功夫兄妹バーサス暴食怪異
「あれだな?」
「あれ、だね」
2人がそろって口を開いた場所は【失意の森】の最奥部。
開けた沼地の周りを木々が取り囲んでいる、特設リングにも似たフィールドでした。
これまで同様にぬかるんだ地面を一歩踏み出せば、その中央にいる主が体をぶるりと震わせ、なにかがこちらを睥睨しているのが見て取れます。
ヒトらしい手足と顔ですがその全体像はとてもみにくいものでした。
ずんぐりとした真っ黒な胴に牛のしっぽ。
頭にはひどくねじれて前に伸びる羊のツノ。
口は尖った牙が上下からのぞかせ、しゅうしゅうと荒く吐かれる息の隙間からよだれがしたたり落ちています。
「ぐるるるるる……」
それは常に飢えていました。
自分を崇める小さなものどもや、供物では足りません。
石や木は無限にありますが、それでも足りません。
ただほしいのです。
ほしいままにものを食いつくしたいのです。
それこそが饕餮。
善悪問わず何もかも食らうけだもの。
「ブギぃぃぃいいいい!!」
我慢しきれないとばかりにおたけびをあげ、トウテツはえものたちへ飛び掛かります!
━━━━━━━BOSS━━━━━━━━
トウテツ
Lv 24
HP ???
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「アイ! 右!」
「うん!」
それだけでやり取りを終えた2人はそれぞれ対になるよう飛び出します。
ひと息遅れてトウテツが着水し、アイを追おうとしたところで素早く取って返したロックの蹴りを横から受けました。
「【崩襲脚】!」
「ギウ!?」
襲ってきたのを認知したトウテツは、よろめきつつも腕を振るって彼を吹き飛ばそうとしますが、即座に体を離されからぶってしまいます。
「そこ!」
そうして着水ののちにロックはあいた腹へ掌底を1撃。
トウテツをさらに一歩後ずさりさせます。
「まだだ──!」
言いながらロックは更に追撃を加えていきます。
北刀一心流・肆の型、名を仙人衝。
内容はいたるところを貫手で突き相手を追い詰めるという、一気に相手のHPを削るには最適なもの。
「いきなりで悪いが半分削らせてもらう! それに──」
一気に半分削ってしまえば必然、アイが討伐MVPを取る算段はなくなります。
普段の動きから大いに離れてますがかまいません、彼女が諦めれば今回限りでいいのだから。
……それに見ればこのトウテツ、ずっと頭をよそに向けようとしています。
目の前のロックより弱そうなアイを探しているのです。
特定の条件を満たすプレイヤーを狙うようAIが組まれていることはよくあります。
このトウテツの場合『深度設定の低いヒトはおいしいので優先する』なのですが、
「──弱いものいじめなんかさせるかよ!」
とまあ、当たらずとも遠からずな理由でロックはヒートアップしていました。
「おにいちゃん!?」
普段と違う動きを見たアイの声にかまわず、痛打を浴びせていきます。
そして残HPのバーを見やった時。
よろめいたトウテツの足が巻き上げた、泥のしぶきが偶然目に入ってしまったのです。
「ぶ!?」
かろうじて見えている片目で前を確認しますが、トウテツがそのスキにすくった泥を浴びせてきたところで完全に見失ってしまいました。
ひるんだすきにトウテツは矛先をアイに向けます。
大きく声を挙げたのち、そのまま牙を向けて飛び掛かってきました。
「ぎぃぃぃぃぃ!」
「わ!?」
アイはすんでのところでかわし、真後ろにあった木が代わりに食いちぎられて折れました。
トウテツは咀嚼をしながら立ち上がり、腕を振り回して執拗にアイを追います。
「わ、わっ……わっ!」
振り下ろされる腕、振り回される腕。
トウテツの大ぶりな動きに対して小さいのでかわせてはいますが、直撃すればどうなるかわかったモノではありません。
「この……!」
できるなら顔の汚れを落としたロックが駆けつける前に解決したいところ。
さっきの宣言から少なくともMVPをとらせる気はさらさらないのだとアイは理解しました。
とすれば狙いはひとつ、攻撃範囲の狭い縦の振り下ろしです。
それを横へ動いてかわし、
「ここ──ほうせんか!」
ロックと同じように空いている腹を打ち据えて突き飛ばしました。
悲鳴を上げながら放物線を描いたトウテツは、そのまま木に体を打ち付けてへし折ってしまいます。
「よし、ついげき!」
「……うぎぃ! うぎぃいい!!」
逆転のチャンスと見たアイが一気に攻め込まんと瞬間のことでした。
歯がみのようなトウテツの声で、左右の茂みが大きく揺れます。
そして、
「ゴブリンか!」
ロックの声とほぼ同時。
槍やオノ、こん棒と様々な武器を持ったゴブリンたちがそこから飛び出してきました。
次回、秘策炸裂……!
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