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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
46/58

45

「ああ。その前にもう一つええか?」


 ロッテ達四人を引き連れて移動しようとしたとたんに、ラウが待ったをかけてきた。


「どうした?後はみんなを部屋に案内して、さっさと作戦を立てるだけだろ?」


「それがな……。一人問題ある子がおるんや……」


 問題ある子なんて……心当たりがない。

 むしろ心当たりがあり過ぎて誰の事か分からない。

 問題がない子が一人もいないのだから……。


「ちょっとついて来たってや……」


 神妙にするラウに、それほどの事態かと驚きつつも大人しく従う。

 人間のみんなも連れていく事になんの反応も示さない事を見ると、それほどでもないような気もする。

 

 何なんだ一体……。なんのトラブルだ……。





 

 そう言ってラウがオレ達を連れて来たのは食堂……のすぐ隣の一室だった。

 ここは入った事の無い部屋だったが、その用途は知っている。


 確か……ラウンジだ。


 扉を開くと、そこは薄暗いグレーのフカフカの絨毯。

 グランドピアノを囲むように黒いソファが設えてある。

 高級酒のボトルがずらりと並ぶバーカウンターでは正装したバーテンダーが小刻みにシェイカーを振っていた。


 そのカウンター。

 他の誰もいないはずの部屋の中で、バーテンダーの正面の席に二人の少女だけが座っていた。

 高い椅子に座っているためか、二人とも足が床についていないほど小柄な少女達だ。


 一人は感情を表に出さない眠そうな瞳で、姿勢よくチョコンと正面を向いて座っている。

 目の前には飲みかけの白い液体の入ったグラス。

 おそらくミルクだろう。

 ……ミケだ。その瞳は蒼天のようなブルー。

 特に何の感情もない平常心なのだろう。

 どうしてこんな所にミケがいるのかと思ったが、その理由はすぐに分かった。

 ラウの言う問題がある子ってやつも……。


 隣に座るミケに、絡むようによしかかり、フラフラしたと思えば、バーカウンターにつっぷする。

 カウンタ―にうつ伏せに倒れこんだと思ったら、急に起き上がり、またミケに絡み始める。

 まるで酔っ払いの親父だ。

 顔を赤らめて、まだバーテンダーに酒を要求している。


 一体どれだけ飲んでいるのやら……。


「コイナさん……?ここで何を……?」


 遠目から声を掛けると、オレを一瞥した後、またミケに絡み始めた。


 オレの事を……無視した!?


「コイナさん!?どうしたんですか!?こんな所で!?」


「あれぇ~。そこにいるのはレイさんじゃありませんかぁ~。ず~~っとほっとかれてるので私の事なんか忘れられているのかと思いましたよぉ~」


 うわっ酒臭ッ!


「朝からこんなに飲んで……。っていつから飲んでるんですかッ!?」


「へッ。飲まなきゃやってられねぇ~ってんですよ。いつからも何も、ず~~~っとですよ!ウワバミなめんなってんですよ」


 やさぐれている……。

 

 カウンターに空のカクテルグラスを置くと、そのままバーテンダーの出した次のグラスを一気に煽ってしまった。

 

「ちょ、飲み過ぎですって!いい加減にしてください!」


 オレが止めるのも聞かず、延々酒を飲んでいる。

 飲んだくれていると言ってもいい。

 ミケはそのコイナさんの横で、ピクリとも動かない。

 目の前のミルクが減っているのを見ると、たまに飲んではいるんだろう。


「その子どうしたのよ?なんでこんな事になってんのよ?」

 

 呆れたようにロッテが歩み寄って来ると、そのロッテにもコイナさんがチラリと視線を向けた。


「あぁ。また新しい彼女さんかなんかですか~?いやぁ~レイさんはよくおモテになるみたいで。へッ。羨ましい話ですよ。ねぇミケさん。どうせ私達は二番目、三番目の女ですよ」


