5
いきなり空が割れて、オレの育ての親で、オレの恩人であるラウが降って来た。
無様に落ちるのではなく、見事に両足で着地したのであろう。服に目立った汚れはない。
しかし気になるのか、緑のチャイナ服の裾を二、三度ポンポンと叩いて埃を払う。
ラウは最後に見た時と同じ格好のまま、目の前に立っていた。
短めの黒髪に瞳の見えない細い目。そして特徴的なニヤけた笑みを顔に張り付けていた。
ラウは周りを見渡すと、何かに気付いたのかオレに話しかけてくる。
「いやー。すまん。すまん。まさかこんなことになるとは思ってもみいひんかったわ」
「ここがどこだか解ってしゃべってるか?」
「エルロワーズの森やろ?」
――――ッ!
余りの驚きにオレは言葉を失う。
ラウの見透かしたような物言いに多少の苛立ちを感じるが、この際そこは我慢しておこう。
隣の二人は明らかに異常な登場の仕方をした人間のラウに警戒している。むしろ襲い掛かるのを抑えて、様子を見ているようにも見える。
逆にラウは、オレの隣に巨大なオオカミの姿のフェンリルと人間大のクモのアトラナートがいるにもかかわらず、いつもの態度を崩さない。
その不遜な態度が余計にセシリーとルナの神経を刺激するのか、二人から漏れる気配にハッキリと殺気が混ざりだす。
太陽が沈みかけ、辺りを夕闇に染める中、空にあった亀裂はすでにその痕跡を消している。
にもかかわらず、この場の空気は先ほどの大気のひび割れよりも、はるかにピリピリとし、音が聞こえそうなほど張りつめている。
「ヌシ様。この『人間』はなんなのです?敵、なら、セシリーが殺すのです」
「…………ギ、チチチ……」
セシリーは言葉こそいつも通りだが、明らかに口調が違う。
唸り声が聞こえそうな程、歯を剥き出してラウを威嚇している。
灼熱の炎のような分かりやすい殺気。それを隠そうともしない。
ルナは言葉こそ発しなかったが、時折、昆虫の部位を持つアトラナート特有の、ギチギチと下顎を鳴らす音を鳴らしている。まるでスズメバチの威嚇音だ。
下顎を鳴らす度周りの温度が数度下がっている気がする。
獣と違い、昆虫特有の感情の見えない目。
なんの感情も持たず、ただ捕食対象を食い殺すロボットの目。
まるで空間さえ凍らせてしまいそうな冷たい殺気。
それを押し殺し、飛び掛かる機会を窺っているようだ。
「セシリー!ルナ!二人とも落ち着け!こいつはオレの知り合いなんだ!」
慌てて仲裁に入る。
しかし、二人の殺気は収まらない。
「『人間』。この森に何の用です?返答によってはヌシ様の知り合いとはいえ…………殺します」
ルナが前かがみになって、とうとう戦闘態勢に入る。
仕方なくオレは、絶対に使いたくない、禁句を口にする。
「そいつは一応――オレの育ての親なんだ!」
「なんや。そないに思とってくれてたんか?そない気にせんでもええのに」
ラウは二人の獣から殺気を一身に浴びせられているにもかかわらず、ニヤニヤしながら茶化す。
どうしてコイツはいつもそうやって場を荒立てるのか……。
しかし、オレの言葉は意外にもセシリーとルナには効果があったらしく、先ほどまでの殺気は霞のように消えていた。
「とりあえず現状を話し合わないか?」
「せやね。そうしよか」
「何故この森の名前をしっている?」
「現状を話し合うんやないんかい?いきなり質問か?ボクは今ここに来て、キミらに会ったばっかりやで?」
「……いいから答えろ」
「まぁええやろ。キミを――『キミ』らをこの森にナビしたんはボクやからや」
なんとなくそんな気はしていた。
コイツがオレを治す為に、オレと『オレ』を分けた時、『オレ』が生きていける世界に飛ばすと言っていた。
飛ばした先が『オレ』の生きて行けない世界では意味がない。
なのでオレはコイツが確実に『オレ』が生きて行ける世界を知っている。もしくは、その世界に行った事があるのかもしれないと思っていた。
「なんや?驚かんの?」
「なんとなくそんな気は――な。で、この森に住んでいた訳だ。」
「どうやろうな。そうとも言えるし、そうやないとも言えるな」
「……茶化すな」
「――別に茶化してる訳やないよ。ホンマに分からんのや。ここがどこなんか」
