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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
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 開けた森の中を四人は急ぐ。

 外はまだ暗闇が支配し、透き通った夜空には大きな満月が、無数の星々が、青白く輝いている。

 降り注ぐ光は、淡く優し気に世界を照らすが、森を駆ける四人の魔物にとっては淡い月明かりでさえ、眩い昼間の太陽の光となんら変わらない。

 この美しい光景の中にあっても四人は空を見上げる事はない。それどころか全ての光景に一切の脇目も振らず、ただ真っ直ぐに――目的地に向かってひたすら走る。

 その姿は、人間はおろか、この森に住む魔物であっても見る事はおろか、感じる事もできないだろう。まさに一陣の風のように過ぎ去っていくだけ。

 それほどのスピードの中にあっても、先頭を走る少年の顔にはハッキリと焦りの色が浮かんでいる。

 それは、この少年だけが持つ独特の感性。それが目的地に近づけば近づく程に、胸の中で黒いシミのように拡がって教えてくれるのだ。


 他者から向けられる悪意。


 幼い頃から向けられ慣れていたその感覚が、目的地に近づくにつれて徐々に、ハッキリと感じられるのだ。

 ただ、今向けられている悪意は今まで向けられていた物と全く別の物。獣が向ける物とも、人間が向ける物とも違う、得体のしれない感覚。

 黒いネバネバとした薄気味悪い液体が身体に絡みつき、身体の中に潜り込んでこようとするような――心を乗っ取られる感覚。


 ――気持ち悪い。


 少年や他の三人だけでなく、この森全てを飲み込み、汚すような濁った悪意。

 そんなヘドロのような悪意を他者に向ける存在……。

 そいつは間違いなく目的地の近くにいる。

 話し合いなんかでは解決しないとハッキリ確信する。

 

 ――自分は勝てるのか?


 意味のない自問自答をする。

 勝てる、勝てないではない。

 勝たなければいけない!

 もし、自分が負けてしまえば大切な家族がこの悪意にさらされるだろう。

 それだけは避けなければ……。

 自然と拳に力を込め、さらに足を速める。






 森の中からオレ達四人が飛び出し、地面に降り立つと、辺りは微かに青白い光に照らされ始めている。

 月明かりとも違う爽やかな薄明。

 

「夜明け……か。なんとか間に合ったか……」


 後ろの三人は息が乱れ、肩を上下に揺らしている。


 ――そこは巨大な湖。

  

 直径千メートルはありそうな澄み切った湖。

 湖の上には見た事のない鳥が群れをなして飛翔し、湖面には木々が反射して映し出されている。

 薄く朝霧が立ち込めて、幻想的な世界を作り上げる。

 冷たい風が頬を優しく撫でる。

 清らかな水、空気、魔力。まさに聖域といった所だ。


「ババ様!」


「クロム!」


 焦りの籠った声が響く。

 ルナとラウは湖の淵に駆け寄るが、セシリーはその場から一歩も動かない。


「――様子が変なのです」


 辺りをキョロキョロと見渡しながら、両手で身体を抱きしめるように身を縮める。そして、その声には若干の怯えが含まれていた。

 おそらく、勘のいいセシリーにも何か異変を感じられたのだろう。


「セシリー?二人と一緒に先にババ様の所へ先に行っていてくれないか?」


 首を横にフルフルと振り、目を潤ませながら拒絶の意思を示す。

 オレを心配しているのだろう。近づき頭を撫でると、下をむいたまま、オレのシャツの裾をギュっと握る。

 

