尊敬と畏怖って表裏一体だよね
第三者視点でお送りします。
話はロイがリュツィフィエールに対して放った直後に戻る。
大規模な攻撃魔法の余波で砂塵が舞っているが、そこにいた者達は敵の撃破に喜び歓声を上げている。
『あれだけの攻撃だ。流石のあいつも塵一つ残っていないだろう』
と。
しかし、現状を把握しているルシアから伝達魔法に乗せて檄が飛ぶ。
『気を引き締めなさい!まだ目標は沈黙していないわ!直ちに迎撃態勢を!』
砂煙が少しずつ晴れ出した事で、変わらずそこに佇むそれが徐々に見えてきたのに加えてルシアの声で、気が緩んでいた戦場に再び緊張が戻る。
ルシアはそれと同時にシリウス個人に話し掛けた。
『シリウス!ロイの魔力が消失しているわ!』
『何だと!?あいつが攻撃してきたのか!?』
『そんなの分からないわよ!それにしたって完全に消失は有り得ない!少なくとも魔力の残滓が残る筈よ!』
『つまりどういう事だよ!?』
『いきなり消えたのよ!死んだのでも無く、転移したのでも無くね!』
『はぁ?訳が分からな―――おい、あれ…………』
『…………えぇ。ロイ…………なの?』
突如消失したロイの魔力の反応を察してシリウスに呼び掛けたルシア。
それを聞いて訳が分からず困惑するも、砂塵が晴れ、ロイがいるであろう場所にはちゃんとロイが立っていた。
『何だ……。ちゃんといるじゃねぇか』
『違う……』
『今度は何だ?』
『いなかったのよ。ロイは一度消えて……今現れたの。それに……』
『何だよ、さっきから歯切れの悪い。はっきり言え!』
『魔力の質が違う…………。ロイなのは確かだけどロイじゃないのよ!』
魔導姫の子孫として魔力に敏感な彼女はロイから発せられる異様な魔力に酷く混乱していた。
今までと違い、ロイからは異様な魔力が溢れ出ているからだ。
『ロイ?ロイなの!?貴方、大丈夫!?』
『あ、戻ってこれたんですね。はい、大丈夫ですよ』
『戻ってきた?どういう事だ?』
『ははは…………。話せば長くなりそうなので…………。とりあえず今はあいつをどうにかしましょう』
戻ってきた?どうにかする?
意味の分からない言葉の数々にルシアとシリウスはどう返せば良いか分からず、沈黙してしまう。
『じゃあ…………そろそろ消えてもらうよ、リュツィフィエール』
『…………!?』
『っ…………』
そして、ロイから発せられた背筋が凍り付く様な冷たい声に彼等も恐怖を感じる。
言わずもがな、二人は強者だ。
この国に於いて、最強と呼ばれる剣聖と魔導姫の名を継承する人物達。
そんな彼等がその一言で恐怖し、身体を強張らせる。
それ程の重みが今のロイにはあった。
その言葉を皮切りに、ロイは魔力を紡ぐ。
それは精霊王自らに与えられた、彼の才能によって紡がれる、この世に類を見ない魔法。
普段は詠唱を必要としない筈のロイから詠唱の句が告げられる。
『〈我、精霊王の使徒也。精霊王【エレナーデ】の命により、悪しき者をここに滅さんとする者也。全ての祖となる無の魔力をここに紡ぎ、紡いで重ね合わせん〉』
どんな文献にも記されておらず、聞いた事も無い詠唱を唱えるロイ。
それには理由があった。
時は少しだけ遡り、精霊王との別れの際―――
『私に名を与えてください』
「…………はい?」
『私に名を与えてください』
「えっと…………」
『私に名を与えてください』
「聞こえなかった訳じゃないからね!?」
精霊王が望んだ願い。
それは名前だった。
彼女には名が無かった。
生まれてからずっと幾星霜の時を過し、創造神とも女神とも精霊王とも呼ばれていたが、それは彼女の存在を示す言葉であり、彼女を個として指す言葉は何一つ存在していたなかった。
「俺が……ですか?」
『はい。貴方がです』
「俺で良いんですか?」
『貴方が良いのです』
「センス無いですよ?」
