自分の限界を知るのって大切だよね
俺には才能があった。
そんな事を言うも、嫌味に聞こえるかもしれない。
正確には転生したこの身体に才能があっただけで、俺はその力を借りているだけなのかもしれない。
この身体の才能は異常だった。
教えられた事をカラカラに乾いたスポンジの様に瞬く間に吸収し、それを自分のオリジナルにどんどん変化させていく。
そんな身体に生まれた俺は、本人であると同時に傍観者でもあった。
自分の事の筈なのに、何故か心だけがそんな自分を遠巻きに眺めている。
そんな気分だった。
だけど、今はそうでは無い。
この身体に生まれたからには、今この場に立つには傍観者ではいられない。
前世の記憶があろうが関係無い。
俺は今この場に立っている。
俺自身が一番恐怖を感じる、この身体の全力。
それを今、解き放つのだから…………。
「…………よし。始めるか」
両手を前に翳し、静かに集中する。
今までは分かりやすく、相手に『これから凄い魔法を使うぞ』と警告の意味を込めて、刻印術式であっても敢えて詠唱破棄で、巨大な魔法陣を見せ付けて魔法を行使していた。
でも今回はそんな必要は無い。
一切無駄無く、最小限の魔力で最大限の効果がある魔法を使うと決めた。
今の刻印術式は、もはや権能に近いと思う。
術式を圧縮すれば、一つの魔法陣は細胞レベルまで小さく出来る。
それを魔力が尽きない限りほぼ無尽蔵に展開可能だ。
そんな状態で魔法を構築したらどうなるか。
自分でも分からなかった。
この身体になってから、好奇心が抑えられない。
子どもの身体に引っ張られているのか、大人の時みたいな理性が効かない。
でも今はそれで良い。
恐怖がリミッターになればあいつは倒せない、そう感じるからだ。
静かに、静かに、周りの音が聞こえない程に深く集中する。
目指すはあいつを一撃で飽和させる、何ならこの世から消滅させる魔法。
そんな魔法が無いなら今ここで創る。
僕が使える魔法で単発の威力が一番高い魔法《極電磁大砲》をベースに構築する。
横方向に撃ち出すのは駄目だ。
その方角にあるのはこの事態を引き起こしたラリノア聖教国だとしても住民の命を奪いかねない。
同様に上から撃ち降ろすのも論外。
地面に大穴を開けてしまえば、その後どんな事態を引き起こすか分からない。
そうなれば方法は一つ。
あいつの足元から上空へと撃ち上げるしかない。
…………流石に星に届いたりしないよね?うん、何光年も離れているんだから大丈夫!…………な筈。
有り得ないとは言い切れないが、そこまで低い確率を考えていても仕方無いので頭から振り払う。
(余計な事考えたから集中力が…………)
改めて術式を構築していく。
物理攻撃は精霊に対しては効果は無い。
……いや、待て。
仮に物理攻撃が効かないならば何故地面に立てる?
過去の文献でも精霊と触れ合ったなんて記載もあった。
それはつまり、物理的に干渉は可能という事だ。
ただ、物理魔法に極端な耐性があるだけの可能性もある。
そう考えた僕は、一度魔法の構築を中断し、岩の槍を生成、リュツィフェールに向けて放った。
その槍が纏った魔力は当たる直前、他の魔法と同様に散ってしまったが、慣性で進んだ槍は本体に衝突し、砕けた。
今ので確信した。
全ての精霊に当て嵌まらないかもしれないが、少なくとも奴には物理的に干渉は出来る、言うなればただ体表が異常に固いだけ。
体表も何もあったもんじゃないけど、言葉にするならそうなる筈だ。
(だったら、限界まで硬くした物質を雷の速度で叩き付ける!)
