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妹の恋路を邪魔する奴は

 

「とりゃとりゃとるあー!」


「ギャヒーー!?」


 アイの舞い上がり具合は最高潮を迎えてました。

 これが夢であるなら醒めて欲しくないと、いっそ永遠にみていたいとさえ思っていました。

 想定外のデート延長、しかも行き先はダンジョン。

 そのうえ大活躍したら響は家に戻ってくれると約束してくれました。


 大好きな人に自分をアピールしたい!

 と心の底から燃えていた女の子にその発言は油も同然です。


「せいやあ!」


「キャイン!?」


 どうやらその勢いは精神さえ研ぎ澄ませてしまったようで、木陰から飛び掛かるオオカミたちを次々と叩き伏せていきます。

 おびえてロックの後ろに隠れてしまう展開を期待していた視聴者たちは、



『さっきの死角では?』

『ぅゎょぅじょっょぃ』

『あの兄にしてこの妹ありかよ……』



 結果として起きたその無双振りを、若干引き気味に眺めることとなったのでした。


「【震脚】!」


 もちろんロックの方に向かえば返り討ち。

 牙を向くオオカミたちをいなし、泥の中へ叩き込んだ後に腹を踏みつぶします。

 さながら太極拳のようにパリィをすることから、視聴者には【パリィ極拳】などと呼ばれています。


『でたいつもの』

『受け流しつつわんこを虐殺するいつものやつ』

『ていうかなんで竜鱗でパリィできるの知ってんだお前』


「すごい……すごいすごーい! かっこいいー!」



『ちょ、オーク目の前いんぞ!』

『アイうしろおおお!!?』



 いつもその様子を動画で見ていたアイですから、生パリィ極拳に大興奮です。

 目の前の敵そっちのけで見とれてしまったものですから、コメントは阿鼻叫喚。


「ごがあ!!」


「音々子!」


 それに気づいたロックは本名で声をあげてしまいます。

 助けに入ろうとしますが、悲しいかな巨漢のオークはこん棒で横スイングの構え……ぬかるんだ地面ですし間に合いそうにありません。


 が──。


「わわっと!」


 狙いをつけて振るわれたこん棒は盛大に空ぶりました。

 気づいたアイは地面すれすれにしゃがみこみ、スイングをやり過ごしたのです。



『うせやろ???』

『なんで今のかわせんだ』

『おますご』

『おまかこ』



「もー、せっかくの共同作業なのにじゃましないでよ!」



『共同作業www』

『これはようじょのうわめづかいですか?』

『いや、たぶん処刑勧告』



 危機一髪のアイはそこからオークを睨み上げました。

 オークをたじろかせる迫力はなくとも、次の1発のための気迫にはなります。


「ほくとーいっしんりゅう・いちのかた、りんどう!」


「なっ──!?」


 オークの顎を的確に突き上げた一撃に、ロックも驚いた声を挙げてしまいました。

 敵の真下から伸びあがるように顎をたたく……確かに北刀一心流の竜胆です。


「アイ、それどこで覚えた! 爺さんから学んだのか?」


 それを打ったのは紛れもなくアイ。

 拳法を学んでるしぐさなど1つもなかったというのにどういうことだ、ロックは困惑していました。


「え、頼ってもらえたらなあっておもって、でもおじいちゃんはがははって笑ってばっかりで相手にしてくれないから1人で覚えちゃった……おにいちゃん?」


 その答えに、ロックは更に目を見開いてしまいました。

 そして「そうか」とつぶやいてから、


「アイ、『それを絶対に人に向けて使わない』って今ここで約束できるか?」


「え、でも──」


 元より未熟な拳法をごまかすためのSTR振り。

 いつになく真面目なロックであっても、アイは難色を示します。



『おいおい縛りマン、妹も縛りつける気か?』

『自分の妹を縛りつけようとする縛りPLの鑑にして兄のクズ』



「ちがう! これはマジの話なんだ、拳法ってのは本来──」


 ついでアイが見たのは、いつものように茶化しに来たコメントにも真面目に説明しようとする兄の姿。

 最初断ろうとしていた彼女はそれをみて、考えを改めます。


「わかった!」


 アイは兄のそばに居たいだけ。

 他の人と争うことなんてないので、彼女はそのお願いを聞いてあげることにしました。

 ロックはコメントへの弁明をやめ、アイに向けて小さく微笑みました。


「……そうか」


 そしてゆっくりと近づいて──感謝の言葉とともに、アイの頭に何か、軽いものが乗っかりました。


「ぴっ!?」


『!!』


 アイも視聴者も全く同じ反応をしました。

 くしゃりと頭をなでられながら抱き寄せられています。


「いいこだ」


「お、おにいちゃん……!」


「あ……」


 ―しまっ──ついいつもの癖で……!―


 甘やかさないためにいろいろやってきたのにこれでは意味ありません。

 何とか自制をきかせてすぐさま離れましたが、時すでに遅し。



『今のなんだゴルァ!』

『ギルティ』

『俺の妹だぞ!』

『ァ!!』

『肉親に手を出す奴は出荷よー』

『↑ソンナー』

『おいおいおいみせつけてくれるじゃないの』

『これ家族でなかったら通報ものでは?』

『●●●●●●』



 おびただしい数の呪詛(コメント)があふれ出してきました。


「おわっ……くっ、ちょっと待ておまえら!」


 今まで見たことのないレベルのコメント速度に慌てるロックを、アイは見つめます。

 兄はやはり兄でした。

 仕事が出来なくていやになったわけでも嫌いになったわけでもありません。

 いつもと同じ兄でした。

 音々子を受け止めて包んでくれるだいすきなおにいちゃんなのです。


「えへへ……」


 言いながらアイはきゅっと、ロックの腕に組みつきます。


「あ、アイ!?」


「ほら早く、ボスの部屋まで一緒にいこっ!」


「いやちょっと待てちかいちかいちかい!」


 離れようとする兄をひきずりながら、アイはダンジョンボスの間へと歩みを進めるのでした。



『アイロクてえてえ』

『ロクアイじゃね?』

『ロックは全受け、これナイアールの常識』

『↑草』



 一方コメントの端では何かが生まれ、しかしすぐに流れていきました。




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