「……ミケは昨日マスターと一緒にご飯を食べた。だから寂しくない」


「なっ!?私呼ばれてませんよ!?う、う、裏切り者ぉ~!ミケさんも私を捨てるんですかぁ~」


 荒れている……。

 手の付けようがない……。

 ポカポカとミケに猫パンチを繰り出すが、ミケは微動だにさえしない。


 あぁ~ラウが困る訳だ。

 メアも似たような事言ってたっけ。

 するとあれからずっと飲んだくれているのか……。


「うぅ~。私なんて、私なんて……。どうせ遊んで捨てられるんですよぉ~」


 人聞きが悪すぎる。

 こんな少女がそんな事言ったら、オレが悪いみたいに聞こえるじゃないか……。


 コイナさんがバーカウンターに突っ伏して号泣している……ように見えるが、涙が一切出ていない。

 そういう所はクロムそっくりだ。

 腕に顔を埋めているのに、時折チラチラとオレの顔色まで窺ってくる。

 演技までザルだ。


「あんたこんな小さい子に何したのよ!?こんなに泣かせて!あ、遊ばれたとか、言ってるじゃない!!」


 あんなわざとらしい演技に騙されるヤツがここにいた……。


 そりゃいつも遊んでるけどさぁ、遊ぶの意味合いが全然違うんだよ。

 つーか誰もコイナさんが酒を飲んでる事にはツッコまないのな。

 やっぱりお酒は二十歳からってのは、こっちの世界ではないみたいだ。


 コイナさんを庇うようにロッテがカウンターに近づくと、ちょうどオレに向かって二人が並んで顔を向けるような体勢になった。


 似ている……。さすが従妹同士だ。


 心臓がドキリとした。

 髪型や服装の違いはあったが、その顔立ちや雰囲気はそっくりだった。

 エリーゼもそれに気付いたんのか、ハッと息を飲んでいる。

 二人の血縁関係に気付いたかどうかはまでは分からないが、明らかに驚いた表情だ。


 このまま誤魔化すしかない……か。

 

 今の段階で真相を打ち明けるのはまだ早いと判断して、そこに触れずに強引に話を進めるしかない。

 どこまで誤魔化せるか……が問題だ。


「コイナさん。いい加減にしてください。お客さんも来てるんですから、ちゃんとしてください。もぅミケも困ってるじゃないですか」


「へッ。別にミケさんは困っていませんよ。いつもこうやって私を慰めてくれてるんです。誰かさんが構ってくれない時はいつもですよ。それにお客さんなんて私には関係ない話でしょうが。またそうやって……すぐ誤魔化そうとするんですよね。ええ、ええ。分かっていますよ」


 ッぐ!面倒臭い。


 完全に開き直ってしまった。

 メアが言っていたコイナさんの荒れっぷりがよく分かる。

 これは……確かに大変だ。


「……ん?そっちの人間……。どっかで見ましたね。どこでしたか……。ん~思い出せませんね。確か……」


 何かに気付いてコイナさんがカウンタ―から、ジッとカインを眺めるが、そこで慌ててコイナさんの視界を無理矢理遮るように移動する。

 

 コイナさんとカインは会わせた事がない。

 なのにコイナさんがカインに見覚えがあるという。

 なら、どこで?

 簡単だ。

 アサギリが聖騎士を皆殺しにして、カインを見逃した現場にコイナさんもいたって事だ。


「こ、コイナさん!?勘違いじゃないですか?カインは今日街に来たばかりですし……。それまでは人間の村で住んでいましたから!」


「いえ、そんな最近ではなくて……ずっと昔に……」


 やっぱり!

 この二人絶対会ってる。

 せっかくカインをコイナさんに付けようと思ったのに……。

 アサギリの娘のコイナさんなら、カインも文句はないはずだろうに……。


「ん~オレぁこんな嬢ちゃん見た事ねぇぞ。いくらオレでもそこまでボケてねぇさ。にしても……この年でもう酒豪たぁ将来楽しみな嬢ちゃんだなぁ~。将来エライベッピンになる事間違いなしだしなぁ!」


 オレの身体から身を乗り出すように、コイナさんを眺めてカインが豪快に笑っている。

 酒をグビグビ飲むコイナさんを気に入ったのか、えらくご満悦だ。

 それに対してコイナさんはジト目でカインを眺めて、まだ考え込んでいる。

 相手が人間って事でそこまで気を許していないようだった。

 しかもその目は少しずつ閉じていっているかに見える。

 

 ま、まさか!ね、眠いのか!?この状況で!?


