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オレ達は北を目指して進む。
こちらに来てからまだ三日と経っていないが怒涛の三日間だった。
海でフェンリルに懐かれペットにし、山でアトラナートを助けて仲間にした。湖や川に行ったら何が仲間になるのやら――。
こちらでも『人間』以外には相変わらずモテモテだな……。この調子じゃ普通の友達や彼女ができるのも難しいかもしれない……。
まぁこれはこれで悪い気はしないが……。
「ルナ。辛くなったらすぐに言うんだよ?」
「……はい!」
ルナはケガをしていたため現在オレが抱えて運んでいる。俗に言うお姫様抱っこだ。
でかいとは言え人間大程度の大きさのルナを運ぶくらい、今のオレには何の支障もない。むしろ家族、娘だと思えば顔から自然と笑顔が湧いてくる。
普通アトラナートを娘だなんて、と思うかもしれないがオレには全く抵抗がなかった。それどころか、とても可愛い。セシリーと同じくらい可愛い。
ルナは少し話しただけでも、とても優しく、聡明で、大人しいのが良く分かる。にもかかわらずオレに仕えたいと言った時の芯の強い、凛とした強さも持っている。確かにセシリーの良いお姉さんになるだろう。
一方のセシリーは、ヤンチャで、活発な、元気な女の子、といった感じだ。多少ヤキモチ焼きで、甘えん坊な所があるがとても可愛い。まるでキラキラ輝く太陽のような性格だ。たまにマセた事を言う時もあるが、幼い少女が大人に憧れる、子供特有の物だろう――――――そうだよね?じゃないとお父さん、心配になっちゃうよ?
ババ様に会いに行くにあたって、二人のご両親への挨拶の事も二人に相談した。
まずは二人の家族構成を聞いておかなければ……。
まずセシリーは両親がいないらしい。というか、いるのかどうかも知らないらしい。物心付いた時にはババ様に育てられていたからだ。
それである程度一人で生活できるようになったら、ババ様の住む北部に棲みかを造り、一人で暮らしていたそうだ。ババ様の所にはたまに会いに行くといっていた。
これは無神経な事を聞いてしまったと後悔したら、
「今はヌシ様とルナが一緒なので寂しくないのです!」
と笑って励ましてくれた――が、オレには分かってしまった――いや、オレだけは分かってしまった。
本当はヒトリボッチで、とても寂しかったのだと。
きっとこの子もオレと同じで、一人はとても辛かったのだろう。
だからこそ今度はオレが目一杯セシリーを甘やかしてやろうと心に決めた。
一方のルナは大家族らしい。
母親が一人で兄弟姉妹が大勢いるそうだ。ルナの母親が女王で、女王を中心に群れを作り、コミュニティを形成する。
そして女王の資質を持つ者が次の女王になるか、群れから離れ新しい女王として新たなコミュニティを造るそうだ。
今の所ルナ以外女王の資質を持つ者がいないそうで、一応次期女王様らしい。いうなればお姫様といったところか。
どうりで育ちの良さが見える訳だ。
つまり問題はルナの所だと思ったが、今の森の状況ではこのまま女王になってしまっていいものか不安があったため、ババ様の所に相談しに行こうとしていたらしい。そしてその途中で襲われてしまったと……。
なるほど……。
「あ、あのヌシ様!」
「どうした?ルナ?」
突然ルナが話しかけてきた。
「その……少しスピードが速いので落として頂けたらと……」
おっと、いけない。会話に夢中でついスピードを上げてしまったようだ。ルナが怖がっている。
セシリーは多少スピードを上げても無邪気に喜んで付いてきている。以外とまだまだ余裕がありそうだ。
昨日と比べてセシリーはさらにスピードが上がって来ている気がするが気のせいだろうか?
「ごめんね。ルナ。これなら怖くないかな?」
そう言ってルナの前足を自分の首に巻きつくように掛けてあげて身体を引き寄せ密着させる。
まるで捕食されているような恰好だ。
「――――――ッ!!」
ルナが声にならない絶叫を上げている。
娘とはいえこれは恥ずかしかったかな?
