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「気付いていたなら、声を掛けてくれればよかったのに。ねぇ?レイ」
「いや、まぁあの状況じゃ……無理だろ……」
光りの消えた暗闇の中にはいつもと変わらない優し気な笑みを浮かべるエリーゼの姿があった。
ずっとこちらを窺っていたのは知っていた。
どれだけ気配を消そうと、魔力を消そうとオレの探知なら誤魔化す事は不可能だ。
悪意が感じられなかったから、放っておいただけだ。
むしろ、ロッテのあの告白をエリーゼが隠れて聞いているのを知られるのは……さすがにロッテを傷付ける可能性があったから。
「レイと敵対する気はありませんよ。むしろ安心しています。あなたになら……いや、あなたであればこそ、お嬢様を任せられると……」
「この状態を見て言ってるのか?」
オレの腕の中には魔力を使い尽くして眠るロッテ姿があった。
穏やかな寝顔でこそあるが、疲れ切っているのかピクリとも動かない。
オレの魔力を取り込んでいなければ、死んでいてもおかしくない魔力枯渇症だ。
単純に今日だけ見れば、オレのせいで二度もロッテを死なせるような目に遭わせてしまった。
「ええ。その姿を見たからこそです。実に穏やかな寝顔です。あなたの腕の中で本当に幸せそうです」
見る者の心情によってその景色は違うモノになる。
オレから見るロッテの寝顔と、エリーゼから見るロッテの寝顔はまた違って見えているのだろう。
「……オレの傍にいる事でいつかこの子が死ぬとは考えないのか?今日もこれで二度目だ。……いつまでもこんな幸運が続くと思うなよ。いつか必ず死ぬ。それも近いうちにだ。だから……オレは今回の依頼が終わったらもう二度とロッテとは会わない。オレの近くじゃ……ロッテは生きられない」
「お嬢様なら大丈夫です。それに……レイなら必ずお嬢様を守ってくれると信じています。普通の冒険者ではお嬢様を守れないでしょうが……」
もう会わないと言っているのに、それでもエリーゼは柔らかな笑みのまま断言する。
「……レイはただの冒険者ではないでしょう?そういう……匂いですか?死を漂わせた冷たい匂い。私、敏感なんです。最初は腕利きの冒険者だからだと思いましたが、違いますよね?あまりに……匂いが強すぎです。百や二百ですまないほどの人間の死の匂いがしますよ?」
オレの中にいる一万以上の子供達の魂を言っているんだろう。
よくもまぁそこまで解るモノだと感心する。
つまり――それは、エリーゼもまたオレと似た匂いを漂わせる人殺しだという事だろう。
それも相当の数を殺している……異常者。
「だからこそ、オレはロッテと一緒にいる訳にはいかない。そんな人殺しの異常者と貴族のお嬢様が一緒にいられる訳ないだろう?」
真っ暗な闇の中、オレとエリーゼの声だけがエルロワーズの森に響いている。
「それを言ってしまったら、私もお嬢様と一緒にいられませんよ。それに、まともな人間ではお嬢様のお傍にはいられません。今までどれだけの暗殺者がお嬢様に送り込まれてきたか、レイには分からないでしょう?私も……レイも……その存在自体がお嬢様を危険に晒す存在なんです。けれど、私達のような存在でなければお嬢様を守れないのもまた確かなのです」
エリーゼはロッテを、ロッテだけを愛おし気に見つめている。
変わらず優しい姉のような目で……。
「幼少の頃はジークフリート様が……。私が仕えてからは私が……お嬢様をお守りしていました」
エリーゼはオレ達に歩み寄ると、ゆっくりしゃがみ、顔をロッテに近づけて優しくロッテの頬を撫でた。
それからは、オレというよりロッテに語りかけるように話を続けた。
「お嬢様には言っていませんが、私が上司を殴って半殺しにしたのは、お嬢様の暗殺の依頼でもめたからです。まぁ私も相当の深手を負わされましたが……相打ちってヤツです」
「よく今も生きているな?そんな事をした暗殺者は普通どこか遠くに逃げたり、どっかで殺されたりしてるモンだろ」
「その辺はジークフリート様が手を回されまして……。笑ってしまうでしょう?殺そうとした相手に拾われる暗殺者なんて……」
これだけの会話の最中もエリーゼは笑顔を崩さない。
