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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
37/58

36

 冒険者ギルドの二階の一室に現れたのは、水色の髪のスラッとした背の高い女性。

 そしてその女性の主人と思しき、気の強そうな栗色の髪の少女。

 年齢からしてアンジーの友達というのは、背の高い女性の方だろう。

 アンジーと同じく二十代中頃くらい、キビキビとした仕草が細身の身体をより一層引き立てている。

 歩き方一つとってもまるで軍人のような動きだ。

 しかし、その仕草とは正反対に表情は穏やかで、キレイな顔と合わさって安心感が持てた。

 

 反対に主人である少女の方は顔こそとても整っているが、そのきつそうな目がとても印象的に映った。

 栗色の長い髪をツインテールにして、黒い細いリボンで髪をとめている。

 奇麗な青い大きな目をしているのに、睨み付けるように人を見るのでその目がとてもキツイような、不機嫌そうな印象を与える。

 見た目の年齢は今のオレと同じくらいか、身長もオレとさほど変わらない。

 なのに見下すように顔を上げるので、ふんぞり返っているように見える。

 ふんぞり返った胸は……まぁまぁあるみたいだ。


「で、あんたの仲間はどこにいるのかって聞いてんのよッ!?」


 態度といい、物言いといい、第一印象は最悪だった。

 だから人間の貴族なんかと関わりたくなかったと多少後悔してしまった。


「こちらのレイ・アマミヤさんはクーロン商会に席を置かれていますが、基本的にはソロで活動をされております。なので、今回の依頼はアマミヤさんがソロで受けられております」


 代わりにアンジーが前に出てお辞儀をしながら説明してくれた。


「アマミヤさん。こちらが今回の依頼主になります、エリーゼ・バルテルスと……」


「ロッテよッ!家名は――別にいいでしょッ!」


「お、お嬢様……」


 アンジーの紹介を遮って少女が名乗るが、家名を名乗る気はないらしい。もしかしたら名前も偽名かもしれない。

 

 まぁ特に問題はないが。


「はじめまして。レイ・アマミヤです」


 余計な事を言うつもりもないし、明らかに媚びを売る気もない。当たり障りない程度の挨拶で十分だろう。

 どうせ今回限りの付き合いだ。


「エリーゼ・バルテルスです。今回はどうぞよろしくお願いします。アンジーからはアマミヤさんはとても信用出来る方だと窺いました。私の事はどうぞエリーゼと呼んで下さい」


 柔らかな笑みと共に、丁寧に挨拶をしてくれたエリーゼはオレに近づくと握手を求めて来た。

 こちらはとても好印象だった。さすがアンジーの友人の事はある。

 しかし、そのエリーゼを遮って、ロッテがオレ達の間に割り込んできた。


「ちょっとエリーゼッ!私はまだコイツに依頼するとは決めていないわッ!こんな変なお面を着けたヤツなんかに……」


 コイツ呼ばわりですか。

 まぁラウから貴族なんてこんなモンだと聞いていたから、別に腹も立たない。


「……変なお面……。あんた……ちょっとそのお面を取って顔を見せなさいよッ!」


「お、お嬢様。失礼ですよ」


「ロッテ嬢。それはアマミヤさんに失礼かと……」


 アンジーとエリーゼの二人がロッテを諫めるが、ロッテは収まらない。


「はぁ~?それを言うなら初対面で顔を隠してる方がよっぽど失礼よッ!これでも私は一応はコイツの依頼主なんだからッ!」


 ロッテのいう事は確かに正論だった。

 普通に考えたらそんな怪しいヤツに依頼したくないのはよく分かる。


「ロッテ嬢。アマミヤさんの身元の確認はクーロン商会がされております。それに彼の冒険者としての実績は私と冒険者ギルドが保障しております。冒険者とは様々な理由から顔を隠して活動する者も少なくありません。どうかご理解を」