「オレなら大丈夫だよ?ババ様のいる結界の中心に、セシリーとルナとラウが集まればまずケガはしないさ」


「……ヌシ様も一緒にいくのです……」


 必死に涙を押し殺し、悲痛な面持ちで、オレのシャツを引っ張り、オレを湖へ連れて行こうとする。

 その手を優しく剥がすと、両肩を掴み、水辺にいるラウ達の方を向かせる。

 オレとセシリーの異変に気付いた二人は、水辺で足を止め、オレ達の様子を窺っていた。


「ラウ。セシリーを頼む。先にババ様の所へ行ってくれ」


「なんや?やっぱりなんかおかしいんか?……ボク等にはなんも気付かれへん……」


「ああ。申し訳ないけど……三人は足手まといになりそうだ……」


 あえて辛辣な言葉を使う。

 三人は強い。それは間違いないだろう。

 しかし、オレの予想しうる最悪な相手なら三人では勝てない……。間違いなく負ける。それは三人で戦っても結果は同じだろう。


「……中々キツイ言葉やな。キミがそう言うんや。間違いないんやろ……。嬢ちゃん。いくで?」


 ラウはセシリーの腕を掴むと引っ張るようにして連れていく。

 セシリーは顔だけオレを向いたまま引きずられるように連れられる。


「ヌシ様!絶対!帰ってくるのです!約束なのです!」


「ああ!約束だ!心配しなくていい!」


 オレは笑顔で手を振ると、セシリーも涙で歪んだ顔をニカッと笑顔に変える。

 そのまま三人は湖の中央にある小さな何もない小島に飛んでいく。あそこが結界の入り口。中心は湖の中だろう。

 オレの加護の影響で、三人とも空を飛べるが、いかんせんまだ慣れないのだろう。ラウ以外の二人は、ややぎこちなくフラフラと飛んでいく。


 三人が小島にたどり着くと、オレは視線を別の方向に向ける。

 この美しい光景に不釣り合いな感情。まるで、この場を汚されているようで、存在しているだけで怒りが湧いて来る。

 そのどす黒い感情の中心へ視線を変える。


「……そこで見ているんだろう?早く出て来いよ?」


 出来るだけ感情を殺し、平静を保ったままの声で呼びかける。でなければ、怒りで我を忘れてしまいそうだったから――。


 この怒りはオレの物か……それとも、『オレ』の物か……。おそらく――両方だろう。


「カッハ。お別れはもういいのか~?なんならもう少しくらい待ってやっててもいいぜ~?」


 茂みから出て来たのは金髪で長身のイケメンだった。

 二十歳くらいの細身ながらしっかりとした筋肉が付いた細マッチョなイケメン。短く刈上げられた短髪に整った顔。キレイな青い目をしている。

 大きな大剣を肩に担ぎ、動きやすそうなシルバーのライトメイルに身を包み、背中には白いマントまで付けている。

 しかし、その口調は下品で、ラウとは違ったイヤらしい笑みをニヤニヤと浮かべている。青い瞳は明らかにこちらを見下し蔑んでいる。


 ――いけ好かない野郎。


 それが第一印象で――それ以上でもそれ以下でもない。

 コイツが誰だろうとオレにはもはや興味はない。


「邪魔だ。消えろ。お前に用はない」


「ああっ!?てめー誰に言ってんだぁ!?オレが誰だか解ってぬかしてんのかぁ!オレ様はなぁ~!」


「うるさい。消えろ。お前が誰かなんて興味はない。三度は――言わない」


「………………ッ!!」


 男は顔を真っ赤に紅潮させ、言葉にならない叫びを叫んでいる。

 知った事ではない。

 オレが感じた胸糞悪い悪意はコイツじゃない。コイツから感じるが――コイツじゃない。


「てめぇ~!許さねぇ!てめぇ~をぶち殺し、一緒にいたガキもキツネ顔もグッチャグチャにして殺してやるよ!手足を切り落として、犯しながら殺してやっ……」


 聞くに堪えれなかったので顔面を殴って吹き飛ばす。

 死んでいようがどうでもいい。

 敵だろうが、味方だろうが、関係ない一般人だろうが、こんなゲス生かしておくだけ無駄だ。


「忠告はしたはずだ。三度目は――言わないと」