「……マスター。コイナはミケが部屋に連れていく。心配いらない」


 とうとう船をこぎ出したコイナさんを、抱えるようにミケがお姫様抱っこで運んで行ってしまった。

 余りにミケの手慣れた動きに誰もがただその光景を見守るしかなかった。

 あの調子じゃいつもミケがコイナさんの面倒を見ているのだという事が容易く想像出来た。


 ミケの髪の中からいつもオレを監視していたベビースパイダーが顔を覗かせて、オレに目礼したのにも驚かされた。

 まさか二人で飲んでいると思っていたのが三人だったなんて……。

 まぁ仲が良くて良かった……のか?

 

 なんとなくだが、コイナさんの愚痴に二人が付き合うって構図なんだろう。

 まぁ女子会みたいなモンか……。

 そのうちの二人は全く喋らないのだけれど……。


 呆然と立ち尽くしていたみんなが、ようやく我に返ってオレに視線を投げかけてくるが、オレだってあまりの展開について行けていない。

 まるで台風みたいな子だ。

 酔っ払いなんてそんなモノといえばそんなモノか……。

 

 ちなみにラウはすでに逃げ出した後だった。

 いついなくなったかも分からなかった。

 こういう所、アイツはズルいと思う。


「な、何だったのかしら。あの子」


「あの子も可愛らしい子でしたね?あの子もレイが引き取った子ですか?」


 ロッテとエリーゼが口々に感想を述べているが、エリーゼは若干疑いの眼差しをオレの向けてきていた。


「コイナお嬢様も若と会えずに寂しがっておられましたからのう。お可哀想な事ですじゃ」


「いやぁ~。あれは将来、絶対に男を泣かせるぜ。あんな器量良しで、大酒飲みなんざぁ相手の男が大変だぁ」


 何を呑気な事を……。

 

「カイン。あれがさっき言ったお前の仕える主人だぞ?手を出すと将来泣かされるぞ」


「へぇ~あれが……。……気に入った!!あれなら何の文句もねぇぜ。何よりあの目。あの白蛇とそっくりだ。人を貫き刺すような視線。ゾクゾクするぜぇ」


 変態か……。

 

 まぁ野生の勘なのか、コイナさんにアサギリの面影を見る辺り、心証がいいのは間違いないだろう。


 それよりも問題なのは……


「では、私達は少し外出させてもらいましょう。少々用を思い出しましたので……」


 分かり易いくらい警戒しているエリーゼだろう……。


 気持ちは分かる。

 信用して身を預けた途端、話がトントン拍子で進んで犯罪者を護衛に就けると言う。

 さらにロッテに似た雰囲気の少女の登場だ。

 疑うなという方が無理だろう。

 どう考えてもあらかじめ話が進んでいて、隙を見計らってロッテを殺そうと考えていると考えるだろう。

 

 それならば森で襲われた時点で、オレはお前達を助けていない!と言い返したくなる。

 しかし……それでもオレ達に外に出ると宣言するという事は、その間に言い訳を考えておけというエリーゼからのメッセージだと理解した。

 それはエリーゼにとってのオレに対する誠意であり……オレのロッテとエリーゼに対する誠意なんだと……。




 二人に対する敵意なんて全くないのに、なんていうのか、こう……ままならない……。

 友情と言われればそうかもしれないし、愛情と言われれば違う……とも言い切れない。

 都合よくオレの言う事を信じてくれ、と言うにはそこまでの信頼関係を築けていないようにも思う。

 それはオレに誠意が足りないからなのか?


 元々そういった関係を築くのは苦手だった。

 どう頑張ってもオレにはそれが出来なかった。

 出来る気もしない……。

 だって!そんなヤツ一杯いるじゃないか!?

 そう自分に言い訳をしている……。

 でも、それはオレだけじゃないだろう。

 みんなオレと一緒じゃないか?

 何が悪い?

 みんなが出来ない事をオレが出来なくたって、それは……仕方ないだろう……。

 何も言わずにオレを信じてくれ!

 そんな事が言えたなら、オレはこの世界には来ていない……。

 日本で友人を作って、恋人を作って、家族と一緒に暮らしている。


 でも、でも、だって……。


 イヤになる……。




 はっ。何をバカな……。


 オレはとっくに人間をやめている。

 今更誰に気を使う必要がある。

 オレは魔物でドラゴンで、エルロワーズの森の主だ。

 エリーゼ?ロッテ?アンジー?   

 高々人間風情に何を遠慮する事があるというんだ。

 守るべき家族はもういる。


 クソッ……。

 イラつく……。

 何だこの感情は!!

 何なんだ!?

