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店内は新しく出来た店らしく、清潔でピカピカだった。
赤で統一された店内は大きなテーブル席がいくつもあり、そのどれもが満席で埋まっていた。
まさしく高級中華といった感じだ。
現代日本でも、オレが行った事がないくらい高級そうな店だった……。
「ほなら、席に案内しよか?こっちや。ボクについてきたってや~」
あぁ~~~!!何でこんな事になってんだ!?
オレのプライベートな時間に何故アイツがいる!?
なんでアイツが席を案内してんだぁ?
「ほ、本当におかしな喋り方ね……?」
「異国の方なんでしょう……?ほら、髪の色もレイと同じで黒髪ですし……」
アンジーとエリーゼがコソコソと話している。
どうやら黒髪はアルべリアでは相当珍しいらしい。
確かにこの国に来てから黒髪を一度も見ていない。
ルナやメアがそうだったからオレも全く気にしていなかったが、確かに見た事がない。
「いいお店じゃない。あんたんとこのお店でしょ?気に入ったわ!」
ロッテは全く気にしていないらしい。
ホーエナウ家くらいになると、異国の要人との面識もあるんだろう。肌の色や髪の色くらいじゃビクともしていない。
多少の訛りもどうでもいいみたいだ。
その間もラウは、スタスタとホールを抜けて、奥に進んでいく。
客の喧騒を抜けて、奥の扉へ……。
アンジーもエリーゼもどこか緊張し始めている。
エリーゼにいたっては警戒心まで出し始めていた。
「ここや。ここ。今日はゆっくり楽しんでや☆」
連れて来られたのは九龍飯店のVIPルーム。
完全個室で、豪華な内装に彩られた超のつく程の特等席。
ロッテ以外の全員の顔があっけにとられる中、ラウは全員の椅子を引いて座る様もてなし始めた。
「あ、あの……こんな部屋予約していませんけど……何かの間違いじゃ……」
恐る恐るアンジーがラウに確認を取るが、ラウはその笑顔を一切崩さない。
アンジーにしてみれば、驚くのも無理はない話だ。
オレがおごると言って、VIPルームに案内されれば誰でも遠慮する。
自分はお金を払わないのだから……。
約一名まったく気にしていないお嬢様もいるけれど。
「ええねん。ええねん。ウチの可愛い息子がガールフレンドを連れて来たんや?こんくらいせな、恥かいてまうわ。あ~ちなみに初めまして。クーロン商会の会長をしとります。ラウ・ファンロン言います。今後ともよろしゅうに☆」
眩暈が止まらない……。
コイツ、オレを息子って紹介しやがった。
間違っていないけど、明らかに面白がっていやがる。
三人ともが驚きの表情で、オレを見ている。
だって明らかに年が合わないもんな。
「……オレの義父だ……。コイツに育てられた……。それ以外は……気にしなくていい……」
最悪だ……。ラウに下らない事を言われる前に自分から説明しておかないと……。
「あ、あんた!クーロン商会の跡継ぎなの!?なんで最初に言わないのよ!」
「……跡継ぎじゃない。それにオレはこの商会を継ぐ気もない」
これはラウが一人で作った物だ。オレにそれをどうこうするつもりもない。
「これは……驚きましたね……。これじゃ身請けに一体いくらかかるか……。イヤ?逆にクーロン商会ほどならホーエナウ家とすんなり婚約が出来るのでは……」
ブツブツと何やら恐ろしい事を言っているヤツがいる。
むしろ、まだ諦めてなかったのか……。
どんだけデカい商会だろうと、商人がホーエナウ家と婚約なんか出来る訳ないだろ……。
ちょっと考えれば分かるだろ……。
「れ、レイ君ってお金持ちだったんだ……。な、なんで冒険者なんかしてるの……?」
なんでアンジーもキラキラした目でオレを見る。
オレは金持ってないぞ。
「……いや、だから、オレはクーロン商会とは関係ないし……。いや、関係はあるんだけど……。とにかく!オレはクーロン商会とは関係ない!」
「なんや?反抗期かいな?困ったもんやで。なぁ?お姉ちゃんもそう思わへん?」
なんで普通にお前も席に着いてんだよ!?