どっかで親近感とか好感が持てたのは、エリーゼがオレの知っているヤツによく似ていたからだ。
ラウ……
「で、今のこの状況をそのジークフリート様にどう説明するんだ?お嬢様が魔法を使えるようになりました……とか?ますます暗殺者が増えそうだな」
落ちこぼれの令嬢だからこそ、ロッテは今まで生きてこられたんだろう。
ワガママで、気性が激しく、マナーもなっていないダメ貴族。
そんな貴族だからこそ、生かされる事を許されていたに違いない。
ロッテに取り入り、ザクセン領を乗っ取れる。
最初に行動に移したのが王族だっただけ。もしかしたら他の貴族は王族に遠慮して手を引いただけかもしれない。
それが、王子がバカをやらかして、婚約を破棄。ところがロッテが魔法を使えるようになった事で事態が大きく変わる。
いままで王族に遠慮していた貴族が、ロッテが魔法を使えるようになったならと取り入ろうとしてくる可能性が高い。
ザクセン領の利益だけでは王族を敵に回せないが、魔法の才をもつロッテまで付いてくるなら十分すぎる。
なら、他の貴族が取り入る前に殺してしまえばいいと、王族辺りは考えてもおかしくない。
今までは高齢のジークフリートが死ぬのを待って、後は無能な令嬢のロッテを追いやればいいと思っていた王族も、魔法の使えるロッテが有力貴族とくっつくのを恐れ始めるだろう。
「何も……何も報告はしないでしょう……。私がお仕えしているのはあくまでロッテお嬢様ですから……。お嬢様が魔法が使えようとどうなろうとやる事は変わりません。私はただお嬢様を守るだけ……」
やはりラウとよく似ている。
今エリーゼがロッテに向けている眼差しをオレはよくラウに向けられていた。
「そのお嬢様が眠っている姿。あなたには普通に見えるでしょう?けれど、私には……とても……とても久し振りなんですよ?」
このロッテの寝顔が……?
普通に寝ている――と思う。
寝息を立てて穏やかだ。
喋らなければ相当可愛いとも思う……。
喋らなければ……。
「お嬢様が学園に通われてからはずっと、そんな寝顔をされた事がありません。お嬢様が自分で言っていたでしょう?泣きたくなった時もあったと……」
言っていた。
毅然とした態度で言っていたから、それほど深刻だとは思わなかっただけで。
「お嬢様はずっと夜に泣いていました。毎晩、声を殺して、誰にも気づかれないように……枕に顔を埋めて……。私にも気付かれないように……です……」
「……」
「……婚約の破棄があった時は……見ていられませんでした。どれほどお嬢様の心が傷付いたか……。どれほど私が相手を殺しに行こうと思ったか……」
話ながら、歯を食いしばり、怒りを抑えきれない様子でエリーゼが殺意を漏らす。
それはかつてエリーゼがどれほどの暗殺者であったかを知らしめるには十分な殺気だった。
「けれど……あなたの昨日の言葉で私も目が覚めました。あれは幸運な出来事だったのだと私も思いました。あの出来事のおかげでお嬢様はあなたと出会う事が出来たのだから。これ以上の幸運は……この世界中を探してもそうはないでしょう」
「でも、もう婚約者は決まっているんだろう?オレの考えでは、ジークフリートはアルべリア王国を見限って、眠りの森と手を結ぼうとしている。違うか?」
「ですから!あなたにも私と共に、お嬢様の眠りの森への輿入れに付いてきてもらいたいのです!私とあなたならお嬢様を必ず守り切れます!いかに邪龍とはいえ、手を結んだ相手なら簡単には殺さないでしょう。所詮は政略結婚、人質です。ドラゴンと人間がまともな夫婦になり、子を持つ事はないはずです。ならばあなたとお嬢様が森で静かに暮らしていけばいいではないですか!お嬢様はあなたの事を……」
エリーゼが必死の形相でオレに懇願してくるが、それは……あまりにも……
「あまりに不誠実だな。オレに対しても……そのドラゴンに対しても……。オレ達の気持ちは無視か?」
「……そう……ですね……。レイの言うとおりです。しかし、政略結婚とは元々そういうモノでしょう?それに……あなたも……お嬢様を思ってくれていると感じていました……。気付いていますか……?……あなたのお嬢様を見詰める目。とても……優しいですよ……?」
バカな!オレはエルロワーズの森の三代目のヌシだ!
