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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
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 昨日エリーゼと話をした後、あれからずいぶん考えた。

 エリーゼの事。ロッテの事。ジークフリートの事。

 結局結論は何も出なかった。


 結婚を申し込まれているのなら、何故オレに話がこない?

 ラウか?またアイツのバカなイタズラなのか?

 それとも本当に知らないのか?

 ラウがジークフリートの情報を探っているのにウソをついているとも思えない。


 どちらにせよ昨日ラウに念話が通じなかった以上結論はでない。

 それに他にも気になる事がある。

 

 おかしいと思ってたんだ。

 結婚前の貴族が、いや、結婚していたとしても貴族の令嬢が、冒険者と一緒にエルロワーズの森に入るなんて依頼書を出している事自体が異常だ。余程の事情があるに違いない。

 素材もいらないし、報酬も自分のお小遣いから捻出していると言っていた。

 で、あればこの依頼にジークフリートが関わっているとも思えない。

 狙いはオレというより、何か別の事。

 第一この依頼を選んだのはオレの自由意思だ。

 オレに接触する事が目的とは思えない。

 むしろアンジーは依頼を引き受けないように止めてまできた。

 なんだ?

 みんなの思惑が読めない。


「ちょっとッ!何ぼさっとしてるのよッ!さっさと出発するわよッ!」


 ロッテの威勢の良い声で現実に引き戻される。

 

 口は悪いがコイツも苦労してんだなー、と思うと何故か許してやりたくなる。


「何こっち見てんのよッ!気持ち悪いわねッ!こっち見ないでよッ!変態ッ!」


 前言撤回。

 やっぱりムカつく。


「すいません。レイ。あれでもお嬢様なりの朝の挨拶のつもりなんです」


 あんな朝の挨拶がある訳ねぇ~だろ~が!!

 

「……おはようございます」


 口ではちゃんと挨拶を返しておく。

 

 相変わらずエルロワーズの森の天気はいい。

 雲一つない晴天だ。

 これなら今日の移動も難なく進むに違いない。


「早くしなさいよッ!グズッ!いつまで待たせるのよッ!ホンット、ダメキツネねッ!」


 オレの顔はキツネ顔じゃねー!

 このお面も趣味でかぶってる訳でもねー!


「はは。今日もお嬢様は上機嫌ですね。相当レイの事が気に入っているみたいですね」


 あれで!?


「……では先を急ぎましょうか……」


 取り合えずオレ達はカリラの討伐に向かう事にした。






 昨日よりは幾分かマシな道を選んで進んでみたが、遠回りになっているにも関わらず、二人のペースも早くなっている気がする。

 エリーゼの荷物が多少減ったからなのか。

 それとも二人が山道に慣れたからなのか。


 昔セシリーとルナとクロムの聖域に向かった時も同じように感じた事があった。

 オレの予感が正しければ原因はオレしかない。

 どうなってんだ?一体。


「……どうやらこの辺りがカリラの生息場所のようですけど……」


 そこは苔の生えた岩が多くある薄暗い岩場だった。

 所々に水溜まりが出来ており、少し風も湿り気を含んでいる。

 ロッテとエリーゼにしてみれば、魔獣の生息地という事で不気味に見えているんだろう。

 緊張で身体がこわばっているのがよく分かる。

 しかしオレにしてみれば、これはこれで中々素敵な光景だと感じる。

 薄暗くとも木漏れ日は差し込んでくるし、その光りを受けて苔の生えた岩肌がキラキラと輝いている。

 同じモノを見ていても、見る者の心境一つによって感想が変わるのも仕方がないのかもしれない。


「ここからは二人は安全な所で隠れていてください。出来るだけ離れていてくれると助かります」


「何言ってんのよッ!本当にあんたが魔獣を倒せるか確認できる距離じゃないと意味ないじゃないッ!」


 勘弁してくれ。


 思わず頭を抱えたくなる。

 素直に足手纏いだと告げようか?