ルナが作った寝床で四人で話をしているが、セシリーとルナは何も喋らない。ただオレの後ろに黙って座っている。敵意こそ消えたが未だに警戒は解いていないようだ。
外は日が沈み、辺りは暗く、月明かりが照らしている。この世界にも月があるんだと、こちらに来て、初めて月を見た時、何故か元の世界にはもう帰れないのかも――と感じたのを覚えている。
ラウは相変わらず読めない表情で、ヘラヘラしているように見えるが、付き合いの長いオレには解る。
今、ラウは非常に苛立っている。
先ほども、今も、二人が襲い掛かれば迎え打つ気でいる。それは、二人が憎い訳でも、自己防衛でもなく、おそらく――オレのカンでは――ただの八つ当たりで。
それほどまでにラウは何かに苛立ちを感じている。
「どういう意味だ?解るように説明してくれ」
「……ここはボクが知っているエルロワーズの森やない。この場所に見覚えもないし、そこにいる二人も見た事ないわ。でもここはエルロワーズの森なんは分かるわ。そやからボクには説明できんのや」
「どうゆう事だ?ナビは成功したんじゃなかったのか?」
「キミの身体に関しては成功といってええやろうな。ただボクの願いとしては失敗したと言わなあかんやろな」
ラウの願い?『オレ』が何かを願ったように、ラウもまた何かを願ってここに来たという事なのか……。
「ラウの願いは――お前は何を失敗したんだ?」
「それはナイショや」
「……オレに何か手伝える事はないのか?」
「そないチンチクリンになってもうたんや。無理せんでええで。それに――大切なモンも出来たんやろ?」
ラウは後ろの二人に視線を投げる。目が細く瞳が見えないので分かりにくいが、確かに後ろの二人を見たのが分かった。
「そのお嬢ちゃんらエライキミに懐いとるようやけど、そのままやと後で苦労するで」
ラウの放った一言でセシリーとルナの気配が変わる。今までオレ達の会話を邪魔しないように大人しくしていた二人から、再び殺気が漏れ始める。
「そないな意味で言った訳やないよ。――どないな意味で受け取ったかは知らへんけど」
ラウは二人の殺気に気付いたにも関わらず、二人を煽るように言葉を繋げる。
それに反応するようにセシリーとルナがゆっくり身体を起こす。しかし、ラウはそれよりも早く――身体を起こし、迎え撃つ体勢を整えている。
一見何の変化もないように見えるが、あれはヤバい!
ラウに鍛えてもらっていたからこそ分かるが、ああなったラウでは、今の二人でも危ないだろう。
「――いい加減にしろ」
オレはなるべく静かに、だが、怒気を込めて双方を見つめる。
セシリーとルナは大人しく殺気を消し、再び腰を下ろす。
ラウは――少しこちらを見つめた後、再び顔に笑みを張り付け、体勢を元に戻す。
「いやー。ホンマ堪忍や。ちいと、イライラしてもうてな。八つ当たりしてもうたわ。ホンマ堪忍したってや。それよりも、や」
ラウはオレ達三人を見つめた後、今度はこちらに質問を返して来た。
「キミはいつこの森に来たんや?ボクはすぐに『キミ』らを追いかけて来たはずなんやけど……。途中なんやおかしな干渉を受けたんは分かったけど……」
「三日目かな。それよりもおかしな干渉ってのは?」
「そっちは気にせんでええ。多分古い知り合いからの嫌がらせなんやろう。それよりも三日か……。なんやおかしな事になってきたわ」
全くだ。
ラウもおそらくすぐにこちらに来たんだろう。来る気がなければこちらに来なかっただろうし、来るのなら、向こうで三日も経ってからこちらに来たとは考えにくい。
「ん?待て。ラウはこの森に来たかったのか?」
「そうや。言わんかったか?」
聞いてねえぞ。
ラウはこの森に来たかった。だが、何らかの理由で来れなかった。そのために『オレ』に付いて一緒にこのエルロワーズの森に来た。
それはつまり――
「今までずっとオレの事を利用してたって事か?」
オレは殺気を込めてラウに問いかける。
「――そうや」
ラウは悪びれる事無く、オレを真っ直ぐ見つめながら返事をした。
それを聞いたオレは殺気を込めながら立ち上がり、ラウの目の前に立つ。
しかし、ラウは先ほどセシリーとルナが殺気を向けた時と違い、一切攻撃するような気配を見せず、ただこちらを向いて、胡坐をかき腕を組んで座っている。
オレはラウに向かって拳を放つ!