早く仕事に戻れよ!
「んっ?私?私は別にいいと思うけど?アイツが何者だろうと私には関係ないわ」
お前もちょっとは興味持てよ!
さっきからメニューしか見てねぇじゃねーか!
……疲れる……。なんだこの状況は……。
失敗だった。やっぱり店は自分で選ぶべきだった……。
「レイもすいません。今日は疲れていたでしょうに……」
オレの顔色を見て、エリーゼが心配してくる。
大丈夫だ。オレの顔色が悪いのは依頼で疲れたからじゃない。
こいつ等のせいだ。
「あ、ああ。エリーゼが気にしなくていい。本当に疲れていないし、食事に来るのも楽しみだったから……」
これは本当。
実際みんなで外食なんてしたことがない。
家族はもちろん、ラウとだって。
大抵自炊だったし、こっちに来てからもみんなと食事に行っていない。
いつもオレが作っていたから。
「あ、あんた、外で御飯食べないの?」
「みんなと一緒にはな。大抵一人でだ」
「そ、そぅ。悪かったわね……。変な事聞いて……」
なんだ。やけにしおらしいな。もう酒でも飲んだのか?
「でもレイ君はクーロン商会でパーティーを組んでいたわよね?他のメンバーとはご飯を食べに行かないの?」
「みんな忙しいので。そうですね。たまにはみんなで御飯でも行きたいですね」
みんな目立つから……可愛すぎて。
行こうと思っても中々いけないんだよな。
クロムの聖域でさえ、みんな大人気なのに。
「まあまあ。先に料理だけでも持ってこさせよか?今日はボクのおごりや。ドンドン食べってってや」
いや、お前は早くどっか行けよ……。
何で普通に溶け込んでんだよ……。
「まずはコースで持ってこさせるさかい、他に好きなモンがあったらジャンジャン頼んでや」
「肉じゃが」
「……は?」
「肉じゃがだって言ったんだよ。好きなモン頼めって言ったじゃねぇーか。だから肉じゃがって言ったんだよ」
なんで驚いてんだよ。
好きなモン頼めって言ったじゃねぇーか。
「後、生ビールな。それから枝豆とタコわさ。だし巻き卵も一つな。あぁだし巻きはダシ多めで柔らかめな」
「……キミ店の雰囲気見て、中華料理やって気付かんかったん?」
「知らねーよ。そんくらい出せよ」
ケッ。さっさと出して見やがれ。
「……ちょっと待っててな……。今厨房に確認取るさかい……」
そう言ってようやくラウが席を離れた。
若干笑顔を引きつらせていたが……これでやっと落ち着ける。
三人はオレとラウのやり取りを唖然として見ていた。
「レイ君もおかしいのね。やっぱり親には甘えるのかしら」
「そうですね。レイにこんな一面があったなんて……。少し安心しました……。どれだけ凄くても、レイも年相応なんですね」
「……仲良くて良かったじゃない。以外だったわ。あんたがそんな顔するなんて」
ちなみにキツネも面は個室に入ってから付けていない。
それでオレの表情がよく見えるのだろう。
そんなにおかしかったかな……。
いつものオレ達のやり取りなんだけどな。
「先にお飲み物を持ってきたのじゃ。これは茅台酒と言ってな……」
店員が先に酒だけ持ってきた。
それは別にいい。
最高の高級酒だ。
だが、持ってきた店員が問題だ。
何故お前がここにいる!?
「く、クロム……さん……?」
「んっ?誰の事じゃそれは。ワシはただの店員じゃ。気にするでない。全く……おかしな事を言う若様じゃ」
若様って言いやがった!コイツ!