 それとも、カリラを見つけ次第即殺すしかないか。

 出来れば二人を連れて行きたくない。


「お嬢様はあなたが心配なんですよ。いざとなればすぐに私が助けに向かえるように……目が届いて、すぐに向かえるくらい傍で見守っていたいんだと思いますよ?」


「エリーゼッ!!何言ってんのよッ!そんなんじゃないからッ!私は雇い主として……」


「はいはい。分かりました。では、そこの岩陰から見ていて下さい。――絶対に!ぜーったいに出て来ないように!!」


 二人のやり取りを遮る様に、強めに念押ししておく。

 

 たった一日の付き合いだが、ロッテの性格は大体理解した。

 今ここで無理矢理押さえつけても必ず反発してくる。

 ロッテが一度言い出した事はエリーゼが諫めようとも聞きゃしない。

 現にテントと寝袋は取られてしまったし。


 あげると言ったのはオレだけど。


「分かりましたね?約束ですよ!」


「……分かったわよ」


「エリーゼ。お嬢様をお願いします」


「頼まれるまでもありません。レイもお気を付けて」


 さて、魔力探知をかけると、どうやらカリラと思しき魔獣はゆっくりこちらに向かってきているみたいだ。

 こちらが風下。気配も魔力も完全に消している。

 カリラはまだこちらに気付いていないだろう。

 ゆっくり腰からロングソードを抜く。

 出かける前に街中にある武器屋で買った安物のロングソードだ。

 どうせ今回の依頼でしか使わないのだから出来るだけ安いヤツにした。

 使い捨てにする剣に大金を掛けたくなかったからだ。

 というより冒険者で稼いだ金はほとんど使ってしまって残っていなかったから……。

 最早何に使ったかも覚えていない。

 くだらない事に使ったという事だけは……残念ながら覚えている……。




 岩陰に沿って、静かに、素早く行動する。

 カリラまでは直線距離で五メートルほど。


 最初に一撃で首を叩き落とす。


 そんなイメージを頭の中でシュミレートしながら、ゆっくりと息を吐き出す。


「……ふぅー」


 三メートル程離れた岩陰から出て来たのは、七メートルはありそうな大きな黒いトカゲ。

 顔や手足、胴体はマスクや鎧のように、鈍い金色をした金属のようなモノに覆われている。

 それでも黒い鱗が剥き出しの部分も多くあり、そこを狙えばこのロングソードでも、オレの技術であれば首を断ち切れると思っていた。


 長い舌をチロチロと出し入れしながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 ズシンズシンと響く足音は、水溜まりに波紋を生む。

 

 まだこちらには気付かれていない。


 一歩。また一歩。


 全力で飛び出せばすぐにでもかたが付く。

 しかしロッテとエリーゼが見ている今、あまり全力は出したくない。

 ほどほどの力で首を落とす。


 十分距離が詰まった事を確認して、行動に移す。

 身をひるがえすようにカリラに側面に飛び出ると、そのままカリラの前足を踏み台にして、狙いの首の真上に向かって身体を逆さまにして飛び上がる。

 

 ゆっくりスローモーションのような時間の中、空中を飛ぶオレの頭の上をカリラの首が通過する。

 そのまま一気に空中で体勢を戻して、真下に剣を振り下ろした。




 しかし、オレの持っていたロングソードは、カリラの首に到達する前に空中でボロボロになって折れてしまった。


「――ちぃ!ナマクラかよ!」


 自分で安物を買った事も忘れて、ロングソードに文句を言う。


 明らかに自業自得だった。

 貧乏な自分が悔やまれる。


 そのままカリラの頭を踏み台に、再び地面に飛び降りる。

 手には折れてしまったロングソードが。

 手加減したオレの力でもロングソードの方が耐えきれなかったみたいだ。


 さすがにカリラもオレに気付いてバックステップでオレから距離を取ってくる。

 オレに視線を合わせたまま、攻撃態勢に入っている。


 どうするか……? 

 『牙』や『爪』を出す訳にもいかないし……素手で殺す訳にもいかない……。

 金をケチって安物を購入した自分のバカさ加減がイヤになる。

 後、残念な金の使い方しか出来ない自分も……。


 そんな一瞬の思考が最悪の事態を引き起こす。


「ちょっとッ!バカトカゲッ!どこ見てんのよッ!あんたの相手はこっちよッ!」


 はぁ!?あのバカ女!なんで出て来た!?


 そこにはエリーゼの制止を振り切って、岩陰から飛び出してきたロッテの姿があった。

 

「あんたも早く逃げなさいよッ!そんな剣で戦える訳ないでしょッ!」


 オレの剣が折れたのを見て飛び出してきたのか!?

 バカか!?

 声が震えてるじゃねーか!


「エリーゼッ!!何してる!!早くそのじゃじゃ馬を引っ込ませろ!!」


 時間にして一秒もたっていなかっただろう。


 返事を返しながら、すでに飛び出しているエリーゼがロッテに駆け寄っていく。

 しかしロッテに振り向いていたカリラの頭から、ロッテに向かってカリラの長い舌が飛ぶように襲い掛かっている。 


 エリーゼの足じゃ間に合わない!


