40
メアと二人、オウミの街に戻って大切な事を思い出した。
ロッテとエリーゼだ!
あの後二人が無事に街に戻ったのか確認しなければならない。
マズイ。マズイ。マズイ。非常にマズイ!
クーロン商会は取り合えず後回しだ。
メアには先に戻って貰って、みんなには念話だけ入れておくことにした。
オレが帰らないのに、メア一人だけクーロン商会に帰すのは非常に気まずかったが、今はそれどころではない。依頼が未達成の上、ジークフリートの孫であるロッテまで死んでしまっていたら、ザクセン領との交渉が大揉めになる可能性まである。
しかもジークフリートはコイナさんの祖父かもしれない。
出来れば交渉は穏便に済ませたい。
嫌がるメアに頼み込んで、何とかクーロン商会にいるみんなの説得を任せた。
涙目でイヤイヤと顔を横に振るメアに、オレのSっ気が刺激されたが、メアにしてみればまさに命に係わる一大事だったに違いない。
オレを連れて帰らなかった場合、確実にセシリーとルナはメアに詰め寄るだろう。
もしかしたら、そこにミケとアステアとコイナさんまで加わる可能性まである。
そこからさらにラウとクロムのイヤミ付きだ。
オレなら夜逃げするレベルだ。
メアが必死で抵抗するのもよく理解できる。
しかし、許せ。メア。
お母さんもそんな所には帰りたくない。
しかも、こっちはこっちでツンデレお嬢様と頭のおかしい護衛の相手もしなければいけないんだ。
どっちも地獄なんだ。
オレと一緒に地獄に落ちてくれ……。
頼む……。
ションボリしたメアがトボトボとクーロン商会に帰っていく。
その後ろ姿は哀愁が漂い、疲弊しきったサラリーマンのようにも見えたし、死刑台に向かう囚人のようにも見えた。
マジでゴメン……。
後でみんなにはオレから念話でフォローだけしておこう。
メアの命に係わるから……。
イヤ、マジで……。
取り合えず魔力探知は問題なく発動出来た。
ロッテとエリーゼの魔力は冒険者ギルドの中にあるみたいだ。
行きたくないが、行くしかないだろう。
取り合えずは二人の無事を喜ぶべきだしな。
冒険者ギルドの重い扉を開けるとそこはさながら戦場のようだった。
怒声が響き渡り、冒険者達が大騒ぎしている。
いつもと同じ光景のように見えるが、雰囲気がいつもと違う。
全員が金の話ばかりしているし、一つのカウンターに群がっているのだ。
こうも混みあっていると、ロッテとエリーゼのいるであろうカウンターに近づく事も出来やしない。
キツネの面をかぶり、近場にいる冒険者に事情を聞いてみた。
「すいません。この騒ぎは何なんですか?受付もできないのですが……」
「おう。にーちゃんも志願するのか?ホーエナウ家からの緊急依頼だってよ。金に糸目はつけねぇから参加したいヤツは誰でも参加していいってよ!」
ホーエナウ家が?
ロッテも依頼が終わってもいないってのに何を依頼するつもりだ?
しかも家名まで出して。
「捜索依頼だってよ。なんでも眠りの森で行方の分からなくなった冒険者を探すみてぇだ。どうせもぅ死んでるに決まってんのによ。見つかっても見つからなくても大金を出すってよ。へっ。物好きなこった」
そ、それって……。
「しかも、あの受付嬢のアンジーちゃんまで必死に冒険者に頼み込んでんだ。どんな野郎だってんだ。その幸せ者はよぅ」
「……」
聞かなかった事にしよう。
オレはあの時死んだんだ。そうだ。そうに違いない。
そういう事にしておこう。
かと言って今更クーロン商会に帰るのか?