方向性が決まったら、再度魔法を構築していく。
(岩を撃ち出しても強度が足らない。だとすればもっと硬い何か。鉄でも足りない、ミスリルならどうだ?いや、多分無理だな。そうなるともっと硬い何か…………そうだ、ダイラタンシー現象はどうだ?いや、あれは水が無いと出来ないから無理だし、比率や成分が曖昧だから駄目…………何か、何か無いか…………)
集中しながら、思考を分割、並列的に物事を考える。
今の僕はさながら並列演算する機械製品みたいなものだ。
考えろ、考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ!
持てる知識の全てを注ぎ込め。
砂粒一つの勝ちの可能性まで掬い上げろ。
前世の記憶まで遡れ。
そうだ。
(無いなら…………創れば良い)
地中にある、ありとあらゆる鉱石を探る。
やはり駄目だ、強度が足りない。
だったら魔石はどうだ?
本来、魔力を供給する電池の役割だが本来の目的以外に使われる事は他の物でもよくある。
包丁は食材を捌く為に造られているが、向かう相手を変えれば人間の命を奪う事も出来る。
爆薬は人を殺す為に造られているが、採掘に使う事も出来る。
それと同じ様に魔石を武器へと変えてしまえば良い。
前に魔石は魔力を持つ生き物の体内か魔素の濃い地中深くの鉱脈でのみ見付かる。
つまりあれは『何らかの突然変異により魔力が物質化したナニか』と以前仮定していた。
ならばその突然変異を今、ここで起こしてやる。
奴がいる魔法陣の上に刻印術式で空気中に魔法陣を重ねる。
元の魔法陣から出てくる魔力を全てその魔法陣に集め、魔力をひたすらに圧縮する。
イメージは雪合戦に使う雪玉。
降り積もる雪を掬い、雪玉を作る。
その雪玉に新たな雪を追加してひたすら押し固めて、同じ大きさで更に硬い雪玉を作る。
それをひたすら繰り返す。
すると、魔力はやがて小さな欠片となる。
そこへどんどん魔力を追加して押し固める。
どんどん大きくなる魔石はほんの一分程度で僕の身長と変わらない大きさまで巨大化していく。
この時間で圧縮を繰り返した回数は数万をゆうに超えている。
出来上がった魔石はただの魔力の塊。
そこに今度は雷の魔力をひたすら流し込む。
徐々に魔力を帯びていき、漏れ出した魔力は稲光を放っていく。
これで完成だ。
あとはこれを撃ち出すだけ。
「食らえ!《雷の裁き》」
目にも映らない速度で発射されたそれは確実に失墜した精霊王に直撃し、衝撃の余波で周りには砂塵が舞う。
各所から歓声が聞こえる。
だが…………。
(駄目だ。あいつを倒すのには足りなかった。掠り傷程度しかついてない…………)
砂埃で姿が見えなくなった奴の魔力を探るが、先程よりほんの少し魔力が弱まっていただけだった。
多分、数分もしない内にまた元通りになってしまうだろう。
万策尽きた…………。
それに……………………。
(ヤバい……頭がクラクラしてきた…………)
魔力の枯渇じゃない。
自分で使おうとしている魔法が自分という器の許容量を超えてしまっているんだ。
視界が赤く染まる。
多分、目の血管が耐え切れず破裂して血が溢れてきている。
他にも鼻や耳からもドロリと生暖かい液体が流れてきているのが伝わってくる。
(あと少し……あと少し何だよ…………)
リュツィフィエールを完全に消滅させるのに後一歩、あと一歩足りない。
(くそっ!くそ、くそっ!この世界に俺を喚んだ奴が居るんだろ!?何させたいのか何の説明もしなかったんだから―――)
「一つ貸しがあるんだ!それを今ここで…………返しやがれぇぇぇぇぇぇ!!」
俺の叫びと共に、赤かった視界は突如、真っ白な世界に塗り替えられた。
主人公覚醒ルート突入か!?
実態を持たないものが実体を得るのは非科学的ですが、これはファンタジーですので悪しからず。