 ひどく時間がゆっくりに感じられた。

 エリーゼの走る姿も、カリラの舌も、ロッテの震える足も、全てがスローモーションに見えた。

 その全てがスローに見える世界で、オレはまるで瞬間移動のようなスピードでロッテの身体の前に庇い立つ。

 この身体になって初めて全力で走ったかもしれない。

 それほどの速さだった。


 カリラの舌を躱す事は出来ない。

 躱せば後ろに立つロッテに当たる可能性があったから。


 正確にロッテの顔面に向かってきたカリラの舌は、庇ったオレの顔面に直撃した。

 ダメージは全くなかったが、ラウお手製のキツネの面はその衝撃で飛ばされていく。

 指輪だけを装備したオレの魔力は、大体エルロワーズの森の魔物達と同じくらい。

 面が取れた事で指輪だけになったオレの魔力を、魔獣カリムも突然探知出来るようになったのだろう。

 オレの身体から漏れだす魔力を感じ取ったカリムは、驚き怯え、オレ達から逃げようと一目散に後方に走り出す。


「逃がすかよ!」


 手を前に突き出して人差し指を下から上に持ち上げる。

 狙いは走るカリラに足元の水溜まり。

 イメージするのは氷の槍。


「貫き――凍れ!」

 

 オレの指に反応するように、走るカリラの足元の水溜まりが黒い氷に変わり、ツララのようにカリラの身体を下から突き上げる。

 カリラの身体を貫通した黒い氷は、そのままカリラの身体を空中に浮かせ、氷漬けに拘束していく。

 氷で身体を貫通するだけのダメージを負ったにも関わらず、なおもカリラは身体をよじらせて氷の柱から逃げ出そうともがいている。  

 

「さすがにしぶとい!」


 そのまま上に向いていた人差し指をクルリと反転させ、カリラに向かって真っすぐに指差す。

 イメージするのはイカズチの弾丸。


「打ち抜き――焼き尽くせ!」


 指先からバチッ!バチッ!と静電気のように放出されるそれはまさに黒い死の結晶のようだった。

 

 バチンッッ!!


 まるで空気を平手で叩いたような乾いた音と共に、大気に黒い閃光が走る。

 その黒い光りは不規則な動きをしながらも、もがくカリラに真っ直ぐ向かい――そのまま直撃する。


 ……ッドゴォォォーーーン……!!


 一瞬の閃光の後、落雷のような音を立てカリラはその身体を消し炭のように変えた。 

 オレとカリラの間には、まだ黒い静電気がパチパチと音を立てて放電している。

 消し炭のようになってしまったカリラは、その身体からシューシューと煙を放ち、ピクリとも動かなくなっている。

 辺りには肉の焼け焦げた匂いと、死臭が漂っていた。


 ……さすがにあれは……素材としては売れそうにないな……。






 パシンッ!!


 オレの魔法を放った時の音より、軽く高い音が後ろから響いた。


「何を考えているんです!?レイに言われていたでしょう!絶対に出てくるなと!」


 エリーゼの悲鳴のような絶叫が森に木霊(こだま)した。

 追い付いたエリーゼがロッテの頬を平手で打ったようだった。

 そのエリーゼの悲痛な表情は溢れる涙を堪えているようで、その肩を震わせて今にも泣きださんばかりだった。


 エリーゼの気持ちはよく分かる。あの時ロッテは死んでいても全くおかしくなかった。

 もしそうなっていたら、飛び出すロッテを止められなかったエリーゼは一生後悔するだろう。

 その不安や恐怖は今のエリーゼの表情を見ていればよく理解できた。


 しかし――それでも、ロッテは真っ直ぐにエリーゼの瞳から目を逸らさなかった。

 赤く腫れた頬を抑えもせず、しっかりと両足で立ち、真っ直ぐエリーゼに向き合っている。


「私はッ!あのまま死んでも後悔しないわッ!あのバカキツネが殺されちゃうかもしれない状況なら私は何度でも助けに行くわよッ!」


「お、お嬢様!?何を……」


「アイツは私を強いって言ってくれたわッ!同情でもなく、憐れみでもなく、自分で立ち上がる力があるって言ってくれたッ!なら、私はまだ貴族として生きられるッ!そんな事を言ってくれた相手が死にそうになったなら私は身体を張って助けに行くわよッ!それが貴族でしょッ!」


 どうやら昨日の夜のオレ達の話を聞いていたみたいだ。


 まぁ起きているとは思っていたが……。


「で、でも……死んでしまったら……」


「死んでも構わないわッ!貴族としての矜持もッ!誇りもッ!全て失って生きるくらいなら死んだ方がマシよッ!」


「……お嬢様……」


 ガスッ!


