43
昨日の食事会は、ロッテにとってもとても楽しかったらしく、ひどく上機嫌だった。
あの後顔を赤らめながら、延々と暴言を吐かれた。
バカから始まり、最後はロリコン、変態で締めくくられる始末だ。
しかもそれを見ているエリーゼまでご満悦の表情だ。
みんなが幸せなら……オレが我慢するさ……。
遠い目で世界の心理を悟った一日だった。
それから夜の間は、ロッテの屋敷で護衛に就いたが、これもこれで面白い夜になった。
なにせ暗殺者が面白いように来るのだから。
夜な夜な屋敷に侵入しようとするヤツが八人。
黒装束に身を包んだ忍者みたいな連中。
これはチームで動いていたのだろう。
屋敷の四方からツーマンセルで、二人ずつ。それが四チーム。
暗殺者としては優秀かもしれないが、魔物であるオレにはただの人間と変わらなかった。
むしろ、ラウの侵入に気付けるオレには、あんなモノじゃ全然物足りないくらいだ。
まだオレの部屋に忍び込もうとするセシリーやルナの方が恐ろしいし、あれくらいならエリーゼの方がよほど優秀だと感じた。
そいつ等はリーダーっぽいヤツだけ生きたままエリーゼに引き渡して、後は全員首をはねてやった。
見せしめにしてはやり過ぎたかと思ったが、それ以外は特に何も思わなかった。
しいて言えば、血のりの掃除が大変だなぁくらいだ。
なので酔っ払いに扮して屋敷に潜り込もうとしたヤツは、首の骨を折る事にしといた。
これなら掃除が多少楽だろうと思ったからだ。
何かいい訳をしていたが、聞く気も起きなかった。
悪意に敏感なオレには、一般人に扮するなんて意味なかったし……。
我ながらイヤな特技を持ったモノだと、若干へこんだ夜だった……。
後は屋敷のメイドに化けたヤツとか、遠くから魔法を放とうとしたヤツ。
どいつもこいつも、本当にどこの大道芸人かと思ったくらいだった。
優秀そうなのは気絶させてエリーゼに引き渡したし、使えなさそうなのは取り合えず全員殺しておいた。
後始末はエリーゼが請け負ってくれるそうなので、気兼ねしなくてすんだのはラッキーだった。
まぁオレが思うに、オレに殺されたヤツはラッキーな部類だろう。
あのエリーゼの顔を見るに、捕まったヤツ等はこれから、生きたままどれだけの拷問が待ってるかと思うと気の毒で仕方がない。
所詮暗殺者の末路なんてそんなモノだろうけれど……。
早めに足を洗ったエリーゼが賢いとしか言いようがないな。
立ち居振る舞いからしても生粋の暗殺者というより、軍人上がりの暗殺者って感じだったから、水が合わなかったんだろう。
そんな訳で、普段のエリーゼの苦労がよく分かった夜だった。
普段はここまでひどくないと言っていたが、いくら何でも恨まれすぎだろホーエナウ家。
早朝、相変わらず誰も起きる前に、日課のトレーニングをしていると、庭師のじーさんに声を掛けられた。
ずいぶん力のコントロールが出来るようになったが、それでも庭の木の葉を散らしてしまっていたらしい。
スゴイ剣幕で怒られた。
素直に謝ると、以外にすんなり許してくれた。
この屋敷の使用人は、全てエリーゼが厳選しているので、新参のオレが怪しく見えたそうだ。
話してみると、以外に気さくで感じのいいじーさんだった。
ガラフのじじいや村にいた……なんて言ったか……そう。カインのおっさんとエライ違いだ。
「で、じーさんはこの屋敷に努めて長いのか?オレは昨日からだ。しばらくは世話になると思うからよろしくな?」
「ほっほっほっ。ワシは日雇いじゃよ。この屋敷にはたまにしかこん。それよりも昨夜の騒ぎはお前さんの仕業か?エライ騒々しかったが?」
昨夜?そんな騒々しかったか?
