腹が立つともう相手の意見なんて聞く気が無くなるよね
ロレミュリアとユウジの模擬戦が開始された頃、特殊練武室の外ではクラスメイト達がその戦いを見守っていた。
「ねぇオズ、ロイの奴は本当に勝てるのかしら?」
「うん、勝つよ。だってロイ君だもん」
「ロイ君だもん。ってあんたねぇ……」
ヨルハの質問に対してオースタスの答えは至ってシンプルであり、且つ答えとしては0点だろう。
だが、心配など一切していないオースタスを見たヨルハは溜息を吐きながらもそれ以上何も言わなかった。
そのやりとりが聞こえていたのか、隣に二人並んで観戦しているキリエとバリーがヨルハに声を掛ける。
「大丈夫……。あの勇者……弱いから……」
「それでも勇者でしょ?魔法の一つや二つ使える筈よ?」
「キリエ殿の言っている事は間違いではないぞ。あの勇者とやら、剣術を一切理解しておらぬ。あの分では魔法も大した事なかろう」
「……まぁ、確かに。剣術と言うより、ただデタラメに振り回している様にしか見えないわね」
「あの剣……多分儀式用……。実践向きじゃないと思う……」
「うむ!あれは式典や儀式に使う儀礼剣であろう。実際、使い勝手は度外視で造られている様だ」
「様だ……ってバリー、貴方見ただけで分かるの?」
「勿論だ!武人たる者、それくらい見抜けなければ!」
「あっ、そう……」
「ボクも……分かる……」
「そんなドヤ顔されてもねぇ……」
バリーとキリエ曰く、勇者は弱い。
しかも具体的な指摘をしている辺り、それは事実なんだろう。
そう理解したヨルハはそれ以上口を開く事も無く試合を見つめる。
やり取りが終わったタイミングを見計らったかの様に、練武室の入口の扉が開かれた。
その音で皆が一斉に振り返るとそこにいたのは…………。
「「「「「が、学園長様に秘書様!?」」」」」
まさかの人物の登場に、皆慌てて頭を下げようとするが、当のイーサンはそれを手で制す。
「驚かせてしまってすまないね。ジン先生から報告があって観に来ただけだから、気にしないでくれ」
「イーサ……学園長。そんな事を言っても、気を使うに決まってるでしょ?ごめんね、皆」
「い、いえ……」
「まぁ、今の私の事は学園長でも無く、公爵でも無い、ロイの父親って事で接してくれると嬉しいな」
軽いノリでそう言い放ったイーサンの言葉に生徒達は同じ事を思った。
(((((そんな事出来るか!!)))))
と。
結局、Sクラスの生徒達にイーサン・ミネアが混ざり、観戦していると、部屋の中の声が聞こえてきた。
『はっはっは!俺の猛攻に為す術が無いのか!首席なんて名ばかりみたいだな!まぁ、一学園程度のトップなんぞ、勇者と比べればゴミ同然だよな!』
「はぁ!?あの馬鹿勇者!何言ってんのよ!ロイも言い返しなさいよ!」
「まあまあ、ヨルハさん。ロイはきっと迷っているんですよ」
「迷っているって何を……ですか?」
聞こえてきたユウジの声にヨルハが怒っていると、ミネア(秘書モード)が諭す。
「あの子は聡い子です。恐らく、留学生としてここに転校してきた勇者をどう扱えば良いか考えているのでしょう。もし、彼を打ち倒し、それを勇者が聖教国に報告した際に、帝国が不利になるのではないかと」
「あ、あの……秘書様……、質問よろしいでしょうか?」
「どうしたの、オズちゃん?気軽に聞いてくれて良いわよ」
「ありがとうございます。先程の話ですが、これは勇者様から言った事だから、もし負けたのを報告したとしてもこちらが不利になる事はないんじゃないですか?」
オースタスの疑問は尤もだった。
これはあくまで互いの実力を測る為、そしてユウジ本人が言い出した事。
その結果がどうあれ、それだけで国同士の関係が拗れる事は基本的に無い。
その質問にはイーサンが答える。
「オズちゃんは流石だね。そのとおりだ、普通ならその程度で国同士がどうこうなんてならない。しかし、彼は『国の取り決め』を経て転校してきた『勇者』だ。そんな勇者がこの戦いに負けてもそれを曲解して「不当に扱われた」と言ったらどうなるかな?」
「あ…………」
「分かったみたいだね。その結果、『聖教国』から『帝国』への正式な抗議が出来る理由となってしまう。だからロイは言われ放題でも黙っているんだよ」
生徒達はその答えを聞いて各々、悔しそうな表情をしていた。
あの横暴な態度を直接浴びせられて我慢しなければならないロレミュリアの気持ちを汲み取ったからだ。
しかし、そんな皆の気持ちを無視して更に勇者の発言は続く。
度を越した発言に皆の怒りは頂点に達し、爆発しそうな者もいた。
それでもロレミュリアが堪えているのを見て、堪えている。
勿論、室内で直接聞いているクラウスも同じ気持ちだった。
しかし最後の最後、ユウジの発言を遮り、ロレミュリアが魔法を放った。
そして、二・三言ユウジに言葉を返すと、中に入らずとも感じる魔力を放出させ、殺気を露わにさせる。
クラウス以外はそんな様子を部屋の外で見ており、尚且つ自分に向けられた訳でも無い。
それでもイーサンとミネア以外の生徒達はその姿に底知れぬ恐怖を感じてその場にへたり込んでしまう者が殆どだった。
「あらあら……あれはちょっと拙いわねぇ…………」
「止めに入るかい?ミネア」
「止まると思う?」
「いや、あれはもう止められない」
いつもどおりのおっとりした口調で話しているミネアだが、よく見るとその頬に一筋の汗をかいている。
隣に立つイーサンも平静を装っているが、内心穏やかでは無い。
それもその筈。
ロレミュリアが激昂したらどうなるかを知っているからだ。
そんな息子の様子を眺めていた二人は今の状況をどうにかするのを諦め、今後の事を考えて頭を抱えていた。