全力で放った拳は大気を切り裂き、ゴウッっと唸りを上げてラウの顔面に一直線に向かっていく。
今のオレの力なら、当たればラウの首から上を消し飛ばす程の威力はあるだろう。
にもかかわらずラウは微塵も反応しない。
反応できないのではなく、反応しなかった。
オレはそれを確認して、ラウの顔面の前で拳を止めた。
寸止めされた拳の勢いは、風となって、そのままラウの前髪を揺らす。衝撃波だけでダメージを与えない様に、少しだけ手加減してやったのはナイショだ。
ラウは顔面に拳がせまり前髪が揺れようとも顔色一つ変えなかった。
いつものニヤニヤした笑みを顔に張り付けたまま表情を崩さない。
そして、オレは顔面の前で止めた拳を開き、そのままラウの頬を手の平で張った。
パチンといい音を鳴らして、ラウの頬を赤く染めた。
「いったー。いきなりなにすんや!」
ラウは頬を抑えて大げさに騒いでいるが、実際ダメージはないだろう。
それに、かわそうと思えば余裕でかわせたはずだ。全く……。
「これでチャラにしてやる」
「なにがチャラや!」
実際ラウが何を思ってオレを育てたかはオレには解らない。
「命の恩人にむかって何するんや」
だが、一緒に過ごした時間は本物で、
「酷いヤツやで。ホンマ」
オレが命を、そして、心を救ってもらった事にかわりはなく、
「育てたヤツの顔が見たいわ」
ラウもまたオレの大切な家族なのだから……。
「すぐに暴力とか、ホンマ、ロクでもないで」
「うるっさい!」
とりあえず騒がしいので足で踏みつけて大人しくさせた。
「で、これからどないするつもりなん?」
落ち着いたラウが改めて質問してくる。
「とりあえず、セシリーとルナを育てたっていうババ様って人に会いに行こうと思ってるんだ」
「ほぉ。ほな。そのおばあちゃんに話聞きに行こって訳やな」
「あぁ。きちんとした服をもらえないかって事と。この世界について知ってる事を聞きにな。あぁそれからこのエルロワーズの森の二代目のヌシだった二代目様ってヤツの事も聞いてみないとな」
「二代目様やて?」
「――?あぁなんでもすごく立派な方だったみたいでな。今はずっと前から行方不明らしい。服もその人が着ていた物だってよ」
「――それはどれくらい前に行方不明になったんや?」
「さぁ。セシリーは何か知らないかい?」
オレの横で明らかに不機嫌そうなセシリーが、ふくれっ面で質問に答える。
「五百年くらい前って聞いているのです。ババ様が結界を張って五百年くらいって言っていたので多分それくらいなのです」
結界?結界って何のことだ?
