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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
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「…………」


「……何か飲むか?お茶くらいなら、オレだって入れれるぞ?」


「……うるさいッ!ちょっと黙っててッ!」


 エリーゼが逃げ出してしまったので、この場に給仕する人間が誰もいないのだ。

 なのでオレが、席を立ってじじいとロッテに紅茶を入れている。

 じじいは満足そうに紅茶を嗜んでいるが、ロッテはそれどころではないらしい。

 涙目になりながらチェス盤を睨み付けている。

 いつからああしているのか。

 オレが席を立った時にでも盤面をいじったらいいのに、それもしない。

 あくまで正々堂々と勝負して勝ちたいみたいだ。

 別に出来る手段は使うべきだと思うんだけど。

 例えイカサマだろうとなんだろうと、それが勝つための手段なら迷わず使うべきだ。

 卑怯や反則って言葉があるなら、むしろ積極的に使わなければいけないと思う。

 これが戦争で、本当に手に入れたいモノがあるのならば……だけど。


「やれやれ……やはりワシの孫娘は失格かのぉ?」


「……まぁ……そうだな。もし、じじいが指していたならこの状況どうする?」


「そうじゃのう……とりあえずは婿殿の飲む、その紅茶に毒を盛る所から始めるかの……」


「……」


 オレに毒が効くことはないが、そうも平然と言われると腹が立つ。

 しかもそれが手始めだと、平然と言ってのけやがった。


「婿殿なら?」


「……チェス盤をテーブルごとひっくり返す……」


「ほっほっほっ。まるで子供のケンカじゃの」


「……面倒なのは嫌いなんだ」


 勝てないと分かったなら負けない手段を取るべきだ。

 例え勝負をなかった事にしても。


 そんなやり取りをしていると、不意に視線を感じた。

 殺気まで籠っているような、射抜かれるような視線だ。


「そんなに睨むなよ……。せっかく人がアドバイスしてやってるのに……」


「うっさいッ!死ねッ!バカッ!こっち見んなッ!」


「どうじゃ?なかなか可愛いじゃろう?」


「ひいき目すぎるだろ……。ただ悪態ついてるだけじゃねーか」


「本当は分かっておるくせに……婿殿も素直じゃないのぅ……」


 うるせ。

 まぁ素直じゃないけど可愛らしい所はあると思う。

 諦めて勝負を捨てるならそこまで。

 何をしてでも勝つのなら合格。

 その瀬戸際でどう頑張るかなんだけど、ああも一生懸命になられるとさすがに情が湧いてくる。

 

 チラリとジークフリートに視線をやると、呆れたように見返して来た。


「……しょうがあるまいて」


「……」


 オレの視線でジークフリートが饒舌に話し始める。


「ロッテや……最近魔法を使えるようになったようじゃのう?」


「……おじい様……少し黙ってて。今忙しいの」


「やれやれ……では婿殿に聞こうかの……?ロッテの魔法はどの程度かのぉ?」


 どうして急に魔法の話なんだ?

 それがロッテへの助け舟になるのか?


「大したモノだと思う。この国の魔法理論とは違うが……基礎はもう覚えたといっていい」


「ほほう。さすがワシの孫じゃ。そしてさすが婿殿じゃ」


 イヤな予感が膨らんでくる……。

 オレのクイーンはすでにチェックメイトの一歩手前。

 ほぼ詰みの状態だ。

 それが……


「何が言いたい……?」


「イヤ何、エリーゼの報告ではロッテが魔法でドラゴンを呼び出したとか、なんとか。それはそれは黒い太陽のようなドラゴンであったそうな。まさか……そのような御伽噺ワシも信じてはおらんよ。だがのぅ……?」


 やっぱりエリーゼには見られていたか……。

 あの登場のタイミングじゃ見られていてもおかしくないとは思っていたけれど。


「もし、万が一にじゃ。ロッテが本当にその魔法を使えるのであれば、この勝負負けても構わん!……と、ワシは……そう思っておる」


 負けても構わん?

 あのオレそっくりなドラゴンを生み出せるならば……?