「いっったいわねーーッ!!何すんのよッ!!……ってあんたその顔……」


 後ろから頭にチョップしてやった。

 何故かロッテがオレの顔をマジマジと見つめている。

 誰か知り合いにでも似てるのか?


「死んでも構わないなんて言うな。くだらないプライドなんて捨てちまえ。生きてりゃきっといい事ある」


 昔クロムにも似たような事言ったな~。

 こんなじゃじゃ馬、敬語で話すのもバカらしくなってきた。


「……はぁッ!?だからッ!私はプライドを捨ててまで生きたくないって言ってんのよッ!あんたがこんなに強いって知ってたらあんなマネしなかったわよッ!!」 


「オレが強い、強くないは関係ない。お前がバカな行動をした事にオレもエリーゼも怒ってるんだ」


「別に私が自分の命をどう扱おうと私の勝手でしょッ!!」


 ガスッ!!


 二度目のチョップをしてやった。


「いっったいっわねぇ~~ッ!!何すんのよッ!?」


 ガスッ!!!

  

 三度目。


「言って分からないから身体に教えてるんだ。そのセリフ。エリーゼの顔を見ても同じ事が言えるか?お前のくだらないプライドとエリーゼ。どっちが大切だ?」


「……こっんのッ、バカ…………ガラスッ!痛いって言ってるでしょッ!!」


「……レイ……」


 エリーゼが大粒の涙を流して、オレ達のやり取りを見守っている。


「お前が死んだら悲しむヤツがいるんだろ?よく見て見ろ。よく考えてみろ。なんでオレとエリーゼが怒っているのか。お前は何が一番大切なんだ?」


「……でも……私は貴族よッ!命よりもプライドの方が大切よッ!私にこれ以上恥をかいて生きろって言うのッ!?」


「それはエリーゼよりもか?プライドとエリーゼどっちが大切かを聞いている。プライドと命じゃない」


「そんなのエリーゼに決まってるでしょッ!でも貴族としてのプライドも大事だって言ってんのッ!」


「なら、そのプライドはオレが守ってやる。だから今度からは二度とあんなバカなマネはするな」


「なッ…………何言って……」


「お前が……ロッテがプライドを持って生きれるようにオレが何とかしてやると言っている」


「………………わ、分かったわよ。悪かったわ。……エリーゼも……心配かけてごめんなさい」


 やけに素直にロッテが謝った。

 アルべリアをどうにかすれば、ロッテも生き易くなるだろうと思っての約束だ。

 そしてそのロッテの態度にエリーゼも泣きながら口を開けて驚いている。

 心なしか、そっぽを向いたロッテの顔が赤い気がする。

 

 なんだ?何を照れてるんだ?

 依頼主を死なせたなんて事になったら、冒険者としてのオレの評判がガタ落ちするからあんなバカなマネは止めてくれと頼んだだけなのに……。

 

「お、お嬢様が……初めて……人に本当の謝罪を……」


 ロッテが謝るなんてよほどの事だったのだろう。

 エリーゼは感極まったのか、もはや号泣だ。


 ク〇ラが立った!!みたいな?


「あ、あんたッ!今の言葉忘れないでよッ!今度からは私をちゃんと守るって約束ッ!」 


「……あ、あぁ」


「今、言質取ったからねッ!忘れないでよッ!!」 


 それだけ言うと首まで真っ赤にしながら一人で歩き始めてしまった。


「……レイ。ありがとうございます。あのお嬢様が……あのお嬢様がぁ~!よろしくお願いします。よろしくお願いします!」


 この人も何なんだ!!

 いきなり掴みかかってきて何を泣いてるんだ!?

 誰もそんな約束していない!

 第一ロッテはもう結婚が決まっているんだろう!

 相手は、オレかラウで!

 えっ!?オレ……か……ラウで……?

 確率で言えば……オレ……なの……か……?


 先に進んでいたロッテが、何を思ったのか振り返り、ツカツカとオレに向かって歩いてくる。


 な、なんなんだ!?一体!!