コイツも隠す気がねぇー。
いつもの着物じゃなくてキチンとチャイナドレスまで着ている。
大きなスリットの入ったチャイナドレスで大股に立ちながら、酒のビンを片手でぶら下げて持っていやがる。
やたら偉そうな態度で、終いには仁王立ちで腕組みまでしている。
スリットからはみ出した長い足が、やたらなまめかしい。
それでもオレ達に順にお酌する姿はウエイトレスというより、花魁そのままだった。
コイツでも職業病ってあるんだなって思った。
「こっちの娘は酒ではなくて、ジュースをやろう。これはなコーラと言ってな……」
ロッテに酒を注がなかったのは褒めてやる。
だが、しかし!あのニヤケ顔はマズイ。絶対楽しんでる。
「……おい!なんのマネだ。何企んでやがる?」
「おお!怖いのう。ウチはそういう店ではないんじゃがのう。若様がそこまで言うならワシもやぶさかではないしのう……」
オレが掴みかかっているのに、身をくねらせて、何故照れている?
そういうお店って何のつもりだ?
バカなのか?
そうなのか?
「で・て・い・け」
追い出しておいた。
酒はありがたくもらっておこう。
「すごい美人の店員さんだったわね……」
「ええ。あれもレイの知り合いなのですか?」
「知りません。あんな変態。断じて知りません」
「何これ!美味しいわね!シュワシュワってして甘いの!ちょっとあんたも飲んでみなさいよ!」
ソレハヨカッタデスネ……。
「……まぁ……それは置いといてですね。依頼の話なんですが……」
「あ、ああ。そうよ。結局何があったの?エリーゼが戻って来たと思ったら、レイ君の捜索依頼を出してくれって。もうスゴイ剣幕で……。お金ならいくらでも出すって言うんだもん……。ビックリしちゃったわ」
「それは……。まさかレイが無事で帰ってくると思わなかったので……」
「そうよ!何があったのよ!私全然覚えてないのよ!」
あんた酔っぱらってたからね……。
そりゃ覚えていないでしょうよ……。
「前菜を持ってきたのです!」
ブッフォ!
い、今の声……。
「前菜の五種盛りなのです!レイ様以外は勝手に食うのです!」
せ、せ、せ、セシリー?
な、な、な、何してんの……?
皿を乱暴にチャイナテーブルに置くと、セシリーがオレの胸に飛び込んできた。
よく見ればセシリーもチャイナ服を着て、頭には二つの大きな花の髪飾りを付けている。
小柄なセシリーだとチャイナ服が余計に可愛らしい。
どうやらあの髪飾りの中にケモミミを隠しているんだろう。
それもよく似合っている。
尻尾はどうなっているんだ?
「レイ様なのです!もうセシリーは寂しくて死にそうだったのです!」
「せ、せ、セシリー?何をしてるのかな……?どうしてここに……?」
「分からないのです!セシリーはただの店員なんで、難しい事は全く分からないのです!」
ラウの差し金かー。
アイツオレに仕返ししてやがる。
「ちょっと!あんた何してんのよ!?レイから離れなさいよ!」
ろ、ろ、ろ、ロッテ!?
ケンカ売るんじゃない!
殺されるぞ!
「ふふんっなのです!」
挑発的な笑みを浮かべてロッテを一瞥すると、それっきりセシリーはロッテの方をチラリとも見なかった。
そして今だにセシリーはオレの胸で甘えている。
くっ、可愛い!
可愛すぎる!
しかしこのままじゃマズイ。
誰がどう見てもおかしすぎるだろ!
『セシリー。オレは今、一応仕事中だから……明日、明日必ず構ってあげるから……ね?今は大人しく帰りなさい』
オレの念話でみるみるセシリーの顔が絶望の表情に変わっていく。
『セシリー。我慢出来へんのやったら交代させるで?』
ら、ラウ?ラウも念話で連絡してんのか。
「……分かったのです……」
名残惜しそうにセシリーが何度もオレに振り返りながらトボトボと部屋から出て行ってしまった……。
すまないセシリー。
つーか交代ってなんだよ!?