「セシリー。結界ってなんのことだい?」
「ババ様は二代目様に頼まれてこの森に結界を張っているのです。元々はエルロワーズの森の真ん中にある世界樹を中心に、東西南北の四か所で四匹の魔物が結界を張っていたのです。それでこのエルロワーズの森に外から悪さをする色んな……人間や魔族や魔物が入れないようにしていたのです。でも、結界を張ってすぐに二代目様がいなくなったのです。なので、二代目様の魔力がなくなった結界を保つのに今でもババ様は命を削って北の地で結界を張っているのです!」
初めて聞いたぞ。高齢で動けないんじゃなかったのか。
「じゃあ今も他に三か所でも魔物達が結界を張っているのかい?」
「……他の三か所はもう結界を張っていないのです。みんなお亡くなりになられたのです……」
「亡くなった!?」
「はいなのです。二代目様の加護を受けたのは四人いたのです。それで、その四人で東西南北の結界を守っていたのです。でも、二代目様がいなくなってから加護の能力も弱くなっていって……。どんどん結界の魔力も弱くなって……。それでも皆様命を削って結界を維持していたのです。でも、百年くらい前に他の三人の方は殺されたのです……」
「殺されたやて……。誰にや!」
ラウが珍しく声を張り上げてセシリーに問い詰める。セシリーは沈痛な面持ちで下を向いて、ポツリポツリと語る。
「人間の『勇者』……、魔族の『魔王』……、それから外から来た『魔物』達……なのです」
「そんな……。そない簡単に殺される訳ない……」
「皆様は何百年も結界を維持するのに、もはや魔力も尽き、命を削ってまで森を守ってこられたのです。ババ様も本当はまだお若いのに……。命を削って結界を張られておられるので……今この瞬間にでも亡くなってもおかしくないほどなんです……」
ルナが代わりに答える。ルナの声にも悔しさや悲しさが滲み出ている。
「なんでや!なんでそこまでする?逃げたらええやん!自分が殺されるくらいなら、命を削るくらいなら結界も森も二代目の事も全部投げ出して逃げたらええやん!」
ラウが二人を怒鳴りつける。二人に言っても仕方ないのはラウも分かっているだろう。それでも……。
ルナが顔を上げてラウをキッと睨み付ける。
「ババ様はおっしゃっていました!きっと二代目様はこの森に帰って来られると!その時まで二代目様の愛された森を、二代目様が愛された皆を、四人で守るのだと!二代目様はこの森にずっといると約束されたのだと……」
ルナの声が次第に小さくなり、最後には涙声の変わっていた。
ラウはその言葉を聞き……ポツリと一言呟いてテントの外に出て行った。
オレは……ラウの言葉を聞き逃さなかった。
「死んだらしまいやんか……みんな……バカや……」
オレはラウの後を追い、一人テントを出る。
月明かりが照らす開けた森の中、ラウは直ぐに見つける事ができた。
ラウは一人大木を背に、もたれかかるように立っていた。
暗闇の中、オレと反対を向いているラウの表情は見えない。
先ほどの様に、あそこまで感情を表に出すラウをオレは初めて見た。先ほどの姿からはいつも飄々とし、下らない冗談ばかり言っていたラウの姿はどこにも見えなかった。
怒りや悲しみを隠す事なく全面に出し、そして、絶望していた……。
本当なら一人にするべきなのかもしれないが、オレはラウに近づき声をかける。
「ラウ……。お前が二人の言っていた『二代目様』なのか?」
そこにはいつものニヤケタ笑いを浮かべているはずのオレの知っているラウはいなかった。
細い目を開き、縦に割れた金色の瞳孔を闇夜に浮かべ、顔から笑みを消し、その表情は怒っているようにも、泣いているようにも見えた。
「せやね。そう呼ばれていた時も……確かにあったわ」
ラウは自嘲するように微かに笑った。
ラウの答えよりも、初めて見るラウの表情に驚きを隠せなかった。
「なにが『二代目様』や。だれが森のヌシや。誰も守れてへんやないか。五百年……。五百年後やて。浦島太郎もビックリやで……」