「あ、あんたッ!これからはあのクソダサいお面は禁止よッ!私と一緒の時は素顔でいなさいッ!いいッ!?分かったッ!?」


「あれは……大切なモノで……」


 あれは魔力を隠すのに必要で……。

 特にお前のじいさんから正体を隠すための……。


「あッ!!でも私と一緒じゃない時はあのクソダサいお面をずっとかぶってなさいッ!!誰にも素顔を見せちゃダメよッ!!」


 言われなくてもかぶりますよ!

 そのクソダサいお面を!


「あ、あんた……ちょ、ちょっとだけ……。そうッ!!本当にちょぉーーっっとだけカッコいいから……」


「……はぁぁーーー!!??」


「いいッ!?分かったッ!?エリーゼ以外の女と喋るのも禁止よッ!」


 な、何言ってんだ?

 そ、それじゃまるでロッテがオレの事を……すすす、好きみたいじゃないか!?


「……レイ!お嬢様を……どうか……どうかお嬢様をお願いします!」


 この人も何を勘違いしてんだ!?

 頼む、頼むから勘弁してくれ!


「ちょっとッ!早くしなさいよッ!こんのっバカガラスッ!!」


 いや、やはり気のせいだろう。

 そうに違いない。

 限りなくオレの予想は正しいだろうが、それは忘れるべきだ。

 オレは魔物で、ロッテは人間だ。

 絶対に結ばれる事はない。

 それにこの依頼が終わればもう接点はないはず……だよね?

 結婚とか……なんかの間違いだよね?






「ちょっとッ!レイッ!そういえばあんた……魔法使ってたわよねッ!私にも魔法を教えなさいよッ!」


 エルロワーズの森の帰り道、カリラを狩った後しばらくして、野営をしている最中に唐突にロッテがオレに話しかけて来た。

 どうやら魔法を教えてもらいたいらしい。


「……使えません」


「あんたッ!カリラを狩った時に使ってたじゃないッ!」


「……覚えてません」


「なんでそんな分かり易いウソつくのよッ!あんたカリラを魔法で瞬殺してたじゃないッ!」


「……記憶にありません」


「なんでいちいち敬語なのよッ!いいから教えなさいよッ!」


 ロッテが口にローストビーフを詰め込みながらオレの胸倉を掴んでくる。


 今日の夕食はモッツァレラチーズとバジルとトマトのサラダ。

 ローストビーフ。それにハンバーガーだ。

 だが、ハンバーガーはすでになくなっている。

 ロッテが一人で全部食いやがった。

 

 お前さっきから肉しか食ってねぇ~じゃねーか。

 野菜も食え。


 サラダをフォークに刺して、トマトとチーズをロッテの口に放り込む。


「な、なにすんのよッ!……んぐっ!……あらっ!?美味しいわね……これッ。ちょっとそれよこしなさいよッ!」


 ははは。バカめ。

 ドレッシングはオレの手作りだ。

 どうだ?美味かろう?


「お、お嬢様が、野菜を……」


 この人もどうなってんだ?

 野菜食っただけでハンカチを目に当てて泣いてるよ……。

 よっぽど苦労してきたんだろうな……。


「……って!違うわよッ!サラダじゃないわよッ!魔法よッ!ま・ほ・うッ!」


「ヤダよ」


「なんでよッ!?教えなさいよッ!」


「ヤダ。めんどい」


「めんどいって何よッ!!生意気なのよッ!あんたッ!私が教えろって言ってんだからさっさと教えなさいよッ!このバカガラスッ!」


「お、お嬢様が、人に頭を下げるなんて……」


 いや、下げてねーから。


「誰か他のヤツに頼め。オレの魔法は……ロッテには向かないと思う」


 オレやオレの子供達が使う魔法は、この世界で使われている魔法とはかなり違う。

 メアが言うには、()()の理論を五百年前に壊していると言っていた。


 効率の悪い魔法詠唱。

 魔力伝導の悪い素材を使った杖。

 魔力効率を下げる魔法陣。

 最も恐ろしいのはそれらが最善だと人間に、魔族に、思い込ませる事。


 嬉しそうに語るメアの顔が頭に浮かぶ。

 可愛い……。

 たった三日程会っていないだけなのに、ずいぶんと昔に感じる。


 帰ったらみんなと一緒にゆっくりしたいな~。 


「そ、そう言えば、レイは詠唱もせず、杖もなしでとんでもない威力の魔法を放っていましたね。あれはどういった仕組みなんでしょうか?」


 エリーゼも疑問に思ったらしい。

 元聖騎士であれば多少なりとも魔法の知識はあるのだろう。


「オレの使う魔法は……人に教えられない……」


「なんでよッ!!教えなさいよッ!ケチッ!」


 ロッテが使える、使えないは別として、オレ達のリスクが上がるマネは出来ない。

 オレの教えた技術が、そのままオレやオレの子供達に向く可能性がある以上、やはり教えられない。


「魔法なら、この国にも使えるヤツが大勢いるだろう?貴族ならそいつ等に金を払って教えてもらえばいい」

 