 思ったより手加減していたのか、男は大木を薙ぎ倒しながら十数メートル程()()吹き飛ばなかった。


 オレも中々優しいな。


 一応気配はまだ感じるし、へばりつくような悪意もそのままなので、生きてはいるみたいだな。


 確認くらいしておくか……。






 男が吹き飛んで出来た道を進もうとしたが、それよりも早く男が起き上がり、元の場所に歩き、戻って来た。

 しかし、マントは破れ、ライトメイルは所々ヒビが入り、場所によっては砕けている。担いでいた大剣はどこかに吹き飛んだのか、手には何も持っていない。

 なにより、男の動きがおかしい。

 気を失っているのか、歩く度に首はガクンガクンと上下に揺れ、左手と左足はおかしな方向に曲がっている。


 ――まるで、壊れた操り人形だ。


 魔力を集め、目を凝らして見ると、男の身体から黒い霧のような物が溢れ出している。


 ――あの霧がこのムカつく気配の本体って訳か――。


「キミはだれ?何がしたいの?」


 身体が傾き、首を下に落としたまま、下を向くような姿勢で唐突に男が問いかけて来る。

 しかしその声は先ほどの男の声とは違い、透き通るような耳障りのよい少年の声だった。


「それは、こっちの質問だ。お前は一体何者で、何が目的だ?」


 ようやく本命の登場か……。質問はしてみたが――別に質問の答えはどうでもいい……。どっちにしろ――殺すだけだ。


「待ってよ!少し、少し話をしようよ?」


 こちらの殺気に気付いたのか、やや強い口調でオレを諫める。

 別にこんなヤツと話しなんかしたくはないが――目の前の男を殺した所で本体の方は死なないだろう。

 少しくらいは話を聞いてやってもいいかもしれない。


 まぁおそらく目の前の男の身体を回復させるまでの時間稼ぎだろうが……。


 黒い霧のような物が、男の損傷した部分に集まっている。


 くだらない小細工……こんな男を治した所で全く問題ないというのに……。


「……で、ケガを治す間、何が知りたいんだ?」


「――――ッ!!」


「……まさか――見えてないとでも思っていたのか……?」


 ……バカなのか?


 だが、とりあえず目の前の男を殺すのは困るみたいだな。


「……驚いた。まさかボクが見えるなんて……。ボクは『プッペンマハー』。名前を聞いても?」


「……エルロワーズだ……」


「ふふ。冗談。それはこの森の主の名前だろ?」


「なら、先にお前がキチンと名乗れ」


「ボクはキチンと名乗ったよ?」


 ……やはりコイツバカなのか?どう考えても偽名だろう。


 こんなバカなら心配する事もないか。こいつの正体も大体想像付いたしな。


「呼び名はそれでいい。それでここに何の用だ?」


「……ボクはあの細目のチャイナ服の男に用があって来たんだ。そこをどいて?」


「その霧はスキルか?ラウには仕返しに来たのか?」


「――――ッ!!」


 図星か……。こうも態度に出してくれるとありがたいな。

 それよりもスキルは一人一つとラウが言っていたな。コイツの霧がスキルなら、オレ達を転移する時、五百年も時間をずらしたのはコイツなのか?

 だが、ラウもスキルとは違う力でこの世界へナビしていたな。

 ラウと同じ時間を調整する能力。


 …………。


 ――なるほどな。読めて来た。

 ()()()が来るかこれで大体の予想が付いた。

 バカの相手は楽で助かる。

 

「早く()()()を出したらどうだ?オレもソイツの方に用があるんだ」


「…………」


「どうした?スキルでドラゴンを乗っ取っているんだろう?早く出せよ」


「……本当に誰?どうしてそんな事まで知っているの?」


 プッペンマハー。ドイツ語で人形遣い。そんな分かりやすい偽名を使うなんて……。


 本当にバカだろ……?


 ドイツ語を知る人間。現代からの転移者。おそらく他人を乗っ取り操るスキル。なら誰を乗っ取ってここに来たのか?