「……フンッ!まぁいいわッ!」


 アンジーの助け舟のおかげで助かったが、ロッテはさらに不機嫌そうな態度で、一人先に部屋の中央のソファーにドカッと腰を下ろしてしまった。


「すいません。ああ見えて悪気はないんです。本当はとってもいい子なんですよ」


 エリーゼの態度はロッテの従者というより、姉に近いと感じた。

 それだけ二人の関係は深いという事なんだろう。


「いえ、気にしていませんから」


 そして、依頼の内容について改めて話を聞いた。

 アンジーから聞いていた内容と全く一緒だったが、今から討伐に向かいたいというと、先にアンジーから聞かされていたのか二人もすぐに了承してくれた。

 よくよく見れば、ロッテの格好もドレスではなく、動きやすそうな格好をしていた。

 乗馬をする時のような格好とよく似ている。

 荷物を持っていなかったから分からなかったが、確かにすぐに出かけられそうだ。

 女性の冒険者のような装備とは違うが、かなりいい素材の服だ。薄っすらと魔力まで帯びている。

 

 エリーゼといい、ロッテといい、最初に気配の消えているオレを認識出来た事からただの足手纏いになる事はなさそうだった。

 もしかしたら下にいる冒険者なんかよりよっぽどこの二人の方が冒険者に向いているかもしれない。

 しかし逆に多少の不安も出て来た。

 バカな貴族とそのお供くらいなら顔を見られても問題ないと思っていたが、この二人はそうもいかないみたいだ。

 当たり前だが出来るだけ早く依頼をこなすのが最善だと改めて強く思った。

 