 全部壊れてしまえばいいのに……。


「若……?よろしいでしょうか……。私達もお二人の護衛に……」


「……任す。少し気分が悪い……。喋りかけないでくれ……」


「……御心のままに……」


 イライラする……。 


 振り返りもしないで立ち去るエリーゼとロッテを、ガラフとカインがオレに何度も振り返りながら心配そうに追いかけていった。

 

 そうだ。何も問題ない。

 人間なんて誰が死のうが、オレ達には何の問題もないはずだ。

 ガラフが死のうが、カインが死のうが、エリーゼが死のうが…………ロッテが死のうが……。


「ラウ、いるんだろ?……全員集めろ。これから最後の仕上げだ」


「何や。気付いとったなら言ってくれたらよかったのに……」


「……うるさい。今は気が立っている……。さっさとしろ」


「おお、怖ッ……。まぁ了解や」


 どこからともなくスウっと現れたラウは、それでも嬉しそうに……満足そうに……仰々しくお辞儀をした。

 コイツも何を考えているのやら……。


 




 いつものクーロン商会の会議室で全員が集まったのは、それから十分ほど経ってからだった。

 ゆうに十人くらいが座れる円卓を囲むように、各々が席についていた。

 ミケはコイナさんを部屋に連れて行ってから来たのだろう。

 部屋には最後に入ってきた。


「ほな、ちゃっちゃと始めよか?」


 珍しくラウが進行を買って出たのか、オレの横に控えながら全員を見渡していた。

 誰も異論はないらしく、全員がしっかりとオレとラウを見つめ返してきた。


「まずは、現状の説明をオレからする」


 そう言って、ふうッと一息吐いた後、今まで起こっていた事を順に説明した。

 眷族の何人かはもう知っている事もあったが、知らない子もいる。

 特にアステアとかには何も説明していない事に今更ながらに気が付く始末だ。

 誰かしらには説明を聞いている可能性もあったけれど、やはり自分の口から直接説明してあげたかった。


 まずはロッテの事、エリーゼの事、ジークフリートの事、コイナさんやアサギリの事、今この国で起こっている出来事。結果的にガラフやカインをオレの下に置いた事など全てだ。

 ロッテをエルロワーズの森の主、つまりオレの嫁に寄こそうとジークフリートが画策している事も全てだ。

 それを踏まえて、ロッテとエリーゼにはもうオレの正体を告げようかと思っているとも告げた。


「まぁそれは後にしとこうや。それについてはあのお嬢ちゃんがどないに思とるんかが大事や。キミに好意を持っとるんは見とったら分かる。けどや……」


「おい。ロッテは別に……」


「まぁまぁ。最後までちゃんと聞き」


 オレの言葉を遮って、なおも言葉を続けるラウをオレ以外誰も諫めようとしなかった。

 この場に全員集まっていようと、決定権はオレとラウにしかないと思っているのか……。


「あのお嬢ちゃんな。キミが正体を告げたらどっちに付くんやろうな?」


「……何を。そりゃオレの正体を知っていようが知らなかろうがアルべリアとは敵対するのは変わらないだろう?」


()()()()()とはな。人間と魔物やったらどうなんやろな?この世界にはアルべリア以外にも人間の国はある。そっちと戦争んなったらあのお嬢ちゃんが敵になる可能性がないって言いきれるんか?アルべリアにしてもどれくらいかは分からんけど人間は殺すで?それをあの人間のお嬢ちゃんがどないに思うんやろうな?」


「それは……」

 

 それは……分からない。

 ロッテの目の前で人間を殺したなら……ロッテもオレを化け物を見るような目で見るのだろうか……。

 オレのかつての家族が向けて来たような目で……。


「ま、そういうこっちゃ。どっちにしてもジークフリートと会う時にはバレるんや。それまではいらんトラブルは避けんか?今ごたつくのは……勘弁や」


 言葉を濁すオレににこやかにラウが優しく諭してくる。


 ……よく分かる。

 ラウは……オレの思考を誘導しているんだ。

 あえてオレがそれに気付くように、オレがラウの意見に反発するように……。

 どうしてそんな事をするのかは分からない。

 でも、それにあえて乗っかってやるのは……癪に障る。


「……そうだな。今はまだロッテ達にはオレの事は誤魔化しておこう。ロッテの人間や魔物に対する感情が分からない内は事を荒立てないのが得策だな。どうせすぐ片付く。ついでにそれもみんなに伝えておこうと思ってな」