まだ誰かいんのか……。
『おい!ラウ!どうなってんだ!?』
『……』
クソッ!返事も返さない!
「い、今のもすごい可愛い子だったわね。でも、私どっかで見たような……」
アンジーはみんなと会った時の記憶がメアに消されてるんだったか。
「あ、あの子もクーロン商会の冒険者なんですよ。おかしいな~?アンジーも会ったんだけどな~」
「あんな可愛い子忘れる訳ないんだけど……」
「アンジーも忙しいですから。それか、よほど疲れていたんでしょう?」
ナイスだ!エリーゼ!
「ふん!どうでもいいわ!こんな浮気男!……ってこれも美味しいわね!ちょっと!エリーゼも食べて見なさいよ!」
浮気男ってなんだよ!オレは浮気なんかしてない!そもそも彼女がいない!
つーかロッテはどこにいても食ってばっかだな。
それでよく太らないな。
「……それよりも……話の続きなんですが……」
睨み付けるロッテの視線を躱して、話題を強引に引き戻す。
別に浮気男と責められるのを我慢出来なかった訳じゃない。
大切な話だから、情報を共有しなければと思っているだけだ。
誰かこの気持ちを共感してくれないかな……無理……なんだろうな……。
「……そうなんです……。実は昨夜オウミに戻る道中で、魔物の群れに襲われました。ハッキリとした数は分かりませんでしたが、相当の数だったのは間違いありません。……しかも明らかに私達を狙っていました……」
エリーゼが若干ロッテを諫めるように、話題に乗っかってきてくれた。
こういう所もなんかクロムに似てるんだよな……。
基本、仕事と気配りは出来るのに、どっか残念な所とか。
「……ふ~ん。それで?何か問題あったの?みんな助かったんだから、それでいいじゃない」
食い物以外にも興味持てよ……。
前菜一人で食っちまったじゃないか……。
「……それは……ホーエナウ家絡みってヤツかしら?それとも……」
アンジーの言いたい事もよく分かる。普通に考えたら、ホーエナウ家の令嬢であるロッテが狙われた可能性が高いと思うだろう。
でも……その視線はオレにも危険が迫っているのでは、と語りかけていた。
今売り出し中の、飛ぶ鳥を落とす勢いのクーロン商会。その会長を義父に持つ冒険者のオレも十分邪魔だと考える者がいるのでは……と。
中らずと雖も遠からずって、答えだった。実際はエルロワーズの森の三代目の主だから狙われるって線が濃厚だ。
それを調べられたなら……だけど。
「私はやはりお嬢様が狙われていたと思いました。どちらかと言われれば私、しいては抱えていたお嬢様に攻撃の意識が向いていたんです。どれだけ誤魔化そうとも、私はそう感じました」
元暗殺者のエリーゼがそう言うんだ。その勘はおそらく当たっている。
そしてオレの予想とも同じだ。
「……別にいつもの事じゃない。さすがにもう馴れっこよ。エリーゼとあんたがいるんだもん。別に心配していないわ」
豪胆と言うか……図太いと言うか……。
それだけ信用されているんだろうけど……。
「……お料理をお持ちしました……」
……やっぱり……。
フカヒレの姿煮込みと、エビのチリソースを持ってきたのはルナだった……。
こちらも大きなスリットの入ったチャイナドレスを着て、頭にはこれもまた髪飾りを着けている。
触覚を隠しているんだろう。
それでもその可愛さは全く隠しきれていなかったけれど……。
ルナは何も喋らないまま、黙々と給仕している。
セシリーの様に大騒ぎすると思ったのに……以外と期待外れだった。
何も知らなければ、ルナとオレが面識がある事に気付かないほど、完璧な仕事っぷりだ。
しかし仕事を終え、一礼して部屋を出る瞬間、ルナがオレを見てポロポロと涙を零すではないか。
美少女は涙を流しても美少女だった……。
その光景に一同が、口をアングリと開けながら驚いていると、ルナが泣きながら部屋を飛び出して去ってしまった……。
我慢……していたのか……?
