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日本’と神姫の欠片

作者: 立川好哉

タイトル名は『にほんぷらいむとらすとぴーす』です。

 京堂征矢(きょうどうせいや)はボロクソ世界におけるクソ国家・日本の国民だった。

 二十歳を前に両親ともに他界、兄が鬱病を発症、自身は糖尿病予備軍とそれはそれはゴミみたいな運命線の上にいる。抵抗として始めたアルバイトは大卒ではなく高卒であるため給料が安く、週5日、一日7時間勤務をしつつ節約を心掛けても貯金ができず、僅かにできたと思ったら親戚に吸い取られていた。次第に身体が壊れ、先日勤務中にアキレス腱が切れて仕事を続けられなくなった。保険はない。誰も金を払ってくれない。この時ばかりは親戚が寄生を中断したが、それでも今月末の家賃の支払いができない。生活保護などの福祉を頼ったが、断られた。理由は、ただ若いから。この国に心はなかった。

 征矢自身大したスペック持ちではなく、むしろマイナス要素のショーケースであった。身長161センチメートル、体重44キログラム、座高91センチメートル、若ハゲ(過労のためか)、毛むくじゃら...ここまで酷いのは、周りを見ても自分だけである。両親の死により無敵の人となった彼だが、犯罪に手を出すことはしなかった。それくらいしか、誇るところがない。では、死んでしまおうか...それも、勇気というスペックを持っていないのでできない。毎日涙を堪えながら、生きていたのだ。


 救済が、訪れた。征矢のところに訪問者があり、ドアの向こうに幼女がいた。彼女は女神を名乗り、いろいろと説明をしたのち契約書を書かせた。その内容とは、スペックを適切なものに修正したのち、望む異世界に行くというものであった。征矢は迷わず捺印した。その瞬間、ゲームのキャラメイクのようなカーテンに囲まれた場所に導かれた。



 征矢は自分のスペックを描き替えた。身長176センチメートル、体重68キログラム、座高90センチメートル、フサフサ、髪以外の毛は薄め、有名なハーフモデルのような顔立ち、握力80キログラム...考えられる最高レベルのスペックにしてもらった。代償を支払う必要はない。しいて言えば、地獄のようなこれまでの人生で前払いが終わっている。

 世界を司る幼女神(ようじょかみ)は小さな手で征矢の太腿をペチペチと叩き、その容姿を褒めた。

「して、どの世界をオノゾミか?」

「その前に追加で能力をつけてもらおう」

「能力?」

 幼女神が首を傾げた。異世界に行くなら生き抜くために必要になるだろうスキルというものだ。ただイケメンなだけでは魔獣に襲われて死んでしまう。

「一瞬で敵を服従させられる邪眼、意思に呼応して展開、好きな時に格納可能な翼、あとは...何もせずして若く美しい女が近寄ってくるようなフェロモン的な香り...」

「よかろう。好きなものをくれてやると言ったのは私だ。それ以外には?」

「視力を3にしてもらおうか」

「いいだろう...だが、これ以上よくし過ぎると努力によって能力を得るという楽しみがなくなるぞ?」

「努力という言葉を使うのはやめてくれ。大嫌いな言葉だ...いいんだ。苦痛を感じた末に何かを得るより、もともと持っていた方がいいに決まってる」

「...そうか」

 幼女神は呆れた様子で頷き、神の力を込めた紙に書き加えた。

「で、世界は?」

「武器がなく、老人がおらず、社会保障がしっかりしていて、魔獣がいる日本だ。ああ、金剛財閥(こんごうざいばつ)は決して潰れない」

「...はぁ」

「魔獣は俺の部屋にあるピンクのノートにぜんぶ書いてある。それを参考にしてくれ」

 理想世界へ行くことを急いだ征矢は幼女神を急かした。

「私がこういうのはナンだが、お前がクソだなんだと言う日本に復讐することも可能だぞ?」

「俺は要らぬ殺戮をする必要はないと思ってる」

「そうか...まあ、そう思ったのならこの先の世界で条件を満たし、私に会いに来るがよい。他には?」

「開始地点は俺の家、ダンボールの中の紙は全部捨てていい」

 他にも処分してほしいものはあったが、いちいち言うのが面倒だったので省略した。

「この先の世界では幸せに暮らせよ」

「ああ、感謝するよ、女神様。あんたと二人暮らしってのもよかったけど、それはクリア後の特典にしておく」

「...何のことやら」

 幼女神が神に印を描くと世界が変わり、征矢は理想世界に飛ばされた。


2100年、日本。青風(あおかぜ)革命後の東京は、老人が絶滅していた。国家元首は27歳。東京都知事は22歳。子育て世帯超優遇政策により、人口ピラミッドの先端がなく、どんな強風にあたっても決して倒れないくらい下のほうがしっかりしている人口構造になった。東京の人口は約1800万人、そのうち900万人が未成年者だ。