オレは元人間だが、今はれっきとした魔物だ!そんなオレが人間なんかに惹かれる訳がない!
ありえない!
「……勘違いだな。オレは……人間なんか好きにならない。今までも……そして、これからもそんな事はあり得ない……」
オレ達の出会いはこれきりだ。
この依頼が終わったら、オレは森に帰る。
嫁も取らない。
大切な家族なら……もういる。
「つまり今回の依頼はロッテの輿入れに対する護衛を選抜する為、そしてその人物の人柄を見る為だった訳か?」
「……そうです。どうしてもお嬢様が自分の目で見ると言って聞かなくて……。それでも、まさかこんな結果になり、これほどお嬢様があなたに惹かれるとは思いませんでしたが……。あなたを紹介してくれたアンジーに感謝です……」
「オレの契約はカリラを討伐するまでだ。その後の事はオレは関知しない。言ったら悪いが、その邪龍とやらはロッテの輿入れを知っているのか?オレにはそれがどうしても信じられない。魔物が人間を受け入れるなんて……」
「詳しくは私も聞いていません……。しかしその為にジークフリート様が動かれているのは確かです。ジークフリート様はお嬢様の婚約破棄の一件で、完全にアルべリア王国を見限られました。最悪、王都とザクセン領は戦争になるでしょう。それはお嬢様の一件がなかったとしても、起こり得る未来だったのです。力を持ちすぎたジークフリート様は王族に相当疎まれていましたから。それを防ぐ為のお嬢様の結婚だったのです。それを一方的に向こうが破棄してきた以上、もはや戦争は避けられないでしょう」
エリーゼはその場に座り直し、改めて現在の状況をしっかりと説明してくれた。
「戦争になれば、ザクセン領は負けるでしょう。ほぼ間違いなく。そして、ジークフリート様とロッテお嬢様がいなくなった後のザクセン領には、王族の息のかかった人間が治める事になります。もしかしたら王族自身が来るかもしれません。例えばあのバカな第二王子とかがね。そうなれば、次は眠りの森が戦争の舞台です。今まではジークフリート様が治めていたからこそ、大きな争いもなく共存できていたのです。それがなくなればどれほど不利益か、森の主なら必ず分かるはずだと。賢い相手なら必ずこちらの要求を呑むはずだとおしゃっていました」
「……」
言ってる事は正しい。
こちらにも利益はあるし、ザクセン領にも利益はデカいだろう。
大物貴族の考えそうな内容だ。
しかし……。
「その為の生贄がロッテか?今度はロッテの気持ちを無視か?」
「……それは……お嬢様も納得されていました。それが貴族の務めだと。民の安全の為なら自分一人の犠牲でいいと……。それに……殺される訳でもないですし……あなたとも出会えました。あなたがお嬢様の傍にいれば邪龍の妻となってもお嬢様は笑って暮らせるはずです!どうか!どうかこの通りです!お嬢様についていてあげて下さい!」
聞けば聞くほどヒドイ話だった。
人間の身勝手さが招いた、自業自得の話だ。
そのためにオレを犠牲にして、ロッテを犠牲にして、おそらくエリーゼ自身も犠牲になって……。
それで、一体何を守るというのだ。
巻き込まれるエルロワーズの森はいい迷惑だ。
ザクセン領も王都も、どちらも滅ぼされるとは思わないのだろうか。
「頭を上げてくれ。エリーゼ。そんな事に意味はない。そもそも眠りの森が人間自体を裏切るとは思わないのか?そんな形だけの夫婦。オレが邪龍なら、浮気しているロッテも、その相手であるオレも殺すけどな」
「それを防ぐためにジークフリート様は今ある事を調べていらっしゃいます。お嬢様の安全も、護衛である私達の安全も保障できるように」
そんなモノがある訳ない。
オレ達にとって人間を殺すのにその程度の利益では全く意味がない。
ザクセン領と王都が戦争してくれるというなら大歓迎だ。
ラウ辺りは小躍りして喜ぶだろう。
オレ達は弱り切った両者を漁夫の利で滅ぼせばいいだけだ。
「今ジークフリート様はある強力な魔物を探されています。その魔物は北の守護者と呼ばれる魔物の眷族らしく、眠りの森のヌシとも面識があるそうです。その……これは言いにくいのですが……」