そっちもすでにメアがオレの報告を済ませているだろう。
ラウのマジ怒りがオレの脳裏に映る……。
間違いなく殺されるな……オレ。
どうすっかなぁ~。
このまま自分探しの旅にでも出かけるか……。
みんながオレの存在を忘れるまで……。
ゆっくり元来た扉に手をかける。
置手紙は探さないで下さい、だ。
「ちょ、ちょっと!そこのあんた!待ちなさい!待ちなさいって言ってるのよ!誰か!そいつを捕まえて!!」
聞き覚えのあるワガママな声だ。
すぐにオレを見つけやがった。
気配も魔力も消えているはずなのに、大した才能だ。
立派なストーカーになれそうだ。
「早く!誰でもいいわ!その変なお面をかぶってるヤツよ!ってあんた!何逃げようとしてんのよ!?待ちなさいよ!」
待てと言われて、待つバカがどこにいる。
オレはもう旅に出るんだ!
探さないでくれ!
「あ、あんた!私を傷物にした責任を取りなさいよ!」
……。
「はぁ~~!!ちょっと待て!誰が誰を傷物にしたっていうんだ!説明してみろ!」
扉にかかっていた手を離し、向き直ってロッテに怒鳴りつける。
ロッテの発言にギルド中が静寂に包まれたが、すぐに喧騒を取り戻す。
むしろさっきより更に大騒ぎだ。中には怒声まで混ざっている。
それと同時に近くの冒険者がオレを取り押さえにくるが、誰がこんなヤツ等に捕まるか。
明らかに殺気が籠っているじゃないか。捕まったらどうなるか分かったモンじゃない。
冒険者達を上下左右にヒラヒラと躱していく。
中には捕獲というより、殴りかかってくる連中までいた。というか男の冒険者は、ほとんどそんな連中しかいなかった。
その光景を見つめているアンジーも、カウンターに座りながら呆れ顔だ。
その横に立つエリーゼなんて、冒険者を躱すオレの動きを見て号泣していやがる。
なんなんだ。一体。オレが何したって言うんだよ!?
なんでオレがこんな目に遭ってるんだ!?
冒険者全員が疲れてへたり込んだ所で、ようやくこのバカ騒ぎからオレも解放された。
賢そうな連中は、真っ先にオレを諦めて普通に依頼を受けているし、ギルド職員も途中からはオレ達を無視して通常業務に勤しんでいた。
今オレを捕まえる事で、冒険者達に報奨金が出るならば、逃げ切ったオレにも何かしらの御褒美があってもよさそうなモノだったが、そんな事を言える雰囲気でもなかった。
「……っで?今回の事の顛末を聞かせてもらえるのかしら?」
カウンターから出て来たアンジーが、腕組みしながらエリーゼとオレを見比べて聞いてきた。
「……レイ。生きて……生きているんですね。よかった……。本当によかった……。私はあなたに……何とお礼を言ったらいいのか……」
それで、エリーゼは泣いていたのか……。
普通の冒険者があの状況から生きて帰れるなんてあり得ないだろうし。
オレが二人の身代わりに、あの場に残って死んだと勘違いしていたに違いない。
確かにあの場ではそれが一番生存確率の高い作戦だと、オレもエリーゼも思っていた。
ただ、エリーゼの勘違いはオレの能力を過小評価し過ぎた事。
二人に見られさえしなければ、オレは一人でも悠々と敵を殲滅させられた。
「…………ぁりがと……」
……おんやぁ~~?
今何か聞こえた気がしましたけど?
「……ん~?よく聞こえませんね?ロッテお嬢様?もう一度聞こえるようにお願い出来ますか?」
「……だからぁ~!ありがと!って言ったのよ!!悪い!?なんか文句でもあんの!?」
はい。エリーゼさんここ泣くとこですよ。
いつもみたいに号泣するんでしょ?
