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創作罪  作者: 宮島ミツル
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6.Restructure


 隈川は恐ろしい治療を身構えていたが、彼が知覚する範囲においては何事もなかった。一日三回、食後に薬を飲む。プラセボによる副反応を抑制するためとスタッフは言っていたので、隈川は何の薬かが判らなかったことが唯一の気掛かりだった。


 体調不良でない限り、一日三十分以上の運動が義務付けられており、隈川は別棟のトレーニングルームでランニングマシンを使ったりして、汗を流した。隈川は、二日に一回ほど校正師に呼ばれ、ヘッドセット――自前のものより随分とごてごてしている――をつけて【共感映画】を見た。


 いつも見ているものと比べて然程話の難易度は変わらない筈であるが、隈川は話を理解することが困難に感じた。きっと、環境が変わったことと、等倍速の映像に慣れない為であると、隈川は自ずと結論づけた。


彼は等倍で共感できる感情に、最初の頃はもどかしさを感じたが、次第に慣れていった。


 寧ろ、記憶が整頓されているような感覚が隈川にはあった。



 施設に入って、十日ほど経った日の昼下がりのことだった。隈川の心持は冷静で、深い内省を行いながらも、みじめな気持ちに襲われることは無かった。彼は白い壁にも愛着を持ち始めた。何より清潔であり、無駄な思考に囚われずに済む。そういった晴々とした気持ちをしていると、扉を叩く音がした。


 入ってきたのは、校正師と医師だった。医師の方が口を開き、


「隈川さん、順調に治療が進んでいます。貴方の精神は施設に来た当初よりも遥かに潔白であり、健康的です。これからは、経過観察を含め貴方にレポートを書いて頂きたく思います。貴方の健康状態をカンファレンスで共有し、今後の治療計画を立てていく上で、是非とも必要なのです」


と説明した。隈川はそれに対し、


「でも、僕はレポートの書き方がわかりません。どうしたら良いのですか」


と質問した。医師は、


「心配入りませんよ。何もレポートといってもそこまで堅苦しいものでは御座いません。貴方は日記をつけて頂く感覚で臨んでいただければ十分です。端末を渡すのでこれからお願いします」


と言い、キーボード付きのタブレットを渡してきた。彼はそれを見て形容しがたい苦痛に近い感情を抱いた。


「先生、僕はこのタブレットを持つと罪悪感に近い苦しさを感じます。本当は文字を書くのが辛いです」


と隈川は思ったままに感情を吐露した。


「それは治療の過程で生じる副作用ですね。大丈夫です。貴方はあともう少しの辛抱で善良で健康な市民になることができます。レポートもその一環です。どうか頑張ってください」


と医師は優しい口調で隈川に諭した。隈川はそれに喪失していた父性に近いものを感受した。


「頑張ってみます……。僕はいち早く社会に戻って国のために頑張りたいんです」


と隈川は述べた。


「ええ、頑張ってください。日記は日付が変更される前に施設の共用クラウドにアップロードしておいてください」


と医師は彼に言うと、校正師と共に個室を去るのであった。

 廊下には二人の足音が行き場を失ったかの様に反響していた。


「随分と校正が進みましたね」


と、医師が言った。それに対し校正師は、


「まあ、かなりの紋切型ではありますがね。政府発行の尋常精神アルゴリズムはお利口にしてくれますが、些か気味が悪いですよ」

と答えた。


「ですが、あの程度まで直れば概ね問題ないでしょう。カンジャも三度目の罪を犯しそうには見えません」

と医師は言った。それに対し校正師は、


「どうでしょうね。同時並行で薬物療法による精神改変と、就寝時に校正プロトコル(注・特定のフレーズの刷り込み)を聞かせて、条件付け教育を行いながら、記憶処置を行なったとはいえ、それらが遺伝子に作用している訳ではありません。依然として、再犯のリスクは拭いきれませんよ。いっそのこと、ニュースピークや人間工場があればよかったんですけどね」

と答えた。


「口を滑らせすぎですよ。それに【国家情報管理局(アイボリー・バベル)】からの援用は感心しませんね」


と、医師は注意するのであった。


「すみません。やっぱり文学(げきやく)は程々にすべきですね。気をつけます」


と校正師は謝った。そして、再び口を開き、


「なぜ人間はこうも虚構に取り憑かれるのでしょうかね」


と漏らした。それに対し医師は、


「人は本質的に、惑わされたい、傷つけられたいというマゾヒズム的欲求があるのかもしれません。だから、恋愛もするし、その夜に自責もするのでしょう」


と、答えにならない返事をするのであった。




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