帰郷
馬車に揺られる事、約半月。
生まれ故郷への帰還に関して、王国側は馬車の用意すら渋る始末だった。
が、聖女様の口添えが功を奏し、結局は王国側は折れるしかなかった。
何から何まで、あの方には感謝するしかない。
『どうかお元気で、ミアさん。 婚約者の方との仲直りが叶う様、私も祈っておりますわ』
私の手を握りながら、そう仰って下さった聖女様の温かさを、私は生涯忘れないだろう。
「見えて来ましたぜ」
御者に声を掛けられ、思わず身を乗り出した私。
遥か彼方に見えるのは、懐かしい集落と葡萄畑。
故郷に、やっと帰って来たんだ。
帰ったら馬を借りて、急いでジャンの所に行かなきゃいけない。
最後にジャンと会ったのは2年も前になる。
あの過酷な辺境の地から生還を果たしたジャンは、王都の私に会いに来てくれた。
今は故郷に戻っている筈だから、もうすぐ会える。
とにかく、謝るんだ。
謝って、謝って、謝り倒して。
そして、元の関係に戻りたい。
いや、戻らなくちゃいけないんだ。
クズ野郎に魅了されていた頃の私が正気ではなかった事を伝えれば、ジャンなら解ってくれる筈だから……。
兎にも角にも、懐かしい我が家に戻って来た。
ずっと音信不通だった故、少し気が引ける。
そんな事を考えながら扉をノックする。
しばらくすると扉が開き、久しぶりに懐かしい顔を見た。
そこに居たのは、お母さんだ。
「ミアです、ただいま戻りました!」
「…………!?」
私の顔を見るや、お母さんは後退り始めてしまう……。
「あの……お母さん」
「あ、貴女は……どうして……」
「私ね、実は王子に魅了されて、それで……」
事の顛末を語ろうとした私を見るや否や、お母さんの身体はワナワナと震え出す。
「貴女のせいで……お父さんは亡くなったのよッ!」
「えっ……!?」
そんなの、聞いてない。
お父さんが亡くなったなら、王都に居る私にも知らせが来る筈なのに……。
「私……知らない、知らなかった……」
「ふざけた事を言わないで! この領地の課税額を5倍にする様、国王に進言したのはミアでしょ!」
「何、それ……」
「葡萄の収穫量が申告よりも多いから増税するべきだなんて、貴女自身が出鱈目を言ったせいで……」
「知らない……そんなの、知らない……」
「直接に貴女と話をするって、お父さんは王都に行ったのよ」
「知らない……本当に知らないの、お父さんが王都に来てたなんて……」
「その王都内で、お父さんは不慮の事故で亡くなったわ」
「不慮の……事故……?」
鬼の形相で私を睨むお母さん。
いつもニコニコして優しかった人が、見た事もない激しい怒りを娘の私にぶつけている。
「実際のところ事故なのか、怪しい限りね。 しかも……貴女はお父さんが亡くなったにも関わらず、王都から一緒に帰って来ようともしなかった親不孝者のくせに……!」
私は本当に何も知らなかった。
事実とは違う増税の事も、お父さんが王都に来ていた事も、そして……亡くなった事さえも。
お母さんの声に嗚咽が混じり、頬に涙の筋が通る。
「もう貴女は私の娘でも何でもないわ! 出て行きなさい、今すぐ!」
私はただ茫然と、お母さんの顔を見つめるだけだった。
「もう此処は貴女の故郷じゃなくなったのよ……! だから、出て行って! 二度と姿を見せないで頂戴!」
何も言い返せない私に、お母さんはこう言い放った。
「貴女なんて……貴女なんて、産むんじゃなかった!」