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サクラ最前線  作者: 弐護山ゐち期
2/27

1F応接室にて、再会。3月同日

 あれからどのくらい経過したのだろう。

 気づいたときにはエンジン音の響く車内で揺られていて、今は連行された場所で座らされている。

 近くに襲撃者たちの気配はない。放置されてから、かれこれ10分近くが経っている。ここは一体どこだ。この部屋の空気は、カビとほこりが混じったような懐かしい匂いがする。

「お待たせ」

 どこからか知っている声が聞こえた。

 足音が近づいてきて、両手を拘束していた手錠が外された。勢いよく目隠しの袋を取られ、部屋のまぶしさに神代かみしろは顔をしかめる。

「やあやあ、お久しぶり。どうやら大変だったみたいだねぇ。はっはっは」

 少しぼやけた像の男が、目の前に立っていた。

 左右の視力が大きく違うせいもあり、うまくピントが合わない。神代は自由になった手で、ずり落ちていたメガネを押し上げる。

「部下が粗相そそうをしたらしいね。すまなかった。ほんとはさ、ボクが行く予定だったんだけど、用事があってね。やっぱり、慣れないことはさせるもんじゃない」

 言いながら、低いテーブルを挟んだ正面のソファーに男が腰掛ける。

 この男が手紙の送り主――士官学校時代の先輩だ。名を『宮守みやもりセイヨウ』という。いつ見ても楽しそうにしている陽気な人で、その性格は今も変わっていないようだった。

「ま、とりあえず麦茶でも飲みたまえ。お菓子も準備してあるからさ」

 脚の短いテーブルの上には、透明なコップに入った麦茶と“玉子のような形の茶菓子”が置いてあった。

「ボクね、コレ大好物なんだよ」

 さっそく菓子を手に取って、ぱくっと一口食べる宮守。

 のんきに麦茶をすすり始めた宮守を見、神代はあきれた声で訊く。

「あの、先輩。ここはどこなんですか?」

 開け放たれた窓の向こうに、サッカーゴールや野球ネットを備えたグラウンドが見える。周囲の景色からして、少なくともどこかの基地ではない。

「学校だよ、学校」

 指についたホワイトチョコを舐めながら、何でもないように宮守が言う。

「とある場所にある廃校さ。終末戦争前、第四次世界大戦中は高校として機能していたらしい」

「それじゃ、ここは応接室ってとこですか」

「ザッツライト、その通り! クーラーはついていないんだけどね」

 軍服の胸元をパタパタしながら、宮守は近くで首を振っている扇風機を流し目に見る。

 長方形のテーブルに、それを挟むように置かれたふたつのソファー。部屋の隅にはガラス戸の棚があり、中には色あせた冊子本がびっしりと並んでいる。背表紙に印刷された“PTA”や“記念文集”の文字からも、元高校であることがうかがえる。

「ま、何はともあれ元気そうで良かった。遅くなったけど、退院おめでとう。神代少尉」

「ありがとうございます、宮守中尉」

「今はもう中尉じゃないよ。昇進して准佐じゅんさになったんだ」

「いつの間に……。もしかして、上官の弱みでも握ったんですか」

「はっはっは。面白いことを言うね、キミ」

 准佐と言えば、中尉より二階級も上だ。

 見ていないこの1年で、この人は一体何をしたのだろう。

「それで、先輩。どうして俺はここに連れて来られたんです? 話がしたいってのはただの建前なんでしょう」

「いや~、バレてたかぁ。察しの良さといい、ストレートな物言いといい、キミのそういうところ全然変わってないねぇ」

 宮守は感心したように言うと、寄りかかっていた背もたれから身体を起こす。

「実はね、会ってほしい人がいるんだよ。あーでも、久々に顔が見たかったってのもウソじゃないぜ」

「誰なんですか、その人」

「会えば分かるさ。とは言っても、今は用事で校外に出ていてね、すぐ面会ってわけにもいかないんだ。少々ばかり待っていてもらうことになるけど、それでも構わないだろう?」

「別に、構わないですけど……」

 無理やり連れてこられて、構うも構わないもあるものか。こっちは最初から拒否権など持っちゃいない。

 拘束に目隠しと、今までの対応からここが単なる廃校を利用した施設でないことは明らかだ。

 宮守セイヨウ。この人こそ学生時代から全く変わっていない。いつだって先輩は、能天気な陽気さの下で必ず何かを企んでいる。

 そのとき、応接室に携帯電話の着信音が鳴り響いた。もちろん宮守のケータイである。

 昔のアニメだったかゲームだったかのポップな着信メロディが止まり、

「はいはい、こちら宮守。……そうか、了解した。すぐにそっちに向かうから、準備を進めててくれ」

 通話を終え、宮守はソファーから立ち上がる。

「すまん、神代。急用が入ってしまった。ボクはここで失礼させてもらうよ。またあとでゆっくり話そう」

「俺は、どうすれば……」

「ここで待っていてもいいし、校内を見て回ってくれても構わない。ただし校内放送が聞こえる範囲にはいてくれよ。校外に出るのはあまりオススメしない。半径20キロ圏内はさら地が続いているだけだからね」

「さら地……?」

「ではでは、ボクはもう行くとするよ」

 コップに残っていた麦茶を一気に飲み干し、宮守は出口へと歩いていく。

 応接室を出る寸前、片足を廊下に出した状態で彼はふり返った。

「そうそう。もし12時を過ぎても呼び出しがかからなかったら、先に昼食を済ませておいてくれ。その際は学食を使うといい。場所は……まぁ、暇だろうし、自分で探してくれ。んじゃ、グッドラック」

 ひとり応接室に残された神代は、だらりとソファーに身を預けて天井を仰ぐ。

 何故だかは分からないが、面倒ごとに引きずり込まれている気がしてならない。そうと分かっていながらも、先輩のペースに乗せられる自分も悪いのだが……。

 学生時代に巻き込まれたトラブルの数々が、懐かしく思い出される。

 さて、これからどうしたものだろう。一瞬だけ通例的に考えて、神代はそんな自分を苦笑にがわらう。

 性格上じっとしているのは苦手なのだ。だから、答えはすでに決まっている。とりあえず、麦茶とお菓子をいただくことにしよう。動き始めるのはそれからだ。

 ぬるくなった麦茶。溶けかけのチョコレート菓子。暦の上では3月だというのに、外ではセミが大合唱。


 7年前、終末戦争と共に始まった夏は、今もまだ終わっていない。

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