さすがに年頃の女の子が父親にお姫様抱っこをされ、身体を密着されるのは嫌だったかもしれない。
だがオレは新米とはいえ父親だ!ケガした娘を心配して何が悪い!今は目一杯二人を甘やかしてスキンシップを取りたいのだ!断じてやましい気持ちなどなく純粋に父性から来ている行動だ!
「は、は、は、はい!ヌシ様!これなら怖くありません!い、いえ、むしろもっとスピードを上げましょう!ふ、振り落とされないように、ももも、もっとくっ付かなければ!」
ルナは顔を真っ赤にさせながら腕に力を込めてくる。
凄まじい力だ。
人間なら、いや、魔物であってもあのサイクロプスくらいなら簡単に引きちぎってしまう程の力だ。
だが父には効かない!娘の抱擁くらい簡単に受け止められるのだ!――実際全く効かないし。
んっ?いや、待て。おかしい。
これほどの力があるならサイクロプス程度に負けるとも思えない。
だが実際ルナはサイクロプスに殺されかけている。ケガはかなりの重症だし、三人も死人が出ている。セシリーも走るスピードが上がって来ている気がする。
これは――二人が強くなってきているという事か……。
「むうう。さすがルナなのです。あんなに自然とヌシ様に甘えるとは。これはセシリーもうかうかしていられないのです」
ふっふっふっ。
セシリーもまたヤキモチか。可愛いヤツめ。
だがお父さんは娘を贔屓したりしないからな!後でちゃんとセシリーも同じくらい甘やかしてやるからな!背中やお腹といった身体中をモシェモシェ撫でてやるからな!覚悟してろよ!
「ヌシ様!そろそろ休憩なのです!」
やはり来たか!
最初は休憩など取らずに、走りっぱなしだったのだが、ルナが一緒に行動する事になってからはちゃんと食事、睡眠、休憩を取るようにした。
セシリーもルナもたくさん食べるらしいが、別に食べなくても、そして、眠らなくてもある程度は全く問題ないという。が、育ち盛りの娘達だ。以前の知識の中から、成長期にしっかりとバランス良く食べないと、丈夫な大人になれないと言っていた。
睡眠も大事だ。睡眠は時間も大切だが質がより重視される。如何に質の良い快適な睡眠を取るかが成長の鍵を握っている。
そして休憩。永遠何時間も運動するのではなく、ある程度何時間かでインターバルを入れる事で効果を高めるのだ。
フェンリルとアトラナートに効果があるかは知らないが……。
ともかく娘二人には立派な大人になってもらいたい為、付け焼刃の知識でも色々取り入れていこうと思う。
「そうだね。セシリー。今日はこの辺で野営にしようか?」
そろそろ日も落ちて来たことだし落ち着ける場所を探そう。
少し開けた場所でキャンプの準備を始める為、地面に降り立つ。
ルナを優しく地面に下ろすと二人に指示を出す為に中央に移動する。
ルナが手を伸ばし名残惜しそうに「あぅぅ」と唸っていたが心を鬼にして見て見ない振りをする。
おっとその前に、まずセシリーを構ってあげよう。両手を広げて、おいでおいでとジェスチャーをすると、凄まじい勢いでタックルされた。七、八メートルは吹っ飛ばされたか。
大の字に仰向けで倒されたオレの顔を、覆いかぶさるようにしてセシリーが顔を舐めてくる。オレは下からセシリーの顔を抱え込むようにしてワシャワシャと撫でてやる。セシリーは興奮しているのか顔をヨダレまみれにされてしまった。
ルナが寂しそうにしていたので、倒れながら手招きしてやると、スススッと近寄ってきて顔を擦り付けて甘えて来る。ウチの子達は二人とも甘えん坊で困る。
と、まぁこんな事をしていても全く準備が進まないので、ある程度で切り上げてキャンプの準備を始める。
セシリーには食事の為の食材を集めてもらう事にし、オレとケガをしているルナは寝床の準備に取り掛かる。