セシリーのように空気をぶち壊すのもどうかと思うが、これはこれで質が悪い……。
むしろ罪悪感で心が一杯になった……。
『る、ルナ……?』
『はい。レイ様。どうしました?』
念話を入れると、先ほどの出来事がウソのように、平然とした返事が帰って来た。
……あれは見間違いだったのか……?それとも、夢だったとか……?
『……泣いているのかい……?』
『いいえ?レイ様の姿を一目でも見れたので、ルナは満足です。例え、私の念話に返事を返してもらえなくても、ずーとほっとかれてもルナはレイ様の姿を見れたので、元気が出ました』
『……』
わざと言ってるよね……。
確実にイヤミだよね……。
こっちの方が心をえぐられるわぁ……。
『今回の仕事が終わったらまた遊びに行こうな……?』
『はい!とても嬉しいです!期待しないで待っていますね!』
ヤバい。ヤバい。ヤバい。
確実に怒ってる……。
むしろ何に怒っているのか分からないのが一番怖い。
メアとラウは……ちゃんと説明してくれていないのか……。
「あんた……。顔が真っ青よ。まさか、今の子とも何かあるんじゃないでしょうね……?」
「な、何かってなんだよ……。あれは……」
「あれはレイの娘等やで……。お嬢ちゃん☆」
な、な、な、何で普通に席に座ってんだよ!?
し、心臓が飛び出るかと思ったじゃねーか!
また気配を消して入って来たな。
久しぶりに本当に驚いたオレを見て、ラウは満足そうに酒を飲んでいる。
誰もその気配に気付けなかったんだろう。
エリーゼなんて、ラウが言葉を発した瞬間、思わずロッテを庇う仕草までしていた。
「いつの間に座ってたんだよ!?」
「なんや?さっきからおったで?気付かんかったん?」
そう言ってカラになった酒瓶をプラプラと目の前で振ってみせた。
さっきからここで飲んでいたと言いたかったんだろう……。
それに気付いた全員が息を飲むのが分かった。
「それより、娘って何よ!?年が全然合わないじゃない!」
一番最初に我に返ったのはロッテだった。
すぐさまラウに詰め寄れる辺り、コイツも大物なのかもしれないと思った。
「実の娘ちゃうで?ボクと同じで、レイが引き取った子らや。この子底抜けに優しいもんやで……」
「……そ、そうなんだ……。ふ、ふ~ん。いい話じゃない……」
それだけ言うと、ロッテはそっぽを向いて新しい料理を食べ始めた。
心なしか顔が赤い気がしたけど……。
「へぇ~。クーロン商会は慈善活動にも力を入れているのね」
「感心しました。レイが素晴らしいのはラウさんの教育の賜物なんですね」
何だろう……。スゴイ勘違いが生まれ始めている気がする。
大方孤児を引き取って、育てているとか思ってるんだろう。
間違っていないけど、孤児達ではない。魔物なだけだ。
まんざらでもない顔をしているラウが余計に腹が立つ。
オレが優しいのはオレ個人の資質で、ラウは全く関係ないから。
「いやぁ~。ホンマあかんたれで困ってますわぁ~。フラフラと遊び回って、一族の仕事も手伝わんと、子供等を寂しがらせてばっかりで~」
あ~あ~あ~!!
何言ってんのか全く聞こえなーい!
つーか仕事はしていますぅ!