「……使うとロッテが死ぬぞ?」


「だからなんじゃ?」


「それは……脅迫か?」


「そうじゃ。それくらいの手段は婿殿だって使うじゃろう?」


「……」


 やっぱ最悪だな。このじじい。

 この場合の脅迫はロッテを殺していいのかって脅迫じゃない。

 オレ達に対する脅迫だ。

 この婚姻が成り立たなければ、ロッテを再びアルべリアのどこかへ嫁がすって言ってるんだ。

 嫁がす事自体を責めてるんじゃない。

 魔法の才があればロッテはどこへだって嫁ぐ事は出来るだろう。

 しかしオレが言いたいのはそういう事じゃない。

 アルべリア王国の貴族や王族に嫁いだ後の話だ。

 当然オレ達の敵になって戦う事になる。

 戦わないにしろ人間側にいるって事だ。

 別に人間の勇者も聖騎士の軍も怖くはない。

 現にメアもアステアも殲滅の報告を上げてきている。

 オレ達なら楽勝の相手だ。

 

 しかし……


 ロッテは違う。

 ほんの数秒とはいえ、明らかにオレに近い強さを生み出せる。

 その命を懸けて……。

 その数秒で一体どれだけの魔物を殺せるだろうか。

 下手したらウチの子供達でさえ殺される可能性まである。

 それも一人や二人じゃなくて、何人もだ。

 確実に生き残れると言えるのはオレとラウくらいのモノだろう。


「おい!分かっててオレに言ってんのか?それは……オレの逆鱗だぞ?」


「捨てるのは婿殿じゃろう?なら拾ってくれる相手に差し出すまでじゃ。例えば……そうじゃのう。赤い鱗の魔物とかどうかのぅ?」


 ビキィッ!!


 着けている指輪にヒビが入る。

 途端に色が付くオレの魔力。

 身体から溢れ出す殺意。


 オレ達とロッテに殺し合いをさせるつもりか?

 それも息子の仇に、その娘のロッテを嫁がせて。


 思わず殺意だけでジークフリートを殺してしまう所だった。

 いや、いっそ本当に殺してやろうか?


「ほっほっほっ。どうするね?これでもワシの孫娘を捨てられるか?」


 大した度胸だ。

 オレの魔力を受けて、顔色一つ変えないなんて。

 クロムの眷族達でさえその身を硬直させオレを恐れていたのに。


「この……妖怪じじいが……」


「たわけ。せめて妖精と言わんか」


「クソッ……」


 仕方なく大人しく席に戻る。

 この状況でもロッテはオレ達の会話を聞いていた素振りさえ見せない。

 それだけまだチェス盤に集中しているって事なのだろう。

 こっちもこっちで大した玉だ。


 オレが席に戻ったのを見て、涙目でロッテがイヤイヤながら駒を進める。

 最善手といっていい、それほどの手だった。


 しかし……それじゃない……。

 やはり……ダメか……。


「……チェックだ」


 クイーンでチェックメイトをかける。

 これで終わりだ……。


 すでに覚悟が決まっていたのか、ロッテはオレのチェックを聞く前から、下を向いたままでポロポロと涙を流していた。

 気丈に振舞っていても、やはり辛かったのだろう。

 どう見てもオレへの気持ちは本物だった。

 胸が……締め付けられるように痛む……。


「どうやら勝負あったようじゃのぅ?これでロッテの縁談はナシじゃな。よいな。ロッテ?」


 目を開き、顔を真っ赤にし、涙を零しながら何も言わないロッテ。

 拳を握りしめ、スカートの裾がシワになって歪んでしまっている。


「さて。それでどうするね?約束は約束じゃ。なんでも願いを聞こう。ワシが叶えられるならば……じゃがな」


「本当にイヤなじじいだな……。分かってて聞いてんのか?」


「ほっほっほっ。ワシの可愛い孫娘を泣かした罰じゃ。それくらい我慢せい。ただし婿()殿()?これから先ロッテを泣かせたらワシはどんな手を使ってでも婿殿を追い詰めるからの?」


「こえぇじじいだな。出来るだけ努力するよ。ただし嫁とかじゃねぇからな。あくまで家族だからな」


 このじじいなら確実に復讐してきそうだしな。

 現にアルべリアはもう……終わりだろう……。


 そんなオレ達のやり取りを全く聞いていないロッテ。

 ずっと下を向いて悔しそうに泣いている。


 泣き顔も……愛嬌があって可愛いっちゃ可愛い……か……。


「今はそれで構わんよ。今はの。しかし婿殿よ?そこはちゃんと声に出して本人に言ってもらえんかのぅ?なあなあでは不憫じゃ」


「……」


「ほれっ。早くせんか」


「そうですよ?ほらっ!男の見せどころです。レイ!」

 

