もしかして:むしゃぶるい
今回は短めです。
「このアバターがどこまで動けるか、少しばかり試そうと思う」
「テストってこと?」
急な予定の変更にアイは目をしばたたかせつつ、街道にでたロックの後を追います。
「まあそんなところだな。こんな体だし──」
大きなしっぽを振るいながら彼はもっともらしいことを言ってますが、竜人として体を動かす感覚はチュートリアルでとうにおためし済みです。
真の狙いはもちろん、このダンジョン攻略で「自分では兄についてこれない」とアイに自覚させ、辞退させてやることでした。
「そうだね……おにいちゃん体すごいことになっちゃってるし」
「深度6だとこんな感じになるんだ、怖いか?」
なので、しっぽを振るって見せたり、腕に生えた鱗を見せてビビらせようと努めますが、
「ううん、どうなってもおにいちゃんだもん、かっこいいよ!」
「がふっ──!?」
『おーっとカウンターがきまったァ!!』
『好きを隠さないスタイルいいゾ~』
「ぐ、う……すといっく……! すといっくのこころ……!」
『また念仏始めたぞ』
『ストイックさが粉みじん』
たとえコメントに何を言われてもストイックに、心をクールに。
数瞬の自己暗示ののち、言葉を続けます。
「とにかく、だ! パーティ制限、自己バフ禁止、サポートは相方のみ……今回はいつも動画でやっているようなのとは毛色が違うから、早めに試せるものは試しておきたい!」
目指すは【ドラグニル】とエルフたちの住む国【キングダム】の間に広がる、ジャングルのような湿地帯【失意の森】。
ゲーム内では『勇猛を無謀に変える森』と呼ばれる最初の難関です。
うっそうとした道とぬかるんだ地面がよそ者の足を奪い、スキを見せれば木陰からの獣に襲われあっという間に死に戻り。
初心者用にしてはかなり難易度の高い場所ですが、これを初見で越えられないようではアイは望み薄というもの。
そう思ってアイの様子をうかがうと、心なしか体を震わせているように見えました。
―やっぱり怖いんだな、せっかくゲームを始めてくれたのに……―
この時のロックは本気でそう思ってました。
良心も痛みはじめますが、いかんいかんと振り払います。
甘やかせばアイの為になりません。
いま彼女の目の前にいるのはストイックな武人の配信者ロック、妹にだって容赦しないのです……が。
「アイ、俺からご褒美がもらえるとしたら何がいい?」
せめて全力を出せる言葉をかけてあげようと、そう思ったのです。
「じゃあおにいちゃん、家にかえってきてくれるの!?」
「まてまて……考えておけって話だ、配信でリアルのことを話すな」
「おにいちゃんがきいたんじゃん!」
口ではそういいますが、切実なその願いにこたえてあげないのはどうかと思いました。
「わかったよ……難しいけど、おまえがボス戦でMVPを取れたら考えてやる」
『おいおい鬼畜では?』
『お前らリアルでなんかあったのか!?』
『ブラコンでシスコンでここからさらに生き別れ設定追加だと!?』
『情報過多で笑えて来るわwww』
『初回からトバすなおいwww』
「事情があるんだよ、ちゃちゃ入れてくるな!」
「……ホント? ほんとに本当だね!? あともう2つだけ……私のこといっぱいいっぱいほめて、その……相棒にしてくれる!?」
「1つだけって言うの忘れてた……しかたねえな、わかったよ」
初めたての初心者がボス戦でMVP。
絶対にありえないとわかっていてもモチベーションを高めてあげるのは、身内のパーティプレイではとても重要なことです。
「やったあ────!」
『ゔっ……』
『いもうとは愛らしいな……』
『↑アイだけにかwww』
『↑審議中……』
ぴょんぴょこ跳ねまわって、うれしさを全身で表現する彼女を伴いながら、2人は【失意の森】へと入っていくのでした。
そして────。
「しょーてい!」
「ガウ──!?」
「しんちゅうくだき!」
「ギャヒ!?」
襲い掛かったオオカミやゴブリンが次々とブッ飛ばされていくのを見たロックは。
アイに対する、己の認識の甘さを思い知ることになったのです。
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