正直普通の人間なら何時間もかかる作業なのだが、オレ達には何の問題もない。
セシリーは生まれながらの狩人なので、気配を消して獲物を獲るのなんて朝飯前だし、魔力を帯びた糸を出せるルナは、大木や葉っぱを使い、糸で繋ぎあわせて巨大なテントを造る。便利な力だ。
オレは石を集め、火を起こし食事の準備をする。火起こしも本当なら時間のかかる作業なのだが、オレの力なら枯れ木を一擦りもすればすぐに火種がおきた。
野営の準備が着々と進み、セシリーを待っていると、森の中から巨大な牛のような魔獣の喉を銜えたセシリーが出て来た。
セシリーの倍ほどはある大きな牛?を軽々と引きずって帰ってくる。
「おかえり。セシリー。中々の……大物……だね」
「これくらい大した事ないのです」
ふふん。と鼻を鳴らしてセシリーは胸を張る。
オレは牛を見上げてセシリーをそっと撫でる。
この森に住む物は魔物と魔獣に分かれる。
基本的に魔物は、体内に魔石を持ち、言葉を理解する。
そして、魔獣は魔石を持たず、言葉を理解しない。
魔物も魔獣も、人間や魔族に取っては敵であり、素材や奴隷であり、大切な収入源で財産になる。
しかし二人、そして、元々この森に住む者達にとって最も大切なのは、魔物は仲間か敵の二つに分けられ、食べられず食糧にならない物。
そして、魔獣は食べられる食糧だという事だ。
さて、オレはさっそくこの牛を捌いていこう。ここには包丁はおろか、ナイフさえない。
だが、問題ない。
オレは手に力を込めると、血管が浮き上がり、ビキビキと爪が伸び二十センチ程の長さになる。本気を出せばさらに太く、長くする事ができるが、今はこれくらいで丁度いいか。オレの爪の切れ味はナイフや包丁など目じゃない程の切れ味を誇る。
まず、直ぐに爪で牛の喉を掻っ切る。血抜き作業だ。これをしておかないと肉に臭みが残ってしまうのでしっかりしておく。
ルナに糸を出して貰い牛を括り付け、セシリーには大きめの木に牛を逆さまに吊るしてもらう。これで血抜きは大丈夫だろう。
そのままオレは、空中を歩き腹を裂き、内臓を取り出す。
次に皮だ。爪の長さを自在に変えられる為、肉と皮の間に手を滑り込ませ、爪の長さを調整し、身体の曲線に沿ってキレイに皮を剥ぐ。単純な刃物ではできない芸当だ。
後は肉の塊なので、骨に沿ってバラバラにしていく。
オレの爪なら、骨ごとバラバラにできるので、多少骨を残して焼きやすい大きさに切り分けていく。
マンガ肉の完成だ。
細かく出た肉の破片や骨は、肉を焼いている間に、セシリーやルナのオヤツになった。
頭や内臓も食べたがっていたが、それは止めさせた。
その……食べている時の……見た目がね……すごくグロいから……。
ともあれ、ルナの糸はすごく便利だ。手ごろな木を糸で組み合わせて、肉焼きの土台を造る事もできるし、最悪そのまま吊るしてもらって焼く事もできる。
アトラナートの出す糸は火に弱いらしいが、ルナの魔力を通してある糸は、この程度の焚火では燃える事はないそうだ。
そして、みんなで夕食を取る。
本当は野菜も欲しかったが、今は贅沢は言わないでおこう。
三人とも生肉で問題ないのだが、元日本人のオレはどうしても加熱して食べたい。
「どうだい?美味しい?」
「「はい」なのです」
二人とも美味しそうに食べている。塩コショウや醤油があったらもっと美味しく食べさせてあげられたのに……。落ち着いたら探して見るのもいいかもしれない。
「本当は生の方がよかったかな?」
「いえ、こちらの方がとても美味しいです!」
「本当なのです!みんなで食べると美味しいのです!」
それは良かった。二人とも満足してくれたみたいだ。
夢中で食べる二人を眺めながら、セシリーに改めて疑問をぶつけてみた。
「セシリーはまだオレを二代目様だと思っているのかい?」