出来るだけ静かに仕事したはずだったんだけどな。
むしろ庭師のじーさんくらいじゃ、物音一つ気付かないくらい気配を消して動いていたはずなのに……。
「なんじゃ?ワシを怪しんでおるのか?心配せんでもエリーゼ様に働く許可を貰っておるよ。この屋敷にはな、それくらい気付けんと働いておれんよ」
好々爺とした表情の裏に、確かに鋭い気配を感じた。
言われてみればそうかもしれない。
毎晩あの数の暗殺者が襲ってくるんだ。
並みに神経じゃ働いていられない……か。
「うるさくしてすまなかったな。今度からはもう少し静かにするよ。今日からは安眠間違いなしだ♪」
気さくに言ったつもりだったが、どうやらじーさんを相当驚かせたらしい。
それでもオレを見て嬉しそうに笑ってくれた。
その気になれば、昨日の五倍は静かに仕事出来る自信もあったんだけどな。
「ほっほっほっ。あながちウソと思えんのが恐ろしいのう。しかしそんなに殺してどうする?そんなに人殺しが好きか?お若いの」
「はっ、まさか。襲われりゃ誰だって反撃するし、ただ殺されるのはゴメンだ。襲ってきたアイツ等だってその覚悟があって昨日襲ってきたんだろ?ならお互い仕事をこなしただけだ。オレは成功して、アイツ等は失敗した。それだけの事さ」
「そういうモンかの……。お若いのにはロッテお嬢様に対する忠義とかはないのか?」
「それこそ止めてくれ。オレはアイツを友達だと思ってるし、エリーゼだってそうさ。ただ友達が殺されそうだから守ってるだけだ。だから……ここだけの話……金も貰ってない……」
じーさんに顔を近づけて、ナイショ話のように聞かせると、さらにじーさんは嬉しそうに喜んだ。
「面白いヤツじゃのう。それだけの腕があればいくらでも金を積む貴族をワシは知っておるぞ。なんなら、この屋敷の情報や、ロッテお嬢様、エリーゼ様の首を持っていけば好きなだけ金が貰えるぞ?それでも友達とやらが大事か?」
「言っただろ?金は貰ってないって。あんまり金に興味ないんだ。……そうだな。しいていえば……ロッテには魔獣カリラを討伐した時に庇ってもらった恩があるからかな……」
足をガタガタさせながら悪態をつくロッテに、信用出来たというか……。
弱っちいくせにオレを心配するとか……。
自分が死んでいたかもしれないはずだったのに……。
とまぁそんな事をじーさんに言って聞かせた。
「それなら、その恩は昨夜でもう返したとは思わんのか?」
「どうだろうな……。魔獣の前に飛び出したロッテの覚悟を考えると、あんな連中が相手じゃ何万人相手にしても同じ恩を返したとは思えないけどな……」
「ほっほっほっ。一流の殺し屋達でも魔獣一匹にも足りんとは。えらく剛毅なモノじゃな!」
ロッテとカリラの戦闘力の差を考えると、オレが相手じゃアルべリアの軍でも足りないと思うだけなんだけど。
「まっ、その辺は追々返していくさ。それよりも……あれ。隠れてるつもりか?もう少し訓練させた方がいいぞ?じゃぁまたな。庭師のじーさん」
それだけ伝えて、後ろ手に手を振って屋敷の中に帰る事にした。
おそらくあれが……ジークフリートか。
中々面白いじーさんだったな……。
「ジークフリート様。大丈夫ですか?もう!こんな危険なマネしないでくださいよ。もう少しで殺されちゃうかと思いましたよ!」
明るい陽気な声と共に姿を現したのは、先程のレイよりも遥かに幼い年頃の茶髪の少年だった。
それはまるで初めからそこにいたように、音もなくいきなりスウッと姿を現した。
「何者なんですかね?ボクの事もずっと気が付いていましたよ。訓練しろとか失礼なヤツですよね!」
プンプンと怒る姿は、まさに幼い少年の態度そのものだった。
しかしその容姿に不釣り合いな、大きな青く輝く大剣を背中に背負っているにも関わらず、動きは俊敏さを極めていた。
「タウラスよ。あの少年とやり合ったならお主とあやつ、どちらが勝つ……?」
ジークフリートの問いに、タウラスと呼ばれた少年はさらに機嫌を損ねたのか、頬を膨らませながらなおも怒り出した。
「そんなのボクに決まってるじゃないですか!これでもボクは勇者なんですからね!あんな紛い物じゃなくて正真正銘の勇者!負ける訳がないじゃないですか!」
確かに……とも思う。
このタウラスはジークフリートが見つけた正真正銘の勇者。
このアルべリア王国にいる四人の勇者の内の一人なのだ。
この幼い容姿でさえただの仮初。
その存在自体は、はるか昔から確認されている。
その勇者が負ける訳ないと言う。
至極当然の考えだ。