今の話……オレ達が調べている内容の答えだ。
それは……おそらく……白い巨大な蛇の魔物。
そして……もっとも重要な情報。
その魔物はラウとも面識があるクロムの眷族。
クロムの眷族は聖域からここ百年は誰も出ていない。
たった一人……コイナさんの母親であるアサギリを除いて……。
考え込んだエリーゼは言葉を選び、順を追って説明してくれた。
「……その前に……ロッテ様とジークフリート様のホーエナウ家の話をさせて下さい。……そもそもジークフリート様には二人のお子様がいらっしゃいました。嫡男シュテファン様とロッテ様の母上であるエルザ様です。お二人は大変年が離れられており、互いに面識もありませんでした。シュテファン様はジークフリート様が十八の頃に出来たお子様で、エルザ様はジークフリート様が四十三歳の時のお子様です。もちろん母親の違う腹違いの御兄弟です。そのお二人もシュテファン様は二十歳になられた時に、エルザ様はロッテお嬢様を生んですぐに暗殺されました」
それがアサギリの話と、しいてはエルロワーズの森とどう関係があるのか全く分からなかった。
結局ホーエナウ家はロッテとジークフリートの二人しか直系の血筋が残っていないというだけの話だろう。
「……という話になっていますが、実は……シュテファン様は生きていらっしゃいました。このザクセン領では有名な話ですが、シュテファン様は家を捨てられ密かに森で暮らしていらっしゃったそうです」
ま、まさか……。そんな……。
オレの思考がグルグル回る。
なんとも言えない複雑な感情。
その話が繋がる接点がアサギリだとすると……。
「……白い大蛇と共に……」
コイナさんの父親は人間だと言っていた。
であればやはり、コイナさんの父親はジークフリートの息子であるシュテファンに間違いない。
「巷では、やはり人の口に戸は立てられないようで、シュテファン様の事は噂になっていました。まさか領主の嫡男であるシュテファン様が、眠りの森で身分を捨て生きているなど噂にならないはずがありませんから……」
つまり、ロッテとコイナさんは従妹同士で、コイナさんの祖父はジークフリートって事になる。
それが本当なら、オレはジークフリートを見捨てられない。
コイナさんや他のみんなの意見もあるだろうが、それでも知ってしまった以上コイナさんの祖父を見殺しには……出来ない……。
「……つまり……その大蛇に橋渡しを頼むって事……か……?」
「そうです。シュテファン様にとりなしてもらえば必ず、邪龍との交渉も不利には働かないはずです。その……言い方はおかしいですが、シュテファン様と白蛇はまるで夫婦のようであったと報告がありましたから……」
それは、『ようであった』ではなく実際に夫婦だったんだ。
コイナさんという子供もいる。
「二人に……その……子供がいたという事は……?連絡は取れたのか……?」
「……二人……?ああ。シュテファン様と白蛇の事ですか?まさか……そんな……魔物と人間の間に子供なんて……。第一その子供は人間ですか?魔物ですか?そんな……子供なんて……あり得ません。それから……シュテファン様とは……ずっと……連絡は取れていません……」
アサギリを一人と呼ぶ事に抵抗があったのだろう。
そんなエリーゼの、コイナさんへ対する物言いにも多少の不快感を覚えたが、今は何とか我慢は出来た。
どうやらコイナさんの事はジークフリートも知らないらしい。
そして今だアサギリを探しているという事は……二人が人間に殺された事も知らないのだろう……。
「……二人がもう死んでいる可能性は……?」
「……ま、まさか……」
ギョッとした顔でオレを見つめるが、その可能性もあると思い至ったのか、考え込んでしまった。
「白蛇と連絡が取れないとなると、この話自体リスクが大きすぎると思うが……」
「で、あれば……選択肢は一つですね……。いざという時はお嬢様を連れて逃げて下さい。あなたなら、お嬢様一人くらい守って暮らせるでしょう。邪龍の嫁になって、戦争に巻き込まれるくらいなら、シュテファン様のように家を捨てて暮らした方がお嬢様にとって幸せでしょう」
