裏切り
やってしまったー!
急ぎすぎて間違えて直也の鞄を持ってきてしまった。
「そういえば、直也君、退院したようで良かったです。でも今はどこに住んでいるんでしょう?鞄や教科書は渡されましたが、家はそう簡単にはいきませんからね」
何だろう、榊原さんのこの何でも知ってる感が怖い。
「後で聞いてみましょう」
あ、やばい
「私があとで聞いておくよ!」
焦ってとっさにこんなことを言ってしまった。
「では、お願いします」
榊原さんはそういってニッコリしながら席に戻っていった。
そこでチャイムが鳴り、ホームルームが始まる。
「はぁ、ナオ君、本当に忘れちゃったのかなぁ」
授業中に穂香が左手の薬指にはまっている指輪を見ながら、つぶやいていた。
穂香の右前には直也が座っている。
…なんか違うなぁ。
今までより何か違う、よくわからないが何かが…
確かナオ君は指輪をどこに保管していただろう。
どこだっけ――
四限が終わり、昼食の時間。
僕、昼ごはんなんて持ってきてないんだけど。
金も持ってきてないし…
…寝るか。
そこで教室の引き戸から、僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「なーおや!」
誰、あなた。
上履きには伊藤春と書かれていた。
「えっと、春さん?」
「ん?どうしたんだよ、直也、病み上がりで調子悪いか?ははーん、わかったぞ、お前弁当を忘れたな?」
なんだかこいつはすごくいいやつな気がする。
「なぁ、春さん、話があるんだ」
「記憶喪失ぅ!」
「声がでかいぞ、春さん」
僕は春さんに打ち明けた。
「わりぃわりぃ、じゃあ、俺のこと覚えてないのか?」
「そういうことだな」
春さんは少しだけ悲しい顔をすると、すぐに表情を戻し
「ま、生きてりゃいろんなことがあるわな。んじゃ、お前、今、どこに住んでんの?家ないんだろ?」
「あぁ、水瀬さんの家に住ませてもらってるよ」
そのことを聞くと、春さんがつまんでいた唐揚げを落とした。
「は?なんで」
だって、そりゃ
「だって水瀬さんは僕の彼女だもん」
春さんが食べようとしていたおにぎりを落とした。
「お前、穂香のことが好きだったんじゃないのか?指輪もあんな大事そうに持ってたのに」
「……え…?」
なにか思い出した気がする。
「あ!水瀬さーん」
私がクラスの友達と昼食をとっていると、他クラスの友達が走ってきた。
「どうしたの?友奈さん」
友奈さんは私に耳打ちしてきた。
「水瀬さん、彼氏できたでしょ、しかも直也君!」
「そそそそそんなわけないじゃない!だって私は穂香ちゃんと……」
そこで言葉が詰まった。
「…そうよ、記憶が曖昧になっている直也に私が彼女だって押し付けて、穂香ちゃんを裏切って――」
「それ、本当なの?黄色さん」
その言葉は穂香によって遮られてしまった。
一番聞かれたくない人に聞かれてしまった。
でもいけないのは自分だ。
「…ごめん」
そういって私は校舎から飛び出した。
「水瀬さん!」
友奈が引き留めるがそんなのは耳に入らなかった。
穂香もしばらくそこから動かなかった。
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