「……お嬢様が……ハッキリ口に出してお礼を述べるなんて……」
今回は本当に驚いたらしい。
口をあんぐり開けて、ポカーンとしている。
「……はいはい。取り合えず依頼達成の報告だけでも終わらしちゃいましょ。話は……長くなりそうだから後でゆっくり聞かせてもらうわね?そうね……。今夜ご飯でも食べながら……どう?」
この冒険者がバタバタと倒れている状況でも、普通に仕事の話をするアンジーも職業病みたいなモンだ。
こういったプロフェッショナルな所はエリーゼと同じで、二人が気の合う理由だと納得出来た。
「いいですね。ちょうど依頼の報酬も手に入る所なんで、オレがおごりますよ。代わりと言っては何ですが、飛び切り美味しいお店を紹介して下さいね?」
安くて誰も受けない依頼だと言っても、金貨100枚は大金だ。
今後の付き合いも良好に保つため、アンジーにはよい印象を与えるに越した事はない。
「ホントに!?じゃぁ今から店を予約しておくわ!期待して待っててね。……何なら今日は早退しちゃおうかしら?これじゃ……仕事にならないだろうし?」
ギルドの中に倒れた冒険者の山を見て、アンジーが苦笑いを浮かべている。
ここまで疲弊して、依頼を受けたならそいつは大した冒険者だろうな……。
ならギルドの職員も今日はヒマになるだろう。
「……アンジー?それは四人でって事でいいんですよね?ま・さ・か・私達が数に入っていない……とは言わせませんよ?」
「あらっ?エリーゼも一緒に来たかったの?てっきり今回の依頼で文無しになったのかと思っていたわ?」
二人は気兼ねなく軽口を言い合える仲なんだろうな。
内容は軽口でも二人の笑顔が仲の良さを物語っている。
オレにはあんな相手、ラウしかいなかったから……。
「いいじゃない!私達も連れて行きなさいよ!そのお金だって元は私のお小遣いなんだから!私がおごるのと一緒じゃない!」
イヤ、その理屈はおかしいだろ。金貨100枚はオレが依頼をこなしたから貰えるお金であって……。
ギルドからオレに支払われた時点でオレの金なんですけど……。
「何よ!何か文句あんの!?」
「いえ……別に……」
どうせこの場で食事に誘ったって事は、最初から四人で行こうとアンジーが誘っているのと同じだ。
それを分かった上で、オレもおごると言ったのだから無意味な言い争いは止めておこう。
ロッテがオレに噛み付いている間も、エリーゼがアンジーに何か頼み事をしていたみたいだったが、オレには全部聞こえている。
食事の際のロッテへの対応だろう。
今日はホーエナウ家の令嬢ではなく、ロッテ個人として接して欲しい。
無礼なども気にしないでって話だ。
ロッテの性格からしてもその辺は気にしないだろうし、それが無理なら食事もなしにしなくてはいけない。
あり得ない頼みだけれど、オレとエリーゼが付いていれば、何の問題もないだろう。
「では、私達は一度お屋敷に帰りますか?レイはどうします?クーロン商会に報告とかしなくてもいいのですか?」
「……」
今は帰りにくいんだよな……。
さっきから念話もすごい勢いで入ってきてるし……。
やっぱ事情だけでも説明しに帰ろっかな……。
でも今帰ると絶対もう外に出して貰えないだろうし……。
悩むな~。
「あ、あんた!私の護衛でしょ!私から離れるとか!あり得ないから!!」
まっ。そうだよな。取り合えず約束した分は働くか。
ラウには依頼の延長があったって報告だけして、愚痴は聞き流しとくか。
「では、決まりね。こっちも夕方までに仕事終わらしとくわ」
アンジーに笑顔で別れを告げて、オレ達三人はオウミにあるホーエナウ家の別邸に向かう事にした。
『……という訳で少しこっちを探ってみようと思う』
『そないな事になっとったんか~。それはしゃーないはな。いや、勘違いしとってスマンかったわ』
ホーエナウ家の別邸は予想より小さかった。
