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その想いの結実は刹那でも

作者: 国戸手裏剣

「ババアかと思って振り向いたらジジイだった。こいつそんなことまで出来んのかよ。てかこいつだれだよ。乾きものみたいに水分を失った、清潔なのか不潔なのかわからないが不潔にしか見えない灰色の長髪をゴムで結んだガリガリのジジイ。本当はどっちなんだろうかと疑問にも思わない。

 駅を降りてすぐの商店街の、コロッケしか買うことのない肉屋の前で、俺は見知らぬジジイを自分の祖母ババアと間違えて振り返ってしまい、ついでに仕方なくコロッケを買うことにした。

 生前俺が大好きだったこの肉屋のコロッケ。数年前には牛脂をたっぷり練り込んだインチキメンチカツで大儲けしたこの肉屋。でも俺はずっとコロッケ派だ。

 おばちゃん、コロッケ一つ。

 おばちゃんは無反応だ。

 おばちゃん、コロッケ! 声をやや張り上げてしまう。俺は思ったより大きな声が出て恥ずかしくなってしまう。

 おば――とそこで気が付く。

 そうか。俺はもう何年も前に死んだんだ。

 どうして……女? 女が下に立っている。ふわりと俺は、そのまま空へ浮き上がっていく。女が俺を見上げる。そのまま高く、遠くへ。高く。高く――


 道明寺北輝聖どうみょうじほっきせいの魂がまた、口寄せしたあたしの元を離れて天高く旅立ってしまった。口寄せは二回目。あたしが恐山と間違えて登った山の奥深くで、本物が、いた。修行も、した。

 もう一度訪れようとしてももうその山はなく、そのことがあたしの覚えた口寄せの技術に真実味を与えてもいた。

 北輝聖はあたしが当時追っかけをしていたバンドのボーカルで、コミュ障とイキり陰キャを売りにしつつも、その確かな腕でミュージックシーンを盛り上げてきた。そのアンバランスさにあたしたちは魂を鷲掴みにされた。インディーズで爆発的に売れたことで、メジャーデビューさせるべく有名なレコード会社からのスカウトの声がたくさんかかっていたのに、自分のやりたいことをやれなくなるから、という理由ですべて断っていたのも最高に恰好良かった。インディーズでもやり方次第で自由にそれ一本で食ってける時代になったから、というインタビューでの言葉は多くのインディーズミュージシャンを励まし、同時に可能性を誤って感じてしまったインディーズミュージシャンたちのうち、どれくらいの歩みを取り返しのつかないところまで進めたAND進めるだろうか。

 北輝聖は自殺した。

 完璧主義者だった北輝聖ははじめてギターを持つ日のだいぶ前から首吊りをする当日まで一日も欠かさず日記を書き続けていた。日記をすべて読むと北輝聖の考えの変化がわかって面白い。

 ギターが上達するまでは結構時間がかかっており、ギターを買ってすぐのころはそこまで熱心ではなかったが、うまくなりはじめてからギターに時間を割く時間が長くなり、いつの間にか多くの情熱を音楽に傾けるようになっていったこと。音楽にすべてを捧げることで自分が救われるんじゃないかと思った日の一番長い日記。売れてなんでも手に入ったことで自分が変化していくことが怖いと何度も何度も、不定期に考えていたこと。気付いたらセックスに溺れていたこと。自分の拘りを周囲が受け入れてくれず、満足な演奏が出来ずに自宅に帰宅してからキレてしまうが、メンバーには強く言えず、もう毎日ギターなんて弾きたくないと思いながら過ごしていった日々のこと。自由にやりたいからメジャーには行かないと言っておきながら全然自由にできていなかったこと。でも一人でやるのは怖い、寂しいからバンドを解散したくないこと。そして酒浸りでアル中になるのに怯えているのに酒をやめられない日々のこと。それでも日記を続けていられる間はまだ大丈夫と自分に言い聞かせていたこと。精神科で横柄な医者に当たりムカついていたが、薬だけ貰えればいいや、変えるのめんどくさいしと耐えていたこと。そして死ぬ当日の日記は、それまでとは違い、寝る前でなく、酔い過ぎて寝てしまった翌日の朝でもなく、はじめて午後、死ぬ直前の、夕日が沈むころに書かれた。丸ごと引用しよう。

 死ぬ。孤独が晴れない。音楽も、金もあるし、仲間もいる。でも孤独だ。このまま前に進んでいるようで進んでいない日々に終止符を打つ。

 実際、実感としてはセックスが日常になったころのどこかでもうこの先になにもないと感じてしまって、そこからずるずる生きてきただけだった。本当にセックスがきっかけなのかはわからないけど、文化的なこと――音楽だったり、仲間だったり、金を使った馬鹿げたことだったり、そういうものと、動物的なこと――続かなかったけどランニングとか、セックスとか、に慣れて、すべてを体験した気になったけど、なんにもそこに俺はゴールを見つけられなかった。いや、刹那的にはそう感じたかもしれない。でもなにも感じなくなってからはだいぶ経ってる。

 そして北輝聖は」

「すいません、ちょっとよろしいですか?」

「……?」

「ここでずっと一人で大きめな声でお話をされていると周りの人たちがびっくりしちゃうので、ちょっと私たちと一緒に来てくれませんか?」

「なんで?」

「ん? ……ちょっと……これ、やっぱそうだよな……波田さん、ですよね? ちょっと逃げないで!」

「掴むな! 離せー! 暴力はヤメロー!」

「いえいえ、暴力じゃないです」

「暴力だろ! 離せー!」

「いえいえ、あ、叩かないでください。叩くのをやめなさい! 叩くのをやめなさい!」

「ヤメロー! お前らが北輝聖を殺したんだー!」

「叩くのをやめなさい! やめなさい!」

「あたしが北輝聖を救うんだー!」

「んあ……あれ波田?」

「? なんだっけ」

「あの、ストーカーで道明寺北輝聖の」

「あ、まじか。まじだ。同じ顔。火事場泥棒の」

「火事じゃないでしょ。自殺したんだから」

「まあ。ちょっと! 不謹慎でしょ」

「え、なんでうちが不謹慎なんだよ」

「道明寺北輝聖ってスゴい名前だよね」

「道明寺は苗字だからしょうがないけどね」

「まあ。でも本人には名前もしょうがないんじゃん」

「まあ……あ、めっちゃ押さえ付けられてる……」

「ね……」

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