 エリーゼ……。

 いつの間に戻ってきてたんだよ……。

 そのままいなくなればよかったのに……。

 ここぞとばかりに戻って来やがった。


「ロッテ……。お前が必要だ。オレと一緒に来てくれ」


「………………はあっ!?」


「何度も言わせんな。賭けの商品はお前だ、ロッテ。金もザクセン領の領地も、何もいらない。お前だけが……必要だ」   

 

 どうやらまだ状況が飲み込めていないらしい。

 ポカーンと口を開けたまま、固まっている。

 本当に面倒臭いヤツ。


「鼻水と涙でヒドイ顔だぞ?ほらっこれで拭け。そんで……オレの傍にいりょ」


 噛んだ。


「……噛んだのう」


「噛みましたね……」


 ……言われなくても分かってるよ……。


 ハンカチを取り出して固まったままのロッテの顔を拭いてやる。

 今日から娘……妹……かな?

 まぁ家族の一員だ。そう思って愛情を注いでいこう。

 

「ば、ばかぁ~。ばかぁ~。な、何でよぉ~」


「言っとくけどイヤイヤ仕方なくじゃないからな?ずっと考えてたんだ。ロッテをどうしようかって。まぁオレが引き取るのが一番いいかなって思っただけだよ」


 この後のアルべリア王国を思うと、森に来てもらうのが一番いいと思ったんだ。

 これで最後かとも考えたけど……人間で出来た初めての友達だったから。

 ロッテがオレと居たいと望むならそれもいいかなって。


「いやはや……婿殿も随分思い切った決断をしたものじゃ。しかしこれでワシも安心して死ねるわい」

 

 絶対ウソだ。

 そんな簡単に死ぬような可愛げはじじいには全くない。

 なんならガラフみたいに百年くらい余裕で生きるだろう。

 そもそもの話、そんな決断をオレにするように脅した本人が何を言っているのか。


 チェス盤を眺めて駒を二手前まで戻す。

 オレがチェックメイトをかける前。ロッテの考え込んでいた盤面だ。


「何をしておるのじゃ?婿殿?」


「ああ。ちょっとな……」


 一応ケジメだけな。

 この盤面だけは覚えておかないと……。

 自分で決めて、指した手だから。


「ろ、ロッテおじょぉじゃまぁ~~」


 泣くとは思っていたけど、今日のエリーゼは一段とヒドイ……。

 

 エリーゼとロッテは抱き合って泣き崩れている。

 嫌がられるよりはいいけど、やっぱ照れる……。

  

「さて、エルロワーズの森に来てもらうにあたって、してもらう事があるんだけど、いいか?」


 大事な話だ。

 ロッテは人間。このままじゃ森に受け入れられない。

 間違いなくウチの子供達と揉める。

 ほとんどの魔物も人間を毛嫌いしているし。


 キョトンとした顔でオレを見つめるロッテ。

 何をするの?と疑問が顔に出ている。

 そのロッテにコソコソと耳打ちをするエリーゼ。

 途端にロッテの顔が真っ赤に染まった。


 しかし何故かロッテは、エリーゼに背中を押されるがまま、モジモジとオレの前に来て、意を決したように目を閉じる。

 つま先立ちで祈るように手を組んで、唇を尖らせている。

 よく見ると眉間のシワがすごい……。

 色も唇も、まるで顔がゆでダコみたいだ。頭から湯気まで上がって見えるようだ。


 エリーゼは……本っ当にロクな事を言わないのな……。


 ジークフリートはそれを微笑ましく眺めている。


「おい……。変な想像するな。エリーゼが何を言ったか分からないが絶対に違うからな」


 ロッテの額を片手で抑え、そのまま突き放す。

 「はうっ」とか言って、それでもまだオレにしがみつこうとしているが、この際気にしない。

 遠慮なく突き放す。

 それがよほど恥ずかしかったのか、諦めた後、オレの目の前で若干涙目でそっぽを向いている。


 そして……呆れたオレは、意を決して更に言葉をつなぐ。


「ロッテにも魔物になってもらう。オレの眷族として……」


 最後の難問だ。これが……断られると思ったからこそロッテと決別する決断を考えていたんだから。


「いいわよッ!そ、それで……あんたと、い、一緒にいれるんでしょッ!?何の問題もないわッ!」


 顔は相変わらず真っ赤だが、即答で返事が返ってきた。

 今度は、視線も逸らさず真っ直ぐにオレを見つめ返して来た。

 いつもの……ロッテの、強い眼差しだ。


「そ、そのッ!?それはロッテお嬢様の……見た目が……」


 化け物に変わる?