 最低限ラウに勝てる存在だろう。そうなると大分絞られる。オレが話を聞く限りじゃ、二人。

 初代エルロワーズか二代目エルロワーズ。勇者や魔王も気になったが転移者クラスならラウの敵じゃないだろう。

 ラウが現代に転移した帰った時、その場に残して来たヤツがいる。


 もう一人の『ラウ』だ。


 現代ではドラゴンは生きていけない。ゆえに無意識の内にもう一人のドラゴンの『ラウ』を切り離して来ていた。なら残ったもう一人のドラゴンの『ラウ』はどこにいるのか?

 ラウが転移したその場には、もう一人のドラゴンの『ラウ』と、殺されたはずの人を乗っ取るスキルを持つ転移者が残っていた。

 それだけ分かれば答えは簡単に出せる。

 オレとラウの転移を五百年も時代をずらせた力はラウの力だろう。ラウにナビ出来るのならばもう一人の『ラウ』に出来てもおかしくない。

 分からないのは、こんなバカがどこから転移魔法の技術を持ち込んだのか?

 ババ様の死期をどうやって知ったのか?

 

「出さないのか?()()()もラウが来るのを待っていたんだろう?」


「……五月蠅い……。五百年だよ……?五百年!ボクは五百年も待ったんだぞ!あの男の体を!前の身体を壊されたせいで、あんな制御もできないドラゴンの体に五百年も縛り付けられていたんだぞ!本来ならすぐに呼び戻すはずが!散々邪魔しやがって!今すぐボクはヤツの体を使って神の位に上り詰めるんだ!ボクは!ボクにはアイツを……。」

 

 徐々に思い出して来たのか、最後には発狂したように叫んでいる。


 へ~神にね~。何を言ってるのか分からないがなりたきゃ勝手になれ。


 ここに来たのはラウの体が目的か……。大分予想は外れていたけど、結果は全く同じとは……。おかしな因縁を感じるな……。いや、何かしらの――誰かの意図を感じるな……。


 と、なると怪しいのは……。


「……もういい……。そこを退かないのなら殺すだけ……。そんなに見たいなら見せてやる。こんな人間の体はもういらない。貴様らを殺した後あのキツネ目の身体を手にいれればいい」


 あぁもう時間切れか……。面白い話も聞けたし、コイツはもういいだろう。

 まだ聞きたい事はあるが、これ以上は難しいか。






 男が懐から赤い直径三十センチほどの光る玉を取り出すと、みるみる光が強まっていく。

 まるでオレがこちらに転移した時のようだ。


 あの玉がもう一人の『ラウ』か?


 ケガをしていない右手で光る玉を鷲掴みにしながら、首は相変わらず下を向いている。

 男の体からは黒い霧が溢れ出し、光る玉を覆いつくしていく。

 玉から光りが、黒い霧に覆われるにつれて、晴天だった空にも暗く重い雲が差してくる。余りに不自然な現象で、魔法的な力を思わせる。

 空を覆いつくす雲は雷を纏い、積乱雲のようにうず高く積み重なっていく。


「……まるで、龍の巣だな……」


 ポツリと呟いたオレは、やはり三人を先に行かせて良かったと思う。

 勘が外れたにしろ、今のオレ達にとって単体で危険を及ぼしうる存在なのは、かつてのラウを基準に考えると、初代エルロワーズか、二代目エルロワーズのラウだけだろう。

 相手が勇者や魔王であっても四人でかかれば、相手がどれほど強かろうが逃げるくらいはできるだろう。

 しかし、かつてこの森のヌシであった初代や二代目はそうはいかない。

 間違いなくセシリーとルナは攻撃出来ないだろう。ラウにしても仲の良かった初代とは戦えないだろうし、もう一人の『ラウ』が相手では、ラウは自殺を選ぶに違いない。『ラウ』を自分の手で殺して自分も死ぬ……。


 嫌な勘だけは良く当たる……。


 どちらかが来る可能性を考えて三人を先に行かせたが結果、正解だったな。


 

 