さらにこのタウラスには背中に背負った聖剣アルデバランまで持たせている。
その勇者が負けるなどと言う者はこの国には一人もいないだろう。
いや、エリーゼの報告を聞くに、可愛い孫娘のロッテなら「レイが勝つわ!」と言ってのけそうだとも思う。
事実ジークフリート本人でさえも、もしかしたらそうなるのではないかとさえ思うのだから。
訳あって大金を払い、行動の自由を約束してようやく手に入れた駒。
もう少し早し早く手を打っておけば、可愛い娘や娘婿を殺されずに済んだのでは、と何度思ったか。
それゆえに自分の甘さに腹が立つ。
その手に入れた駒が、あのレイという少年の前では、何と頼りない事か。
それこそ聖剣と棒切れのようだ。
あれが孫娘の見つけてきた己の剣。
今だ、その剣は孫娘に忠誠を誓っていないと言うが、友達で恩があるから守っているとも言っていた。
それがジークフリートにはとても嬉しくもあり、信が置け、そして……羨ましくもあった。
あの子には貴族として領地を治める才はない。
これから自分のする事で、自分がいなくなった後、この領地に婿を取り、後を任せたならこの領地は今までのようにはいかないだろう。
自分のわがままを押し通せば、可愛い孫娘はまた一人になるかもしれない。
住むところもなく、身分もなくなるに違いない。
そんな辛い思いをあの子にさせるのか。
しかし……それでもエリーゼやあの少年を見ると、どのような結末になっても決して寂しい思いをする事はないと断言できる。
それこそが……そういった関係を築ける事がロッテの長所なのだろう。
だからこそ不憫でならない。
アルべリア王国は腐り切っている。
王族はもちろん、その周りの貴族など見ているだけで吐き気がする。
そんな自分が招いた厄災。
何度、国王に進言したか。どれだけ信用できる貴族と共に諫めてきたか。それさえも無視し、あまつさえ大切な孫娘を侮辱した王子を許す事が出来なかった。
もし、ジークフリートがもう少し我慢出来たなら、ロッテは小さいながらも己だけの幸せを見つける事が出来たのかもしれない。
家を捨て、自分だけの幸せを見つけられた息子のように。
しかしそのどれも最早手遅れ。
アルべリア王家は明らかに自分達を排除しようとしている。
これほどまで露骨に、暗殺者を差し向けられれば戦争を回避する事など出来ない。
向こうは知らぬ存ぜぬだろうが、こちらもただ黙って殺される訳にはいかない。
せめて一矢。一矢だけでも報いたい。
例えこれからの歴史の中で大罪人のレッテルを貼られようとも……。
ジークフリートの脳裏に先ほどの少年の言葉が蘇る。
「ただ殺されるのはゴメンだ。連中だってその覚悟があって襲ってきたんだ」
至極最もな意見だった。
ただ殺されてなるモノか。連中にもその覚悟を持たせるべきだ。
それでもその覚悟に、可愛い孫娘を付き合わせる訳にいかない。
この領地の民をむざむざ殺させる訳にいかない。
であればこそ、眠りの森の魔物との交渉を上手く結ぶ必要がある。
最悪孫娘だけでも森に逃がす事が出来たならば……。
しかしその心配も杞憂なのかとも思う。
あの少年……。
何者かは分からないが、彼がロッテについていてくれたならば……。
エリーゼの報告からも、エリーゼだけでなく、ロッテさえも彼には好感を持っているのが伝わった。
それは直接会ったジークフリート本人さえも同じだったのだから。
得も言われぬ安心感。
何かに引き寄せられるような感覚。
信じた事はないが、神という存在があるならば、その手に抱かれるとはあのような感覚を言うのだろうと感じた。
だからこそ恐ろしい。
タウラスは何も感じていないようだったが、あのような存在が勇者として認められている訳でもなく、魔族の魔王とも違う。
ただ突然にこの国に、この街に、ロッテの前に現れた。
なんの欲もなく、見返りも求めずただロッテを守る為だけに。
全てはあの御方の予言通りに……。
ジークフリートの背筋に嫌な汗が一筋流れる。
彼が味方であるうちならばそれでいい。
しかし、敵に回ったとしたならば……。
イヤな考えを振り払うように、頭を振った後、ジークフリートはタウラスに声を掛ける。
「さて、そろそろワシ等も行こうかの。あまり長いをして孫娘に見つかるとエライ事じゃ」
「はーい!」
元気に返事を返すタウラスと共に、ジークフリートは屋敷を去る。
去り際に屋敷を一目振り返り、願わくばあの少年が孫娘の幸せを守ってくれるようにと祈りながら……。
今はまだ誰にも悟られる訳にはいかない。