 エリーゼはそう聞きたかったのだろう。

 けれどオレの前で化け物、そう言葉にしなかっただけマシか。 

 

「いや、多分そう見た目は変わらない。オレが元々人間だからな。二人も見ただろ?ウチの子供達やコイナさんの姿を。心配しなくても大丈夫だと思う」


 むしろ心配なのは、オレの加護を受け入れる器がロッテにあるかって事だ。

 こればっかりはオレにも分からないから。


 取り合えず、セシリーやルナにしたように血液から加護の能力を取り出す。

 イメージは……魔力の根源。

 ロッテの魔力に触れた時に感じたあの優しさと強さ。




「な、何ですかッ!?これはッ!?こ、こんなの……人間が触れたら死んじゃうじゃないですかッ!?」


「婿殿?信用はしておるが……これはいささか……」


 取り出したオレの能力の源を見て、エリーゼとジークフリートがオレを攻め立てる。

 しかし目の前に差し出された眩い光――加護を見て、ロッテは何の動揺もしていない。


「ロッテもそう思うか?無理しなくていい。正直な感想を言ってくれ」


「……私は……大丈夫……。なんでか分からないけど……これは……あんたなのね……。それがすごくよく分かる……」


 穏やかに光を見つめるロッテ。どうやらウソではないらしい。

 

「……そうか」


 資格が、素質が、器があるって事なんだろう。


「強くて……でもすごく優しい……。これが……レイ……」


 そのまま慈しむように光を抱きしめるロッテ。

 それはまるで目を閉じて祈りを捧げるように、とても神聖で美しい光景に見えた。

 

「お、お嬢様……?」


 身体中を光りに包まれ、横たわるように空中に浮かぶロッテ。

 一気に脱力感に襲われるオレ。

 目の前がグラリと揺れ、足元がふらつく。

 魔力を()()()()()()

 ラウが初めにこの方法のリスクを教えてくれていたはずなのに。


「れ、レイもッ!?ど、どうなっているんですッ!?」


 ふらつく身体を支えながら、片手を伸ばしてエリーゼを遮る。


「いつもの事だ。心配いらない。それよりもロッテを頼む」


 戸惑いながらも首是してロッテに駆け寄るエリーゼ。

 その頃にはもうロッテの身体からは光が失われ、床に横たわっていた。

 見た目もそのまま。

 呼吸も聞こえるし、心臓の音もする。

 上手くいったみたいだ。


 ジークフリートはずっと黙って成り行きを見守っていた。

 取り合えず信用してるってのは本心らしい。


「お、お嬢様……?」


 エリーゼの声で意識を持ち直し、ロッテを見ると、眠ったように目を閉じているのにその瞳からは涙が零れていた。 


 ずいぶん持っていかれたからな。

 かなり……()()()()……。


 ハッと目が覚めたロッテは、自分の身体を確かめもせず辺りを確認して、オレと目が合う。

 そのままエリーゼを振り払い、オレの胸倉を掴んできた。


「あ、あんたッ!なんで……なんでぇ~!!なんで……そんな顔してられるのよ……。あんな思いして……なんでそんなに……」


 そのままオレの胸に顔を埋めて子供みたいに泣きじゃくるロッテ。

 大分オレの過去を見られたらしい。

 個人的にはそんなに辛いと思ってないんだけど、そう泣かれると気まずい。

 

 ずっと……ずっと一人だった。

 家族からも疎まれ、他人からも忌み嫌われていた。

 誰も目を合わさないし、喋りかけても来ない。

 それが普通で、当たり前だと感じていた。

 別に気にした事もないし、辛いと思った事もない。

 

「そんなに泣くな。逆にオレが辛くなる。もうロッテも家族なんだ。泣かれると……心配になる」


「私……ずっと傍にいるから……。ずっとレイの傍にいるから……。だから……」


 もう泣かないで……。


 そう言われた気がした。


 チクりと胸が痛んだ。

 泣いてない。

 そう言おうと思ったが言葉が出なかった。

 