「うお...すっげぇ」

 幼女神が用意した統計資料にはそう書かれていた。次の紙にはこの世界での生き方マニュアルがあり、まずは用意した魔獣を倒すべく、集会所にて依頼を受注しろと書かれていた。

「ちょうど立川に支所があるやん」

 対魔獣戦士情報共有施設、通称・集会所。本部は霞が関にあり、江戸川区役所の隣、仙川駅前、西東京市役所の向かい、立川駅ビルの最上階に支所がある。依頼はデータ共有され、本部に寄せられた依頼を立川支所で受注・報告することもできる。征矢は徒歩10分ほどの立川支所に行き、ノートパソコンで依頼を閲覧した。

「ランク...推奨スペックなんてのは書いてないか。まあ、今の俺なら何でも...」

 征矢が依頼を見ていると、後ろから声をかけられた。自分ほどではないが長身の女性が立っていた。順番待ちをしているのかと思って譲ろうと思ったが、女性は首を横に振った。

「私は依頼を受けに来たんじゃなくて、受注した依頼を取り消しに来たのよ。ここは初めて?」

「ええ...ちなみにどんな依頼を?」

 すると女性は前屈みになってパソコンを操作した。ニットのセーターを押し破りそうな胸が思わず目に入った。

「これよ」

 表示された画面には、自分がザコキャラとして考えた小型魔獣が映っていた。征矢は依頼を取り消すと違約金がかかることを知ると、女性に提案をもちかけた。

「俺と狩りに行きません?初めてとはいえこいつはザコです。俺はこいつじゃなくて...」

 征矢が敵の画像を見せると、女性は驚いて一歩退いた。

「これってドラゴン型よ?初めてで倒せるわけないじゃない。彼らが神奈川で落ち着いてるから東京はどうにかなってるけど、飽きてこっちに来たら霞が関以外は全滅よ。それくらいの敵だってこと、わかってる?」

 征矢は至って冷静に頷いた。なぜなら、この敵は彼が考えた敵だからだ。奴の強みも弱みも知っている。

「まあそっちは今日はいいです。遠いし...こいつでも今日を生きるくらいの金にはなります。二等分しても俺は足ります」

「どこからその自信が出てくるのかはわからないけど、一緒に行くわ」

 この決定はフェロモンのおかげなのだろう。受付のお姉さんもなんだか顔が赤かったし、さっそく高スペックイケメン野郎の効果が出ている。


 閉鎖されている昭和記念公園へ向かう途中、女性が話しかけてきた。

「私は高松亜希(たかまつあき)って言うんだけど、あなたは?」

「俺は京堂征矢。二十歳です」

「私は25よ」

「そうですか」

 イケメンだから話すことに躊躇いがない。すれ違う女性は必ず振り向くし、男性は苦い顔をしている。かつてこれほどの優越感に浸れたことはない。

「大人の女性ってどう思う?」

「人によりますね。あ、着きましたよ、昭和記念公園。わー、こんなガチガチに閉鎖されてるんだ」

「...この中は手つかずの敵の陣地よ。どれだけの数がいるかわからないわ」

「知ったこっちゃないです。怖いならここで待っててもいいですよ」

「...死にたくはないわ。でもあなたを死なせたくもないわ」

「...死にゃあせんよ。まあ、俺の美技、見たいならついてくるといいです」

 門の鍵を解除した征矢は敵の巣に立ち入った。この小型の”アーベル”は敵を見つけると奇声を発して仲間に知らせる習性がある。緑に隠れていた仲間が次々に飛び出し、二人を威嚇した。