孫娘にも……このタウラスにも……あの少年にも……。
「ちょっとッ!あんたどこに行ってたのよッ!護衛なんだからちゃんとしなさいよッ!」
理不尽だ。
これが朝の挨拶だというのだから、納得がいかない。
昨夜から徹夜で働いた護衛にかける言葉じゃない。
同じくらい働いて、同じく寝ていないであろうエリーゼもロッテの横でニコニコとこちらを眺めている。
人間のエリーゼがよく体力が持つモノだとある意味感心する。
あの笑顔にも……。
さっきまで拷問とか、拷問とか、拷問とかしていただろうに……。
「トレーニングをしていたんだよ。これでも、護衛なんでね。それより外でお前のじーさんらしきヤツに会ったぞ」
タオルで汗を拭うオレの言葉に、二人が「コイツは何を言ってるのだ」とおかしな顔をしてあっけに取られていた。
「ううう、ウソでしょ!?おじい様がこんな所に来るなんて!?」
「中々できそうな護衛も連れていたし……オレを見に来ただけっぽっかったな。庭師に化けてたわ」
「「……」」
何事もない様にタオルを首にかけたまま、二人の横を通り過ぎると、ロッテに首のタオルを掴まれて、無理矢理引き留められた。
首、絞まるから……。
「おじい様の護衛って……あんた気付いたのッ!?」
「はぁ。まあな。大した事なかったぞ。もっと訓練しておけって言っとけよ。あれじゃジークフリートがここにいますよって言ってるようなモンだ。あんなヤツが隠れてたら、誰か要人がいるって一発でバレるからな。エリーゼの方がよっぽどマシだ」
気のない返事を返すとロッテが頭を抱えていた。
何が気に障ったんだ……?
「レイ。それは……おそらくタウラスです。アルべリアの勇者の一人、まさに国の至宝です。それをつかまえて訓練しておけなんて……」
あれが……勇者……。
なるほどな……あの程度が……勇者か……。
以前メアが体を乗っ取っていた勇者も偽物かと思っていたが、勇者とはあんな程度の能力で間違いないらしい……。
ならハクが殺されたってのは、おそらくほとんどが結界の維持で寿命が尽き欠けていたってだけだな……。
それならあの毒の沼地が放置されていたのも理解出来る。
ゾンビ化したハクを勇者でも手が付けられなくなっていたんだろう。
「あれが……勇者か……。他にもアルべリアには勇者がいるのか……?例えば……性格が最悪のヤツとか……」
「何であんたがそんな悪い顔してるのよ……。私はよく知らないけど、それは……多分……キャンサーね。キャンサーのアクベンス。会った事はないけど相当なクズだっておじい様が言ってたわ。勇者なんてみんなそうだって聞いているけど、キャンサーは特にクズだって。確か王家が囲ってるって言ってたわ。アンタ知ってんの?」
「さあ……どうだろうな……」
間違いないな。クロムを狙って赤鱗と組んでいたのは、キャンサーのアクベンスだ。
赤鱗と王家が繋がっている鍵は勇者か。
一度ラウに調べさせるか。
それにしても……これは思いがけない情報だった。
これなら強気で交渉できそうだ……。
ハクを殺す程の存在である勇者。それがまさかあの程度だなんて……。
これなら……
「……それよりも今日の予定は?出来ればクーロン商会に行きたいんだが」
「あ、あんた昨日会ったばかりじゃないッ!そんなに家が恋しいのッ!?」
なんで怒ってんだよ。
出来れば念話でなくて、直接話し合いたいのに。
「お嬢様。レイも昨日のアレではクーロン商会に依頼の報告も出来なかった事でしょうし。少しくらいなら……」
「実は今日クーロンに客が来るんだ。そいつに話があってな」
ラウに任せていたけれど、言い訳としては十分だ。
カインからも白蛇の情報が今日届くはず。
「そう。なら私も付いて行くわッ!」
「お、お嬢様!?」
「そう……だな。それがいいな。この屋敷、いくら何でも襲われすぎだ。なんなら当分クーロン商会にいたらいい。あそこならオレも護衛も楽だ」
クーロン商会ならオレの眷族の誰かは詰めているし、オレも自由に行動できる。
この屋敷にいるよりははるかに安全だ。
なによりロッテがクーロン商会にいるなんて、誰も想像できないだろう。
「い、いいの!?本当にいいの!?」
「あ、ああ。もちろんだ。衣食住もここと遜色ないくらいには用意できると思うぞ?なんなら毎日オレが食事を作ってるし」
「はぁ……これでもいくつかデコイのお屋敷を用意していたのですが……。あまり意味ないようですし、お言葉に甘えさせてもらいますか……」
まだデコイまで用意してあるのか?