 曇天に変わった空から、零れ落ちるようにポツリポツリと雨が落ちて来る。先ほどまでの爽やかな風は消え失せ、今は湿り気を含んだ気色悪い風に変わっている。

 目の前の男は、まるで肩から糸で吊るされているように、右手以外だらりと全身の力を失い、その右手の玉は黒く漆黒に染まり、不気味な黒い光を放つ。

 やがて雲がゴロゴロとうねりをあげ、黒い玉の光が強くなると、男は玉を空中に向かって下から放る。

 玉は大した力も込められていないにも関わらず、自然と雲の一番うず高く集まっている場所に吸い込まれていく。

 玉から離れた男の身体は、そのまま糸の切れた人形のようにグシャりと地面に潰れ落ちた。

 どこの誰かは知らないが、せめて死ななければ……。まぁ死んだら死んだで運がなかったか、先ほどの態度を見るに自業自得と諦めるしかない。

 

「――いよいよかな」


 状況的には中々にピンチなのかも知れないが、実は色んな意味でオレはこの状況を楽しんでいた。

 オレはこの世界でどれくらいの強さなのか?

 半分だけとは言え、ガキの頃から一度も勝ったことのないラウが相手。

 これから先、家族を守るにあたってどの程度の強さが必要なのか?

 不思議と胸の中が熱くなっているのが分かる。


「――早く来い『ラウ』」


 オレの呼びかけに応えるように、雷とも咆哮とも聞こえるような轟音とともにそいつは姿を現した。

 黒い積乱雲から姿を現したのは、ドラゴンというよりは龍。

 鹿に似た巨大な角を額から二本生やし、口元には長く美しい二本の髭。大蛇のように太く長い身体、四肢は四本の指を持ち、そのどれもが針のように鋭く長い爪を持つ。牙は歪に生えそろい曲線を描いている。

 金色の瞳を持つ、黄色というよりは黄金に輝く雷を纏った龍。


 ラウ・ファンロン。なるほどな。黄龍(ファンロン)って訳か……。






「グアアァァァアアアア!!」


 積乱雲から出て来た黄龍は咆哮を上げ、大気を震わせる。

 その殺気と共に、一直線に身体をうねらせ空中を泳ぐようにして顎を開きオレに襲い掛かる。

 オレを一飲みに出来そうな口を開き、鋭い牙を剥き出して、噛み殺しに来る。

 空中に飛び上がり、顎を躱すが、先ほどまでオレがいた地面は抉り取られている。

 「ギャクン!」という顎を閉じた音が耳に残る。まともに食らえば魔物だろうと一撃で身体を抉り取られるだろう。

 上手く躱したと思ったのも束の間。ギリギリで躱したのが仇となり、巻き起こる凄まじい風に身体を飲み込まれる。

 身体の自由を奪われ、身動きの出来なくなった空中で過ぎ去りざまに黄龍の爪が襲ってくる。

 雷を纏った爪の一撃を両手でガードするが、突進の勢いと体重を乗せた攻撃の前に、オレの身体はまるで小石のように地面に叩きつけられる。

 オレの身体が地面に叩きつけられた衝撃でクレーターができ、モウモウと砂煙が立ち込める。

 黄龍はそれでも止まらない。空中で旋回すると、オレの頭上に陣取り、曇天の空に向かって咆哮を上げる。


「ギャオオォォオオオゥゥ!!」


 空がひび割れ、大気がうねり、オレの落ちた地面に向かって、雷の雨が降り注ぐ。

 咆哮が掻き消える程の轟音を轟かせ、数えきれない程、無数の雷が襲う。

 大地には無数のクレーターができ、近くの大木は炎をあげ、何本も倒れている。

 オレを中心とした半径三十メートル程は、まさに草木一本残らない焼け野原と化していた。


 ――しかし――オレは傷一つ負っていなかった……。


 身体どころか服さえ破れておらず、ガードした両手のシャツさえ無事だった。

 実は黄龍の爪でさえ、風に身体の自由を奪われようとも、躱そうと思えば余裕で躱せたのだ。

 雷も目で確認してから躱せる事も確認できたし、何発かは敢えて雷を食らった。

 多少のダメージは覚悟していたものの、この程度の動きならどうとでもなると思い、試しにどの程度のダメージがあるか確認の為、受けてみただけだったが――実際は無傷。

 心の虚無感が広がる。


 ――ガッカリだ。


 いくらラウの半分しかないとはいえ、これでは余りに弱すぎる。

 バカが言っていたように、制御できていないのが原因か?