子供等の事は……言い返せないけど……。
「まぁまぁ。こんな子の事は放っておいて、どんどん食べてや?せっかくの料理が冷めてまうで?」
それからはどんどん料理が運ばれてきた。
アワビの姿煮。燕の巣のスープにフカヒレ入り蒸し餃子。
高級食材のオンパレードだ。
一度ミケが料理を運んで持ってきたが、笑顔を浮かべるだけで、一言も喋らなかった。
ミケのあんな笑顔を初めて見たが、その瞳は燃えるような真紅に染まっていた……。
メアが怖がっていたのがよく分かった。
あれは怖い……。怖すぎると言ってもいい……。笑顔なのが余計に恐怖を煽っている。
「ん~?どないしたんや。全然食が進んでへんで?何か悪いモンでも拾い食いしたんか?」
嬉しそうにラウがオレの顔色を窺ってくる。
本当にいい笑顔だ。
「……ああ。もうお腹一杯だ。この後の事を思うと胸焼けで吐きそうそうだ……」
「そら、あかんわぁ~。ほなしばらくウチで休んでいくか?」
何度も振り返るセシリーの後ろ姿、ハラハラと泣き出すルナの泣き顔、眠そうな顔をしながらも真っ赤に染まった瞳をしていたミケ。思い出すだけで気が狂いそうだ……。
本当に勘弁して欲しい……。
今子供達と会ったら、マジで立ち直れない……。
「ダメよ!そいつは私の護衛として雇うから!」
そういえば、そんな約束をしていたっけな……。
それが原因で今の状況があるといえるが……。
「それは聞いとるよ。でも、そないな話をするんやったら、本当の雇い主とも話をさせてもらわんとなぁ~?」
「何よ!?本当の雇い主って!?私が雇うって言ってんのよ!それの何が問題あるっていうのよ!?」
ラウの発言にロッテが噛み付く。
しかし、その話を聞いていたエリーゼもアンジーも、ラウの言いたい事がよく分かったのだろう。
「ジークフリート本人は今どこにおるん?直接話をさせてもらいたいわぁ~?」
ニヤケタ顔のままそうラウが切り出した。
今現在、ロッテには何の権限もない。
いくら大貴族の令嬢だからといって、オレを雇う金がある訳でもなければ、それをクーロン商会に押し通す権力がある訳でもない。
どれだけロッテがラウに噛み付いた所で、ホーエナウ家の家長であるジークフリートがダメだと言えば、それが叶う事はないだろう。
であれば、ラウがジークフリート本人とまず話をさせろと言うのは納得出来る話であった。
さらに言えば、このアルべリア王国とザクセン領のこの緊張状態の中で、クーロン商会がザクセン領を見限って、王都側に付く事まで考えられた。
それはザクセン領の経済にとって、どれほどのダメージになるか想像もつかない。
平時であれば何の支障もないだろう。
しかし、今はその平時ではない。
クーロン商会がザクセン領、しいてはジークフリートを見限るとなれば、他の大手商会まで一気にザクセン領から手を引く可能性が高い。
そうなればもう戦争どころの話ではない。
後はただ、ゆっくりと滅びるのを待つだけだ。
たかが、食事の席での世間話が、一転して恐ろしく高度な政治の話に変わってしまったのだ。
出席者は、ザクセン領、下手をしたらアルべリア王国一の商会であるクーロン商会の会長であるラウ・ファンロン。と、その義理の息子であるオレ。
かたや、アルべリア王国一の大貴族であるジークフリート・ホーエナウ公のたった一人の孫娘、ロッテ・ホーエナウ嬢。そしてその護衛で、ある程度の統治的な裁量を任されているエリーゼ・バルテルス。
冒険者ギルドからも受付嬢であるアンジー・フランクが出席している。
ラウは最初からそれを狙っていたのだろう。
この場で席に着いているメンバーの素性に気付いたこの食事会の発案者であるアンジーは顔を真っ青にしている。
ロッテとエリーゼは顔色こそ変わらなかったが、ジッとラウを見詰めたまま、その態度を急激に変化させた。
ただの町娘の姉妹から、貴族特有というべきか、独特の空気感を纏い始めた。
