久しぶりにあった人がネズミ講まがいのことをしていた話
大学生になると高校生のときの友人となかなか会う機会がない。大学生は浅く広くの友人関係というが高校の友人と会わない時点でその説は立証ならずという気もする。僕はコロナとかいう流行り病のせいで家で退屈していた。それでも授業の動画は送られてくるし、ゼミの報告論文を書くためにときどき大学の図書館に行っていた。先生たちというのはどうも僕らのことをコロナで外に出られず暇だと思っているのかほぼ全員が重い負担をかけてくる。ゼミの論文を書くというのは本当に骨の折れる作業で、先生曰く「原典に当たらないと若書きの論文に信頼なんてない」と言うのだがそもそも僕らは大学院生でもないから研究をしようという気はほとんどない。周りのゼミ生を見てもうんざりした顔をしているから、僕と同じように単位や就活のためにゼミに入ったのだろう。過去の僕にアドバイスをするのならば他にがんばったことがあればゼミに入る必要はないということだ。卒業要件ではないから僕の大学は本当に研究したい人がゼミに入るというシステムのはずだった。社会の風習というのは怖い。ゼミに入っていなければ大学で何も学んでいないという烙印を押されてしまうのだ。でも僕らの面接官であるおじさんたちは大学時代はほとんど勉強しないで学歴さえあれば有名企業に入れたような時代だ。そんな奴らに何がわかるんだ。そう思いながら論文を書いていた。
インターネットが普及したのは大変便利である。周りの人が何をしているのかものの数分でわかってしまうのだからプライベートなんてあったもんじゃない。でも自分のプライベートをさらさない人は「謎の人」というレッテルを貼られて近寄りがたい臭いをつけさせられる。嫌な時代だ。僕はよくインスタグラムを見るが良いことなんて一つもない。コロナ禍だというのに平気で遊んでいる人はたくさんいる。僕はそこに呼ばれていないし、コロナ禍で酒を飲んだりするのは正直好きではない。でも疎外感というのはなぜか感じてしまうのだから人間というのは変な生き物である。高校の友達にも会っていないし、大学の友達は飲んだりするだけでこのまま就職活動に突入するのだろうか。
僕は人間性というのは思春期までに蓄積した経験で思春期が明けた後の長い人生80年ほどの人間性というのが決まると思う。もちろん丸くなったりはするだろうが、根本の部分は思春期のときに感じた大人社会への反発や疑問を自分の中に押し込めようとするか疑問を解決しようとするかで二つに大きく分かれて決まるだろう。発達学や心理学のようなものを勉強したことがないから根拠というのはない。でも自分の立てた説が自分の現状でひっくり返りそうになっている。お金がそこそこあって友達と遊ぶ時間もあるはずの大学時代にレポートや研究に追われる毎日で社交性という部分が大きく損なわれている気がするのだ。誰か救ってくれ。スーパー敏腕な総理大臣がコロナを封じ込める策を練ってくれればいいのだが、リビングのテレビから聞こえてくる答弁はいつも責任追及のセリフばかり。子供ながらに呆れながら録画していたバラエティ番組を消化していく。
ある日めったに着信のない僕の携帯にLINEが来た。
「もう就活とかしてる?最近少しわからないことがあるんだけど今日の夜電話してもいい?」
唐突である。しかもその相手は僕が高校生のときに告白して振られた女の子だ。当時は僕は緊張してほとんどしゃべったことがないまま告白してしまい見事に玉砕した。だからいきなり電話って言われても難易度が高すぎる。鼻息とかが電話の音声に乗ったらどうしよう…会話に行き詰まったら何を話せばいいんだろう…そもそもいつ電話って終わるんだろう…大学に入ってから彼女がいたことがない僕は数年ぶりにときめいているけど心は中学生のまま発達していないから困るのだ。普通の友達の女子なら別に緊張などしないのだが、元好きな人が相手というのはポケモンのバトルフロンティアでいきなりフロンティアブレーンと闘うくらい唐突なのだ!!!