 冒険者ギルドを出て、三人でオウミの東門に向かう。

 エリーゼはその身体に似つかわしくない程のとても大きな荷物を背負ってきた。

 どうやら顔合わせをしている時は冒険者ギルドの一階に荷物を預けていたみたいだ。


 普通たくさんの荷物を冒険者のパーティーはメンバーみんなが手分けして持ち運ぶ。

 中には荷物持ち専門の役割を持つ者もいる。

 しかし今回オレ達三人はパーティーではない。

 オレとその討伐を見届けるだけの付き添いの二人だ。

 つまりあのエリーゼの身体の倍程もある荷物はロッテとエリーゼ二人の荷物という事なんだろう。

 エリーゼは軽々と持ってはいるものの、それでも問題はあるだろう。

 あの荷物では襲われた時に対処出来ない。


「あの、もしよければ荷物をオレが持ちましょうか?」


「え?ああ。気にしないで下さい。これでも体力には自信があるので」


 朗らかに笑って返事をしたエリーゼは、その身体の一体どこにそんな力があるのか分からない程軽々と荷物を片手で持ち上げた。  

 あれならいざという時の対応も問題なさそうだ。


「あんたこそ大丈夫なのッ!?全く荷物が見当たらないけどッ!困っても助けて上げないんだからねッ!」


 強い口調でロッテがオレに聞いてきたけれど、オレの方は全く問題ない。

 ラウに貰った巾着があるし、寝なくても、食事しなくても平気だから。

 食事と睡眠はオレ達にとってただの嗜好品。なくても困らない。


「ええ。一応マジックアイテムも持っていますから」


 そう言って巾着をロッテに見せると、「あ、そう」と言ってそっぽを向いて一人で門に向かってしまった。

 クスクスと笑いながら、エリーゼがこそっとオレに耳打ちをしてくる。


「この荷物の中にはいざという時のあなたの分も含まれてるんですよ?ロッテお嬢様は素直じゃありませんから……。どうか嫌わないであげてください」


「ええ。大変ありがたいです」


 無難な返事を返しておいたが、少しだけ心が揺らめいた気がした。

 見た目と態度ほど、イヤなヤツでもないみたいだ。

 少しだけ、ほんの少しだけそう思った。






 カリラの討伐に向かう為、エルロワーズの森をひた進んでいるが、思うようにいかなかった。

 居場所はおおよそ検討が付いているので、一直線に向かおうとするオレと、その道が険しすぎて思うように進めない二人。

 セシリーほどではないが、飛ぶように走るオレと足場を確認して走る二人。差があって当然だった。

 大きな崖を飛び降り、大河を真っ直ぐ突っ切る。

 道中ロッテが叫ぶように止めて来たが、その全てを無視して進んだ。

 二人も魔法なのか、マジックアイテムなのか分からないが、多少は空を飛んで付いて来た。

 これでも魔物の縄張りや、魔獣が多く潜む場所を意図的にさけて移動しているのだから、あちらも多少の我慢はして欲しい。

 とはいえ、やはり貴族のロッテには相当辛かったらしく、道中何度も転んでしまっていた。

 転んだロッテに手を差しのべて助け起こそうとするも、


「自分で起き上がれるわッ!バカにしないでッ!」


 と怒鳴られる始末。

 オレ一人ならしなくてもいい苦労なのに。

 まぁ、大した強がりだ。






「あ、あんたの身体どうなってんのよッ!おかしいんじゃないのッ!」


 目標の距離の半分程を過ぎた辺りで野営をする事にした。

 そこでロッテが息を切らせながら文句を言ってくる。

 それでもオレについてこれるだけ、大したモノ。

 オレやウチの子にしたら歩くのと変わらないスピードだが。


「まあまあ。お嬢様。さすがアンジーがお薦めする冒険者だということでしょう。私も付いて行くのがやっとで、精一杯ですから」


「そんな事どうでもいいのよッ!私はこの常識はずれのバカに文句を言っているのッ!」


 エリーゼはさすがといった所か、息を切らしてはいてもまだ余裕がありそうだった。

 それに文句を言えるだけロッテも大したモノだろう。


「すいません。普段は一人で行動しているモノですから。これでも大分ゆっくりしたつもりなんですが……申し訳ありません」


 オレの謝罪の言葉を聞いて二人はひどく驚いていた。


「あ、あれで手加減してくれていたんですか……?」


「あ、あんた……。本格的におかしいわよ……」


 オレが嫌がらせか何かでわざと早く進んでいると思っていたみたいだった。

 

 失礼な。そんな事したらオレの評判が落ちるじゃないか。


「まぁ今日はこの辺りで野営にしましょう。明日には目的の場所まで行けそうですし、今日は早めに休んでください」


 そう言って、オレも野営の準備に取り掛かる。

 実際寝なくても平気なんで、一人なら木の幹にでも腰かけて身体を休めるだけなんだけれど、今日はそうはいかない。

 一応テントを張り、火を起こしておく。

 テントは昔ホームセンターに売っていた10000円程のヤツを巾着に入れておいた。

 広げれば勝手にテントの形になる折り畳み式の便利なヤツだ。

 それを見て二人はさらに唖然としていた。


「いや~。さすがクーロン商会ですね。ずいぶん変わった道具をもっています。素材も珍しいし、新しい商品か何かですか?」


「ちょ、ちょっとッ!あんたそれどうなってんのよッ!?私にもやらせなさいよッ!」 


 ロッテはテントに興味津々らしく、何度も折りたたんでは広げていた。

 「ほえ~」とか言って目を輝かせている。

 子供みたいだったので寝袋も出して見せてやった。

 これにもロッテは食い付いてきて何度も寝袋に入っては出てを繰り返していた。


「これクーロン商会で売るつもりなのッ!?いくらなのよッ!?値段をいいなさいよッ!」


 上から目線で寝袋の中から顔だけ出して叫んでいたが、まるでミノムシだ。

 ツインテールのミノムシ。


「お嬢様。ダメですよ。今回の依頼でお小遣いはもうないじゃありませんか。我慢してください。それにおそらくそれらはクーロン商会の新しい商品です。売ってくれと言って簡単に売れるようなモノじゃありませんよ」


「いいじゃないッ!どうしても欲しいんだもんッ!なんならおじい様に掛け合うわッ!」


 ツインテールのミノムシが横になったまま何か叫んでいる。


 なんか和むわ~。

 

「……お嬢様?」


「――ッ!!……ごめんなさい」


 エリーゼの一言でロッテが大人しくなるが、寝袋からは出て来ない。

 

「別にいいですよ。それほど高いモノでもないですし、気に入っているみたいですから、今回の依頼が終わったら差し上げますよ」


「だ、ダメですよ!あんまりお嬢様を甘やかさないで下さい!」


「本当にッ!?あんた格好はみすぼらしいし、そのお面もすさまじくダサいし、愛想も何もないけど以外といいヤツねッ!」


 失礼なミノムシだった。


 これでもオレは子供に優しいんだよ。

 人間だろうとなんだろうと。

 

