ボス前準備は怠るなかれ
「アイ、そろそろ離れてくれよ!」
「ええー、ボスの部屋までいっしょに森林浴デートしよーよ!」
「わがままいうな、俺だって体裁とかイメージとかいろいろあるんだよ! だいたい視聴者とか黙ってないだろ!」
『いいぞもっとやれ』
『いいぞもっとやれ』
『いいぞもっとやれ』
『いいぞもっとやれ』
『いいぞもっとやれ』
『いいぞもっとやれ』
コメントは黙ってませんでした。
「こういう時だけ連帯感を出すな!」
「ほら! コメントさんもこう言ってるしいっしょにいこーよ!」
「っ──! は、な、れ、ろーっ!」
コメントの後押しを得たアイはこれ幸いとばかりに身を寄せようとしますが、わずかな隙間から振りほどかれてしまいます。
「むー……このっ、このっ、このー!」
「わっ、ちょっやめろ!」
それでもアイはあきらめずしがみつこうと飛び掛かりますが、ひらりとかわされてしまいます。
「もー! おにいちゃんってばー!」
「だからこっちに来るんじゃねえって──あーもう!」
2人は仲良く(?)森の最深部をかけていくのでした。
*
そうしてヤブの中をしばらく進むと、赤色の渦が彫られたカベが現れます。
くるものを拒むような物々しさをはなつそれは、ボスエリアへの道を封印する門でした。
「……残念だったなアイ、追いかけっこはここまでだ」
「むー……!!」
ついぞ捕まえられなかったアイは口をとがらせてますが、DEXに少しも振っていないのでさもありなん。
そうでなくても相手は歴戦の強者なのですから、まともに捕まえるのは至難のワザです。
「……準備は怠るなよ」
「じゃあ、じゅーんび!」
「あまい」
であれば、と。
アイはウインドウ操作でステータスの割り振りをするスキを突いて抱き着こうとしますが……片手間にさっとかわされてしまいました。
「むー!!! アニニウム補充させてよー!」
「それは準備じゃない」
『アニニウムってなんだwww』
『油断もスキもねえw』
『ぷんぷんタスカルタスカル……』
『ストイックかぶりなおしたな……』
『↑ストッキングかぶったに空目したぞどうしてくれる』
「ほら、さっさと行くぞ」
飛び出してきた文句とコメントをスルーし、ロックは扉に手をかけずずず……と押し開いていきます。
「ふーんだ、いーもんいーもん……ここのボスでMVP?とっちゃえばいいんだから──そうしたらずーっと一緒だもんね!」
ロックは苦虫をかみつぶすような思いで聞いていました。
「よぉーっし、いくぞー!」
「はあ、てっきりオオカミにびびって逃げてくれると思ってたんだがな……」
ともかく出てしまった言葉は引っ込みません。
見通せるようになった道を元気よく進み始めるアイの後ろを歩きながら、ロックはため息をつくのでした。
『トウテツ相手にMVPとるつもりでいるのか……?』
「とうてつ?」
「ここのボスだ」
流れていくコメントの中から見慣れない単語を見つけたアイに、ロックは答えます。
牛の体に虎の牙、人の頭と手足を持つという怪物で性格は卑怯そのもの。
弱ると増援のゴブリンを呼びよせ、木陰からの攻撃に任せて自身は逃げ回るというボスでした。
『気絶用のアイテム持ってかねえと最悪詰む』
『チキンクソモンキーがよ……』
『難易度おかしいの何匹かいるよなあ、このゲーム』
コメントの補足通り非常にいやらしい立ち回りをするので、目下修正案件と言われる存在です。
「ふうん……」
『さすがに妹でもこれは悩み所さんか?』
確かに厄介だなあとうなずいた後、歩きながらアイは顎に手を当てて考え始めました。
ゲームAIの思考など、よほどやりこんでなければわかりようもないですから、先を読んで待ち伏せをはかるのは困難を極めますが……。
「……うん、いけそう!」
『いけるんかい』
『草』
『後学に今聞いてもいいか?』
「ふふふ、ひ・み・つ☆ 今いっちゃうとおにいちゃんに対策されそうだから!」
『かわいい』
『かわいい』
『おかわわわ……』
アイの閃きにコメントの注目が集まりますが、いたずらっぽくウィンクをして笑いかけるのみでした。
「──ちっ」
『今舌打ちしたぞこいつwww』
『このやろう……!』
もはや完全アウェー状態の中、ロックはひとりため息をつきながらスクショを取っていたのは、名誉の為に伏せておきます。
次回、ボス戦です!