それでも十分に大きかったが、大物貴族としては小さいほうだろう。
むしろクーロン商会の建物の方がよっぽど大きい。
というのも、本宅は別にある上、それ以外にもオウミやキョウの街にいくつもホーエナウ家所有の屋敷があるからだそうだ。。
この別邸はロッテが主に使っていて、エリーゼの信用出来る使用人しか雇われていない。
その為管理出来る大きさに大分制限があったらしい。
それでもロッテ一人が使うだけなら十分すぎる広さなのは間違いないけれど……。
外観、内装もエリーゼが選んだのだろう。
ゴテゴテとした派手さなどなく、さっぱりとした簡素な作りだ。
ロッテを守り易いかどうかだけを考えて設計されているように見える。調度品も襲撃された際に盾になりそうな物ばかりで、壁に掛かっている絵画でさえ、裏に魔法陣が仕込んであるという徹底ぶりだ。
今オレは、そんな屋敷の一室で一人くつろいでいる。
ロッテとエリーゼは、まずは疲れを取る為二人でお風呂に入りに行った。
そして……その間にオレは、ラウと念話で報告を交わしていた。
『それにしても……コイナがジークフリートの孫かもしれんっていうのは驚きやな。しかもアサギリの旦那がホーエナウ家の嫡男やったなんて……』
『……しかし今はその情報はオレとラウ、後は……クロムだけで共有しておこう。みんなにはハッキリしてからでも遅くない』
『せやね。みんなに言うた所でどうにもならんからな。むしろザクセン領とボク等が戦争になったら、コイナを傷付けるだけやしな』
『……そうだな。オレ達を襲った魔物が誰の差し金か分からないが、戦争になる可能性は十分に高い、とオレは思っている』
『ジークフリートがアルべリアを見限ったんやったら、アルべリアがそのお嬢さんを狙ったって事やろ?それとも、キミが森にいるのに気付いて赤鱗が襲わせたって可能性もあるな』
『……どうだろうな。オレの予想はロッテを狙っていたんだと思う……』
『……ほほう?なんでそない思たん?』
『連中の数と種類だ。ガルムにヘルハウンド。夜の狩りにはうってつけだが、オレを狙うには明らかに弱すぎる。あれじゃどれだけ数を集めても、オレには傷一つ付けられない。オレの強さが分からなかったとしても、クロムやハクを引き合いに出せばある程度予想出来たのに、だ』
『なるほどな。確かに弱すぎるな。なら人間のお嬢さんを狙ったって可能性の方が強そうや』
『ああ。あの結界といい、魔物の襲撃といい、ロッテが狙われていた可能性が高い』
オレの考えでは、魔力探知の鋭いロッテを結界で封じ、エリーゼの足に対抗する為ガルムとヘルハウンドを用意した。
それは……ロッテに魔法の才がある事に気付いていて、エリーゼが護衛についているのを知っている連中。森の赤鱗というより、王都にある学園に近い連中の仕業だろう。
それは――つまり、アルべリア王家。
結界を張って、あれだけの魔物を用意していたんだ。偶然襲われたとは思えない。
『もしそうならアルべリア王家が赤鱗、もしくはエルロワーズの森の魔物の誰かと繋がっていると思って間違いないだろう』
エルロワーズの森の魔物。それは赤鱗だろうと、それ以外の魔物だろうと人間のロッテを狙う動機がない。動機があるのは人間だけだ。
『イヤやなぁ~。また人間の戦争に巻き込まれるんか……』
かつて、人間と魔族の戦争に巻き込まれた事のあるラウにとっては、関わりたくない出来事なんだろう。
念話の声でさえ、その苛立たしさが伝わってくる。
『まぁそういうな。コイナさんの祖父で、オレ達と手を組みたいと言うならジークフリートを助けてもいいとオレは思っている。メリット的にも大きいしな?』
『それはそうやけどな~。納得いかんわ~』
『魔族と赤鱗の牽制は頼んだぞ。オレはしばらくロッテの傍で情報を集める。後、カインのおっさんがもうすぐオウミに着くころだろう?そっちも任せるから』