 ミノムシの戯言を無視して、起こした火で料理を作っていく。

 どうせ、あのミノムシも絡んでくるだろうから一応三人分作っておく。

 これはオレの荷物も持ってきてくれたエリーゼに対するお礼だから。

 それ以外の感情は何もない。

 多少可愛くても、ロッテに対してはオレにやましい気持ちは一切ない。




 作るのはシーフードパエリアとフランスパンのホットサンド。

 材料は巾着に切って入れてあるのであとは調理するだけ。

 ホットサンドなんて後は焼くだけの状態だ。

 お湯にコンソメを入れて、具材をフライパンで炒める。パプリカは少し炒めて取り出しておくのがコツだ。

 お米を透明になるまで炒めて、トマト缶、白ワイン、コンソメスープを入れて煮込んでいく。さらに海鮮を加えて、蓋をして弱火で炊き上げる。

 仕上げにパプリカ、パセリ、レモンで飾り付け。

 ホットサンドはその間に焼きあがっている。

 中々の仕上がりだ。


 野営の為準備していたエリーゼもオレの手際の良さに驚いている。

 なにせエリーゼはまだ野営の為の寝床すら完成していないのだから。


「もしよかったら一緒にどうですか?作り過ぎてしまったみたいで……」


「はぁ~。あんたバカぁ~?いつ何があるか分からないのに、食料を無駄に作り過ぎるなんて、救いようのないバカね。でも、無駄にするのももったいないから私が食べてあげるわ。感謝しなさいッ!」


 顔だけこちらに向けてミノムシが何か言っている。

 むしろまだ入っていたのか。

 ミノムシは器用に転がりながら移動してくる。

 

 ヤバい。あれはあれで和んでしまう。


「で、では私は先に結界だけでも張ってしまいます。その後に頂いてもいいでしょうか?」


「ええ。もちろんです。待っていますから、みんなで一緒に食べましょう」


「はぁ~。何言ってんのよッ!先に私にだけ食べさせなさいよッ!」


 そう言うとロッテはミノムシ状のまま襲い掛かって来た。

 どういう構造で動いているのやら……器用な事だ。

 しかしこのまま大人しく食料を奪われる訳にもいかない。

 飛び掛かるロッテのほっぺを、両手でつまんでその動きを封じてやった。


()()()()()()……?()()()で一緒にです。オレももちろんエリーゼも一緒です!」


「……むぅ」


 顔を近づけて優しく諭すとロッテも分かってくれたみたいだ。

 オレもお面を着けているので表情は読めなかっただろうが、何かは察したらしい。

 真っ白だったホッペタが赤く膨らんでいる。

 おかげでえらく素直だった。


「すいません。お待たせしました。お嬢様もワガママ言ってアマミヤさんを困らせていませんでしたか?」


「私がそんな事する訳ないでしょッ!」


「……」


 息を吐くようにウソをつきやがった……。

 それともあれはロッテの中では迷惑に入らないのか……?


 朗らかに、それでもシャキシャキと歩くエリーゼはミノムシになっているロッテに近づくと優しく寝袋からロッテを出してあげていた。

 ロッテもそれに素直に従う。

 以外と根はいいヤツなのかもしれない。

 ツンデレってヤツだ。






「おいっしぃ~ッ!!何これッ!ちょっとッ!あんたもっとよこしなさいよッ!」


 二人に取り分けてあげたパエリアをすぐに完食したロッテがおかわりをせがんでくる。

 よほどお腹がすいていたのか、すごい食べっぷりだ。


「ちょ、ちょっと!お嬢様!あまり食べ過ぎてはアマミヤさんの食べる分がなくなってしまいます!」


「いいじゃないッ!エリーゼは細かいのよッ!あんたも私に食べてもらって嬉しいでしょッ!?」


「……食べ過ぎると太りますよ。()()()()()()。それからエリーゼもオレの事はレイで構いませんよ」


「すいません。アマ……。レイさん」


「レイで結構です」


「ちょっとッ!あんた達ッ!私を無視しないでよッ!それより早くよこしなさいよッ!」


 普段であればこんなワガママお嬢様の相手をオレはしない。

 しかし、事料理に関しては話は別だ。

 オレの作った料理をおいしいと言って、おかわりしてくれる。

 言い方は無茶苦茶だが、キチンと味わって丁寧に食べてくれる。

 この辺は育ちがいいのがよく分かる。ただ生意気なお嬢様ではないみたいだ。

 なので自然とオレの顔もほころんでくる。


「オレは食べなくても多少は平気なので、喜んで食べてくれる人が食べて下さい。作る方はそれが嬉しいので……」


「……あんた。……ンぐ。……中々、いい……ゴク!……ヤツねッ!変わってるけどッ!」


「お嬢様!!」


 さすがに食べながら喋るのは行儀が悪かったらしく、エリーゼもロッテを怒っている。


「うるっさいわね。いいじゃない。こんな所で誰が見てる訳でもあるまいし。エリーゼは心配し過ぎなのよ。ねぇ。あんたもそう思うでしょ?」


「まぁ。そうですね。食事は賑やかな方が美味しいですし……」


「レイさ……レイも止めて下さい!ただでさえお嬢様は礼儀がなっていないのに!マナーまで出来なくなったらどうすればいいんですか!?」


「ああ。それもそうですね。嫁の貰い手に苦労しそうですね」


 オレの冗談めいた一言に二人の表情が微かに曇る。


 嫁の貰い手云々って話は禁句だったか……?