どれだけ金持ってるんだよ……。
「私達としては願ったり叶ったりです。このセーフハウスももう使えそうにありませんし、クーロン商会なら警備も安心でしょう。昨夜ほどの襲撃は初めてです。今後もあれが続く様なら本格的に対策を立てなければ……」
陰鬱なエリーゼとは対照的に、ロッテは興奮した様子で喜んでいた。
変わり者のロッテにしてみれば、今一番勢いのある商会で暮らせるというのは自分の身の安全より大切な事のようだった。
それにしても……昨夜の襲撃は異常だってのか。
魔物を使っての暗殺が出来なくて、向こうも相当焦っていると受け取っていいのか……。
「じゃ、クーロン商会に向かうか。その前に……」
巾着から予備のキツネの面を二人にも渡しておいた。
せっかくセーフハウスから連れ出しても、行先がバレていては意味ない。
何が悲しくて、暗殺者の群れを家に引き連れていかなけばいけないのか。
面を着けていけば、顔も隠せるし、気配や魔力も探知されない。
「……イヤよ。こんなダサいお面を着けて外を歩くなんて。殺し屋に殺されるより、恥ずかしくて死ねるわ」
「お嬢様。命には代えられません。どれだけ恥ずかしかろうと私も我慢するんです。どうか我慢を……」
お前らがオレをどう思っていたのか、よーく分かったわ……。
それでも我慢してお面を二人に着けさせて、クーロン商会まで連れて行く事にした。
「なんや?また連日の顔合わせやな。今日はどないしたんや?カッコいいお面まで着けて」
クーロン商会の入り口で、お道化たようにラウがオレ達を出迎えてくれた。
朝早いというのに、相変わらずすでにクーロン商会は人でごった返していた。
それなのに商会の会長であるラウが、正面玄関でただ突っ立ている訳がないだろう。
どうせオレ達が来る事を事前に察知して、ふざけているだけだ。
皮肉なのか、本心なのか分からないような言葉で、感情を逆なでしてくる。
そんなラウにロッテもエリーゼもイライラした雰囲気を漂わせだした。
「今日から二人をクーロン商会で保護する。必要な物の手配はエリーゼから聞いて用意してくれ」
「了解や。ほな、部屋に案内しよか」
かなり強引な物言いかと思った提案も、思いのほかラウはあっさりと聞いてくれた。
頼んだオレが驚くくらいだ。二人もおそらく驚いたのだろう。オレをジッと眺めている。
すでに部屋の用意まで済んでいるという事は、どうやら昨夜の襲撃も、おそらくそれ以前からの襲撃も関知していたのだろう。
ルナやアステアがいればそれも当然か……。
「ご迷惑をおかけします。それで……大変申し上げにくいのですが……出来れば警護の為、屋敷の見取り図などをお貸しいただく事は……」
図々しい頼みだと思ったのだろう、エリーゼが言葉を濁していた。
普通に考えて、商会の見取り図を渡すなんて、盗みに入ってくれというのと変わらない。
それでもエリーゼにしてみれば、いざという時の脱出経路を確保しておかなければいけないし、警護には必須なのも分かる。
「ラウ。用意出来るか?」
「ええよ。なんならキミが直接案内したらええやん」
「よろしいのですかッ!?」
とんとん拍子に話が進んでいくので、さすがのエリーゼも声が裏返ってしまっていた。
かたやロッテはひどく興味がなさそうにしている。
マイペースなヤツだ。
「ええで。ええで。気にせんとき。そっちの都合もよう分かるわ。それにウチは警護もバッチリや。なーんも心配あらへん」
人混みをすり抜けるように建物の奥の居住区画に案内しながら、本当に何でもないような態度でラウはオレ達を案内していった。
しかし、この商会で暮らしていたオレは、その行先に疑問が出て来た。
行先が……オレ達の泊まっている区画じゃない……?