「それじゃ...よく見といてくださいね」

 征矢は翼を展開して空に舞い上がり、急降下で一体を仕留めた。その死骸を掴んで再び舞い上がると、敵に向かって投げつけた。飛び散る血を嫌がった敵が陣形を崩すと、そこに降り立って近くの敵に蹴りを喰らわせた。武器があれば一瞬にして全滅させられるが、武器があれば自分以外が敵を倒すことができてしまう。強敵を倒し、大手柄を独占するのは自分だ。

「なに...この人...」

 亜希は驚いて立ち尽くしている。征矢は動きの遅い敵を次々と倒し、彼女の傍へと戻って来た。

「こういう感じか...」

 征矢は一度の戦闘で幼女神に言い忘れたことをいくつか思い出した。この時点で幼女神の言った『条件』を満たすために動くことが決定した。

「ちょっ、嘘...人間じゃない...?」

「ちょっと神...ですかね。さ、戻りますよ」

「あ、うん...」

 報酬を得た二人はビルの中にあるファミレスに入り、話をしながら食事をすることにした。もちろん、提案したのは亜希のほうだ。出迎えた店員が黒目を大きくして二人を案内すると、この店の常連だった征矢はすぐに注文をしようとした。それを亜希が阻止し、こう言った。

「モテそうなのに女の子が料理を選ぶ暇は与えてくれないのね」

「あーいや、こうしない友達が一人もいなかったもので」

「男の子ってこういう店好きそうだもんね...」

 征矢は店員に詫びて後で注文すると言い、亜希にお薦めを教えようとメニューを開き、度肝を抜かれた。

「ウソぉ、バカ安くなってる!」

「そうなの?確かに他の店よりは安いけど...前はもっと高かったんだ」

「これが600円ですよ」

「は?嘘でしょ?私がよく行く店でも400円よ?」

 80年前との物価の違いはその時代の人間に教えてあげたくなるくらいで、征矢は嬉しそうな驚き顔を見せた。

「亜希さんはここ来ないんですか?」

「うちは昔からロイホ。そもそもファミレスってあんまり来ないかな。テラスのあるカフェとかで食事してたから」

「金持ちっすね。俺は小遣いで行ける店じゃないとダメなので」

「ああ...けっこう厳しい親御さんだったのかしら」

「貧乏なだけですよ...注文、決まりましたか?」

「あ、うん。これがいいかな」

 呼び出しボタンを押すと、遠くのほうで二人の女性店員がちょっとしたやりとりをしてから片方が来た。とても嬉しそうな顔をしている。長く居たいからか注文を繰り返し、普段はしないドリンクバーや新しく加わったメニューの紹介をしてくる。亜希がそれに乗ってどちらも注文すると、征矢にとって嬉しいことを言った。

「私が持つわよ」

「マジですか!」

「こう見えて会社員だからね、私」

「あー、それで余裕があるんですか」

 この日本にはブラック企業が存在しないので、25歳という若い人材でも月40万は手取りで入る。物価も昔ほど高くない。高卒実家暮らしでバイトをすれば、一年くらいで車を買えるくらいの経済だ。