 現にガラフにじじいは魔法を使えた。

 そういった魔法を教える機関、学園なるモノまであるそうじゃないか。

 そこで教えてもらえばいいのに。


「それが……お嬢様は学園に通われていたのですが、その……魔法の成績があまり芳しくなくて……」


 使えなかったって事ね。


「おまけに……その……王子との婚約破棄があったので、そのまま学園を休学していまして……」


 ひどく言いにくそうにエリーゼが説明してくれる。

 大分オブラートに包んで喋っているが、ロッテの学園での生活はあまりいいモノではなかったのが分かった。   


「いいわよッ!そんな言い方しなくてッ!学園じゃ魔法も使えない落ちこぼれで、家柄だけが自慢の可哀想な子ッ!おまけに婚約者を取られて、婚約破棄までされた惨めな貴族の御令嬢ってのが学園での私の評価よッ!」


 エリーゼの言葉を強い口調でロッテが言い直す。

 しかし、その言葉は強くはあったが、自虐でも卑屈でもなかった。

 真っ直ぐにその評価を受け入れているようにも見えた。


「自尊心の強いロッテお嬢様じゃ学園でイヤな思いをたくさんしたんじゃないのか?」


「ちょ、ちょっと!レイ!」


 わざと嫌な物言いをした。

 それはロッテの反応を見たかったから。


「そうねッ!あの当時はそう思っていたわッ!態度にこそ出さなかったけど、毎日泣きたくなったわッ!」


 思い出すのも辛い話だろうに、それを語るロッテの表情は明るい。

 昼間の説教は効果があったみたいだ。


「でもそんなのくだらないプライドだって分かったのッ!私が魔法を使えなくて陰口を叩かれようと、婚約を破棄されて惨めな目で見られようと、そんな事より守らないといけない私だけのプライドがあるって気付いたのッ!」


 中々殊勝な事を言う。

 そう言ってロッテはオレとエリーゼを交互に見た。

 その奇麗な瞳には強い意志と覚悟が映し出されていた。


「私は強いんでしょッ!?あんた達がそう思ってくれるなら――そう信じてくれるなら私は強くありたいッ!胸を張って真っ直ぐ歩きたいッ!言いたいヤツには言わせておけばいいわッ!それが今の私のプライドよッ!!」


「お、お嬢様……」


 エリーゼは泣きすぎだろ。

 今日はずっと泣いてる所しか見てない気がする。


「だから強い私でありたいから魔法を教えてって言ってるのよッ!」


 なるほどね。


「で、その本心は?」


「はぁ~ッ!?そんなの決まってるでしょッ!魔法を使えるようになって、私をバカにした連中を見返して、ギッタンギッタンのボッコボコにしてグッチャグチャにしてやりたいからよッ!」


 そんな事だろうと思った。

 まぁ本心は半々って所だろうな。

 