「……いいのよッ!言ってる事は本当の事だし?どうせ礼儀もマナーもなっていないから。あんたも気にしなくていいわよ。……はい。おかわり!――早くッ!」


 場の空気を察したのか、自虐なのか。 

 ロッテがおかわりを催促してくる。

 エリーゼは複雑そうな表情だ。


「……お嬢様」


「もうッ!湿っぽい顔しないでよッ!ご飯がマズくなるわッ!あんたも早くおかわりをよこしなさいよッ!」


 とはいえ、もう三人分のパエリアもなくなってしまったので、代わりにデザートで、ベリーワッフルを出してあげた。

 最初はいぶかしんでいたロッテも一口食べると気に入ってくれたようで、これもおかわりを要求された。


「あんた。冒険者なんか止めて、ウチで働きなさいよ。私専用の料理人として雇ってあげるわッ!」


「丁重にお断りさせていただきます。お嬢様」


「……フンッ!ケチねッ!」


 そこはケチであってるのか?






 食事に満足したロッテはテントと寝袋がよほどお気に召したのか、どうしてもそちらで寝ると言って聞かなかった。寝心地はそんなにいいモノではないはずなのに。

 それでもエリーゼが作ったテントを見ればそれも納得が出来た。

 本当に簡素な作りの雨風をしのぐ程度のモノだったからだ。

 確かにあれならロッテが寝袋で寝たいというのも分かる。

 それはエリーゼがダメという訳でもなく、この世界では一般的なモノだからなのだろう。

 ひたすらに謝るエリーゼに、どうせ誰かが見張りをしなくてはいけないという事を言って聞かせて、ロッテにテントで寝てもらうよう促した。

 別にあのミノムシ姿のロッテを見たかった訳ではない。

 少し……ほんの少し可愛いとは思ったが。






「レイ。今日はお嬢様がすいませんでした。ずいぶん迷惑をかけてしまって……」


 テントの傍。食事をした焚火の傍でエリーゼがオレに向かってロッテに代わり謝罪をしてくる。

 ロッテはテントの中だろう。

 今日は疲れたのか寝息が聞こえてくる。


「全く……本当ですね」


 オレの返答に、エリーゼは目を丸くして驚いている。

 まさか一介の冒険者が貴族を相手に迷惑だなんて答えを返すと思っていなかったのだろう。


「ふふ。お嬢様が気に入る訳です。あんなに機嫌のいいお嬢様は本当に久しぶりですから……」


「あれで、ですか……?」


「あれで、です☆」


 愛おしそうに、そして寂しそうにエリーゼがオレに告げてくる。

 暗闇の中、焚火の炎だけがパチパチとオレとエリーゼを照らす。


「実は私は元々聖騎士として働いていたんです。しかし家が取り潰された後色々ありまして……騎士団をクビになったんです。それで聖騎士だった時の技能を生かして、それからは人に言えないような事をして食いつないでいました。しかしそこでも職場でやらかしてしまいまして……それで途方に暮れていた所をお嬢様に拾っていただいたんです……」


「へぇ~何をしたんです?」


「嫌な……上司とでも言えばいいんでしょうか、そいつを殴ってしまいまして……。それでお嬢様が言ったんです。そんな奴殴られて当然だって。あなたが殴らなかったら私が殴っていたわって……」


 照れ臭そうに、顔を俯いてエリーゼはロッテとの思い出を語る。

 それは従者というより、大切な家族に向ける表情だった。


「それからは……お嬢様にお仕えして……まぁ色々ありまして……お嬢様にも縁談の話が持ち上がりました。相手は……今更ぼかしてレイに伝えても仕方ないでしょう。王族の方です。お嬢様も黙ってればあの見た目ですから……」