『そこは信頼しています』
そんなやり取りを経て、重圧に耐え抜いてロイが考え付いた名前。
「エレナーデ」
『それが私の名……ですか?』
「はい。精霊を指すエレメント。それに加えて、元の世界に伝わる美の女神アフロディーテ。それを合わせてエレナーデ。如何ですか?」
『大変気に入りました。此れから私はエレナーデと名乗ります』
「それは何よりです」
『此れから私はエレナーデと名乗ります』
「だから何よりです……」
『此れから私は―――』
「呼べば良いんでしょう!エレナーデ様!」
『エレナーデ様と言う名前ではありません』
「呼び捨てなんて不敬も甚だしいですよ!?」
『私が良いと言っているんです。私がルールです』
「分かりましたよ、エレナーデ!」
『ふむ』
疲れた表情のロイに対して、満足そうな笑みを浮かべるエレナーデ。
『ロレミュリア、貴方には私をエレナーデと呼び、敬語を使わず話す事を命じます』
「分かり……分かったよ、エレナーデ。これからはそうする。ただし、俺の事はロイと呼ぶ事」
『何故ですか?』
「仲が良い人達は皆そう呼ぶからだよ」
『仲が良い?貴方と私が?』
「そう。だから貴方じゃなくてロイね」
そう言うロイを見て、より一層明るい笑みを浮かべるエレナーデ。
『分かりました、ロイ』
そんな彼女を見て、思わず笑みを零すロイ。
「あぁ、それとついでに。この力の説明をする為に、エレナーデの名前と俺が使徒だって事を伝える為に詠唱をしたいんだけど良いかな?」
『精霊紋を使用した詠唱は必要無いですよ?』
「要らないからと言っていきなりドンと魔法使うと面倒だからね。今言った通り、皆にエレナーデの事を知ってほしいんだよ。駄目かな?」
『友達の願いなら叶える他ありませんね』
「ありがとう。あぁ、それと俺がエレナーデを喚び出したり出来る?」
『短時間であれば可能です』
「だったら、呼んだら来てもらえない?」
『分かりました。親友の頼みとなれば応えなければなりませんね』
「親友にランクアップしてるし……。まぁこの世界に生まれる前から俺を見てくれてるなら親友だよね」
『そのとおりです』
ドヤ顔で胸を張るエレナーデ(見た目はオズ)。
「あ、でも、オズの姿じゃなく、他の姿でね?」
『分かりました。希望はありますか?』
「希望……希望……か……。あ、そうだ。俺の考え読めるよね?」
『はい』
「今から女神っぽいエレナーデの姿考えるからそれを見てもらえない?」
『分かりました…………ロイ。ロイは破廉恥ですね』
「えぇ!?そうなるの!?」
『はい』
「だって神々しい女神様とか精霊王ってなると、こんな感じが思い付いたんだからしょうがない」
『ロイに名前を付けられてロイが望む姿になる私…………。これはもうロイに手籠めにされたと言っても過言で無いのでは?』
「過言だから!それよりも早く元に戻してよ!」
そんなやり取りを経て、今に至る。
『〈これは精霊王エレナーデの怒り。これは精霊王エレナーデの裁き。喰らえ、悪しき者よ。《精霊王の裁き》〉』
ロイの放ったその魔法はまるで極光の光。
偽の精霊王は反撃はおろか、その場から動く事さえも出来ず、天から降り注いだ一本の光の柱に飲み込まれる。
『さよなら、偽の王。さよなら、異世界からの召喚者。さよなら、自らを騙る者達』
ロイの言葉を聞きながら、ルシアとシリウスは光が消える様を見詰めていた。
その光が完全に消えると、そこにいたリュツィフィエールの姿どころか魔力すらも消え去り、初めからそこには何もなかった様にさえ感じる程の無だった。
それを見た二人はロイに対して尊敬の念を持つと同時に畏怖の念を感じていた。
「あんな力…………人が持っていて良い筈が無い…………」
と。
精霊王が登場するとシリアスをぶっ壊してギャグ感が強めになるのは御愛嬌。