『ロッテねぇ~。まぁ了解や。こっちは上手くやっとくわ。でもまあ、そろそろあの子等に顔でも見せたげてや』
『……ああ。オレも会いたいと伝えておいてあげてくれ』
『へいへい』
『後な……ジークフリートから何か提案は来ていないか?例えば……人質とか……?』
『イヤ?聞いてへんよ。向こうからは冒険者が紹介状持って森に接触してきただけや。ほらっ。キミがオウミに入る時に使うたヤツや』
ラウも聞いてないのか。ならロッテの結婚は、ジークフリートの独断で決めただけだな。
こっちが了承してないなら気にしないでいいだろう。
『ああ。あれか。おおかたオレ達に首輪と鈴を付けたかっただけだろ?』
『せやね。あれ使ってオウミに入れば、交渉の意思ありって相手に伝わるしな』
『大分話が見えて来たな。後は全員にいつでも動けるように伝えといてくれ。オレ達は一応コイナさんとアサギリの縁でジークフリートとは敵対しない。ただし思考は柔軟にな。いざとなれば森を第一に行動しよう』
『そうやな。ほんなら情報収集はジークフリートと並行して王都にも手配しておくわ』
『頼んだ』
『了解や』
念話を切ると、そのまま紅茶に手をかける。
長い時間ラウと話していたせいか、冷めて香りも飛んでしまっている。
さて、これでクーロン商会の方は問題ないだろう。
後は……ロッテの護衛だけオレが受け持とう。
ラウには婚約の事もエリーゼがオレを身請けする話も伝えていない。
これ以上揉め事はたくさんだ。
ジークフリートも孫娘を人質に出すくらいだ。よほど切羽詰まっていると考えていいだろう。
これならいい取引が出来ると考えていい。
問題は……アルべリア王国、しいてはその王家が直接的な行動に出て来たって事だな。
戦争になるのも時間の問題だろう。
それも近い内に……。
太陽が沈んで、街が赤と紫に染まる頃、アンジーがオレ達に駆け寄って来た。
いつもの受付嬢の制服ではなく、私服に着替えて。
少しおめかしをしているのか、町娘といった服装というより、いいとこのお嬢さんって雰囲気の格好だった。
長めのスカートに白いブラウス、清楚でおしとやかな感じだ。
かたやエリーゼはいつもの動き易そうな服装のままだ。
どちらかというと冒険者に近い。おめかしより機能性なんだろう。
それでもパンツスタイルのエリーゼは、男装の麗人といった雰囲気だ。
シャキシャキと歩く姿勢がそれをより際立たせている。
ロッテは……町娘の格好だ。
エリーゼが目立せないようにチョイスしたんだろう。
もっと可愛い格好をしたいと文句を言っていたが、エリーゼもオレもそんな大した服装をしていないので、渋々我慢したみたいだ。
これで一人だけドレスとか着て来られたら、目立ってしょうがない。
そういえばロッテのドレス姿とかまだ見た事なかったな……。
別に見たくないけど……。
大きな噴水の前、ちょうど日の入りの時間。オレ達が着いてから五分も経たずにアンジーが到着したのをみると、それがアンジーとエリーゼのいつもの定番の待ち合わせなんだろう。
「ごめんなさい。待たせちゃったかしら?ロッテ嬢も……本当によろしかったのですか?」
「大丈夫ですよ。私達も今着いたところですから。それに……」
エリーゼがロッテの方を見ると、ロッテは嬉しそうに街をキョロキョロと見渡していた。
昼と夜では、オウミの街もその表情をガラリと変える。
それがロッテには珍しいのだろう。
昼間より人通りは少なくなったとはいえ、仕事終わりの大人達がこれから街に繰り出そうと、陽気に騒いでいる。
今日はどこに飲みに行こうか?あそこは美味かった。あそこはイマイチだ。
そんな声が聞こえてくる。
それはこのオウミの街がいかに栄えていて、住民が安心して暮らしているのか、ジークフリートの統治力の凄さをまざまざと物語っていた。