「……」
「やられたわ……。まさかこんな事になっとるとは思わんかったわ……」
「五百年前……何があった?」
「五百年……か。あのな……。ボクの中では五百年も経ってへんのや。せいぜい五十年がいいとこや」
「それはどういう――」
「ボクはな……。こっちに呼び出されたんや。こっちやと五百年前になるんか……。この森の初代の森のヌシ。ドラゴンのエル・エルロワーズ……エルにな……」
ラウはそう言って、オレ達の頭上で揺れるように光を放つ満月を見つめた。
その表情は普段のラウとは違った意味で読めなかった。
「元はボクもキミと同じ時代の日本からこっちに呼び出された一人や。他にも十六人呼び出されたみたいやったわ。十二人は人間に呼び出されて、四人は魔族が、そしてボクがドラゴンにや」
「十六人も……一体何のために……」
ラウは鼻でフッと笑ったようにため息をつく。
「ただの陣地取り――戦争の道具や。他の十六人はそうやったんやろな……。ボクは……そうやなかっただけまだマシなんかな……。イヤ、やっとることは一緒か……結局は……ただの殺し合いや」
現代日本に生きて来たオレにとって『殺し合い』という単語は中々に衝撃的だった。普通に暮らす人間にとって、殺人という現場に居合わす、又はその当事者になる確率は限りなく低いと言えるだろう。
それが当たり前の世界――『戦争』――に巻き込まれる。もはや夢物語だ。
それはラウにとっても、そして、他の人間にとっても同じだろう。
「こっちに来た人間はみんな呼び出されたモンの影響を受けとったわ。人間に呼ばれたモンは人間の姿に。魔族に呼ばれたモンは魔族の姿に。ボクは……ドラゴンの姿になっとったわ……」
「強そうでよかったじゃねぇか……って言ったら傷つくか?」
ラウは、ハハッっと笑い、肩をすくめてこちらを見た。
「別に構わんよ。それに全員そないに差は無かったしな。キミも――身体おかしなっとるやろ?……こっちに呼び出された人間はみんなバケモンみたいになっとったわ。『魔法』は使うわ、『スキル』は使うわで……。人の形をしただけのバケモンみたいやったわ……」
オレは自分の手の平を開いては閉じ、二、三度ニギニギと開け閉めし確認する。
この力はドラゴンになったから得たモノだと思っていたが、どうやらこの世界に来た為の影響らしい。
「それで……そいつらはどうなった?」
「みんな死んだわ……戦争に巻き込まれて互いに殺しあったり…………ボクが殺したり…………」
「……」
「一番最初は『人間』と『魔族』の戦争の延長での殺し合いやったわ。それに巻き込まれんように――この森を守る為にエルはボクを呼んだそうや。最初は疑ごうたけどな。せやけど、エルはボクを森から出さんかった。なるだけ戦争から遠ざけたかったみたいや」
「……殺し合いから遠ざけたいのに何故お前を呼んだんだ?」
「……エルがこの森にきたバケモンみたいな召喚者を追い払いに行く間このエルロワーズの森を守ってもらいたかったんやて。こんだけの広い森や。一人じゃ守り切れんのやったんやろな。エルは誰も……人間も魔族も魔物も……殺したり、殺されたりしとうなかったんや。……せやけど結局、ボクは外に出て殺し合いをすることを選んでもうたんやけどな……」
ラウは苦笑する。その表情は余りにも痛々しく、まるで自分の罪を懺悔しているように見えた。
「……どうして……」
「ボクがこっちに来てから面倒見てくれてた子がな……人間に殺されたんや……。ええ子やったわ……。魔物やったけど……ずっと……ボクに……懐いとってな……」
オレは胸が痛くなる。もし、自分が同じ立場だったなら……。もし、セシリーやルナが同じ目にあったとしたら……。
オレは――ラウを責める事は出来ないだろう。
「そこから後は――ただの、殺し合いや。バケモン同士の……。憎しみに任せて……色んなモンを殺したわ……。『人間』も『魔族』も呼び出した連中も……全部や……」
