8
朝6時ちょうどに起きたシルヴィアは、目を擦りながら寝室を出た。
「まあ皇女様!おはようございます!」
「お早いですのね!」
早速、掃除をしていたリナとエルサに声を掛けられる。
「おはようございます皇女様。本日もご機嫌麗しゅうございます」
今入ってきたアグネスにも掛けられた。
「まずはお着替えを」
アグネスがパンと手を叩くと、昨日と同じように掴まれた。リナとエルサがニヤリと笑う。
押し問答の末、昨日と同じような服にしてもらった。同じく不服そうな侍女を無視して、朝食をいただく。
朝だからか、夕食以上に入らず、一皿も食べきれなかった。心配そうに見つめる侍女たちを振り切り、片付けを命じる。
「一つ言いたいことがあります」
シルヴィアが姿勢を直すと、侍女たちもピシッと直る。
「私は、皇女ではありません」
静かに言った。
アグネスは、シルヴィアの顔を凝視し、リナとエルサは戸惑ったように顔を見合わせる。
「正確に言えば、陛下が皇女だと思っている娘です。ですが、私は皇女ではありません。仕えている三人には申し訳ないですが、私はあと少ししたら出ていきます」
部屋がシンと静まり返る。最初に口を開いたのは、アグネスだった。
「あと少しとは、どのくらいですか?」
「ひと月くらいです」
アグネスが、再びピシッと姿勢を直す。
「なら、少なくとも、あとひと月は皇女様でいらっしゃいます。なので、私どもには何の関係もありません」
はっきりそう言うアグネスに続いて、
「そうです。私どもには関係ありません」
「期限があろうとなかろうと、私どもにとっては皇女様です」
シルヴィアは驚いて三人の顔を見つめた。アグネスがにこりと笑うと、すぐに顔を引き締めた。
「なので、敬語はお止めください。他の者たちに下に見られます」
そう言って、頭を下げた。リナとエルサも、同じような頭を下げる。
しばらく考えて、シルヴィアは呟いた。
「わかった」
朝食を終えて、最初にやったことは、本の詮索だった。
いくつもの巨大な本棚があり、一つ一つに大量の本が詰まっている。これを宝の山と呼ばずになんと呼ぶか。
調べたい本をいくつも抜き出し、読み、紙に書く。わからないところは、アグネスに教えてもらい、夢中で勉強した。昼食を断り、夕食も断ろうとし、アグネスに無理やり食べさせられるほどだった。文字通り、寝食を忘れて勉強した。
まさに夢の光景で、間違いなく人生で一番充実した日を過ごして、ベッドに入った。
ようやく報告書をまとめ、一息ついた。背伸びをしようとし、ふと思い出して副官に声を掛けた。
「ねえ、最近父上の隠し子が、皇女として入ったって言ってたよね?」
「はい、そのように聞いております」
「ふうん...、もういいよ、下がって」
「はっ」
一礼して副官が出ていくと、急に静かになった。
「父上の隠し子かぁ...、ろくでもない女じゃないといいけど」
そう呟き、窓の外をじっと見つめる。それは、これから会うであろう妹に対する期待ではなく、ただ疲れた青年の声が響いた。窓に映る青年の瞳は、綺麗な金色だった。