 オレは……


「これこれ。これ以上イチャつくのは二人きりの時にせんか。今後の事もある。今日はここまでとしておこう」


 ジークフリートの言葉で我に返ったロッテが、エリーゼとジークフリートを見た後、ガバッとオレを突き飛ばしてそそくさと離れていく。

 身体は本当に問題なさそうだ。


「ああ。細かい事はこちらでも話を詰める。コイナさんも紹介したいしな」


「ほっほっほっ。それは楽しみじゃ」


 まだ夜は明けていない。

 みんなが上手くやってくれていれば、もうザクセン領やホーエナウ家に危険は及ばないだろう。

 取り合えずは時間も出来た。


「それじゃ帰るか?ロッテやエリーゼを改めてみんなに紹介したいしな。じじいはどうする?一緒に来るか?」


「いや、ワシは迎えがくる手はずになっておる。それに……これから忙しくなるじゃろうしの。その準備も必要じゃからな」


「そうか。まぁ危険はもうないはずだから安心だな」


 何かあってもこのじじいなら自分で何とかするだろう。

 それでも一応安全策だけ取らせるか。


「ロッテ。しんどい所悪いが、二人にもロッテの眷族になってもらおう。その方が後々何かと都合がいい」


「いいけど……どうやってするのよッ?」


「思うまま二人と心の繋がりを持てばいい。やり方はロッテ次第だ。名前を付けたり、血液を介したり。二人もそれでいいか?オレやロッテの一族に加わってもらう。二度と元には戻れないけど、後悔はさせない」


「私は永遠にお嬢様の従者ですから。異論はありません」


「ワシも断る理由がないのう。婿殿がそう言ってくれるなら喜んで申し出を受けさせてもらう」


 オレの加護じゃダメでもロッテからの加護なら問題ないに違いない。

 現にクロムやルナやアステアは自分の眷族を持っているから。


「分かったッ!ずっと家族って事ねッ!」


「そうだ。オレ達の……大切な家族だ」


 そう答えるとロッテはとびきりの笑顔を咲かせた。

 ロッテも家族というモノには今までずっと縁がなかったから。

 よほど嬉しいのだろう。


 二人に近寄るとロッテは空中に丸い円を描き始める。

 指に魔力を込めているのだろう。

 淡い光で描かれた円は、消える事無く空中で輝いている。


 オレの眷族になったことで魔力操作が段違いだ。

 才能があるとかいうレベルじゃない。

 メアと同等か……それ以上だ。


 円を描き終わった後も、ロッテは中に模様を書き込んでいく。

 ドラゴン……いや、龍か?

 何かのエンブレムみたいだ。


「ウチの……ホーエナウ家の家紋よッ。私この家紋が大好きなのッ」


 奇しくも家紋が龍だなんて、何か運命的なモノを感じずにはいられない。


「今度はとても柔らかな光ですね。なんていうか……温かいです」


 オレにはロッテとオレの加護の違いが分からないけれど、やはり感じ方は人それぞれ違うみたいだ。

 これが受け入れる側の器か。

 器が足りなければ生存本能が拒絶してしまうのだろう。


 光の家紋がエリーゼとジークフリートに吸い込まれていく。

 ロッテと違い、二人は身体が光ったりとかはしなかった。

 ロッテも全く消耗したように見えないし、やはりオレだけ特別なんだろう。

 血液が媒体とか、やっぱりどう考えてもイカれてるもん。


「これは……スゴイですね……。なんていうかその……」


 明らかに変化している。

 見た目は同じなのに、中身が別人みたいだ。

 ジークフートも精気がみなぎっている。

 これじゃ当分くたばりそうにないな。


 まだ長生きするのか……。


「さて、これでじじいも安心だろ。それじゃオレ達はもう行くからな?」


 これで間違っても人間なんかには殺される事はないだろう。

 ほっといて大丈夫だ。

 