 ラウが何考えてんのか分からないけど、勇者の情報が手に入った今遠慮する必要ないだろう。

 ジークフリートとの会談を待つ必要もない。

 先にアルべリアを始末した方が早い。

 それから会談をしても十分だ。

 何よりロッテに向けられてる暗殺者がウザイ。話はそれを止めてからだ。

 赤鱗はその後で調べればいい。

 



「……という事でオレ一人でアルべリア王都にひとっ走り行って仕事を片付けてくる。それで今回の一件は終いだ」


 オレの今後の計画をみんなに伝えると、誰もが皆一様に顔を引きつらせてしまった。

  

 バッチリだと思ったのに反応が薄い。

 最高の提案だと思ったのに……。


「……あのな。ボク、キミのそういうゲーム盤ごと駒をひっくり返すみたいなやり方どうかと思うで?」


「何でだ?やられたらやり返す。そのまんま返しだ。しかもそれで大体の問題は片が付く。最高じゃないか?」


「若様よ、それではワシ等の仕事がなくなるではないか……。ワシ等にも何か仕事はないもんかのう?」


 それもそうか。

 最近みんな退屈だったろうし。

 さて、どうするべきか……?


「あの、レイ様よろしいでしょうか?」


「どうしたんだい?ルナ。何かトラブルかい?」


 ルナは顔を引きつらせたままだが、それでも必死に平静を装いながら報告を上げてくれた。


 そんな変な事言ってないのに……。


「はい。現在ザクセン領は王都への資源の搬入を著しく制限しています。ジークフリートの最後の悪あがきといった所でしょうが、その効果は思いのほか高く……。どうやら王都の民は前代未聞の貧困のあえいでいるようです」


 そりゃそうだろう。

 エルロワーズの森から採れる燃料や鉱物を止めればそうなるのは当然目に見えている。

 とうとうジークフリートもアルべリアと本格的に戦争するつもりなんだろう。

 なんで攻めてくる相手に武器の材料や燃料、更には食料を譲らにゃならんのだ。

 ただで戦争は出来ない。金が大量にかかる。

 これで王都がザクセン領に勝ったとしても、王都もただですまない。

 疲弊しきった王都がザクセン領と戦争する為にさらに税を上げ、食料を買いたたく。

 普通の民なら不満を持って当然だ。

 そういった民の不満がいずれアルべリア自体を滅ぼすんだろうな。


「うん。それがどうかしたのかい?それなら猶更オレが王都に行けばそれでケリがつくだろう?」


「それが……王都側の行動も早く。先に視察名目で兵を三千ほどザクセン領に送り出したそうです。おそらく精鋭部隊の聖騎士ばかりだそうで……」


 ルナは、私には普通の人間との違いが分かりませんけれどと小さく後に続けた。

 

 略奪しに来たのか、ジークフリートを殺しに来たのか。 

 その精鋭ってのが野盗や山賊と変わらないのは間違いないのだろう。

 これじゃ会談までに戦争の口火が切られかねない。


「じゃぁ王都に行くついでにそれも掃除してから行くよ」


 ルナの口角がヒクッとさらに引きつってしまった。


「はぁ~。分かったわ。ほんならこうしよ?キミはジークフリートとの会談だけに集中や。王都へはボクが行くわ。今回キミは待機や」


 なんでラウが行くんだよ?

 それならオレが行っても一緒じゃないか。


「ボク等は転移陣から飛べるさかいすぐにでも行ける。キミ、どうやって行こうと思とったん?」


「そりゃそのままドラゴンの姿になって飛んでいくに決まっているだろう」


 そう。

 

 オレが提案したのは、オレがドラゴンの姿で王都に奇襲をかける作戦だ。

 なるべく一般市民に被害が出ないよう、王城辺りを半壊させればもう戦争どころじゃないだろう。

 そこで死人が出るのはしょうがない。

 それによって混乱した貴族や王族は、体勢を立て直すのに相当な月日と費用を必要とするはず。

 そんな状態じゃザクセン領に暗殺者を送り込む事も出来ない。

 我ながら名案だ。


「あのな……それでそのままエルロワーズの森に帰ってくるつもりか?そんなバカでかい魔力をまき散らしながら。エルロワーズの森がアルべリアに戦争仕掛けたって世界中に宣伝するつもりか?なんでこんな子になってもうたんや……」