「オレがそれを断る可能性は考えないのか?オレは一応クーロン商会のお抱え冒険者なんだ。そんなに簡単に国を捨てて逃げ回れない。そんな事をすれば王国からもクーロン商会からも追ってが差し向けられてもおかしくない」
単なるハッタリだ。
けれど断る口実としてはこれ以上ない。
「……実は……あなたが街を飛び越えるのをお嬢様と見ていました……。おかしなお面を着けた人間が城壁を魔法で飛び越えているとお嬢様が仰って……」
アステアを助ける為、ハクの聖域に向かった時だ。
まさかあれを見られているなんて……。
ロッテの魔法の才能じゃ確かにオレを見つけても不思議じゃない。
おまけに元暗殺者のエリーゼも一緒だ。
冒険者にだけ気を付けていたのが仇になった。
「……別に責めてるんじゃないんです。あの時はあれがレイだなんて思いもしなかったですから。しかし、あれだけの事が出来る者が、王国の追手程度を恐れているのが不思議なんです。あの能力があればお嬢様を連れても簡単に逃げられると思いまして……」
それは……オレがロッテを拒否する為に、言い訳しているとエリーゼが思ったからなのだろう。
遠回しにオレがロッテを振ったと……。
だからなのか、それ以上は辛そうな顔をするだけで、あの時の事には触れてこなかった。
「……やはり、お嬢様の事は好きになれませんか……?実はもう恋人や許嫁。その……奥さんがいるとか……?」
「いや、結婚もしていないし……恋人もいない……。しかし……大切な家族は……いる……」
「……そうですか……。レイはお嬢様に少なからず好意を持っているモノとばかり思っていました。……すいません。私の早とちりで、レイにおかしな事ばかり頼んでしまいましたね」
「いや、気にしてない。それより二人はこれからどうするつもりなんだ?」
少しだけ胸が痛んだ。
それはきっと罪悪感がそうさせるんだと必死に思い込んだ。
そうに……決まっているのだから……。
「そう……ですね……。出来る事ならレイにはこのまま一緒にいてもらいたいのですが……。せめてお嬢様の輿入れまでは……」
それは……ロッテが辛いだけじゃないのか……。
ロッテがオレに好意を寄せてくれているのはバカなオレでも気付いている。
そんなオレがロッテの結婚式まで傍にいるというのは……。
というか、オレが結婚を受け入れなければいいだけの話か。
「分かった。クーロン商会がどう言うかは分からないが、出来るだけロッテの傍で、ロッテを守ろう」
ほとんど言い訳に近いが、クーロン商会をだしに使わせてもらった。
ラウに言えば間違いなく許可してくれる。
けれど逃げ道は作っておくべきだろう。
何よりロッテの傍にいれば、間接的にジークフリートとも接触できる可能性がある。
コイナさんの祖父の可能性が限りなく高いジークフリートだ。一方的に敵対する事だけはなくなった。
アルべリア王国と敵対するというなら手を結んでもいいとさえ思う。
例えラウやクロムが反対したとしても……。
「ほ、本当ですか!?本当にお嬢様のお傍にいてくれるのですか!?」
興奮した様子でエリーゼが迫ってくるが、少し勘違いをしているみたいだ。
「で、出来るだけな?どれくらい一緒にいれるかは分からないが、それでいいのならだ」
それを聞いたエリーゼは顎に手を当てて考え込んでしまった。
「……いくらです……?」
「んっ?何がだ?」
エリーゼの唐突な質問に思わず聞き返してしまった。
「いくらならあなたをクーロン商会から買えます?っと聞いているんです。あなたが決められないなら私が直接クーロン商会に行って話をつけましょう。なんならジークフリート様からも依頼してもらいます。お金も私の貯金で足りないならジークフリート様のホーエナウ家に言って出して貰います」
そ、そう来るか。
確かにクーロン商会に所属している限り、クーロン商会を通して指名されたら断れない。
いくら積まれてもオレは手放せないとラウが言った所で、ザクセン領の領主であるジークフリートが言えばオウミにあるクーロン商会は潰されるだろう。