次の日の夕方に結局電話することになった。驚いたことにあれほど物静かだった女の子は人が変わったようにペラペラとしゃべり倒していた。世間話から父の日に何をあげればいいかという相談事まで20分ほど話したが何かがおかしい…用もなく4年ぶりにLINEを送ってきて些細な質問で終わるはずがない。就活の話をし始めて数分でその魂胆が見えた。
「私、バイトも塾講師で接客とかしたことなくて目上の人と話すのすごい不安なんだよね…最近携帯会社のインターン始めて接客練習したいから会わない?」
なるほどね。まあそんなことでもなければわざわざ振った男に急に便りをよこしてこないですよ。とはいえ僕も男の子、きっちり協力することにした。
当日、待ち合わせ場所に行って4年ぶりの再会、と言いたいところだったが特に何も「変わってないね~」とかはなかった。女の子はさすがに大学生だからメイクやヘアカラーというものを覚えて垢抜けた感じはあった。それにしてもよく話す…僕をペッパー君とでも思っているのか、マシンガントークで一秒の間も作らせないような語り口だ。しかし、僕は自分で言うのも恥ずかしいが、慣れている相手や目上の人と話すときのスイッチが入った状態でないと話し方が少し変になる。返答に変な間が生まれたりしてしまってテンポがよくなるのに時間がかかる。逆にそれを利用して僕のテンポにしようかと思ったけどそれを上回る、上の空の状態でのマシンガントークでげんなりした。この人は僕に話しかけていることを認識しているのだろうか。オフィスに着く前に僕は心の中で踵を返して駅に走り出したくなった。そんなことを考えながら雑居ビルについた。ん?雑居ビル?携帯会社でプランとか立てるところだよね。デパートとかの一角にあるものだと思っていたから僕は少し寒気がしてきた。カツアゲとか変なプラン紹介されて巨額の契約結ばされるとかあるんじゃないか。近況報告を少しの間しかしていないからこそ、僕はこの女の子に絶対的な信頼はないし、僕がかつて片思いをしていたということを利用して金をせびってくる例のあれか…!密かに混乱と興奮をしていたが、女の子は僕をオフィスに案内し席に座らせた。喉がカラカラだったがあいにくそのまま話は進んだから粘り気で口が臭くないか心配だった。
話はいたってシンプルで僕の携帯料金を安くできるという話だった。身構えていたが特に携帯プランを勧められるなどのややこしい話はなかったから安心していたら突然彼女の将来の話になった。僕は人の将来にあまり興味がない、というより人のことを心配していられるほど自分に余裕がないから相槌を赤べこのように打ち続けていた。時々僕に質問を投げかけてくるから面倒だったが「うーん」とか「難しいね」と言っておけば彼女が勝手に話を進めてくれた。タッチしているだけでレベルが上がるスマホゲームか。彼女がミッキーになりたいと言い始めてなんのこっちゃと思っていたが、誰かを幸せにしたいそうだ。最初からそう言えよと思っていたら、だからこの携帯プラン紹介の仕事をして誰かが経済的に楽になって喜んでもらえるならそれも幸せだからまずはこれを頑張りたいと一息に言い切った。嫌な流れだ。
「だからさ、今はそのクライアントが欲しいからインスタでも何でも友達に私のことを宣伝してほしい」
時々インスタで友達が変な広告をしているのはこれかと合点がいった。写真を撮らされていかにも上手くやってもらいました!という雰囲気を出してインスタに投稿させられた。おまけにLINEで同じような文章を打って20人に送れというのだ。チェーンメールというよりマルチ商法と同じやり口だ。怪しいねーと冗談交じりに言った。
「私もそう思うけど、これだって人を幸せにできる」
そんな風に言い返されたらさすがに何も言えない。けどやり方が明らかに友達をなくすやり方だ。送っているふりをしていたら何回も催促してくるからおそらく僕がすべてやり遂げるまで帰してくれないのだろう。後で送信取消するなりしてやり過ごすことにした。
僕が好きだった彼女はこんな人ではなかったはずだ。もっと物静かで何考えているかわからなくて(今もそうだが)、話しかけづらくて、現実的なことを考えているはずだから怪しいことには手を出さない聡明な女性だった。人は追い込まれると人格すら変わってしまうのだろうか。静かでマイペースな人は社会のグループ生活になじまないから就活では弾かれてしまうというのなら僕はそんなものくそ食らえと思う。フレッシュで、ハキハキとしていて、目を水晶のように光らせて建前にすぎない自分の将来像を語るという漫画に出てきそうな就活生になることが就活のスタートラインなのだろうか。そんなスタートラインに立っただけで大手企業に受かるなら苦労はない。みんな同じならあなたの個性を聞こうとするわけがない。今の彼女はその就活の呪縛にガチガチに縛られた人だ。自分をそんな枠組みに無理やりはめてしまって個性もくそもない人間になってしまったというそんなことも気づかないほど愚かな人になってしまったのか。
何とかやり過ごして帰れることになった。女の子はまた一人でべらべらしゃべり始めたが、僕は自分のペースで話をしようとか途中で突っ込んだりはもうしなかった。雑居ビルを出てすぐの横断歩道まで来て女の子はまだ仕事があるからと言った。僕も駅までの道はわかるから大丈夫といって手を振った。
サヨナラ、僕は「就活生」が嫌いだ。「マルチ引っかかってない!?」とスマホの通知欄にあった。
初めてこちらのサイトに投稿させていただきました。どんな些細なコメントでもいただけたら幸いです。
ネズミ講が怖いわけではなく、その手法に手を出すほど人間は変わり果ててしまうのを見ると、冷静に状況判断できる人は羨ましいですね。私もそうなりたいです。