たまには本気を出す事も必要だよね
作者よりご報告。
来週6/17(月)、無事完結した『流星を放つ鷹【鷹の目の射手】』の初投稿日と同じ日に新作の投稿を始めます。
またもやファンタジー作品ですが、他の作品とは少し毛色の違う物にしたいと思っていますので、そちらもどうぞよろしくお願い申し上げます。
開戦の合図が有り、双方から魔力が立ち昇る。
戦争においての常套の手段、初手魔法による遠距離攻撃だ。
互いの魔法が中央でぶつかり合い、相殺される。
相殺されなかった魔法は両陣営目掛けて進むが、魔法障壁にぶつかり、霧散する。
「第二陣、放てぇ!」
ルシアお姉ちゃん……いや、ルシア魔法師団長の号令で次の魔法が発射される。
魔法師団を幾つかの隊に分けた波状攻撃。
それにより相手の防御を崩し、前衛が攻め入る隙を作るのだ。
しかしそれが一巡、二巡しても相手の陣営は崩れない。
攻撃の手が少しでも薄くなれば反撃には出てくるが、どちらかと言えば防御に重きをおいている様にも見える。
「ルシア団長、おかしいですよね?」
「お姉ちゃんで良いわよ。えぇ、貴方も気付いた?」
「一応今は団長で。いくら何でも攻めっ気が無さ過ぎます」
「お姉ちゃんで良・い・わ・よ。何か仕掛けてくるかもしれないわ」
「わ、分かりました、ルシアお姉ちゃん。でも何を…………あっ!」
「宜しい。で、何か分かったの?」
「もしかして、あの魔法陣…………」
結局ルシアお姉ちゃんと呼ばされたがそれは些細な事。
それより、相手の目論見が分かった気がした。
「…………やっぱり。敵陣は半分の人員であの魔法陣を守る様に障壁を張っています」
「……えぇ、見えたわ。あのクソ枢機卿……下衆な事を…………」
「お姉ちゃん、言葉遣い」
「あらやだ、私ったら。ほほほ…………」
周りが凄く驚いた表情で見てるよ……。
それはそうだろう、なんせさっきの言葉遣いが素なんだから。
ルシアお姉ちゃんは今でこそ、以下にもお姉様みたいな口調だけど、元々はシリウス師匠ですら手が付けられない程のゴリゴリの武闘派なお姐様だったのだから。
そんなルシアお姉ちゃんの言葉遣いが昔に戻る程の出来事、それは魔法陣の中央にあった。
遠視の魔法でその中央を見ると、そこには一人の青年が十字架に張り付けにされている。
「ユウジ…………」
そう、あれは勇者として、転校生として学園にきた春日裕二の姿だった。
ここからでは意識があるかは分からないが、元々持っている無尽蔵に近い魔力がこうして話している間にも魔法陣に注がれ続けている。
「あの魔法陣、あれはもしかして…………」
「分かったの?」
「憶測でしか有りませんが……」
「言いなさい。杞憂ならそれに越した事は無いわ。小さな可能性を無視した方がしっぺ返しを食らう可能性があるもの」
「分かりました。あの魔法陣は―――」
僕は魔法陣の正体についての仮説を伝える。
ルシアお姉ちゃんの顔は見る見る内に怒りへ染まっていった。
「…………分かったわ。もし、それが当たっていたらとんでもない事になるわね。すぐに全軍に伝達するわ。ロイは―――」
「僕はここに残ります。もし、僕の仮説が当たっていたら、対処を間違えれば大惨事です。だから、僕がやります」
「それは出来ない。ここは魔法師団長の私が「駄目です」……何ですって?」
「ごめんなさい、ルシアお姉ちゃん。ですが、この役目は譲れません」
「それは理由があるの?」
「はい。僕以外には出来ませんから」
「それは私でもシリウスでも?」
「はい」
「イーサンやミネアでも?」
「はい」
失礼を承知で僕はそう告げる。
現在、帝国を支える英雄の子孫達である各当主達は、歴代でも上から数えた方が早い程の猛者ばかり。
その人達ですら今回の件は手に余る。
そう言えば僕はどれだけ失礼な、思い上がった発言をしているのか分かるだろう。
しかし、ルシアお姉ちゃんは決して馬鹿にしたり怒ったりせず、真剣に僕の目を見て、静かに僕の話を聞きいてくれた。
「……………………分かったわ。貴方に任せる」
「ありがとうございます」
「た・だ・し!失敗は許されないわ。これは貴方にここにいる全員の命を預ける事と同義なんだから」
「……はい、分かってます」
ルシアお姉ちゃんの言葉が重くのしかかる。
僕がもし失敗すれば、ここにいる騎士団・魔法師団の殆どの命が奪われるどころか、この街にいる人達の命も危うい。
更に言えば帝国全てが―――
「そんな顔しないの」
突然、視界が真っ暗になり、顔面が柔らかく暖かい何かに包まれる。
僕はルシアお姉ちゃんに抱きしめられていた。
「失敗は許されないわ。でも、仮に失敗しても貴方の責任だけでは無い。任せた私の、それに同意したシリウスの、ここにロイが来る事を認めた陛下やイーサンの。全員の責任よ。誰も貴方を責めはしないわ」
「……それ、逆にプレッシャーだと思いません?」
「あら?貴方はそんなに弱い子だったかしらねぇ?ロイちゃん?」
「ロイちゃんは辞めて下さいって言ったじゃないですか!!」
悪戯っ子の様で、妖艶な、そんな笑みを浮かべたルシアお姉ちゃんは僕をそっと話し、優しい口調でこう告げる。
「大丈夫、私は貴方を信じているわ」
そんな事を言われたら失敗なんて出来る訳無い。
ここに来てからもう何度目か分からない覚悟が決まる。
「必ず、やり遂げてみせます」
「良い顔ね。終わったらご褒美あげるから楽しみにしていて。じゃあ私は皆に伝えてくるわ。ここは任せたわよ」
「はい」
ルシアお姉ちゃんを見送った後、僕は魔法陣へと向き直る。
想定の事が起こった場合、少しでも初動が遅れたらそれだけでも甚大な被害が両軍を襲う。
それだけは避けなければならない。
それを阻止する為に、僕は目を閉じて、ひたすら魔法を紡いでいく。
「たまには本気を出す事も必要だよね…………」
そして僕の仮説は、その最悪のパターンとして現実になった。
本気を出すと言いながら、それを発揮するのは次の話。
何とも引き伸ばしますねー、自分。