エルロワーズの森と近い、このザクセン領にあるオレ達の拠点が潰されるのは非常にマズイ。
今はまだ、だが、それでも転移陣まで刻んであるオウミの拠点を失うのは非常に痛い。
それに、もしかしたら……というか、確実にラウは他にもクーロン商会の支店をザクセン領に作っているはずだ。
エリーゼの誘いを断ったらならば……それらも全て潰される。
オレの考えに気付いたのか、エリーゼはオレの弱点を見つけたとばかりにイヤらしい笑みを作った。
……表情に出し過ぎた。
「そうですね。それが一番手っ取り早かったですね。本来そういった事はジークフリート様もロッテお嬢様も大変嫌がりますが、私の権限で勝手にやった事にしてしまいましょう」
本来ザクセン領では人身の売買を禁止している。
アルべリア王国の法律では許されているが、ここザクセン領では禁止されている。
エリーゼはそれが言いたいんだろう。
「後は既成事実だけです。長く仕えていればその内お嬢様に情も出てくるでしょう。そうなったらあなたの性格からして、あっさり見捨てるなんて事は出来ないはずです。これは我ながら素晴らしい案ですね!」
オレの表情を的確に読んでいるんだろう。
この真っ暗な暗闇の中で大したモノだ。さすが元暗殺者なだけはある。
弱点を見つけたなら正確にそこだけを攻撃してきやがる。
「ま、待ってくれ!オレがホーエナウ家と、しいてはロッテと契約するとは限らないだろう?」
「ですから、クーロン商会とあなたとの契約そのものを買い取りましょう。雇い主が変わるだけでレイには一切不利益は発生させませんよ。それにこれはレイの問題というより、クーロン商会とホーエナウ家の取引です。言い方は悪いですけど、雇われの身であるレイに決定権はないのでは?」
グウの音もでない。
オレを買い取るのではなく、オレとクーロン商会との契約そのものを買われると言われれば、オレは何も言えなくなってしまう。
本来そんな契約、当たり前だがオレとラウには取り交わしていない。
しかし、クーロン商会お抱え冒険者として活動していたオレにとって、そんな契約自体していませんとは口が裂けても言えない。
オレがロッテに仕えるか、クーロン商会の拠点と今までのオレの冒険者としての実績を失うのと、どちらか天秤にかけなければいけない。
どっちも痛手が大きすぎる。
「……分かった。しばらくはロッテの傍に仕えると約束する。その間の金もいらない。だから契約を買い取るのも、クーロン商会を潰すのも少し待ってくれ。考える時間が欲しい」
「まぁ今はそれでいいでしょう。その間に心変わりもありますしね。ただしお嬢様がレイを諦める事はないと断言できます。見ましたか?先ほどのお嬢様の目。顔を真っ赤にされて、レイを見るあの目。恥ずかしながら見ていた私も胸がドキドキしてしまいました」
魔法を放つ直前のロッテか……。
確かに……あれは……可愛かった……。
魔法が暴走するかと思ってあの時は必死だったが、思い出すとオレも……恥ずかしい……。
「あんな可愛らしい、素直なお嬢様を私は見た事がありません。あれで落ちない男などいないと断言できます。レイもお嬢様の手を取って抱きしめたりしていましたよね?まぁせいぜい頑張って抵抗してください。どこまで持つか楽しみにしていますよ。レイ」
知っていたけど、あれを全部見られていたと思うと顔から火が出そうだ。
恥ずかしすぎて死にそうだ。
何故、交渉の立場が逆転した?
いつの間にオレがやり込められた?
おかしい!
どう考えてのおかしい!
取り合えずしばらくはロッテとエリーゼに付き合わざる得ないだろう。
どっちにしろジークフリートやコイナさんの事もある。
当分は付き合う振りをして、考えをまとめるしかない。
気がかりなのはラウだけではなく、眷族の誰とも念話が通じない事だ。
全員に何かあったとは考えにくい。
なら、何かしらの手段で念話を妨害されている可能性があると見て間違いないだろう。
そんな事が可能なのかは分からないが、現に起きている以上は楽観視は出来ない。
オウミの街に戻るまで何もなければいいが……。