うーん。と考え込んだ後、肉を飲み込みながらセシリーは答える。
「今はあんまり思ってないのです。でも、ヌシ様は二代目様じゃなくても、二代目様なのです!」
セシリーは、にししっと笑いながら照れている。
「どういう事かな?」
「ババ様が言うには、二代目様は、それはそれはお強く、森の皆に大変お優しく、賢く、誠実で、美しく、まさに太陽のような存在。初代様に勝るとも劣らない方だったと聞いています」
セシリーの代わりにルナが答えてくれた。
つまりオレを二代目様とは思っていないが、それくらい素晴らしいと思ってくれているという事か。
すごく嬉しい反面、オレはそんな素晴らしくはないぞ。と、言いたいが、子供の憧れを意味なく否定するのも可哀そうなので、素直にお礼だけ言っておく。
話を聞けば聞くほど『二代目様』に興味が湧いてきた。
オレと同じく人間の姿をして、ドラゴンの力を持つ者。そして、皆に好かれ、二代目の森のヌシになりながら、今はどこかに行ってしまったという。
会えるものなら一度会って話してみたいものだ。
話を聞いた後、オレは食べるより先に、肉を焼きながら後片付けも並行して行う。
頭や内臓を埋めて片付けようとしたら、ルナが
「それでは、頂いてもいいでしょうか?」
と聞いてきたので、何に使うか聞いてみたら、森から一斉に爪の先ほどの大きさの子グモが群がって来た。
子グモは頭や内臓に群がると、あっという間に骨も残さず全て食い付くしてしまった。
「この子達は私の一族に仕えてくれている子達なんです」
唖然としているオレにルナが「ウフフッ」と 笑いながら答えてくれた。
――こえーよ!
子グモ達は森のいたる所に棲んでおり、その数はルナにも分からないそうだ。
ともかく、余った骨やゴミ等も全て子グモ達が処分してくれたので後には欠片一つ残ってはいなかった。
キレイに全てを食べつくした子グモ達は、そのまま森に帰っていった。
オレは少しだけ食事を取った後、余った肉は全てセシリーとルナにあげた。もうお腹一杯だから、とオレに食事を勧める二人に、無理に食べさせた。
二人は遠慮がちに断っていたが、オレが笑顔を見せると嬉しそうに食べていた。
やはり二人には足りなかったみたいだ。食べなくても問題はないのだろうが、一度美味しい物を食べると、欲求を抑えるのは難しいだろう。
二人が食事しているのを見つめながら、これからの事を考えていると、急に大気に違和感が走った。
魔力反応!
場所は――オレ達の真上!
突如現れた魔力に、頭上に警戒を強める!
二人も食事を止め頭上を警戒している。
徐々に大気がひびが入り、割れたガラスのようにバキバキ音を立てる。
――解る。あそこが割れたら、何かがあそこから出てくると――。
「……あれ、セシリーは見た事があるのです――」
――?あれをセシリーは見た事があるのか――?
セシリーにあの正体を聞こうと声をかけようとした時、完全に大気が割れ、何かがオレ達の前方に落ちて来た。
オレはいつでも攻撃できるように構えを取り、警戒を何かに向ける。
二人も完全に迎撃態勢に入っている。
地面に落ちた何かは、モウモウと砂ぼこりを上げ、今だその姿をみせない。
姿が見えなくとも、オレは魔力を何かに向け探知を最大限かける。
「――人型――?――まさか人間か?」
オレは何かを目で捉える事ができなくとも、魔力での探知でその姿を正確に捉えられた。
――まさか、そんな――
オレは構えを解いて警戒を緩める。
――本当に――間違いないのか――
「いやー。危ないとこやったわ」
「――ラウ?なのか……?」
「んんっ。なんや。レイかい。うまい事いったみたいや……な……。って、なんやねん!その恰好!ほんまにレイか?」
相変わらずうるさい奴だ。
オレは最も会いたくて、そして、最も会いたくない奴と再会した――。