアン枢機卿。
それはドゥ枢機卿も同じ様だ。
唯一表情が分からないのは、顔の前に白いヴェールを掛けた教皇猊下のみ。
あんなに薄い生地にも関わらず、こちらから表情を読み取る事が出来ないのは何らかの魔道具なんだろうな。
いや……僕が造った隠蔽の魔道具の応用だ、確実に……。
「ペンドラゴン卿?言っている意味が分かりません。そちらにいるもう一人の男性、賢者イーサン=ガストンブルク卿が長だと言いたいのですか?」
まぁそうなるよね。
普通陛下が帝国の長、そうじゃなければ父上が代理になるだろう。
僕は……小間使いか何かかな?
「いえ、アン枢機卿。私も陛下が言う長ではありません。私達帝国の…………いえ、世界の長は彼です」
父上がそう言って僕の方を向き、床に片手と片膝を突き、一度跪く。
陛下もそれと同様の動きをする。
「その少年が……?仮にそうだとしても、ガストンブルク卿?「世界の長」とは流石の私も聞き捨てなりません。世界の長、世界の王と呼べるのは唯一人、精霊王の使徒にして使徒全ての王、ここにおわす教皇猊下のみです。訂正なさい」
ここまで腹黒そうな笑みを携えていたアン枢機卿の表情が崩れる。
あちらの言葉を借りれば「不敬が過ぎる」って事だろうね。
そんなアン枢機卿の言葉に立ち上がって膝を手で払いながら陛下はあっけらかんと言い放つ。
「訂正?そんな事は出来ませんよ。彼、ロレミュリア=ガストンブルクは精霊王様に見定められた現存する唯一の使徒様ですよ?」
「何を世迷い言を!?聖騎士達!この不届き者を捕らえなさい!」
あ、とうとうブチ切れてしまった。
おでこの厚化粧が崩れて皺が凄いですよ?
それにしても捕らえろとは穏やかなじゃない。
そちらが実力行使をするならこちらも吝かでは無い。
むしろ、そっちの方が話が早くて助かる。
僕は普段は抑えている精霊紋の魔力の一部を解放した。
その魔力の圧だけで、こちらに向かってきた聖騎士達はその場に崩れ落ち、周りにいた神官達の殆どが意識を失った。
あれだ、功夫が足りておらんよ。ってやつ。
目の前にいる枢機卿二人は何とか意識は保っているものの、座り込んでしまっている。
「そちらがその気ならこちらもそれ相応の手段で対応します。あ、申し遅れました。私が今ご紹介に預かったロレミュリア=ガストンブルクです。気軽にロイって呼んでくださいね?」
親しみを込めて笑顔で挨拶をしたけど、枢機卿の二人は冷や汗を流すだけで一切答えない。
「どうしたんですか?折角挨拶したのに返してくれないなんて。それとも何ですか?僕の神々しさに跪かずにはいられないし、声を掛けるのも躊躇してしまいます?」
僕は笑顔を保ちながら、先程言われた皮肉を返す。
それに加えて、魔力による圧を強めながら。
「…………っ。ぶ、無礼ですよ。こちらにおわす方をどなたと―――」
「何度も言わなくても分かりますよ。教皇猊下でしょう?貴方達曰く、使徒の王の」
「だったら―――」
「何て事を言ってるけどどうなのかな?」
僕を「何を言っているんだ?」みたいな目で見てくる両枢機卿。
そんな僕の隣の空間が突如眩い光が放ち、それと共に現れるエレナーデ。
ん?なんかいつもと違って凄い威圧感がある。
それに普段の柔らかい眼差しと打って変わって見ただけで人を殺せる様な冷たい目をしていらっしゃいますが…………。
陛下と父上も真っ青な顔をして冷や汗を滝の様に流している。
もしかしなくても怒ってます?
そんな状態で彼女が現れたものだから、何とか保っていた二人の枢機卿の意識は途絶えその場に倒れ込む。
よく見ると教皇猊下も座ったまま気を失ってそう。
『ここにいる者達は誰の許可を得て寝ているのですか?』
エレナーデが指を立てて、ほんの少し振る。
すると、この場に伏していた全員が意識を取り戻した状態で立ち上がる。
皆決して寝ていた訳では無いのだけど……。
そして、エレナーデの不思議な力で強制的に立ち上がった(立ち上がらされた)のだが―――
『その場で跪きなさい』
その一言で全員が跪ずく。
勿論教皇猊下も一緒に。
『私の許可が無い限り一切の発言を許しません。発言したい者は…………そこのお二人は立っていても宜しいのですよ?その方が楽でしたらそのままでも宜しいですが』
横目でチラリと両脇を見たエレナーデはキョトンとした顔でそう述べた。
その言葉に釣られて両脇を見ると、何故か陛下と父上まで先程と同様、跪いていた。
「では、顔だけ上げても構いませんか?」
『はい、許しましょう』
顔を上げた二人を見て目で「立てば?」と促すも、最小限の動きでありながら、凄まじい速度で首を振って見せてくれた。
凄い器用な事をするね、二人共。
さて、この場で立っているのは僕とエレナーデのみという異様な光景。
この後はどうなるか、少し楽しみになってきた。と言ったら性格悪そうだけど、流石に…………ねぇ?
この世界のラスボスが早々に登場!
少々補足……と言うか説明不足を今更ながらに感じたので追記。
この小説の最初の方で、聖女の末裔を「この国唯一の宗教の教皇」と紹介してありますが、ラリノア聖教国の宗教とは別物になります。
【親の悩みを聞いてあげるのも子の役割だよね】でも少し触れましたが、ラリノア聖教国は精霊王を崇める宗派。
それに対してガザニア帝国は国を興した英雄達を崇める宗派です。
その為それぞれに教皇がいますし、教えも違います。
ただ、ガザニア帝国は英雄達を崇めてるとは言え、精霊王を軽視はしておらず、凄く簡単に言えば「崇めるとかそんなレベルを超越している世界唯一のナニか」として捉えているので、精霊王に対しても敬意を持っています。
大企業の創設者は勿論凄いし尊敬してるけどけど、そんな雲の上の存在よりも少し身近な部長とかの凄さが実感しやすい的なアレです。
人々の認識としてはやはり、精霊王>英雄達になっているので、宗教としての格は若干ですが霊王教が上って感覚が強いです。
作者の描写力や説明不足でややこしくしてしまい、申し訳ありません。
これを書いていてもややこしいかもしれない…………。




