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創作罪  作者: 宮島ミツル
9/9

8.good morning



 隈川が【校正施設】で療養を受けて、一ヶ月ほど経った日のことだった。外は春の風が、街々の角を通り去り、新たなる何かを感じさせる匂いを運んでいる。今日は彼が退院する日とされていた。しかし、建物の入り口に隈川の姿は無かった。自動ドアは依然として閉まったままで、世間と施設内の境界として機能している。


 施設の駐車場に、黒塗りの霊柩車が、音を立てずにぬらりと停まった。漆器のような深みのある黒は、植込みの葉を映し、生命と死の離れざることを証明していた。ボンネットに落ちた数片のソメイヨシノが、場違いに美しい対比を造っていた。


 校正師の男は、こういった風景を事務室の窓から見つめていた。


昨日、担当していたカンジャの隈川勝重の容態が急変し、死亡したのだ。【レーテー】が指定した以上の記憶が失われ、死際の隈川は酷い記憶混濁者(ドランカー)になっていた。


 霊柩車は死んだ隈川を引き取るため、ここに来たのだった。隈川(カンジャ)が死んだのは、何故なのか判然としなかった。薬剤のオーバードーズという説が有力であったが、決定的では無かった。彼に投与されていた精神調整剤は、中毒量からは程遠かった上に、飲み合わせが悪いという訳でもなかったというのが、カンファレンスの総意だった。


彼の死因の究明はそれほど熱心に行われなかった。【校正施設】の目的は、社会秩序の安定であり、反社会的人物の治療では無い。まして、親族などの身寄りもない彼の死が、施設の人々にとって意味のないことは自明だった。


 ただカンジャは文書校正の際に、誤字が消されるように、何事もなく消えていった。


 校正師は外の景色を見るのを止め、事務室を後にした。今日は土曜日だったが、彼には対応しなければならないカンジャが何人もいた。


 こう言った日にも、世界は美しい調和の韻律を踏んでいた。廊下に反響する靴の音。ブラインドの隙間から洩れた朝日が投げ掛けるハイライト。外には、死を運ぶ車とソメイヨシノ。静かで、落ち着いた、取り留めのない或る午前のことだった。


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