 砂埃の中、軽く地面を蹴り、黄龍の目の前までフワリと飛び上がる。

 今度は空中で、オレと黄龍が正面から対峙する。

 黄龍はオレの姿を確認すると、忌々しげに睨み付けて来る。低い唸り声を上げ威嚇してくるが、その場から動かず、攻撃する気配はない。

 オレは空中で腕を真っ直ぐ黄龍に向け、手の平だけを上に向け、下から手招きする。声に出さなくても「かかってこい」と挑発しているポーズだ。


 昔、カンフー映画でこんなシーンを見たっけな……。


 オレの意図をハッキリ読み取ったのか、黄龍は怒り狂い、頭から真正面にオレに突っ込んでくる。

 再び口を開け、噛み殺そうと同じように突進するだけ。

 

 ――はぁ……減点だな――


 思わずため息が出る……。

 相手の安い挑発に乗り、フェイントもかけず正面から突っ込む。しかも、全く同じ攻撃を二度も立て続けに繰り出す。


 戦闘においては素人だな……。


 バカのスキルの弊害だろうな。

 相手の身体を乗っ取れるなら、鍛える必要も、技を磨く必要もないんだろうし……。


 突っ込んできた黄龍を、突き出した右手でそのまま受け止める。

 まるで、大型トレーラーの衝突事故だ。

 オレの右手の手の平に、頭をぶつけた黄龍は空中で巨大な壁に激突したように、自身の勢いそのままにすさまじい音を立ててグシャリと()()潰れる。

 雷に打たれた時も今もそうだが、どうやらオレの身体の周りは、魔力での防御結界が張られているようだ。

 その場から微動だにしないオレと違い、黄龍は空中で潰れた後、自由落下に従い、力なく地面に落ちようとする。


 だが、オレはそれを許さない。


 落ちていく黄龍の頭から生えた角をすばやく掴み、ぶら下げるように黄龍を空中で固定する。

 暴れてオレの手から逃れようとしているのだろうが、先ほどまでの勢いは無く、黄龍は空中で身体をくねらせ、ただ暴れているだけの蛇と変わらない。

 やがて、その暴れる身体がオレの方に向き、オレを締め付け抵抗しようとするが――遅い。

 身体が迫ると同時に、角を離し、黄龍を解放する。

 オレを締め付けようと伸ばした身体はオレに届く寸前に、地面に落ちてゆく。

 慌てた黄龍は、顔を上げ再び空中に飛翔しようと何とか体勢を立て直そうとするが……。


 ――バカか?戦闘の最中に、なんの策もなく無防備に敵に頭部を晒すなんて――


 顔を上げたそこにはオレが空中で立っている。オレと黄龍の目が合い、まさに殴ってくれと言わんばかりだ。

 ここまで露骨に弱点を出されては――ついつい手が出てしまう。


 ゴキャア!!!

 

「――あっ!」


 ――顔面をモロに殴ってしまった――


 しまった!手加減はしただろうか?


 黄龍はそのまま自由落下とは比べ物にならないスピードで地面に落下し――轟音と共に砂埃を上げる。


 ――すまん。ラウ。安らかに眠ってくれ――


 地面に向かって手を合わせる。

 ()()()()()砂埃の中からは左の牙を砕かれ、大きく顔を窪ませた黄龍がヨロヨロと顔を出す。


 さて、どうしたもんかな……。


 アイツを何とか『ラウ』の身体から引き離したいが……。

 ここからは何とかアイツの心を折らないといけない。

 ()()()ではあるが死なないように、()()()()()痛めつけさせてもらう。



















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