「……いいよ。教えてやる」


 そんなコンプレックスを持っているロッテが他人に魔法の技術を広めないだろう。

 広めるにしても、第一ロッテも友達がいなさそうだ。


「一応言っておくけど……誰にも言うなよ?」


「分かってるわよッ!いちいち命令しないでッ!何よりその上から目線がムカつくのよッ!教えさせて下さいって言いなさいよッ!この駄犬ッ!」


「お、お嬢様が、人にお礼を……」


 ……エ、エリーゼにはあれがお礼に聞こえるのか……

 こいつ等の感覚がオレには分からない。


「まっロッテのプライドを守ってやるって約束したからな。そのために必要なら仕方ないだろう」


 これで魔法の技術が漏れたとしたら、それはオレの人を見る目がなかったって事だろう。

 そんときは申し訳ないが、使ってくる相手を殺させてもらう。

 そもそもオレ達の魔法を人間程度の魔力で使えるかは甚だ疑問だけどな。






「ロッテ。その火を見ろ」


 オレ達の中心で燃えている焚火に、視線を移すようにロッテに促す。

 焚火はパチパチと音を立てながら、柔らかな炎を出して揺らめいている。


「はぁッ?焚火が何だっていうのよッ。あんた頭おかしいんじゃないのッ!?」


 ムカつく……。


「…………いいから聞け。お前にはその炎がどう見える?熱いのか?紅いのか?不安定に揺らめいていたり、激しく燃えたり。強いのか?弱いのか?炎に対するイメージを持て」


「そ、そうね……。炎の向こうに……あんたの顔が見えるわッ!」


 コイツ才能ねーな。

 オレの顔じゃねーっつーの。


 月の光もない漆黒の闇の中、炎を挟んで向き合っているためか、オレからも炎の向こうにロッテの顔が見える。

 炎を挟んでオレとロッテが見つめ合っているような状況だ。

 そんなオレ達を、何故かエリーゼは微笑ましいモノを見るような目で眺めている。


 暗闇に照らし出されるロッテの顔は炎の明かりのせいなのか、その炎の熱のせいなのか、ジッとオレを見つめるその顔は赤みを帯びて、恥じらっているように見えた。


「こ、こっち見ないでよッ!!は、恥ずかしいじゃないッ!!」


「……はぁ。オレの顔じゃない。炎のイメージを感じろって言ってるんだ」


「だ、だからぁッ!あんただって言ってるでしょッ!!あんたみたいに感じるって言ってんのよッ!!」


 オ、オレ……?

 いや、待て。ふ~ん……そういう考え方もアリか……。

 

 オレやメアであれば、無機質なモノをどうしてもイメージしてしまう。

 科学的に温度や形態を理解して、そのイメージで魔法を構築していく。

 生き物って発想は面白いかもしれない。

 これはいいアイデアだ。


「そうか。じゃあそのイメージを詳しく教えてくれ」


「は、はぁッ!?なんでそんな事あんたに言わなきゃいけないのよッ!バカッ!変態ッ!スケベッ!」


 顔を真っ赤にしたロッテが、その場に立ち上がって勢いよくオレを罵ってくる。

 

 スケベって……。オレに対して何を想像してんだ……。

 

「……いいから聞かせろ。それをオレが手伝って引き出してやる」


 スクっと立ち上がり、焚火を回り込むようにオレはロッテの背後に移動し、肩を抑えて大人しく座らせる。

 そのままオレはロッテの後ろに座って、優しく背中に両手を添える。


 背中越しにロッテの身体がプルプルと小刻みに震えているのが両手に伝わってくる。

 顔は同じ方向を向いているのでどうか分からないが、ロッテが俯いているので、オレから見えるうなじが真っ赤に染まっているのが見えた。

 両肩の筋肉のこわばりからしても、相当腕に力が入っているのが伝わる。もしかしたら拳を強く握りしめているのかもしれない。

 

 これ……オレを殴ろうとしているのか……?

 

 確かにこれはセクハラで訴えられるレベルだな。

 魔法を覚える為とはいえ、それにかこつけてセクハラされてると思われてるのか?


 気の強いロッテだ。殴られてもおかしくない。


「お、お嬢様!私は少し……そう!お花を摘みに行ってまいります!が、頑張るんですよ!」


 顔を赤らめてエリーゼがそそくさと立ち去ってしまった。


 そんなにトイレを我慢していたのか……。

 なら頑張るのはエリーゼの方だろう。

 エリーゼは何を言ってるんだ。






 エリーゼがいなくなった事で、焚火の傍にはオレとロッテだけの二人しかいなくなってしまった。

 気まずい沈黙が暗闇に流れる。

 ロッテの身体はまだ硬直したままだ。


 しかし……小さい背中だな……。

 腕も細いし、肌も真っ白だ……。

 ツインテールにしている髪も絹のように流れているし……何よりいい匂いがする……。

 抱きしめたら……壊れてしまいそうなほど華奢で……小さな身体だ……。


「あ、あのねッ!……強くて……キレイで……」


 いきなり喋り出したからビックリした。

 思わず、両手がビクリとなった。

 ロッテにもオレの驚きが背中越しに伝わったのか、今度はオレがロッテの身体の緊張が少しほぐれたのが手の平から伝わってきた。


 ほ、炎のイメージの話をしていたんだよな……。


「……温かい……」


 そ、それは炎のイメージだよな?

