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「.....は?」
シルヴィアは、驚きなのか困惑なのか呆れなのか、はたまた内心どこかにあった納得なのか。いろんな感情がごちゃ混ぜになり、大変無礼な返事をしてしまった。
しかも、無意識に出た言葉なので、本人も気づいていない。
一瞬、王なりのジョークかと思った。そう願った。
しかし、王の顔はいたって真剣であり、側近の男は何やってんだとでも言うように、顔に手を当てている。
「...ご冗談を」
やっとのことで声を絞り出した。だが王は、
「いや、冗談などではない。そなたは間違いなく余の娘だ」
と、きっぱり答えた。
「あり得ません。私のような卑しい生まれの者など、皇女であろうはずがありません」
シルヴィアは混乱していた。なぜ王がそんなことを言うのか。あり得ない、あっていいはずがない。でも、その一方で、やっぱりという思いもあった。
その思いがなんなのか、それにも混乱していた。
「確かにそなたの生まれは高貴ではない。だが、そなたの年齢を考えると、それは間違いなく余の娘の年齢になる」
「それだけでは「もちろんそれだけではない」
いつの間にか、シルヴィアは自分が無礼な発言や行為をしてしまっていたことに気付き、慌てて姿勢を正した。
「いや、良い。楽にしろ」
そう言われて本当に楽にする馬鹿はいない。困惑したまま、王を見上げた。
「余には、側室が何人かいるが、そのうちの一人が、そなたの母・ステーシャだった」
初めて聞く話に、心から驚く。確か、今の王に正室はいない。側室が何人もいるのは、王にはできるだけ多くの血筋を残す必要があるからだ。それは、義務とも言える。
「ステーシャは余の寵妃だった。恥ずかしい話、余はステーシャに心から惚れていてな。とても大事にしていた。ステーシャも余に惚れていた」
(だから何だよ)
内心で毒づく。無礼だとはわかっていても、親の恋愛話など聞きたくない。
王もそれをわかっているように苦笑した。
「まあ聞け。いずれ余は、ステーシャを皇后にと考えていた。だが、そなたの知ってのとおり、ステーシャには後ろ楯がない。多くの者から反対された」
(そりゃあね)
妃とは、本来血筋を残すこと、王を守護するために存在する。そのためには後ろ楯は必須で、無ければ簡単に蹴落とされる。それが皇后なら、なおさらだ。大きな後ろ楯がいる。側室でも王から寵愛を受けて何か言われていたろうに、皇后となると、次元が違う。王を守護できない妃など要らないと、問答無用で殺されてもおかしくない。後ろ楯とは、それくらい重要なものだ。
母の実家は、小さな店をやっていて、数年前にどちらとも亡くなっている。
他の親戚とは絶縁状態で、とても頼れる状態ではない。
「ステーシャは別に皇后でなくても良いと言った。嫌がらせも、余の寵愛を一人占めしているのだからしょうがないと。後宮で生きていくには、ステーシャは優しすぎたのだ」
後宮は、優しさだけでは生きていけない。他の妃を踏みにじり、自分がのしあがっていくくらいの度胸を見せなければ、真っ先に落とされる。
母は、それをわかって言っていたのだろうかと、ぼんやり考える。
「それでも、余はステーシャを皇后にしたかった。なんとか周りの者たちを説得し、もっと強力な後ろ楯を持つ側室を娶るからと。そうして、説得している時、ある事が起きた。ステーシャが懐妊したのだ」
まさか、とシルヴィアは身構える。
「そう、それがそなただ。余はもちろん、ステーシャもとても喜んだ。皇子は他にもいたが、これで皇后になることを説得できると。だが、同時に他の側室も身籠った。それが今の貴妃、ミハイナだ。今、最も後宮で力を持つ者でもある。そして、その娘が、アリンダ皇女だ」
(その娘って)
一応自分の娘なのだから、もっとこうないのだろうか。
「ミハイナは、ステーシャの身籠った子を、実はステーシャは不倫していて、その男の子ではないかと噂を流した」
(うわあ)
明らかさますぎて、何も言えない。王も、少し苦笑したが、すぐに真顔になった。
「力があるミハイナが流せば、当然すぐに広がる。その噂に、皇太后が味方したのもまずかったな。彼女はステーシャをよく思っていなかった。あっという間に国中に広がり、後宮でのステーシャの居場所は無くなった。ついには、裁判にかけられた」
(そりゃそうだろうな)
この国において、皇族の不倫は重罪だ。位の低い妃ならば、証拠が無くてもすぐに処刑されても文句は言えない。
「余が他の国に行っている間にあったことだ。裁判官もミハイナの息がかかった者で、当然有罪になった。ミハイナは当然処刑を求めたが、そこは余が猛反対して、なんとか流刑で収まった。だが、余が気付かぬ内に、ステーシャは城を出ていった。その数年後、ステーシャが病で倒れて亡くなったという報告を受けた」
王の顔が、一瞬苦しげに歪められた。
「当然、余は子を堕ろしているのだと思っていた。だが、今年の春に報告を受けた。ステーシャの髪と金色の瞳を持つ少女を見たと」
王は身を乗り出した。逆に、シルヴィアは嫌な予感がして、身体を引いた。
「ステーシャの髪は、とても珍しい。どこにでもある色ではない。加えて、金色の瞳。似たような色ならいくつかあるが、まっさらな金色というのは、平民にはあり得ない。同じ色を持つ一族は、とっくの前に、滅びたはずだ」
シルヴィアは思わず目を押さえた。
「この金色の瞳は、限られた直系王族のみ受け継がれる。同じ瞳を持つ者は、第一皇子と第二皇子、そして、余だけだ」