あれが貴族の戦闘形態だとオレは思った。
「……へぇ~?あなたのお父様ってこんな手も使うのね?面白いじゃない。ちょっとおじい様に似てるわ」
ロッテがオレに話かけてくるが、その口調はいつものロッテと同じようで、全く違うモノだった。
多少丁寧になっているが、傲慢で、不遜で、他者を見下すイヤなモノ。
これが貴族としてのロッテの姿なんだろう。
イヤ……こうやって貴族社会で自分の身を守ってきたんだろう。
それを知らなければ、ただの傲慢な貴族令嬢としてしか他人の目には映らないのだろう。
しかし、少しの時間ではあるが共に行動していたオレには、そのロッテの姿がひどく痛々しく見えた。
「お嬢様……。お言葉には気を付けられますよう……。この場では彼は、義理とはいえ、れっきとしたクーロン商会の嫡男ですので……」
エリーゼの言葉もひどく他人行儀なモノに変わってしまった。
「そう?まだ彼の名前を聞いていなかったから……つい。あなた、名前は?」
ロッテは貴族に溶け込めなくても無能ではない。
バカだけど……。
つまりロッテは今、この場でのオレの立ち位置を聞いているんだ。
オレは何者だと。
ロッテの護衛の冒険者なのか?それとも、クーロン商会の会長の息子なのか?それとも……。
「オレは……レイ・エルロワーズだ。その名前を知らなくても……気にするな。……それからラウも不意打ちみたいなマネするな。食事がマズくなる。オレは友人と食事しに来ただけだ。……頼む」
エルロワーズ。その名を名乗った事でラウがニッコリと微笑んだ。
他の三人は何の事かと、頭にクエスチョンマークを浮かべている。
アマミヤでもなく、ファンロンでもない、初めて聞く名前。
三人にしたら何の事か、サッパリ分からない話に違いない。
しかしそれは森の主として、この場に人間の友人と食事に来ただけだとラウに伝えた事になる。
そしてそれは、おそらく部屋の外にいる子供達にも聞こえた事だろう。
それはロッテに伝えたというより、この建物の中にいるであろうオレの眷族全員に宣言したという事。
これでラウを含む全ての眷族は、人間であるロッテ達に無粋なマネは一切しないはずだから……。
「まぁキミがその名を名乗るんやったらそれでええんやけどね。友人って事はつまり……ザクセン領、ジークフリートに味方するって受け取ってええんやね?」
「初めからそう言ってる。それはラウも賛成だと思っていたが……?」
「何言ってるのか分かんないけど、それはおじい様に会わせろって言ってるの?」
オレがラウにロッテ達を友人だと紹介した事で、ロッテも態度を崩したが、その警戒は解いていないらしい。
その視線は、猜疑心が浮かんでいた。
「そうや?なんか不都合でもあるんか?」
まるでイタズラを仕掛ける子供のように、嬉しそうにラウがロッテに尋ねている。
何だ?この違和感は?どうしてラウはそんな事を言い出すんだ?
ジークフリートとは近い内に会談をする予定だったはずだ。その前に会って何がしたいと言うんだ?
「たかが一商会の商人風情がえらい強気ね?商人程度がホーエナウ家の当主に簡単に会えると思ってるの!?」
「ふ~ん?エライ威勢がええやん。お嬢ちゃん。でも……その強気がいつまで持つんやろな?」
再び個室の空気が悪くなっていく。
はぁ~。
ため息が出る……。
よく分かった……。オレはもう……諦めた……。
こいつ等には何を言っても無駄だ。
先程より多少落ち着いていたアンジーも、また顔色を悪くしている。
もう青を通り越して、白くなっていると言ってもいい。
そんな憔悴しきったアンジーを哀れだと思う反面、オレはもう開き直る事に決めた。
せっかくみんなで食事に来たというのに……。
「……よく分かった……。もうお前らは好きにしろ。オレも好きにするから……」
そう言ってオレは、麻婆豆腐を追加で注文する事にした……。