「感謝する。もっとはやくに婿殿と出会えておれればのう」


 無駄な仮定だけれど、それくらい後悔した人生だったって事か。

 力がないって事はそれだけで罪だから。

 どっかの人権家とかは顔を真っ赤にして怒るだろうけど、オレはそう思ってる。

 力のない正義なんて悪より質が悪いと思うし、適正な能力がないってだけで害悪にしかならない。

 無能な王は国を衰退させるし、無能な医者は人を殺す。

 無能な警察は犯罪者を野放しにするし、無能な役人は民を苦しめる。

 それだけで多くの人間にとっては迷惑でしかない。

 ましてや身内が被害にあったならば、それは仕方ないでは済まされないのだから。

 その点ジークフリートは相当な被害者だったのだろう。




 椅子に腰かけ、そのまま目を閉じているジークフリートを尻目に、オレ達は会談場所の部屋から出ていく。

 ロッテはジークフリートに駆け寄って何かを話していたけれど、すぐにオレの傍に戻って来た。

 ロッテも今はジークフリートを一人にしてやりたいんだろう。


「さてオウミに戻るか?」


 洋館から出たオレ達は、そのままオウミの方向へ視線を向ける。

 乗りつけた馬車はもういらない。

 今のオレ達なら走った方が早いから。


 駆け出すオレに、引き離されまいと付いてくる二人。

 さすがに三人で森に行った時と段違いだ。

 飛ぶようについてくる。




「うわぁ~!すごい……キレイッ!あんたはずっと……世界がこんな風に見えていたのッ!?」


「全くです!夜が!朝日がこんなに美しいなんて!」


 外は朝日が昇る前の、夜と朝の間。

 空が白ずんで、赤というより紫色に染まり始めている。

 大地からは魔力が沸き上がり、空には色とりどりの魔力のを含んだ風がなびいている。


 人間の目と魔物の目では見えるモノがまるで違う。

 特にドラゴンの目を持つオレの血を受け継いでいるなら、その変化は劇的だったろう。

 魔力が直接肌で感じられ、風の流れさえ目で追える。

 ありとあらゆる自然が語り掛けてくるのだ。


「なら今度は夜のエルロワーズの森を案内してやる!すごいぞ?まるで夢の世界だ!」


 今の二人ならあの光景を見たらなんて言うだろう。

 どんな美術品も敵わない、正真正銘の美しさ。

 苔の生えた神秘的な岩肌も、全てを飲み込むような大瀑布も、ああ、クロムの聖域はさらにすごいな。 

 

 そのまま空に飛び上がる。

 最高の気分だ。


「ちょ、ちょっとッ!待ちなさいよッ!」


「この身体になって改めてレイの異常さが理解出来ました……。今までよく普通に会話出来てましたね……私」


 やっと一段落付いたんだ。

 せめてもう少し楽しませてくれ。

 そう思い、オウミへ帰るオレ達であった。






「どうやら行ったようじゃの……」


 ため息をついて、グッと背もたれによしかかる。

 全てはあの御方の予言通り。

 その流れにただ身を任せただけ。

 それだけなのに、この疲労。


 目の前のテーブルには、チェス盤がそのままの状態で残されている。

 どこか違和感のあるチェス盤。

 最後にレイが駒を触っていた記憶がある。

 何をしていたのか。確か二手前、ロッテの指番に盤面を戻していたはず。

 そう思い、改めてジークフリートがチェス盤を観察する。


 しかしその違和感の答えを、ジークフリートが出す事は出来なかった。

 なぜならすぐさまジークフリートに声がかけられたから……


「いやぁ~ホンマしんどかったわぁ~。仕事内容云々より、知らんぷりするんが一番しんどかったわぁ~」


 盤を挟んだ向かいの席で陽気に笑う男。

 先ほどまでレイが座っていたその席で、背もたれによしかかり、優雅に紅茶を嗜んでいる。

 そのカップからは湯気が立ち上っており、香りまで漂ってくるではないか。

 いつの間に椅子に座っていたのか、というよりいつ部屋の中に入って来たのか、それすらジークフリートには感じる事が出来なかった。

 

 背筋にイヤな汗が流れる。

 指が震え、言葉が出なくなるのを必死で堪える。


「……お、お待ちしておりました」


 すぐさま席を立ち、頭を下げようと試みるが、それすらも手で遮られる。


「ええって。ええって。そんな気にせんといて。もう……ボク等は同じ身内なんやから」


 身内なのだから。

 ロッテがレイの眷族になり、自分が一族に加えてもらった事さえ知っている。

 先程までの光景を、一体いつから見ていたのか。

 自分はおろか、レイでさえ男の気配に気付いた様子はなかったはずだ。


「……ほな、少し話そか?」


 そう言って男が手を振ると、手の中のカップがいつの間にか消えている。

 砕いた訳でも、投げ捨てた訳でもない。

 ただ目の前から忽然と消えたのだ。

 たったそれだけの光景にも関わらず、その恐怖に押しつぶされそうになりながらも、ジークフリートは目礼する。 

 まだこれくらいで気押される訳にはいかない。

 本当の話し合いはまだ始まってさえいないのだから。

 そう思い、改めて心を強く持ち直すジークフリートであった。



















  

 

 

   

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