月明かりが照らす森の中、ただ静かにラウの独白は続く。オレは慰める事も出来ず、ただ話を聞く事しか出来なかった。
「全部終わった後、エルとボクはボクらを呼び出した召喚術に関する全てをこの世界から消して、二度とバカな召喚術を使えんようにしたわ。そん時くらいやな。ボクが四人の魔物に名前をあげたんわ。ボクはエルから名前を次いで、この森の『二代目』になって、四人と一緒に森を守ろうと思たんや。けど――――そん時や」
一気にラウの顔に怒りが浮かぶ。
ラウは怒りのままにもたれかかっていた木を思い切り殴りつける。
木は大きな音を立て、根本から吹き飛び、周りの木を何本も巻き込んで砕け散っていった。
「なぁ。そもそもボク等を呼び出した召喚術はどこから来たと思うん?」
顔を下に向け、怒りで微かに息を乱しながら、ラウはオレに静かに問いかける。
「さぁ。誰かが開発したとか……?」
「違う。持ち込まれたんや」
「持ち込まれた……?誰が、何のために……?」
「何のためかは分からん。けどそいつは持ち込んだ召喚術を『人間』にも『魔族』にも『エル』にも伝え、戦争で燃え上がるこの世界に、まるで燃料を投下するみたいに、みんなを争わさせたんや」
「……そいつは?」
「殺したはずやった……。けど――おそらく生きとる。こっちに来るとき転移に変な影響を受けたゆうたな?そんとき確かにあいつの気配を感じたわ。間違いなくボクとキミを五百年も後に転移させたんはあいつや」
「そいつは一体誰なんだ?一体なにがしたいんだ?」
「……それはボクにもわからん……。ただこの森にボクの子供らと五人で結界を張った後、あいつはいきなり現れたんや。そんでボクが転移者の最後の生き残りやーゆーとったわ。そんとき転移術の事もペラペラ喋っとってな。あったま来たんでそのままあいつは殺したはずやったんやけど、殺したと思ったらいきなり魔法陣が浮かんできてな、そのまま現代に帰されとったわ。もうなにがなんやら……。そんで現代に帰った後、ボクの『スキル』つこーて色々用意して、またこっちに帰ってこよーと思っとたんやけど、どうやらあっちからこっちに帰るにはボクの魔力が足りんくてな。キミに助けてもろたんや」
「『スキル』?お前の……。じゃあオレにもその、『スキル』があるってことか……?」
「そうや。こっちに来たモンはみんな一つ特別な力を持っとったわ。ボクの力はこれや」
ラウはそういうと空間から服と靴をとりだした。
「ちゃんとした服がなかったんやろ?これあげるわ。そんでこれ。」
今度はペットボトルのジュースを取り出して、オレに向かってヒョイっと投げた。
片手で受け取ったジュースは冷たく冷えていて、まさに今冷蔵庫から出したばかりのようだった。
「ボクの力は『無限収納』や。生き物以外のあらゆる物を無限に収納できる力や」
オレはジュースの蓋を開け、一口、口に含む。
コイツが現代で金持ちだった訳が分かった。ラウはこの力を使って、現代でオレと出会うまでの十年ほどの間、この能力で金を稼いでいたんだろう。中々便利な力だ……。
けど……。
「わかるで。こんなスキルでよく転移者同士の戦争に生き残ったと思うとるんやろ?」
「色々できるって事か。それよりオレの『スキル』は何なんだ?」
「それはボクには分からんし、気安く自分の切り札は見せん方がええで?そのうち使い方もわかるやろ」
それもそうだな。
他に聞かなければいけない事は……。
「初代のエル・エルロワーズは生きてるのか?それにオマエからはその……『ドラゴン』の力ってヤツが全く感じないんだが……?」
「エルか?ボクが現代に帰る時はまだ生きとったけど、今は……分からん。魔力も感じんし、もし生きとったなら、この森はこないな風になっとらんやろ」
「ボクの子供らも死んどらんやろうし……」とラウが小さく呟いたのをオレは聞き逃さなかった。
なら初代エルロワーズは一体どこに行ったんだ?