「まぁ。そうですね」


 さらに寂しそうに語るエリーゼに、オレは興味なさげに曖昧な返事を返す。

 確かに黙ってれば可愛いのは認める。


「しかし……どうやら相手は他にもお相手がいたらしくて……。婚約は破談。結局お嬢様は側室にとの事で……それに激怒されたのがお嬢様と彼女のおじい様でした……」


 よくある話だ。親が縁談を決める貴族ではそれがより顕著だろう。

 しかし相手もバカだな。

 そんな事黙ってるのが礼儀だろうに。


「あぁ。ちなみにお嬢様の父上も母上ももう亡くなられています。もうお嬢様のお身内は当主であるおじい様だけなのです。だからこそ余計に不憫なのです。これから伴侶となる相手が……。あんな……バカにした話……あり得ません!!」

 

 強い口調でエリーゼが相手を非難する。

 確かに酷い話なのだろう。許せないのだろう。

 しかし、ここは現代日本ではない。

 エリーゼの不満も相手が王族では分が悪いのは分かっているのだろう。

 だからこそオレはこう思う。


「それは……とても幸運でしたね?」


「――はぁ!?私の話を聞いていましたか!?」


「ええ。正確に。ですから幸運だと言ったんです」


「どこをどう聞いたら幸運だなんて言えるんです!?お嬢様は婚約者を取られた令嬢としてこれからもずっと生きていかなければいけないんですよ!?」


「エリーゼ?なんか勘違いしていませんか?彼女は望まないバカな王族と結婚しなくてすんだんですよ?それも断れない王族の相手が向こうからバカをやらかして婚約を破棄してきたんでしょう?なら相手はこれからもずっと針の筵でしょう」


「そ、それはそうでしょうけど……」


「彼女は昼間にオレに言いました。『自分で起き上がれるわッ!バカにしないでッ!』と。彼女は強い。強がりだったにせよ、自分で立ち直れる強い力がある。なら、問題ないとオレは思います。むしろこれから彼女は身分を気にせず自分が好きになった相手と一緒になれるんです。その方がよほど幸せだと思いますよ?」


「……」


「上司を殴ったあなたを庇い、あなたがやらなければ自分が殴っていたと言う程の女性ですからね。みんな心配し過ぎです。ロッテはあなたが思うよりずっと強いと思います」


 オレの言葉にエリーゼが反論しようとするが、上手く言葉が出ないようだった。

 微かにテントの方から押し殺した笑いが聞こえた気がした。


「あなたの……レイの言うとおりですね……。でも、彼女が本当に好きな相手と結ばれる事はありません。絶対に……です」


「どうしてです?」


 何の気なしに聞いてしまった。

 エリーゼの顔が余りにも悲痛な表情だったから……。


「もう次の嫁ぎ先が決まっていますから……」


 なるほど。と思った。

 やはり彼女も貴族なんだろう。

 あくまで彼女の結婚は家同士の繋がり。

 政略結婚の道具にすぎない。

 それは貴族の家に生まれた彼女の責務なんだろう。

 

 それにしても一体誰と結婚するというのだろうか?

 王族から婚約を破棄された貴族の令嬢を誰が受け入れるのだろう。

 それは王族に弓引くと同意なのだとオレは思ってしまう。


「相手は……一体誰なんです……?」


「私も分かりません。いえ、正確には私には名前も姿も知らない者……でしょうか?」


「よく分かりませんね。他国の貴族という事でしょうか?それとも例えば……魔族……とか?」

 

 オレの推測にエリーゼは驚いたようだ。

 ちょっと考えれば分かる事だ。

 この国にはもう彼女を受け入れる貴族はいない。

 ならもうそれは他国しかあり得ないだろう。


「魔族……ではありません。あの方は……彼女のおじい様はロッテを化け物の嫁にと言われたのです!」


「……化け物?」


 そう言うと急にエリーゼは顔を両手で覆って俯いてしまった。

 静かに、微かに聞こえるエリーゼの嗚咽が、真っ暗な森にやたらと大きく聞こえた。


「……はい。この眠りの森の魔物の主。巨大な力を持つ邪龍に嫁にやると!」


「……はい?」


「確かにジークフリート様は仰いました!ドラゴンの嫁に行けと!」


「……」


 驚きすぎて空いた口が塞がらなかった。

 ロッテがジークフリートの孫だという事も。

 何より、あのロッテをオレかラウの嫁にしようとしている事にも。




















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