予想外な事が起こると固まっちゃうよね
今回、きりの良いところで区切る為に少々短くなります。
そして、決戦当日の朝。
戦場となる広い平原を眺めながら、シリウス師匠とルシアお姉ちゃんが難しい顔をして話している。
地平線が見えるこの平原の帝国側は戦場になるので一般人の立ち入りは制限されている。
その為、偶に姿を表す野生動物達以外は誰も居ない。
しかし、それはおかしい。
開戦まで残り3時間しか無いにも関わらず、ラリノア聖教国の軍は一切現れず、人影すら見えない。
その現状に、味方陣営は困惑していた。
「奴等、自分達で言い出した事を反故にする気か……?」
「まだ時間があるわ。少なくともその時間までは気を緩めちゃ駄目よ」
「分かっている……。が、しかし…………」
「言いたい事は分かるわよ。この見通しの良い平原、今でも見えないのに間に合う筈が無い事くらいね」
それでもまだ時間はあるから気を緩めるなと嗜めるルシアお姉ちゃん。
流石にもう来ないのではと半分呆れているシリウス師匠。
どちらにせよ、正午になるまでこちらからは動きようが無いので、ぶつくさ文句を言いながら前線へと戻るシリウス師匠。
ルシアお姉ちゃんもそんな彼に溜息を吐きながら、師団への指示をしにこの場を離れていった。
「諦めた?それとも間に合わなかった?……いや、それは無い筈。その時点で向こうに不利な状況になるのは分かり切っている。何かがおかしい…………」
僕は戦争となる平原を眺めながら、その時が来るのを待っていた。
事態が動いたのは約束の時間の十分前。
突如、大きな魔力の反応。
それと同時に街から3キロ先に光が立ち上る。
慌ててその方向を見ると、そこにはラリノア聖教国軍が既に陣を組み終えた上で待ち構えていた。
こちらの動揺を知ってか知らずか、敵陣営からの拡声魔法で声が上がる。
『儂は大精霊様より遣わされた使徒、トレ枢機卿だ。精霊王様に弓を引く愚か者達に制裁を加える為に参った。覚悟せよ!』
トレ枢機卿と名乗った男から一方的に言われて、こちらも黙ってはいない。
勿論、僕では無くシリウス師匠が。
『時間ギリギリに現れるとは随分ご苦労なこった。俺はガザニア帝国宮廷騎士団団長であり、当代剣聖シリウス=ローランド。お前等の自分勝手の言動、看過出来るものでは無い!覚悟するのはそちらだ!』
二人の舌戦が繰り広げられる中、僕とルシアお姉ちゃんはそれを眺めながら、トレ枢機卿について話していた。
「トレ……トレ……そうだわ。トレ枢機卿と言えば!」
「何か知っているんですか?」
「えぇ。トレ枢機卿と言えば、特異属性である空間魔法の使い手よ。それならいきなり現れたのも納得がいくわね」
「集団転移……ですか?あの人数を?」
「とてもじゃないけど信じられないわね、普通なら。でも実際にあの軍勢を見れば信じるしか無いもの」
「そうですね……。それにしても…………」
「そうね…………」
「「数が少な過ぎる(わ)」」
聖教国が突然現れたカラクリは分かった。
信じるも何も実際に見せつけられれば信じる他無い。
だが、不審な点は他にある。
敵の勢力が少ない……いや、少な過ぎるのだ。
伏兵等がいる可能性は否定出来ないが、多く見積もっても精々3万かそこらだ。
一般的に攻城戦となれば、相手の兵力の二倍〜三倍が必要とされる。
籠城を決め込めば、場合によってはその数の十倍の数ですら防ぎ切れる事も多い。
にも関わらず、寡兵で現れたのは理由があるのだろうか?
それとも、現在動員出来る兵数がそれだけなのか?
「考えても仕方ないわね。時間になれば自ずと分かるでしょう。私達は出来る事をやるだけよ」
「はい」
シリウス師匠もトレ枢機卿の戦前最後の交渉も決裂し、開戦の時刻が迫ってきた。
ここからはもう引き返せない。
時間になればここは戦場となる。
そして、時間になり、人の命が1枚の銅貨より軽い戦争が、今ここに始まった。
その戦いは歴史上類を見ない戦いとなる。
そして、僕の運命を変える戦いとなる。
その事を、この時の僕は知る由も無かった―――