このラウのいない五百年の間に一体何が……。
「それからボクのドラゴンの力は現代に帰った時消えとったわ。多分……キミと同じやろ。魔力のないあっちじゃドラゴンは生きられへんからな。無意識に切り離してこっちで生きとるんやろ。おかげでボクは年も取らずに生きとるし。魔力が足りんからこっちにも帰れんかったわ」
なるほどな。自分の実体験があったからオレを助けるのに、あの方法を取ったわけだ。
「うまくいっとったらキミもあっちで長生きしとったんかな?」
それはそれでひどく困るんだが……。こっちでもドラゴンのオレの寿命は長いんだろうか……。
「それよりもそいつが気になるな。そいつがオレたちの敵だという可能性は?」
「その可能性はかなり高いやろうな。間違っても殺したボクとお友達になりましょうって感じにはならんやろうな」
まぁそうだろうな。それならそいつの目的が気になるな。目的が分かれば多少なりとも交渉する可能性がでてくるんだが。
そいつは何がしたいんだ?
オレたちにはまだ知らない事が多すぎる。
ともあれ敵なら叩き潰すだけだけどな。オレに、オレの家族に手出しするヤツは皆殺しだ。
んっ?皆殺し?オレはこんな事を考えるヤツだったか?オレの性格は?
オレは……
「どないしたんや?」
「いや、なんでもない……。それより今のままでそいつとやりあって勝てるか?」
「……わからん。ボクやキミが一対一で出会ったならやり合っても問題ないやろな。けど……」
「セシリーとルナ……か」
「せやな。あの子らや、他にも、誰かが人質に取られたとしたら……。キミは手出しできるか……?」
「……」
「他にもボクの子供らを殺したっていう勇者やら魔王やらはボクは知らん。なんや知らんうちにこの五百年で大分きな臭くなってきとる。正直どうなるかボクには予想もつかん」
情報収集と戦力増強が必要だな。どうするか。
「お前が張っていたこの森の結界を再び張り直す事は可能か?」
「ボクが力を取り戻せたら――あるいは……それかキミが張り直すかやな」
「オレが?出来るのか?」
「ボクは出来ると思うで。というか、ボク等二人も異世界に飛ばせる程の魔力や。キミが出来んかったら他の誰にも出来んやろな」
「そうか。なら、そっちはオレに任せろ。後は……」
「あの二人やな」
「そうだな。絶対に守りたいが、そうなるとこちらの行動が大分制限されるな。今のままじゃ難しいか?」
「せやな。……けど、そない大切なんやったらボクがやったみたいに、キミも加護をあげて眷族にしたらええやん。キミがどれくらいの想いを持つかにもよるけど、大分強くはなると思うで」
「加護?名前をつけるって事か?」
「そうやない。ボクはそれが一番やと思うたからそうしたんや。キミはキミが思うやり方があるはずや。キミが大切やと思うんはなんや?」
オレが思うやり方……。
あの子達にオレが出来る事……。
あの子達に思う形……。
オレの……オレだけの家族……。血の繋がり。
「オレの……オレの血を分け与えたい。仮初でもあの子達と血の繋がりが欲しい」
「それは……また……えらいリスキーな方法やな。キミの魔力次第やし、可能性は低いけど取られすぎたら――下手したらキミが死んでまうで?ええんか?」
「構わない。あの子達と……お前と……本当の家族になれるなら、命を賭けても」
「……ボクもかいな。なんや照れてまうな。けど――ホンマありがとう……」
頬を指でポリポリと掻きながら照れくさそうにラウが顔を背ける。
オレはラウも家族だと思っている。
ラウはオレの初めての家族。
実の家族なんかより遥かに大切だ。
ラウが守りたいと思う存在ならオレも守ろうと思う。ラウの敵ならオレも共に戦いたい。
「オレもお前達を守る為に戦いたい。その為なら命を賭けさせてくれ」
「相変わらずキミは……ようそんな恥ずかしい事、面と向かって言えるな。けど、キミのそういう所、嫌いやないで……」
オレが、あの子達とお前のお父さんになってやるからな!任せておけ!
「今、絶対ロクでもない事考えとるやろ?キミのそういう所……嫌いやわ……」
何故分かった?エスパーか?
ラウのジト目が痛いが、調子が戻ったなら良しとするか。
じゃあ、いっちょ三人分の血でも抜きますか!
えっ、死なないよね?ふつー死ぬけどちょっとだけで大丈夫だよね?これで死んだらただのバカだよ?