(兄への)いとしさとせつなさと(極振りの)心強さと
ちょっと法事が重なってしまいまして……
ごめんなさい
第3話です。
ゲームには大抵チュートリアル……初心者向けの講習があります。
COFの場合は国の特設訓練場で武器の使い方から有効な攻撃方法、モンスターとの戦い方や外見のデータ閲覧まで、あらゆる知識を体験させてくれます。
無論後回しにしてすぐ訓練場を出ることも可能。
慣れた人間にとってはただただ時間を取らせる障害にしかならないのもまた事実です。ああ無常。
そして、体よくゲームの中にログインできた音々子──アイはというと、
「しょーてい!」
「ぐっ!?」
試したいことがあるから、と実戦訓練をがっつりやってました。
声とともに繰り出した掌底はトカゲ教官のNPCが構えた盾に阻まれましたが、少しだけ後ずさりさせます。
「嬢ちゃん、もしかして拳法とかやってたか!?」
「いちおーね!」
「ははっ、末恐ろしい!」
教官の言葉にアイが答えたのは嘘ではありません。
実際にやっていたのは祖父と響ですが、彼女はその訓練の様をずっと見てマネしてました。
理由はカンタン、拳法を極めれば響が頼ってくれそうだったから。
けれど彼女は女の子ですし、ひいき目に見てもちびです。
いくらやっても力がつかないし、まともに教わったこともないので見よう見まねの域を出ません。
……ですが、そのためのSTR極振り。
たとえ見よう見まねでも実戦拳法、パワーさえ足りていれば。
「──いくよっ!」
それは本物と遜色ないのです。
幾度かのぶつかり合いでこれならいける、と思ったアイは一気に踏み込みます。
「つっ──【ウォール】!」
先ほどより強い一撃を予期したトカゲ教官は崩された体を立て直し、力強く盾を構えました。
この世界ではスキルという、所定の動作と宣言で発動する技があるのです。
下級のものとはいえ、防御を引き上げるスキル。
頑強さで有名な竜人と組み合わされば普通の攻撃など返り討ちにできるでしょう。
……ですが。
「ほくとーいっしんりゅー・ろくのかた!」
─いや踏み込みが深すぎないか!? ……まさか!?─
「ほうせんか!」
彼女が見よう見まねで使える、北刀一心流の3つの型。
その1つ、砲閃花というそれは、ほぼゼロ距離の間合いから相手を砲弾のように発射する技。
その本懐は突き飛ばし。
STR極振りなのも相まって、彼女の攻撃を防ぐのに酷使されていた盾にヒビを入れ──。
「あ」
「があぁっ──!?」
衝撃に備えていたトカゲ教官を突き飛ばし、訓練場の端にぶつけてしまいました。
「あ、あわわわわ……」
訓練だというのに盾にヒビを入れ、そのうえ思い切り突き飛ばしてしまった。
これはマズいのではとアイは周りを見回します。
ですがここはチュートリアル用の訓練場、どよめくのはNPC以外いません。
もしその手の知識を持つプレイヤーがいるのなら、少し離れたところの資料室や業務カウンターあたりです。
「ぐ、グレイ教官が吹き飛ばされた!?」
「ぴぇっ!?」
控えていたNPCたちのどよめきが、やっぱりよくないことだったんだとアイの恐れをより強くします。
そして……。
「ぐ、う……お、まえ──」
「ご、ごめんなさーーーーーい!!」
唸るようなトカゲ教官の声を聞いた瞬間、アイの恐怖は臨界点を超え、逃げ出してしまいました。
「あっ──きみ!」
DEXは初期値のままですからけして素早くはないのですが、あまりに急な行動だったのでその場で混乱していたNPCたちは捕まえることが出来ませんでした。
「お前、すげえなあ……これならアレを──って嬢ちゃんは?」
「……えーっと、逃げちゃいました」
もし冷静なままその言葉が聞こえていたら。
この後の展開もまた違う何かに、なっていたかもしれません──。
*
「うわっちっさ!」
「おい見たか、子供だぞ」
「かわいいなあ、深度浅めか」
「NPCか?」
「いやいやちゃんとよく見ろよ、ありゃプレイヤー用の表示じゃねえか」
飛び出したアイを見かけた、トカゲっぽかったりそうじゃなかったりな人が次々につぶやきますが、大絶賛混乱中の彼女には届きません。
「どーしよう、逃げちゃった……」
そうしてようやく落ち着いた彼女は、中央広場の付近で途方にくれてしまいます。
響の役に立てるように……と極振りしたSTRですが、これでは少々役に立ちすぎです。
「これは……これはちょうせいできなきゃマズいよね……」
このままだとどうなるかとアイは逡巡します。
第一に。
「絶対何かトラブルになっちゃうよね……町を壊しちゃったりとか」
そんなことはないです。
重要な設備とかもありますので、町の建物にはかなり強いプロテクトがかけられており、町にモンスターが入り込むなどの特殊なイベントを除いて壊れることはないです。
第二に。
「おにいちゃん抱きしめたら、背骨が折れちゃうよね?」
抱けます。
彼女は後で知りますが町中ではダメージを受けないよう設定されているので、スキンシップ程度なら気軽に抱き合えます……ハラスメントで通報されなければですが。
第三。
「おにいちゃんに、ヒかれちゃわない……?」
響もゲームにはそれなりの経験を持つ実況者なので決してないです。
ないですが、彼女にとっては大問題でした。
「どうしよう、これじゃあ計画大失敗だよ!」
どれもこれも杞憂なんですが、アイにとって頼ってもらうために始めたこのゲームでそれは、本末転倒もいいところ。
アイは響が大好きです……いや、語弊がありますね。
もうこの際ぶっちゃけますと、彼女は本気で響を愛してました。
だから料理も身だしなみも完璧でありたいのです。
お化粧はまだ早いと祖父に止められましたが……そのうち絶対覚える気でいました。
意中の殿方のためならば手は抜けません。
少なくとも配信が始まるまでに、何か案を出さなければ……。
そう思ったアイの目には、先ほどまでがむしゃらに走っていた、道が映ります。
「……そうだ!」
そして、何かをひらめいた彼女はそのまま、石畳の道をさかのぼっていきました。
その名前は兄へのいとしさから。
ゲームを始めたのは急な別れへの切なさから。
そしてSTR極振りという、心強すぎる武器を身につけた彼女の大作戦が幕をあけるのでした──。
よろしければブックマークや下にある☆に触れていただければ幸いです。
訓練場にモンスターの外見データがあるのは、深度を上げすぎたプレイヤーがモンスターと間違えられないようにするためです。
ボスを除き、基本的なモンスターは全部載っていますが、そもそもとして訓練場に向かうプレイヤーが少ないのが課題だそう。
お読みいただきありがとうございました。
なんとこの小説、早速とばかりに100pt突破であります。
嬉しさのあまり作者は踊ってます。