普通に考えて、大貴族の令嬢がお忍びとはいえ、こんな時間に街をうろつくなんてあり得ない話だ。
それでもエリーゼがロッテの外出を許可したのは、ひとえにロッテの婚約が近づいていると思っているからだろう。
せめて最後の時間を自由に過ごさせたいと……。
まぁ婚約とか断るけどね。
「な、何よ!今日はただのロッテなんだから!態度もそれに合わせてよね!」
この辺もエリーゼがアンジーに頼んでいた事だった。
ロッテもそれを了承している。かなり自由なお嬢様だと思ったが、そんなロッテの性格はオレも好ましく思う。
「では、向かいましょうか?すぐそこなんだけど……遠回りした方がいいかしら?」
ふふふ。と笑ってアンジーがロッテに気を使うが、「大丈夫ですよ」とエリーゼが苦笑して、ロッテにそっと耳打ちして先に進みだす。
エリーゼのロッテに対する態度も、ロッテ自身の性格もおおよそ貴族のそれとは思えなかった。
あれでは貴族社会に溶け込むのは難しいに違いない。だからこそ、学園でもロッテは浮いた存在だったんだろう。
しかしそれは、ロッテを育てたジークフリートの性格を表しているといっていい。
貴族らしからぬ貴族。
なるほど、アルべリア王家とジークフリートが揉める訳だ。
おまけに息子まで家を飛び出して、魔物と結婚する始末。
けれど、嫌いではない。その性格に好感さえ持てる。
頭のどこかで、ジークフリートと会うのが楽しみだと感じているオレがいる事をハッキリと認識した。
アンジーが新しく出来たと言っていた店は、クーロン商会のすぐ近くにあった。
すぐ目の前だといってもいい。
『九龍飯店』
店名を見て眩暈がした。
明らかにラウの店。
冷や汗が止まらない。
出来れば今すぐ帰りたい。
「やっぱり……まずかった?レイ君は嫌がるかな~って思ったんだけど……」
「い、いや、大丈夫ですよ?」
大丈夫だ!店を出しただけで、誰かが働いている訳がない。
みんな忙しいはずだろうし!
「ここ、最近クーロン商会が出したお店なんだけど、すごい評判で。全然予約取れなかったの。でも今日ダメ元で予約しに訪ねたら、何と!たまたま予約が取れちゃったのー!」
「へ、へぇ~。それはスゴイ偶然ですね?」
「そうなの!最初ダメだったんだけど、途中で目の細い男の人が出てきて、ええでぇ~って言ってくれて……」
「ず、ずいぶんおかしな喋り方をする店員がいたモノですね……」
動悸が止まらない……。
「そうなの!おかしな服を着て、おかしな喋り方をしてたわ。異国の人なのかしら?レイ君なら知ってるんじゃない?」
「いいえ!全く知りません!!」
全然心当たりない!そんなキツネ顔のおかしな関西弁のヤツなんて、オレは知らない!
「な、なによ!?いきなり大きい声出して!あんたもクーロン商会でしょ!」
「レイ?顔色が優れませんが?」
大丈夫だ。
落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。
「あんたさっきから何なのよ!さっさと行くわよ!」
ま、待て!まだ心の準備が……。
おいっ!先に行くな!
「いらっしゃ~い!」
「「「「…………」」」」
オレは頭を抱えた。
そこにはニヤケタ笑みを浮かべて、チャイナ服を着たラウが待っていたからだ。
言葉も動きも、まるで新婚さんを出迎える落語家さんのモノマネだ。
「へ、変な発音ね?何処の言葉かしら?」
「さ、さぁ私も聞いた事がありませんね……」
アンジーとエリーゼも困惑している。
それもそうだろう。
アイツの事はオレも理解出来ない。
言葉ではなく、行動がだ!
そそくさとオレ達に近づき、おもむろにみんなに握手を求めるラウをオレは止める事が出来なかった……。
「で、キミは……何しとんねん……?」
オレにだけ顔を密着する程近づけて、こっそり耳打ちしたラウの言葉が……耳から離れなかった……。




