幼馴染
聖女様との面談が終わった。
もしも困った事が有れば、大聖堂に来る様に紹介状まで用意して頂いた。
聖女様曰く。
地方の男爵令嬢に過ぎない私では、おそらく王国からの手厚い賠償までは期待出来そうにない。
他国との戦争の危機に陥りかねない中で、国内で弱い立場の被害者達は泣き寝入りする羽目になるのが予想される。
被害に遭った他の人達と共に、王子が犯した暴挙に対して大聖堂の力を借りる事は吝かではないだろうと。
そんな聖女様のお心遣いに、私はただ感謝するだけであった。
その後で、私は浴室を使わせて貰う事にした。
あの卑劣な王子と身体を合わせたのかと思うと、真っ先に身体を隅々まで清めたかったから。
服を脱いだ後、姿見に映る私の身体。
「何なの……これ……?」
そこには、下腹部が少し膨れた自分が居た。
みるみる血の気が引いていく感覚と共に、悪夢の様な記憶が再びリフレインする。
王子に魅入られていた頃、ジャンに言い放った悪意の塊を……。
『私ね、王子の子を身籠ったの。だからさ、二度と私の前に姿を見せたりしないでくれるかな?』
王子の子を……身籠もった……。
この膨れたお腹は、あのクソ野郎の……?
瞬間、私は嘔吐していた。
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それから、10日余りの時間が経過した。
あの後、私は発作的に自らの下腹部をナイフでメッタ刺しにしていたのだ。
治癒魔法のスペシャリストたる聖女様が居た事もあり、幸いにも私の命は取り留められた。
だか、お腹の中に入っていた小さな命は助からなかった。
我が子を自らの手で殺めながらも、微塵も罪悪感は感じていない。
ズタズタに切り裂いたお腹も、聖女様のお陰で綺麗さっぱりと傷ひとつ残っていないのだから、目論見通りだ。
そして、傷が癒えた私は帰郷を決意する。
一刻も早く、ジャンに会うために。
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私、ミアとジャンとは幼馴染だった。
どちらの親も、王都から遠く離れた地方に小さな領土を持つ男爵位の貴族。
貴族と言えば聞こえは良いが、実際のところは裕福な平民の方が遥かに豊かな暮らしをしているだろう。
住んでいる所も、ごく普通の家。
屋敷でもなければ、執事も侍女も居ない。
領民と共に畑を耕して、特産品の葡萄を作る。
名ばかりの貴族であり、日々の暮らしは平民と変わらない。
幼い頃からジャンのところに遊びに行ったり、その逆もあった。
馬に乗れる様になった私が子供一人で遊びに行ったりして、怒られたりもした。
勝ち気で活発だった私と、大人しくて控え目なジャン。
それなのに、不思議と相性が良くて……。
いつしか、恋心を抱いて……。
親同士が婚約を決めた時は、とても嬉しくて……。
近い将来、ジャンとの家庭を築く日が待ち遠しくて……。
そんなある日、公務で視察にやって来たのがエスペン王子だった。
王子は……いや、あのクソ野郎は、私を魅了した。
そして、更に。
ジャンを王国の兵士として召し抱えると決めて、辺境の危険地域に赴いての警備を命じた。
そこは未開の地。
凶悪な怪物が徘徊する場所であり、普通ならば重罪人が送られる慣例となっている。
刑期は五年間だが、期間中に殆どの者が命を落とす。
無事に刑期を終えて帰還出来る者は数百人に一人。
『国境の危険地帯に派遣されるそうじゃない、良かったわね! アンタの顔を二度と見れなくなるなんて、私も嬉しいわ! 出没する魔獣に喰い殺されない様、せいぜい頑張ってね?』
なのに、私は……。
あの卑劣なクソ野郎と共に、笑いながらジャンを見送ってしまったんだ……。