「いや、すっげぇな...」

「奢る代わりにいろいろ聞かせてほしいんだわ。征矢くんって今大学生?」

「いや、無職です。頭悪いし金なかったんで大学行けなかったんですよ」

「あらま...奨学金もダメ?」

「ええ。ってか大学行く気ありませんでした。親も兄も病気がちだったんで、一刻も早く働かんといけなかったんですよ」

「あー、そっか...」

 自分とは違う世界で生きてきた征矢のことを慮って突っ込んだことまで訊かなかった亜希は、征矢が80年前の人間であることを知らない。

「ちなみに神奈川はどうなってるんです?ドラゴン型がいるんでしょ?」

「鎌倉のほうにいるわ。あそこは昔から観光地で、ドラゴンも気に入ったのかしらね」

「あは、そうかもしれませんね。東京にも観光地はありますし、飽きたら絶対来ますね」

「その前に対策を打たなきゃいけないんだけど、今のところは何もできてないわ。強い戦士が現れるのを待っていたところなの。征矢くんなら...」

 料理が来たので腹が減っていた征矢はたらふく食べた。亜希は上品に食べながら障りのない質問をした。

「立川のどの辺に住んでるの?」

「高松のあたりです。セブン...あ、いや、ソワレがある辺りです」

「ああ、あの白いビルの...私は曙の八階建てのマンション」

「リッチだなぁ...前にネットで見たら家賃13万でしたよ」

「嘘でしょ!?私の部屋5万よ」

「んなバカな。俺の部屋でさえ4万なのに...あ、そうか」

 征矢は80年前の水準で語っているのに対し、亜希は今の水準で語っている。征矢は誤りを認め、自分の家の家賃を確かめた。

「5千円...!?バリクソ足りるじゃん!」

「ちなみにいくら持ってるの?」

「財布に...さんびゃく...じゅうにえんと、口座に1万2千円くらい」

「...それだけ?」

「ええ。バイトしてたんですけど、アキレス腱切って先月...先月?前の支払いがほぼないんで。でも助かりました。絶対足りないと思ってたんで」

 貧乏青年を前にした亜希は征矢の食生活が乱れに乱れていると思い、あることを提案した。

「私の仕事がない日は一緒に食事する?」

「マジでいいんですか?俺もこれから魔獣退治して稼ぐつもりですけど、奢ってもらえるならそうされたいです」

「いいわよ。じゃあ明日の昼ね」

「ん、明日月曜日ですよ」

「月曜は会社休みなのよ。うちは火水金がオン、それ以外はオフだから魔獣退治をしてるってわけ」

“White...”

「普通よ。そんなに驚くべきことかしら?」

「さすがにそろそろ言うべきだと思うんで言いますけど、俺80年前の人間なんですよ。さっき『ちょっと神』って言ったでしょ?俺、2019年から来たんですよ...なんて言っても信じられませんよね」

 笑った征矢に対し、亜希は彼が予想する反応をしなかった。興味深そうに身を乗り出して征矢に詰め寄った。

「さっきから料理の値段が違うとか、家賃がおかしいだとか...ちょっと調べるわね」

 亜希が超薄いスマホで検索すると、出てきた情報は征矢が言う事と一致していた。征矢が80年前の人間だということではなく、彼が言う事が本当にあった過去であることに驚いた亜希。

「どうやって生きていくのよ...」

 スマホの画面を見せてもらうと、そこには『ピクタンまとめ:ヤバすぎる80年前の生活まとめ!』の見出しがあり、その下にはこう書かれていた。


・新卒の初任給は20万円!?低すぎる賃金

・消費税10%!?高すぎる税金

・消費税、所得税、酒税、たばこ税...多すぎる税金の種類

・高齢者割合27%!?蔓延る老人と膨らむ社会保障

・弁当600円、お茶150円...ヤバすぎる物価

・超過酷労働!一日10時間労働+残業 睡眠時間たった3時間!?

・外国企業の工場が乱立、アメリカと中国の飼い犬状態の国内産業

※これはほんの一部に過ぎません。第二弾はこちら


「いや、ありえないわ。死んじゃう」

「そんな世界に生きてたんですよ、俺はね。まあ、半分死んでましたけど」

「よく生きたと言うべきかしら...?辛かったでしょう?」

「そりゃあもう...」

 ここでこうして不幸自慢をしなかったら、彼は永遠にあの時の不満を清算できないままだった。

「あの頃と比べてここはずっとよくなった...魔獣がいるから安心はできないかもしれないけど、戦士はちゃんと育ってる。人々は護られてると思います」

「そうね。私もそう思うわ。だってこうして私が会社員をやれているんだもの」

 征矢は贅沢にもデザートまで注文し、亜希に支払いを任せた。

「面白い話を聞けてよかったわ。これからもよろしくね、征矢くん」

「こちらこそ。これからもお世話になります。あ、魔獣の討伐なら俺を誘ってくださいね。俺も一人よりは二人のほうがいいでしょうし...」

「ええ。わかったわ。じゃあ」

 初日、しかもたった数時間で頼れる仲間ができたのは、自分が高スペックのイケメンだからだろう。征矢はそう思わずにはいられなかった。これから彼がするのは、80年前の彼の影を剥がすことだ。用意された最高の舞台に、あの頃の自分は不要だ。

 

「ところで俺は80年もあの家を借りてたのか...?」

 そのあたりのことは幼女神に訊かないとわからない。ここにきて後悔したことと言えば、『もっと幼女神と一緒にいればよかった』ということだけだ。彼女を求める心は、隠された”神界へと至る鍵”を見つけるための手がかりを世界に与えた。

 征矢の第二の生活が始まったのだ。


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