それは応接室のある方向。
まさかこれだけの広さで、二人を応接室に泊める訳でもあるまいし。
「ラウ、どこに向かってるんだ?方向が違わないか?」
「なんや?先に面会を済ますんやと思とったわ。もう着いとるで?」
誰が……とは言えなかった。
そういえば二人にはそんな言い訳をしていたんだった。
ロッテの屋敷の中の会話まで筒抜けだなんて。
こりゃうかつに会話も出来ないな……。
「私達の事は後でいいわ。あんたも用があって来たんでしょ?話が終わるまでどこかで待ってるわ」
「そうですね。ここまで協力して頂いて、これ以上迷惑はかけれませんし……」
そう言って人気のなくなった長い廊下の途中で、どこか待てる場所をラウに聞いているようだった。
ちなみに人気がなくなると同時に、二人はキツネの面をすぐに外していた。
よほどイヤだったらしい……。
「そんなら隣も応接室になっとるさかい、そこで待っとたらええ」
そう言ってラウは正面の応接室の隣の扉を指差して答えていた。
同じ造りの扉がいくつかある所を見ると、どれも同じような部屋の造りになっているのだろう。
普段応接室なんて使わないオレからしたら、その部屋の数にも驚かされた。
――バタンッ!!
まだラウがロッテ達を案内する前だというのに、オレの目の前の両開きの扉が勢いよく音を立てて開かれた。
何事かと全員がオレの方へ振り返ると……そこにはガラフのじじいに抱き着かれたオレがいた。
一瞬キョトンとしたと思ったら、その表情は徐々に、うわぁ~といった気持ち悪いモノを見てしまったという嫌悪感が溢れ出していた。
ラウは声を殺して大爆笑している。
「な、なんでガラフがここにいるんだ!?魔法陣の研究は!?」
「若!このじい、メア様からお話を聞いて、いてもたってもおられずこうしてはせ参じた所存であります!」
「おいおい。ガラフのじいさん。それじゃ坊主が驚くだろぉ。どうせ今からたっぷりと話をするんだ。さっさと始めようやぁ?」
「か、カイン!き、貴様!我らが村の恩人に対して何たる口の利き方!そこに直らんかッ!!ワシが今すぐ灰にしてくれるわ!!」
どうやらガラフは転移陣でクロムの聖域から飛んできたらしい。
これなら村にも転移陣を刻んでくれたらよかっただろうにと思ったが、その考えはすぐに捨てた。
エルロワーズの森にある村人がオウミのクーロン商会やクロムの聖域に飛ばれでもしたら厄介極まりなかったからだ。
おまけにスパイも混ざっているしな。
興奮して大騒ぎするガラフをなだめつつ、二人を部屋に押しやると、そこには顔色を変えたエリーゼの姿があった。
「今のは……『異端者』と『皆殺し』ですね。どうして二人がここに?彼らは眠りの森で暮らしていたはずです。言いにくいのですが……ホーエナウ家でもその動きを監視していました。納得出来る説明を聞かせていたたけますか?」
エリーゼの態度は、明らかに警戒の色を強め、すぐにでも行動を取れる用意を完了させていた。
どういった情報がエリーゼの下に届いているのかは分からないが、少なくともオレが村に行ってからは情報は制限させている。
あそこは確かアルべリアから逃げ出した奴隷や犯罪者で出来た村。
すぐそばにあるザクセン領が警戒するのも当然と言えば当然か。
しかし、ジークフリートはその存在を掴んでいながら、村人を捕らえる訳でもなく、村を滅ぼす行動もとっていない。
暗に見逃しているという事。
同じ情報を共有しているエリーゼも、敵対はしないだろうけれど、警戒がオレにまで向くのはよろしくない。
「……一緒に話を聞くか?」
「……そうさせてもらえるなら」
面倒な事になった。
なんとか口裏を合わせたいけれど、さっきの態度を見るとガラフのじじいが心配だ。
あのじじいは絶対空気とか読まない。
「ほな、こちらへどうぞ?」
再び扉を開けて、ラウがオレ達を応接室に招き入れた。
にやけた笑みで仰々しくお辞儀をしながら、ふざけた態度を崩さない。
まさに慇懃無礼といった態度で。
ガラフ達とエルロワーズの森との関係を、ロッテ達に知られるのはまだ早い。
オレはその場で頭を抱えたくなるのを我慢しながら、何事もないような態度で部屋の中に颯爽と足を踏み出した。