 オレの手が湿ってるとかじゃなくて。


「……優しくて……頼りになって……でも、どっか寂しそうなの……」


 そ、それって……


「……最初は変なヤツだって思った……。でも、ご飯作るのも上手で、ワガママ言っても優しく許してくれたし、何より私を強いって言ってくれた……。あれ、すごい嬉しかった……。私はそんなに強くないのに……。でもあんたがそう言ってくれたから私は強くありたいって思えた……」


「……」


 ロッテの気持ちが手の平を通じて伝わってくる。

 これが、ロッテが見ているオレ……。


「……あんたの剣が折れた時、心臓が止まるかと思った。私のバカな依頼であんたが死んじゃうって。気付いたら飛び出してた……。でも、私……あんたに死んで欲しくなかったから……だから、自分が死んじゃうって時も怖くなかった。あんたを庇って死ねるならって……。でも……あんたに助けられて……怒られて……バカな事したって思った……。あの時は……助けてくれてありがとう……。それから……ごめんなさい……」


 ロッテの身体を通じて、ロッテの魔力と、ロッテの思考が……オレに……流れてくる。

 優しい、寂しい、強い気持ち。


 これは……オレ?

 

 ロッテの身体から魔力が溢れている。


 オレの魔力を――取り込んでいるのか!?


「あ、あのねッ!私ッ!あんたの事……!」


 大きく振り返ってロッテがオレに向き直る。

 座っているオレの胸に飛び込むように、上目遣いでしっかりオレの瞳を覗き込んでくる。


 しかし……今はそれどころじゃない!

 ロッテの身体から魔力が目に見える程、溢れている。

 その状況にロッテ本人は全く気付いていない。


「ロッテ!!手を!こっちへ!!」

 

 間に合わない!


 そのまま、ロッテの手を引き寄せ、身体を抱き寄せると、無理矢理ロッテを強く抱きしめる。


「ちょ、ちょっとッ!恥ずかし……」


 ――ゴウゥッ!!


「突風ッ!?」


 辺り一面を吹き飛ばす突風と共にロッテの身体から出て来たのは、漆黒の夜空に現れた黒い小さな月。

 オレとそっくりな姿をした黒い炎でできたドラゴンだった。

 野営に立ててあったテントや焚火を全て吹き飛ばし、凄まじい風と共に現れたのは暴力の化身のような存在。


 なのにドラゴンは空中に浮かぶだけで、その場から動こうとしない。

 ただジッとロッテを見つめているだけ。

 翼があるにも関わらず、羽ばたき一つせず、空中に張り付けられたようにピクリとも動かない。

 風が周りの草木を揺らしているのに、それは余りにも不自然な光景だった。 

 

 魔法の力が働いているのか?

 ならば何故動かない?


 腕の中のロッテは、そのまま気を失ったのかグッタリとしてオレの胸にもたれかかっている。

 

 息はしている。

 ロッテの心配は……いらないか……。


 次第にその黒い炎のドラゴンは、その身体をボロボロと朽ちさせ、最後はロウソクの炎のように燃え尽きてしまった。


 今のは何だったんだ……。

 いきなり現れて、いきなり消えていった。

 何故ロッテの身体からあんな化け物が……。


 状況の把握に努める。

 

 あれは……ドラゴン……というより……黒い炎がドラゴンの姿を形どっているだけに見えた。

 なら……あれは……ロッテの魔法……なのか……。


 ロッテは炎にオレのイメージを投影させていた。


 つまり……


 それはオレが引き金にロッテの魔法を発動させてしまった……のか……。


 つまり今のロッテは魔力枯渇症。

 このまま寝かせれば自然と回復するに違いない。


 それよりも……問題はロッテ自身だ。


 魔法の才能がないだって!?

 

 バカなッ!?


 とんでもない化け物じゃないかッ!

 短時間とはいえオレに近いドラゴンを生み出せるんだぞッ!


 ロッテは……危険すぎる。


 おそらく学園で魔法が仕えなかったのはロッテ自身の問題だ。

 上手く形態のイメージが出来なかっただけに違いない。

 魔法というモノ自体と真っ直ぐ向き合わなかったのだろう。

 だから魔法が発動しなかった。

 しかし今オレという存在と真っ直ぐ向き合った事で魔法が発動してしまったんだ。

 オレの内面にあるもう一人のオレの姿をしっかり具現化できるほどに……。


 最悪のタイミングだ。


 オレがロッテと接触しなければこの子は一生魔法とも縁のない生活を送っていたはずだった。

 それをオレが歪ませた。

 歪ませてしまった!

 

 この子の内にある化け物を起こしてしまった。


 クソッ!




「……いるんだろ?早くロッテを休ませてやってくれ」


 焚火も消え真っ暗になった闇の中から、朗らかな笑みを浮かべたエリーゼが音もなく静かにその姿を現した。























 


  


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