5-25 昔噺の追憶(25)
子供からの『意見』を受け止めたら適切なアドバイスを提供すべきです。
怒りは“全ての年齢”特に『学習の時期』である子供時代に起こり得るものです――…親や保護者は“正しい怒りの管理方法”を教えましょう。
――感情のコントロールは、必要性と実用性を併せ持った『栄養のバランス』のようなものです。
子供だけでなく“大人”にも欠かせなません――…怠ってしまうと『自立の一歩目を歩ませる』をしにくくなってしまいます。
しかし、それでも見逃してしまうのです。
その“見逃し”の前兆は「大した事ない」とか「考えすぎ」とか「みんな一緒」の簡易的に思いもよらないのです。
仮の例えばを――…疲れている時にコンビニに行くと「何を食べたらいいか?」と、分からなくなる時になりますよね。
実は、この状態は『うつ病』になり罹っている“証拠”なのだそうです。
――そんな馬鹿なと、思われるでしょうが『事実』です。
その証拠が、出始めたら迷わずに『かかりつけ医』さんか『福祉環境サービス』に相談するのも“正しい決断”です。
もう一つ、よく耳にするようになった『産後ケア』も一つです。
まず先に“産後ケア”とは――…出産後・慣れない育児に疲れてしまいがちなママのために育児の支援や心身のケアをしてくれるサポートです。
行政や民間でも『産後ケア事業』として支援の輪が、広がっており“母子の健康促進”のために『重要なケア』として注目されています。
そして“自治体の産後ケアセンター”を始め――…助産院、病院、民間の産後ケア施設等に行われいます。
同時に『ケアに当たる』のは――…看護師や助産師、臨床心理士、保育士、栄養士等の専門家です。
そして、ママの心理的ケアや身体的ケア・育児支援・育児についての相談や指導・生活の相談や支援等の様々なサポートを受けれるそうです。
――しかし、それでも「みんなも通る道」だからと…男尊女卑思考のせい
我慢をしてしまいがちになるのです。
その思想は、もう古いのです――…何よりも“みんなも通る道”の正体は、ご近所さん付き合いによる『謝礼』である。
例えるならば、保護猫や保護犬等の『お世話人』に近い。
ご実家以前にご近所さんとの交流よりも“便利な世の中になった”のならば、本当に活用すべきなのです。
ですが――…経験者である祖母や母親、親戚から「みんな通る道なのだから自分一人で、やりなさい」と…この何気ない言葉が、ママさんの心身ともに満身創痍になっているというのに更に心身を追い打ち滅多刺しを受けているのです。
ママ一人に我慢し過ぎによる苦難に迷い、悩ませた挙句の果てに待っているのは『一家心中』を引き起こしてしまう惨劇だ――…大袈裟に聞こえるだろうが、現にニュースとしても取り上げられる現実であり事実。
使い方、誤っているだろうが“窮鼠猫を嚙む”である――…この言葉は、中国の古典『塩鉄論』に由来しているそうです。
意味は――…弱い者でも極限まで追い詰められると、強い者に必死に反撃するという意味の諺です。
――その“反撃”は『死』か『大怪我を負う』である。
苦しみを理解してもらう“ため”には、死傷を負わないと『解かってくれない』歯がゆさを公にするしかないと錯覚してしまった事例紹介されている。
しかし――…決死の行動を示しても被害者だというのに「恥さらし」とか「危険人物」として、炎上されてしまう。
後に家族への死傷が、きっかけで“離婚”されてしまい…出戻されて早々に実家により精神病院に強制的入院されてしまった事例も挙がっている。
件の癇癪浪人の場合――…ご両親の他、乳母等の世話人からの良し悪しに対しての教育を受けていたにも関わらずの暴動。
――癇癪浪人からしたら物足りなかったのだろう。
ご両親だけでなく、世話人からも物心ついた時から何度も口酸っぱく『駄目』と言われた言葉と行動は――…やりたくなるものだ。
対象者の嫌がれば、嫌がるほどの傷ついた苦痛に歪む表情に思った以上の優越感と快感に心身への快楽へと溺れていた。
癇癪浪人からしたら何時でも寝れる状態の整えられた寝床に飛び込んだ時の解放感に近かったのだろう――…後に“取り返しのつかない代償”を支払われる羽目になる事も夢にも思っていない。
――この日も酒の調達か、女の物色か『変化のない』はずだった。
遠目で、旅法衣ではなかったが…間違いも忘れもしない、村に来て小綺麗な村娘に妻問いをしていた所を邪魔をした丸坊主の男が…目に入った。
毎日毎日、飽きもせずか…これしかないからか…日夜問わずに好きなだけ飲みに飲んで、寝落ちる度に“悪友”のように寄り添う二日酔いの頭と目が『憎悪』により
邪魔した男の足元には、ちょろちょろしながら歩きにくくしている錆び柄の尻尾の太い子犬のような小動物も目に入った。
因みに子狐様が、しているのは――…動画も見れる現代のドックダンスの一つ、一般的には“スルー”や“スルーエイト”等と言われます。
左足を回る時が『スルー』右足が『エイト』と、呼ばれています。
その両方続けて行うのが『スルーエイト』と、呼ばれるそうです――…人が、歩きながら犬が足を潜って歩く“ウィーブ“よりも難易度低いそうです。
――見るからに仲睦まじく、お互いを『大事』で『大切』している。
その様子に癇癪浪人は――…腹の奥底から燻っていた“どす黒い感情”が、込み上げながら一気に支配された。
あの日からだ――…あの日に邪魔された憎悪と嫌悪は、本人の想像以上に積み木のように積み上げられた。
遺恨、怨恨、宿怨、怨念――…後に『意趣』へと変化を遂げる。
恨みを思いながら仕返しをしようとする気持ちの意味を持つ“意趣”は、母の兄であり僧侶である伯父の所に『更生』させたはずだった。
――だが、甘かった。
もう癇癪浪人の残酷性は、両親や伯父でも見抜けなかった――…そして、見誤った。
しかし「身内だから」だとか「血縁だから」と甘やかしてなどいないと、断言しても信じる者は――…だが、本当に“第三者の存在”により「更生した」のだと『錯覚』してしまったのだ。
その“第三者”というのは、伯父の師匠の存在である――…誰もが「観音様の生き写し」なのだと、親しまれている。
――そのはずである。
師匠は、かつて…狐様親子の暮らす村の住職様の弟子の一人だった。
狐様親子の暮らす村の住職――…つまり、獣医兼僧侶という二足の草鞋を履いていた『第一人者』である曾祖父様の弟子だった。
幼い頃から動植物が、好きだったために当時珍しかった“獣医”を目指していたが…他の兄弟も居たものの、運悪く流行り病に罹ってしまい…亡くなってしまったり、後遺症により植物状態になってしまったため『僧侶』の修行を全うした。
元々、曾祖父様も実家の小坊主から僧侶の修行を行っていたため苦ではなかったそうだ――…後に修行僧をしながら各地、点々と歩き回りながら村の家畜の健康状態や出産等の世話を手伝いをしていった。
世話を手伝ってくれた報酬として、衣食住を提供してくれた――…動物の健診のついでに動物の排泄物から作り上げた肥料と堆肥作りを受け持ったのが、功を奏したのかもしれない。