 ……。


 名案だと思ったのに……。


「そうだ。帰りは魔力を消してコソッと帰ってくれば……」


「レイ。そんな事意味ないよ……。誰が聞いたってドラゴンがアルべリアを襲ったって聞いたらエルロワーズの森を連想するもん。初代エルロワーズやラウの伝承も残ってるだろうし……」


「あらあら♪よいではありませんか♪私はレイ様のお考えは素晴らしいと思いますよ♪」


「セシリーもアステアに賛成なのです!メアは腰抜けなのです!誰が来ても殺せばいいだけなのです!」


 う~ん。各々賛成意見と反対意見に割れてしまった。

 意見は参考になるけど兄弟喧嘩はさせたくないなぁ。


「それでや。ボクが王都に向かう言うてるんや。それなら今レイが言ったのと同じような事を王都でしてくるわ。それならええやろ?」


「う~ん。じゃぁ他はどうすんだよ?」


「それはキミが役割分担をさせたらええやん」


 オレ一人なら話が早いのに……。

 でもラウになら任せても大丈夫っちゃ大丈夫か。


「じゃぁ……ラウとルナは王都へ。クロムは北の聖域の守護。セシリーは赤鱗の牽制でエルロワーズの森で赤鱗狩りだ。メアはオレと一緒にジークフリートとの会談準備。アステアは三千の聖騎士の相手って事で。ミケは……コイナさんとお留守番だな」


 ラウの近くには情報収集に長けたルナがいれば問題ないだろう。

 もしこの機会に赤鱗が攻めて来たとしても、クロムの守りと戦闘に特化したセシリーが牽制していれば森の守りは大丈夫だ。

 人の心を読み、操れるメアにはジークフリートとの会談の手伝いをしてもらう。メアが付いていてくれれば、最悪ジークフリートが敵対してきてもメアに操らせて殺さないですむ。

 そうならない事を祈るが。

 問題はアステアの所だけれど、オレの眷族が三千くらいの聖騎士に負けるとも思わないが……無理なら空を飛べるアステアであれば無事逃げ切れるはず。

 ミケは……頑張れ……。


「アステア、少しでも身の危険を感じたらすぐ逃げるようにな?最悪ザクセン領が荒らされても見捨てて逃げるんだよ?」


「ふふふ♪ありがとうございます。けれどなんの問題もございません。必ずやレイ様の御期待に応えて見せます♪」


 アステアにだけ声を掛けたのがマズかった。

 ラウ以外の子達の視線が、アステアを突き刺さすみたいに見ちゃってるよ……。

 ミケまでジッとアステアを見てるし……ルナなんか表情が怖いから……。

 それなのに全く動じていない笑顔のアステアも怖いけど……。


「み、みんなも気を付けてな?何かしらトラブルがあったら必ず念話で知らせる事!身の危険を感じたらすぐに逃げる事!分かった?」


 全員がはーい!と元気に返事を返してくれた。

 みんなのその顔に、さっきまでアステアに向けていた険しさは消えていた。

 誰かを特別扱いしてるつもりはないけど、やっぱり難しいとも思う。


「まっそんなモンやろうな。なかなかええ配置とちゃうん?ほんならどうしよ?すぐ行動しよか?」


「そうだな。ラウ。具体的に会談の日取りはいつになってるんだ?」


 そこでふと疑問が出て来た。

 

 コイツどうやってジークフリートとやり取りしてるんだ?


「すぐ確認させるわ」


 確認させる?

 誰に?

 どうやって?


「ああ。向こうとの連絡はな、前はキュービにさせとったんやけど今は魔法でや」


 疑問に思っていたオレに気付いたラウが説明してくれた。

 どうやら最初は近くに縄張りを構えていたキュービにオウミとのやり取りをさせていたみたいだが、今は魔法を合図に定期的に連絡を取れるようにしているみたいだった。

 大方エリーゼ辺りがパイプ役をしているんだろう。

 同じ屋敷にいるのに面倒な事だ。


「じゃぁ向こうの都合がつき次第すぐに終わらせてしまおう。それまでは全員持ち場について待機だ。どこかしらでも動きがあったら即連絡。間に合わない場合は各自がその場で判断するように。ラウはすぐにでも王都に向かってくれ。以上!解散!」


 これで段取りは全て整った。

 後は全員が仕事を無事にこなすだけだ。


 そうしてオレは会議室を後にした。


















 


 


 


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