幕間1 〜真実を知って〜
ミアが遺した日記の冒頭。
そこに記されていたのは、魅了が解けた後で彼女に起こった悲劇だった。
父親の死も知らず、母親から親子の縁を断ち切られ、ミアは故郷に帰る事すら叶わなかった。
そして俺の父からも拒絶され、俺が国外追放されていた事実を初めて聞いたと……。
追放されてから、俺はミアを激しく憎んでいた。
謂われのない国家転覆の罪に問われ、俺の人生は大きく狂った。
幸いにも証拠など有る筈もなく、処刑は免れた。
それでも、生まれ故郷の王国を追放される事態となってしまったのだから。
行く宛もなく辿り着いた先は、王国から遥か西方に位置する帝国だった。
かつて国境警備の任務で培った経験を活かし、冒険者紛いに怪物や魔物の討伐で生計を立てた。
一年程が経過した頃、知らぬうちに腕利き冒険者の名声を得ていた俺は、帝国の騎士団にスカウトされる。
そして現在。
ようやくミアとの忌まわしい記憶も薄れ始めていた頃、辺境の村が魔物に襲撃される事件が起こったのだ……。
コンコンコン、と俺の自室をノックする音。
「どうぞ、入ってくれ」
「お邪魔するっスよ、ジャン」
部屋に入って来た若い女性。
彼女の名はニチカ。
愛くるしい童顔のショートカットが似合う子だ。
ニチカは騎士団ではなく、斥候部隊に所属している。
偵察や情報収集、果てはスパイ行為までも行う部隊。
俺が所属する騎士団の活動が光とするなら、斥候部隊の活動は影といったところか。
「ほい、報告書」
「済まないな、手間を掛けた」
「いやいや、次期団長の呼び声高い騎士団のエースには、貸しを作っておくべきっスからねぇ?」
知るか。
ともあれ、ニチカが差し出した報告書に目を通す。
王国のエスペン王子に関する情報だ。
遡る事、2年前。
王都を訪れた大聖堂の聖女アリス。
その聖女によって、エスペン王子が持つ特殊能力……即ち、魅了の力が明るみになった。
その能力は、女性に王子への好意を持たせるもの。
洗脳と言った方が正しいかもしれないと。
王子に魅入られた者は例外なく、それまで恋人や伴侶だった男性を激しく嫌悪した、との調査報告がされていた。
(やはり、日記の通り……ミアは……正気じゃなかった……操られていたんだ……)
その被害者は、現在判明しているだけで150名近く。
中には他国の姫君までもが被害に遭っている。
聖女アリスの力によって王子の能力は浄化、失われたものの、王国に対する民や他国からの信用は地に墜ちた。
王国側は他国との軋轢を避けるべく、王子の身分を剥奪、大聖堂にて公平な裁判が執り行われた。
その結果、死刑判決が確定、昨年末に公開処刑が執行された。
既に、全てが終わっていた。
真に憎むべきエスペン王子は処刑された。
だが、ミアはもう居ない。
ミアは、もう死んだんだ……。
そう実感した瞬間、激しい後悔が俺を襲う。
どうして俺は、ミアの側に居なかった……?
何も悪い事をしていないミアが、どうして……こんな悲劇に見舞われなければいけなかったんだ……?
「ち、ちょっと、ジャン? 何で泣いてるんスか!?」
目の前にニチカが居るのも憚らず、止めどなく俺の双眸からは涙が溢れ始めていた。